偽りの天使
「っあ」
その距離が数センチと迫った頃ようやく扉は開いた。押して開いたのだ。
……さっきまで開かなかったのに。
そんな疑問に構っていられる余裕などピットにはなかった。開いてしまえばこっちのものでピットは足が縺れそうになりながらも部屋を飛び出して。後に残された少年は距離を詰めていたにも関わらず何故か追わず、ぼうっと立ち尽くした。
そして。
「……ふっ」
不意に笑みをこぼす。
「たまらないな」
くくっ、と肩を震わせて。
「人が希望に笑み絶やす瞬間と一転して絶望に青ざめる瞬間」
腹を抱えて、笑う。
「――侵したくなる」
少年はひと頻り笑った後ではあっと息を吐き出した。
「クレイジー」
虚空に呼びかける。
「兄に黙ってメンテナンス途中のアイツを連れ出すとは何事だ」
間を置いて小さく溜め息。
「……どうなっても知らないぞ」