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二番目

石田は夜明けと共に、目を覚ます

慣れない手つきで朝食を摂り、新しく購入した白衣を持って、家を出る

診療所に着くと、賑やかな声が既に聞こえてきた

「おはようございます」

控え室から、診察室へ入ると橘が点滴の準備をしていた

「少しは眠れました?」

「ええ…」

軽く挨拶してから、診察室に九条が居ない事に気付く

見渡してみるが、待合室にも居ない

橘に視線をやると、九条は2階で休んでいると教えてくれた

どうやら昨夜は徹夜したようだ

「今日は、石田先生に診察を任せると。九条先生の書いたカルテを見ながら、お願いします」

診察前だというのに、待合室はマスクをしている人や子供たちで賑わっている

椅子に座り、聴診器を首にかけると仕事のスイッチが入った

「お願いします」

橘が頷いて順番に患者を呼び出す

最初に入って来たのは、マスクをした小学生の男の子

まだ若さの残る雰囲気の母親が、傍に立っている

カルテを見ると『成瀬 晴』と記されていた

「熱があるんですね」

少し前の時間で、体温が書かれたメモがカルテに追加されている

目の前の丸椅子に成瀬君を座らせて、喉の様子を見ると、赤く腫れていた

「喉が赤くなってますね。少し咳も出てるのかな?」

「………」

成瀬君に問いかけたつもりだったが、ふんと横を向いてしまう

後ろに立っていた母親がすかさず、成瀬君の頭を掴んで、真っ直ぐに戻す

「ちゃんと言いな。口はきけるだろ?」

「何すんだよっ痛えっ……ゴホゴホ」

反撃しようとするも、咳がでてしまい、バツの悪そうな顔をしたまま、睨まれてしまった

胸の音も聴診器で聴くが、特に異常はなさそうだ

今にも喧嘩が始まりそうな雰囲気の中で、顔が引き攣りながらも、カルテに症状を書き込む

「あはは…じゃあ風邪薬と咳止めを出しておきますね。粉薬だから、飲みにくいと思うので、ゼリーと一緒に飲んで下さいね」

「はい。ありがとうございます。ほら、晴。お礼言いな」

「……誰が言うかよ」

「ったく……すみません。反抗期なもんで」

「いえ。お大事に」

そう言って、処方箋を出そうと、橘にカルテを渡そうとした時

横から手が伸びてきて、カルテを取られた

「え?」

後ろを振り返ると、九条がカルテをじっと見ている所だった

「60点」

「え……?」

「あんたは音が聞こえるだろう。咳の仕方も見た方がいい」

「咳……」

成瀬君が咳をした瞬間、ヒューという呼吸音が微かに聞こえた

はっとして、もう一度胸の音を確かめる

肺の音が、ゴロゴロと弱く鳴っているのが分かった

「喘息になりかけてる……」

後ろに立っている九条を見上げる

石田は今まで、外科を専門としてきた為、呼吸器内科はほとんどと言っていい程、専門外だった

「LTRAを処方しろ」

LTRA……ロイコトリエン拮抗薬の略語で、主に初期の気管支喘息に広く用いられている

言われた通り、カルテに処方箋を書き込み、橘に渡す

「お願いします」

「はい」

「お大事に……」

診察初日から、やらかしてしまった

専門外とはいえ、呼吸音にすら気付けなかったのは、医者として誤診しかねないミスだった

「その調子じゃ、約束の2ヶ月で終わりそうだな」

代われ、と言われてしまい、石田は椅子から立ち上がり九条に席を譲る

「今日、待合室で待っている患者は?」

「ざっと10人程ですね」

「少ないね。すぐに終わらせよう」

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