零の世界
「これ。もしかして」
首を小さく横に振る。
「もしかしなくてもそうだよね」
その声は次第に溌剌と変化して。
「雪だよね」
ぱあっと瞳を輝かせる。
「本物の雪だよね!」
その声も表情もまさしく子供で。何を当たり前のことを口走るのかと思ったが理解する。そういえば弟は研究施設の中から窓越しに雪景色を眺めることがあってもこうして直接銀世界に両足を下ろし冷たい空気の匂いを嗅ぐことさえ、初めてだったのである。
「……なんだよ」
と。呆けた視線に気付いたのだろう弟が膨れた面で振り返った。
「ふぅん。そうだよねー。兄さんには見飽きた景色だもんねー」
どう否定したって明らかに不貞腐れた声音で冷たく睨みつける弟に何故か気持ちが焦る。
「お、俺が研究に夢中で部屋に籠もっていたのはお前がよく知っているだろう」
しかしそれが余計だったのか、弟はずいと顔を寄せて覗き込む。
「本当は遊びたかったんじゃないの?」
「冗談を言うなそれはお前だろう」
弟はぱっと離れた。
「……当たり前じゃん。どんな我が儘を言っても研究所から出してもらえることなんてほとんどなかったんだからさ」