零の世界
ぎくりとして振り返ると同時にそれまで触れていた左手を膝の上へ引っ込めた。慌てた割には兄さんはまだ洗い物を終えたばかりか流し台の前で依然として背中を向けたまま此方の仕草には気付いていない様子だったのだけど。
「……なに?」
恐る恐る訊ねる。
「大した話じゃないさ」
兄さんは此方を振り向くとにっこりと笑った。
「俺は創造神だからな。お前が望むなら何でも創ってやれる」
内心ドキドキとしながら挙動を見守っていると浮かべていた笑みをふっと緩めて兄さんは歩き出した。すぐ側を横切り確実にリビングの扉へと歩を進める兄を止める術などある筈も無く。
「……だから」
最後ぴたりと扉の前で立ち止まった兄がさりげなく右手に触れていたのは。
「欲しいものがあったら言いなさい」
がちゃん。
……何も言えなかった。
兄の言葉が何を示しているのか頭では理解しておきながら。そんな言葉を吐かせた原因が自分にあるのだと気付いておきながら。
言えるはずがなかったんだ。
それでも。こんな身体を不便だなんて。