第一話
警察にもマークされている事務所は、セキュリティーが万全の状態
だが、静止している世界では最新のセキュリティーなど通用しない
入り口で口を開いた状態で止まっている見張りの横をするりと通る
そんな景色も慣れてしまった
事務所に来る前から、裏東京の出入口や渋谷の交差点まで、止まっている人達を大勢横目にしていた
「ちなみに、何で組織から追われてるの?」
事務所の扉の前でシンが口を開く
何も言わないまま、暗証番号を押して解除する
扉を開けると、目の前に一人の男が立っていた
この組織で用心棒をしている中国籍の男だった
手が扉の方へ伸びている所を見ると、外へ出ようとしていたのだろう
「組織にとって…致命的な情報を盗んだんだ」
用心棒を避けながら、茨木はそう言って先へ進む
廊下の奥にある部屋の前で、立ち止まる
ここにある金庫の中身を、茨木は1週間前に盗んだ
「盗んだ情報を警察に刑事告訴すれば、組織は壊滅するだろう」
最奥の扉を開け、上座に座っている男へ寄る
椅子を動かして男を退かすと、茨木はデスクにあるパソコンを開く
上着の内ポケットから、SDカードを取り出してパソコンへ挿し込む
読み込んでいくと、何やら顧客情報が画面に出てきた
「これが、俺の盗んだ情報だ」
デスクの向こうに居る二人に向かって、パソコンをくるりと回す
画面を覗いたシンは首を傾げるが、蓮だけは真剣な表情で見ていた
顧客情報に目を通していくにつれ、蓮の眉間に皺が寄る
顧客情報の下には、経済的なグラフや人員の変動も記されていた
「こんだけ最新のセキュリティーで用心棒まで雇ってるってのに、こんな情報は消さないんだな」
「月に一度、この情報は組織の人間たちに公開される。売上げや働きを人員に見せつけ、闘争心を煽る為にな」
「趣味悪いな〜ブラック企業みたい」
「この特記事項ってのはなんだ?」
蓮が一番最後に記されていた特記事項を指差す
何故か、内容がそれだけ記されていない
事務所に来てから、緊張で変な汗がじわりと滲んでいた
「それは、後から付け加えるから何も内容がないんだ」
自分の声が震えてしまい、しまったと心臓が跳ねる
鼻で笑い、にやりと笑う蓮を見て、茨木は銃を二人に向けた
「あんた、案外優しいんだな」
そう言って、蓮は右目を2回瞬きさせた
世界が動き出し、目の前に現れた茨木と二人に動揺する
「茨木……!良くやった!」
デスクの端にやられた男が、椅子に座ったまま銃を手に持つ
すぐに撃つかと思ったが、黒いスーツを着た二人の手は震えていた
「要するに、ハメられたんだな。俺たち」
「え〜言い値の依頼じゃなかったの?」
「あんた、ここの会長だろ?こっちは依頼受けてんだ。約束通り茨木を連れて来たからよ…」
右目を再び閉じる
動くなっと茨木が怯えた様子で銃を構え直す
「金がねぇんだ。オトシマエつけてもらうぜ」
右目が青く光るのと、銃口から弾が出るのはほぼ同時
銃弾はゆっくりと進みながら、蓮の目の前で止まる
「死ぬかと思った……」
シンが苦笑いを浮かべながら、目の前で止まった銃弾を手で払い落とす
二人の前で銃を撃ったまま止まっている茨木と会長に、蓮が近寄る
「どうしてくれようねえ……」
ふむと考える仕草をした蓮は、会長の後ろに置かれている金庫に目を付けた
目が一気に金に眩む様子に、シンはため息をつく
「ダイヤル式か…生体認証システムか」
「新しい方に賭けるよ」
「だよな」
静止している会長から銃を外し、人差し指を金庫のダイヤルにかざす
するとダイヤルが消え、指紋認証の読み込みが始まる
二人で顔を合わせ、にやりと笑う
カチリと音がして金庫が開く
中には札束の山が入っていた
「言い値で良いって言ってたからな〜とりあえず……」
「ねえ、蓮」
「あんだよ」
「言い値で金を貰うのはいいけど…鞄持ってないよ、俺たち」
シンの言葉に、思わず金に伸びる手が止まる
手ぶらで茨木に会い、そのまま事務所まで来てしまっている事を気付かされ、蓮の表情が曇りだす
「そういう事は早く言え」
「俺もさっき気が付いた」
「ったく……どっかに鞄がありゃ、それを拝借すっか」
金庫から手を引っ込めて立ち上がり、辺りを見渡すが、めぼしい物は見つからない
「まぁ、金は後でもいいか」
金庫は開けたまま、蓮は再び茨木だけ起こす
はっと瞬きをした茨木の額には、じっとりと脂汗をかいている
焦りが滲み出た表情で二人を睨み付けるも、ため息をつくと肩を落とす
「結局、能力者には勝てないのか」
自虐的な笑みを浮かべ、喪失感が茨木を襲う
「まだ終わっちゃいねぇよ」
「え、さっさとお金もらって帰ろうよ。お腹空いた」
「俺らはそれでいいんだけどよ、あんたは終わりじゃねえだろ?」
その言葉に、茨木は気付く
蓮は知っているのだ
何故、二人を嵌めてまで依頼をしたのか、蓮は全て理解しているのだ
もしかしたら、この二人なら…救えるのかもしれない
そうならば、もはや選択している余地など、茨木はなかった
茨木は銃を蓮に渡し、二人に向かって頭を下げる
「頼む…妻と子供を、助けてくれ」
「やっぱりな」
「え?なに、この人俺たちをここに連れて来る為に、人質取られてんの?」
「そういうこった。ったく、めんどくせぇ事に巻き込んでくれちゃって」
本来ならば、能力者である便利屋に依頼といって騙し、組織との利害関係を半ば脅して結ばせるつもりだった
そして、裏東京に住まう能力者達の情報を、洗いざらい吐いてもらい、特記事項のリストに入れるのが組織の目的
半端な事では適わない事は、十分知っていた
二人と接触した時点で、スーツに忍ばせていた盗聴器を使って、どのような能力なのか組織に伝えるはずだった
「会長に、その計画を伝えられた…同時に妻と子供を、任務が終わるまで預かっておくと」
「俺たちを連れて来た時点で、居場所を教えてくれるとは限らねぇだろ。殺すって手も有り得る」
「だから、こうして頭を下げている…あんたの能力なら…誰にも気付かれずに、妻と子供を連れ戻してくれるかもしれない」
「まぁ、出来んことはないな」
茨木から渡された銃を、静止している会長に向ける
眉間に銃口を合わせ、シンの方を振り向く
「やっとお前の出番だな」
「そうだねえ。いっちょやりますか」
頭を上げると、シンが左目を閉じていた
「ショータイムだ」
蓮はそう言って、静止した世界を再び動かした
❀✿❀✿
だが、静止している世界では最新のセキュリティーなど通用しない
入り口で口を開いた状態で止まっている見張りの横をするりと通る
そんな景色も慣れてしまった
事務所に来る前から、裏東京の出入口や渋谷の交差点まで、止まっている人達を大勢横目にしていた
「ちなみに、何で組織から追われてるの?」
事務所の扉の前でシンが口を開く
何も言わないまま、暗証番号を押して解除する
扉を開けると、目の前に一人の男が立っていた
この組織で用心棒をしている中国籍の男だった
手が扉の方へ伸びている所を見ると、外へ出ようとしていたのだろう
「組織にとって…致命的な情報を盗んだんだ」
用心棒を避けながら、茨木はそう言って先へ進む
廊下の奥にある部屋の前で、立ち止まる
ここにある金庫の中身を、茨木は1週間前に盗んだ
「盗んだ情報を警察に刑事告訴すれば、組織は壊滅するだろう」
最奥の扉を開け、上座に座っている男へ寄る
椅子を動かして男を退かすと、茨木はデスクにあるパソコンを開く
上着の内ポケットから、SDカードを取り出してパソコンへ挿し込む
読み込んでいくと、何やら顧客情報が画面に出てきた
「これが、俺の盗んだ情報だ」
デスクの向こうに居る二人に向かって、パソコンをくるりと回す
画面を覗いたシンは首を傾げるが、蓮だけは真剣な表情で見ていた
顧客情報に目を通していくにつれ、蓮の眉間に皺が寄る
顧客情報の下には、経済的なグラフや人員の変動も記されていた
「こんだけ最新のセキュリティーで用心棒まで雇ってるってのに、こんな情報は消さないんだな」
「月に一度、この情報は組織の人間たちに公開される。売上げや働きを人員に見せつけ、闘争心を煽る為にな」
「趣味悪いな〜ブラック企業みたい」
「この特記事項ってのはなんだ?」
蓮が一番最後に記されていた特記事項を指差す
何故か、内容がそれだけ記されていない
事務所に来てから、緊張で変な汗がじわりと滲んでいた
「それは、後から付け加えるから何も内容がないんだ」
自分の声が震えてしまい、しまったと心臓が跳ねる
鼻で笑い、にやりと笑う蓮を見て、茨木は銃を二人に向けた
「あんた、案外優しいんだな」
そう言って、蓮は右目を2回瞬きさせた
世界が動き出し、目の前に現れた茨木と二人に動揺する
「茨木……!良くやった!」
デスクの端にやられた男が、椅子に座ったまま銃を手に持つ
すぐに撃つかと思ったが、黒いスーツを着た二人の手は震えていた
「要するに、ハメられたんだな。俺たち」
「え〜言い値の依頼じゃなかったの?」
「あんた、ここの会長だろ?こっちは依頼受けてんだ。約束通り茨木を連れて来たからよ…」
右目を再び閉じる
動くなっと茨木が怯えた様子で銃を構え直す
「金がねぇんだ。オトシマエつけてもらうぜ」
右目が青く光るのと、銃口から弾が出るのはほぼ同時
銃弾はゆっくりと進みながら、蓮の目の前で止まる
「死ぬかと思った……」
シンが苦笑いを浮かべながら、目の前で止まった銃弾を手で払い落とす
二人の前で銃を撃ったまま止まっている茨木と会長に、蓮が近寄る
「どうしてくれようねえ……」
ふむと考える仕草をした蓮は、会長の後ろに置かれている金庫に目を付けた
目が一気に金に眩む様子に、シンはため息をつく
「ダイヤル式か…生体認証システムか」
「新しい方に賭けるよ」
「だよな」
静止している会長から銃を外し、人差し指を金庫のダイヤルにかざす
するとダイヤルが消え、指紋認証の読み込みが始まる
二人で顔を合わせ、にやりと笑う
カチリと音がして金庫が開く
中には札束の山が入っていた
「言い値で良いって言ってたからな〜とりあえず……」
「ねえ、蓮」
「あんだよ」
「言い値で金を貰うのはいいけど…鞄持ってないよ、俺たち」
シンの言葉に、思わず金に伸びる手が止まる
手ぶらで茨木に会い、そのまま事務所まで来てしまっている事を気付かされ、蓮の表情が曇りだす
「そういう事は早く言え」
「俺もさっき気が付いた」
「ったく……どっかに鞄がありゃ、それを拝借すっか」
金庫から手を引っ込めて立ち上がり、辺りを見渡すが、めぼしい物は見つからない
「まぁ、金は後でもいいか」
金庫は開けたまま、蓮は再び茨木だけ起こす
はっと瞬きをした茨木の額には、じっとりと脂汗をかいている
焦りが滲み出た表情で二人を睨み付けるも、ため息をつくと肩を落とす
「結局、能力者には勝てないのか」
自虐的な笑みを浮かべ、喪失感が茨木を襲う
「まだ終わっちゃいねぇよ」
「え、さっさとお金もらって帰ろうよ。お腹空いた」
「俺らはそれでいいんだけどよ、あんたは終わりじゃねえだろ?」
その言葉に、茨木は気付く
蓮は知っているのだ
何故、二人を嵌めてまで依頼をしたのか、蓮は全て理解しているのだ
もしかしたら、この二人なら…救えるのかもしれない
そうならば、もはや選択している余地など、茨木はなかった
茨木は銃を蓮に渡し、二人に向かって頭を下げる
「頼む…妻と子供を、助けてくれ」
「やっぱりな」
「え?なに、この人俺たちをここに連れて来る為に、人質取られてんの?」
「そういうこった。ったく、めんどくせぇ事に巻き込んでくれちゃって」
本来ならば、能力者である便利屋に依頼といって騙し、組織との利害関係を半ば脅して結ばせるつもりだった
そして、裏東京に住まう能力者達の情報を、洗いざらい吐いてもらい、特記事項のリストに入れるのが組織の目的
半端な事では適わない事は、十分知っていた
二人と接触した時点で、スーツに忍ばせていた盗聴器を使って、どのような能力なのか組織に伝えるはずだった
「会長に、その計画を伝えられた…同時に妻と子供を、任務が終わるまで預かっておくと」
「俺たちを連れて来た時点で、居場所を教えてくれるとは限らねぇだろ。殺すって手も有り得る」
「だから、こうして頭を下げている…あんたの能力なら…誰にも気付かれずに、妻と子供を連れ戻してくれるかもしれない」
「まぁ、出来んことはないな」
茨木から渡された銃を、静止している会長に向ける
眉間に銃口を合わせ、シンの方を振り向く
「やっとお前の出番だな」
「そうだねえ。いっちょやりますか」
頭を上げると、シンが左目を閉じていた
「ショータイムだ」
蓮はそう言って、静止した世界を再び動かした
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