偽りの天使



逃げなきゃ。

「はあっ」

急いで、早くしないと。


――ボクの羽根が。


たんたんと床を踏む靴音が鳴り響く。垂れた鮮血が生々しく点々と跡を残そうが、構うものか。今は出来るだけ。さっき居た場所より、早く。遠くへ。

「っ、あ」

最寄りの扉が開かれた。よろめきながら飛び出した青年の姿は何処か見覚えが。

「……ピット?」

あるような、気がしたけれど。

「ぁ」

小さく声を洩らして後退。

「お前、その羽根」


――邪魔になるからな。


「来るなっ!」 

感情が高ぶる。

「持ってない奴に何が分かる!」

不自然に差した影のお陰で顔が窺えない。

青年はたじろぐ。

「ピット?」
 
 
64/110ページ
スキ