悪の美徳
――殺す? 俺が、この男を?
気付けば沈黙が訪れていた。ただ、男だけが唸っていて。手出しも口出しもしない、見守るつもりなのだ。リーダーのスピカがどんな判断を下すのか。
「更生より転生を望んだ方が賢いと思うがな、俺は」
スピカは口を閉ざしたまま立ち尽くして。
「第一、悪とはそういうものだろう。簡略に説明してしまえば正義とは真逆であり、全く異なる存在。正義が必要とするそれは悪にとって不必要なものであり、同時に望まないものでもある。……でも、だからこそ正義にとっての最悪の事態が悪にとっては当たり前で、その使命が悪に向けられるんだ」
クレシスは続けた。
「悪がお前の正義となり得るのなら、殺せ。俺はお前を咎めはしないさ」
それが、当然で。
――悪の美徳だというのなら。
「違う」
クレシスは目を細めた。
「悪は。殺しの道具なんかじゃない」
ゆっくりと振り返る。強かな瞳だった。
「ただそれが否定したくて、それでもこいつらを否定したくなくて。確かにあやふやだけど、それでもここにいたい。そう思って、望んで選んだ“悪”なんだ」
スピカは苦笑いにも似た笑みを浮かべる。
「父さんの言ってることは、悔しいけど正しいよ。それでも、そうだと認めてしまったら俺はこいつらをそうやって蔑んできた奴らと同じ人間になってしまう」
人の皮を被った戦闘兵器。ただ噴き上がる鮮血を望み、肉を喰らう。
ばけもの。化け物。バケモノ――
「家族なんだ。大切なんだよ」
ぐ、と拳を握り締める。
「……だから父さん。これ以上の発言は、例え同じ血の通った父親でも」
スピカは、それでも決して目を背けずに言い放った。
「許さねえから」