うちの弟がクソガキすぎる
……あれから数日が経過した。
翌日や翌々日こそ警戒を張り巡らせていたがそれ以降ともなるとひょっとして揶揄われただけなのではと思い始めて現在は日常に戻り皆思い思いに過ごしている……ロックマンはエレベーターの扉が開くと通路に足を踏み出した。
「た、隊長……それでその、有給を頂きたく」
「いつの話だ?」
「再来週の土曜日と日曜日に……」
「お前はいつも急だな」
「うぐぅっ、ご、ごもっとも」
ロックマンの一歩後ろを控えめに歩くミカゲはお馴染み伊達眼鏡を曇らせ肩を竦めて縮こまり指と指をもじもじと合わせながら。
「く、訓練された身とはいえ我々オタクも長年振り回されておりまして……その件に関してはイベント開催スタッフに直接物申してほしいで御座る……」
どうせこれで仕事を詰めたところで完徹で飛び出すような男である。繁忙期を過ぎたとはいえそれで体調を崩されてしまうくらいならここで休ませてスケジュール調整した方が無難か。
「しょうがないな」
溜め息を吐き出したが刹那。
「──!」
罅割れる音に紅蓮の閃光が踊る。
「わぁお」
逸早く気配を察知。目の色を変えて瞬時に生成された水苦無で死角から飛んできた紫の淡い光を放つ複数のエネルギーピラーを素早く弾き落とした後反撃の水手裏剣。掻い潜り接近するその相手に対抗するべくもう一対の水苦無を生成し二刀流の構えで打ち払えば鈍い音──障壁によって容易く防がれる。
「やっぱりお前そっちが本来の姿なんだ?」
口角を吊り上げるその相手に先程とは打って変わり冷たく視線を返すだけのミカゲは答えない。
「せっかく会いに来てやったというのに随分なお出迎えじゃないか」
そのひとの後ろに空間転移で現れたのは。
「っ……マスターハンド……!」
なんてことだ。
此方の拠点に創造神と破壊神が、……
「……!」
と。ここでようやく数日前の約束基依頼を思い出したロックマンが意図に気付くと視線を交わしたマスターはクレイジーの後ろでにっこりと笑った。そう──そのつもりで現れたのだ。
「……ミカゲ」
ロックマンが静かに呼んでも尚ミカゲは終始無言ではあったが素直に手を引いて水苦無を消失させると構えを解いた。クレイジーもそれに倣って薄赤色の障壁を解除すると満足げに笑み。
「聞き分けいいじゃん」
「うちの連中にも爪の垢を煎じて飲ませたいな」
「えー? それは流石に冗談でしょ」
「アポイントメントはお取りかな」
ロックマンが言葉を挟む。
「可愛くないなー。僕に会いたかったくせに」
嘲るようにくっくと喉奥で笑って、
「まさかそんなに悔しかったなんてさぁ……まっ、あれは本当に惨めだったよねえ」
上手い具合に話はしてくれているらしい。
「次の勝負でこの僕に負けたら全員土下座の全国生放送で解散宣言をしてくれるんだろ?」
ん?
「お前らクソ雑魚の集団が何やったところで僕には絶対勝てないのにあの時の僕の言葉を撤回させたいからって必死すぎ!」
何処まで話を膨らませたんだ?
そう思ってロックマンが視線を投げかけたが対するマスターはひらひらと手を振るだけ。
「ま。特別に付き合ってやってもいいけど?」
ロックマンは訝しげにしながら。
「ただし──勝負の内容は僕が決める」
ゆっくりと向き直る。
「強気に宣う割に保険をかけるじゃないか」
「あれ。決めさせてもらえるとでも思ってた?」
クレイジーは肩を跳ねさせて軽薄に笑う。
「聖書にも書かれてるじゃん──神様はいつだって試練をお与えになる、って」
乗り気になってくれているだけよしとせねば。寧ろ下手に意見して機嫌を損ねてはせっかく上手く連れ出してきてくれた創造神に申し訳が立たない(元より立つはずもないが)。ロックマンが押し黙るとクレイジーは満足げに鼻で笑った後でどうしようかなぁと呟きながら暫くの間悩む素振りを見せて。
「きーめた」
背中を向けていたところを振り返る。
「チェスにしようよ」
──読み通り。
「やったことくらいあるだろ?」
「……無論だ」
慎重に言葉を選びながら出方を待つ。
「決まり。場所は──お前らがいつもヘンテコ雑談会に使ってる会議室でいいや」
勝負の内容を一つに絞ってシミュレーションはしてきたが果たして上手くいくかどうか。
「分かった」
ロックマンは静かに紡ぐ。
「ご案内しよう。……」