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一番目

あんなに白衣に身を包まれる事が誇らしいと感じていたのに、今は苦痛でしかない

命を理由なく、救いたいが為に必死に喰らいつき、手にした医師免許

配属された大学病院では、身を削る忙しさだったが、治療する患者の笑顔は生きる糧になった

それが今は、上手く笑顔を作れているのかさえも、危うくなっていた

大学病院の権力を知ってしまった瞬間から、医者としての在り方が、分からなくなった

「……疲れてるね」

頭を下げていると、猪俣教授の小さく呟く

研修生の時期から、猪俣教授は育ての親のように良くしてくれた

医師免許を取得した時も、誰よりも喜び、よくやったと肩を優しく叩いた

顔を上げると、困った顔をした猪俣が目の前の椅子に座っていた

しばらく見つめられ、仕方ないと机の引き出しから、大きな茶封筒を取り出し、机の上に置く

「君は、無くすには惜しい医者だ。少し…心を傷めているだけだ。ここを離れるのは許そう」

トントンと、机に指を鳴らし、猪俣は静かに微笑んだ

研修生時代に出会った頃と変わらない、柔らかな表情の猪俣が、そこに居た

「東京の海の向こうに離島がある。人口は500人ほど。そこに一つだけ、診療所があってね。私の教え子が医者をしてる。手配するから、行ってきなさい」

「それは……異動、ですか」

「うん。いい意味でね」

-君なら、医者であるべき姿を見る事ができるよ

優しく笑う猪俣教授に、返す言葉が分からず、頭を下げる

茶封筒を受け取り、部屋を出て仕事場に戻ると
死んだ顔をしながら、職務に追われる仲間が出迎えた

「呼び出しか」

「うん。異動する事になった」

話しかけてきたのは、外科医の濱田

彼は同期の一人で、共に大学病院で働く仲間

大柄な体格とは反対に、小児科に入院する子供たちに好かれる存在になっている

最初こそ輝き、やる気に満ち溢れていた表情も

今は、出世しか見えない先輩方の後始末を任されてしまっている

互いに命を救おうと、飲み明かした日が、どこか懐かしく感じてしまう

「離島か……異動する前に、飲みに行きたい所だが」

「いいよ。落ち着いたら連絡する」

軽く話して、ピッチを机に置く

白衣を脱いで、椅子に掛けると一気に脱力感が襲い、椅子に座ってため息をついた

僅かな有休を消化すれば、この息苦しい場所から離れられる

同じ苦労を味わった仲間を置いて行くのは心苦しいが、必ず戻ってくると力強く言った





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