悪の美徳
「すみません。騒ぎを聞いて逃げ出そうとしましたので。なるべく穏便に引き止めようとは思ったのですが、どうにも聞き分けがよろしくなくて」
スピカはターゲットの男の前に立った。男は両手両足を縄で括られた上、目隠しと、口にはガムテープを貼り付けられ徹底されている。さっきからうーうーと唸っているが、どうせ許してくれとか助けてくれとかそんなところだろう。
「せっかくここまで来たのに君がやっちゃ駄目じゃなぁい」
「ぼ、僕たちも……見たかった、な……」
ダークマルスとダークロイは口々に、その惨状を目にしては残念だと言いたげに呟いて。まあ、彼らとしてはこっちの方が望んだ情景なのかもしれない。
「どうなさいますか?」
「依頼はターゲットの捕獲だ。この時点でクリアはしている」
問題はこの後どうするかである。依頼主はそれ以降の処分を全て此方に委ねてるようだし、依頼した相手も相手なのだからどんな判断を下されるかもしれないというのはちゃんと頭に入ってのことだったはず。スピカは腕を組んで。
……この男が後々更生するとも考えにくいが、ここはやはりとっとと警察に突き出してしまおう。依頼届と一緒に差し出せばいつものように事情を察して――
「殺してやれ」
一瞬、心臓が跳ねた。
誰だそんな物騒なこと言う奴は、とも思ったがここには物騒な連中しかいなかった、じゃなくて。スピカはゆっくりと振り返って発言した張本人を見遣る。
「……まさかそのまま警察に突き出して、それであっさり更生してくれるとでも思ってたんじゃないだろうな。そうだとしたらお前は単なるお人好しだ」
クレシスは冷たく、言葉を続ける。
「依頼主が何を望んで“悪”に選択を委ねたのか。それでもいい、そうしてくれと望んだからだろう。躊躇はいらない。ここにいる誰も咎めるはずはないのだから」