悪の美徳
クレシスは暫く黙っていたが、不意に短く息を吐き出すと床に転がっていたターゲットの男に近付いた。そして見下ろし、おもむろに手を翳す。
「とっ、」
――間もなく、鋭い音を立てて漆黒の稲妻が放たれた。
部屋に充満する黒煙に、スピカは鼻を腕で庇いながらも咳き込んでいた。全く、なんて父親だ。まさか息子の言葉に耳を傾けず、挙げ句、こんなことをするなんて。
黒煙の中に立つ、鬼とも悪魔とも言える男をスピカは睨みつけた。
「人の話くらい最後まで真面目にっ」
「ごほっ、リーダー……」
スピカははっと声のした方を見遣る。黒煙が晴れていくと、――驚くことにそこにはダークウルフがいた。何が驚いたかって、スピカが見つけたダークウルフは二人目だったのだ。代わりにターゲットの男はいなくなってるし、これは一体……?
「――やれやれ。焦らせますね」
それまで立ち竦んでいたダークウルフは不意にそう声を洩らした。次の瞬間、彼の影は彼自身を下から頭の天辺まですっぽりと包み込み、直ぐ様放たれて。見ればそこにはダークファルコが立っていたのである。スピカは暫し呆気にとられて。
「す、すみませ、リーダー」
「命令をしたのは俺だ。そこの焼き鳥には狼に、狼にはターゲットに化けろと」
「焼き鳥とは初めて言われましたねぇ」
くすくすとダークファルコ。それでも、スピカは状況が整理できない。
「……俺が心配してたのはな」
クレシスは横目でスピカを見遣る。
「お前が本当の意味で“悪”に堕ちてないか、だったんだよ」
まさか、その為に。
じゃあもしも自分が殺すことを迷わず選んでいたら。それは。
……俺が。
「でも、ま。単なるお人好しだな」
「んなっ」
「別に貶してるんじゃない。それでいいってこと」
クレシスはすっと背中を向けて扉へ向かう。
「……今なら。あいつがどうして奴らを殺さなかったのか、分かる気がする」