君は死ぬより惨い夢を見たことがあるか?
「──フォックス」
エントランスホールの両開きの扉。それを押し開けようとしたタイミングで聞こえてきた声に頭の上の狐耳が大袈裟に跳ねて反応を示す。
「フォックス」
声にも温度がある。
優しくて心地よくて陽だまりのような。
それでも。そうだとしても。
そんなはずはないんだ。……そんなはずは。
「……ラディス」
ぽつりと。小さく呼びながら恐る恐る視線を寄越した先にその人は居た。幻影でなければ偽物でもない本物の彼がそこに立って見つめている。まるで向日葵のような黄金色の髪も透き通った黒色の瞳もやけに目に付く左の目の下の泣き黒子も──
「ラディスッ!」
思わず。反射的に。
叫ぶ勢いで名前を呼んで駆け付けた。彼も目を丸くして驚いたようだったがこれでも年上の妻子持ちときたもんだ。からかうでもなくすぐに微笑を浮かべて受け止めると柔らかく包み込むように背中に手を回して抱き締めてくれた。子どもをあやすように頭を繰り返し撫でながら「どうしたんだい」とくすくす笑いかけるのが何故だか胸の奥に刺すものを覚えて。
「出かけるのかと思っていたよ」
ノイズが走る。
「……いや」
その身を委ねるように瞼を閉ざす。
「何処にも行かないよ」