零の世界
瞼の裏に焼き付いて離れない。
今はもう遠い昔の記憶。
「頑張るね」
開いた目に飛び込んできた光景はあまりにも酷かった。白い床を、壁を赤く赤く彩るのは。かつて深く愛したが今変わり果てた姿で横たわるとても大切な。
生きる全てだった唯一無二の。
「……クレイジー」
ばちん、と。目を開いた。
ぼやけた視界に天井が映り込む。ここが現実でそれまで見せられていた光景が夢だったと頭で理解しても尚生々しい声や匂いを拭えなくて。俗にいう悪夢とやらに驚かされてなかなか整わないその呼吸こそが何よりもの証拠だった。
……ここが、現実なら。
クレイジーは。
「兄さん」
はっと振り返った。見れば心配そうな顔をした赤い髪の隻眼隻腕の少年がじっとこちらの顔を覗き込んでいる。
その声は確かに。愛しい弟のもので。
「クレイジー」
「うん」
呼び声に即座に応えて。
「僕はここにいるよ」
繋ぎ合わせた手を強く握り締める。
「……おはよう。兄さん」