偽物じゃなくて
彼が本来の記憶を取り戻してから、もう一週間も経ってしまった。黒い依頼を引き受ける日々の中で、変わったことが一つ。
――どくん。
「……っ、また、か」
動悸。それはスピカの髪に手を伸ばした瞬間、それをさせまいとするように訪れた。
邪魔をするな。静かにしろ。
ダークウルフはスピカへと伸ばしていた手を己の胸元へ戻し、ぐっと拳を握って。
――喜怒哀楽の感情とはまた違う。
マスターの手によって人間に限りなく近く、精巧に造られた。だとすればこの不可解な感情だって、人間にも有り得るはず。
そう、例えるなら。
「発じ」
「恋煩い」
声を揃えたのはダークフォックスとダークリンクだった。ちなみにここは所変わって食堂、朝食を食べに来たのである。
「こ、恋?」
「そっ。青春ってやつだわウルフさん」
ダークフォックスはへらへらと笑いながらフォークでサラダのトマトを突き刺して。