悪の美徳
ああもう。こんなことになるのは分かってたんだけどな……
「だから言ったじゃないですか。リーダーに触らないでって」
長い通路の最中、がくんと膝を付いて横たわる男。これにはさすがに他の男たちも後退した。己の剣に赤い液体を伝わせるのはダークロイである。どうやら、自分が男に背中を取られてしまったことで少しばかり箍が外れてしまったらしい。
ああ、男は助かるだろうか。ま、こいつらだって手間のかかる奴はいらないだろうし……って駄目だ。こういう考えに至ってしまうのは自分がこの世界に慣れすぎたからかな。あまり良くない傾向だとは思うけど簡単には直せないんだろうなあ。
「狡いなぁ、ロイ。僕だってぐっちゃぐちゃにしたいのに」
「ち、違うよ……まだ、生きてるし」
ダークマルスはかくんと首を傾けて笑った。その笑みがどうにも歪んで見えて、周りの男たちが小さく悲鳴を上げたのは無理もない。ダークマルスはゆっくりと赤黒い光を灯らせた瞳を男たちに向ける。殺気が、まるで刃物のように突き刺さった。
「あはっ……じゃあ、僕は誰にしようかなぁ……」
「――マルス」
スピカがたった一言そう呼ぶとダークマルスは思いとどまった。つまらなそうではあったが、瞼を閉じて剣を鞘に仕舞う。スピカは小さく息を吐き出して。
「大丈夫か?」
「想定の範囲内ってやつ。見てられないってなら帰っていいけど」
そう言って最後の扉に歩を進めるスピカに、クレシスは。
「……親の心子知らず、か」
扉を開くと、そこでは既にターゲットの男が捕らえられ、床に転がっていた。
「ああ、リーダー」
にこりと笑って振り返ったのはダークウルフ。
彼の頬には確かに赤い液体が付着している。生きているのはターゲットの男だけで他は、……駄目だろうな。胸や腹なら、とも思ったが額から血を流しているとなれば完全にアウトだ。あれほど言いつけておいたはずなのに。