悪の美徳
知ってる? 男の子って、親離れが早いのよ。
なんでかしらね。あなたなら分かるんじゃないかしら。
――ね、クレシス。
「隠れてないで出てこい」
廃工場から出てきたクレシスは暫く物思いに耽っていたが、ふと不審な気配を感じるとその場に立ち止まってそう口を開いた。クレシスとは適度に距離を開けつつ、空気を歪ませ空間を捻じ曲げて現れ、降り立ったのは――マスターとクレイジー。
「あはっ、もうバレちゃった」
「当たり前だろうが。こそこそ付きまといやがって」
クレシスはきっと睨みつける。
「酷いなあ。亜空間に送り届けてやったのは誰だと思ってんの?」
「上空に空間を繋げておきながらいい度胸だな」
「ふぅん、無傷だったんだ。骨折すればよかったのに」
「クレイジー。その辺にしてやれ」
刺々しいやり取りにマスターが口を挟む。クレイジーは小さく舌打ち。
「親孝行はしてもらえたか?」
「全く。父親似ってのは辛いね。妹と違って無邪気に笑いもしねえ」
……それとも。
優先順位が違うのかね。あんだけ離れてたんじゃあな。
「くく、寂しいか? お前ともあろう者が」
マスターが言った次の瞬間。黒い稲妻が二人の間を割るようにして勢いよく放たれた。間一髪、それぞれ躱すことが出来たが。クレイジーは瞳を赤黒く染めて。
「――勘違いをするな。俺はまだ、お前たちを許したわけじゃない」
まるでそれは。
その気になれば殺すとも言いたげな口振りで。
「恩知らず。もう二度と協力してやんないから」
「どうぞお構いなく。その時は自力で行くか迎えに来てもらうさ」
突き刺さる殺気に物ともせず、クレシスは背を向けて歩きだす。一見無防備な背中でも、二人は決して手を下さなかった。暫くすると、構えを解いて。
「クレイジー。この世で最も恐ろしい“悪”とは何か、分かるか?」
「……何だって言うのさ」
怪訝そうに視線を向けると、その男はにやりと笑ってこう答えた。
「自覚のない“悪”」
さあっと冷たい風が吹き抜けて。
「蛙の子は蛙、とは誰が言ったかな」
きっと。彼らはこれから先も気付かないのだろう。
「それって褒めてんの?」
「どうだかな」
――その悪こそが、悪の望んだ美徳であるということを。
end.
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