無理なものは無理なので!
……その日の夜のこと。
ハンドタオルを首に掛けながら脱衣所から出てきたのはフォックスである。人目を避けるべく遅い時間を選んでしまったが為に深夜となってしまったが致し方ない──あの後フォックスが次に目を覚ましたのは自室のベッドの上で。律儀に看病してくれていたのかはたまた偶然部屋を訪れていただけなのかは知らないが居合わせたファルコに一体何があったんだと詰められるも当然答えられるはずもなく。
「……はぁ」
なんて深い溜め息を漏らしたのは今日のベストオブトラブル賞を飾る部屋の前をたまたま通りかかったからである。あの後どうなったのかは見聞きしていないので知らないが、それでもあからさまに不平不満の声の方が大きかったのだ──恐らくはもうあの不可思議な力は解除されていて、問題の扉も普通の扉として機能し、いずれは誰かの個室として正しい役割を果たしてくれることだろう。
「フォックス?」
……声を上げるところだった。
「そんなに」
これまた偶然なのか否か後ろから不意打ちで声をかけてきたのはラディスだった。大きく体を引いて身構えるフォックスにラディスは困惑の表情。
「お、驚かさないでくれ」
「ごめんごめん」
こんな深夜に何をやっているんだ、なんて切り返したいところだったが仄かに酒類の匂いがして即座に口を噤む。そういえば彼はあれで辛党だったか。
「……この部屋」
ラディスは扉を見つめながら。
「マリオ達から聞いたよ」
「、そ……そう」
「とんでもない仕組みだったんだね」
何だか上手く言葉が出てこない。
「……フォックスは」
頭の上の狐耳が跳ねる。
「俺と──」
「ちち違うからな!? 俺はただ皆が消極的だから仕方なくっ!」
思わず大きな声を出してしまった。
「はは。分かってるよ」
必死だなぁ、と笑うラディスは全力の否定を気にも留めていないのかそれとも。
「大丈夫。俺は別にそれで誰も助けてくれなくてもそりゃそうだろなあって納得したよ」
ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。
「でも。……そうだなあ」
ラディスは扉に歩み寄ると。
「もしフォックスが実は嘘をついてなくて少しでも興味があったとしたら」
指先からゆっくりと扉に手を重ねて。
意味深に視線を遣りながら。
「二十歳になったら。一緒に入るかい?」
本当に。
この男だけは。
「、む……無理」
「本当に?」
「無理なものは無理、です……っ」
end.
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