君が為
……使用人を雇っている訳ではないのか。
此方の実家よりあからさまに立派な造りであるにも関わらず扉の開閉の音が虚しく──それでいて何処となく不気味に。厭に反響こそすれどそれを聞いて落ち着いた振る舞いで迎える執事も慌てた様子で駆け付けるメイドも見当たらない。
そこまで考えたところでユウはそれもそうかと納得をする。何せ曰く付きとまで囁かれるヴィオレスタの屋敷である。どれだけ高い報酬を積まれたところで四六時中己の心の内が曝け出される不快感や精神的苦痛に常人なら耐えられない──それこそ超人であったとしても、だ。
例えば──隣に居る彼自身のように。
「りー君っ!」
突然の大きな声に反射的に肩を跳ねたがそれでも隣に居る彼ほど大袈裟ではなかった。玄関から入ってすぐの如何にもといった螺旋階段をロングスカートの裾を持ち上げながら駆け降りてきたのは藍色の髪の女性。たじろぐリオンを構わず正面から強く抱き締めて再会を喜ぶこの女性は以前にも諸々の都合で顔を合わせたことがある。
「は、母上殿、」
ラフィーユ・ヴィオレスタ。
言わずもがなリオンの実の母親である。
「おかえりなさい」
見るからに穏和そうな垂れ目の瞳には彼と同じ夕陽のような橙の光が宿っていた。目を細めて口元には薄笑みを湛えながら優しく柔らかく。
「パートナーさんも」
首を傾ける。
「いらっしゃい」
ユウが視線に気付いて見遣れば今しがた彼女が下りてきた螺旋階段を登った先の吹き抜けの手摺に頬杖を付いて見守る少年と。その隣には長身の男性が一人。少年の正体はリオンの弟のイーシスで間違いないがそうなると男性は。
「どうぞあがってください」
ラフィーユはリオンからそっと離れて微笑する。
「私達に。お話があるのでしょう?……」