仔カラスの世界
「帰ります」
ダークファルコはベンチから下りて衣服の塵を払った。
「あら。気をつけて」
「それから」
とんとんとつま先を叩いて靴を履き慣らしながら、
「もう此処には来ません。明日も、明後日も」
……老女は問い質さなかった。
「失礼しますっ」
それだけ告げて小さな背中が遠ざかっていくのを老女は見つめて。
不意に、小さく笑みをこぼす。
「……仔カラスがお山に帰っていくみたいね」
息を切らして駆けれど、駆けれど。
何だかよく分からない道に入ってしまったらしい。人通りは皆無、それでも確かに民家は立ち並び所々明かりも灯っているのだが却って不気味だ。
普段の自分なら決して恐れはしないだろう。つまり、これが子供の感情か。頼れるものが傍に無ければ不安。事実、あのまま路地裏に篭るよりは日の当たる人通りの多い場所にいた方が安心というか何を大袈裟に思うこともなかった。
でも、今は。
――早く帰らなきゃ。
思わなければいいのに何故かその一心で、余計なものを掻き立てている。
この体は何よりも弱いし、脆い。
急がなくては。何か悪いことでも起こってしまうような気がして――