第一話
その組織は度々、裏新宿にやって来ては法外な取り引きをしているようだった
公園を住居としているホームレス達に、茨木の写真を見せた
日々空気のように溶け込み、時計の部品のように動くホームレス達は、僅かな変化にも敏感に反応する
だが、ホームレス達は一同に首を振るだけで、誰も茨木を目撃したり、新しい顔を見かけた者はいなかった
「やっぱここには居ないか〜」
シンが公園のベンチでアイスを食べながら、空を見上げる
資料を意味もなくめくる蓮の額には、汗が滲んでいた
「バーカ。取り引きに使う場所に、茨木が潜んでる訳ねえだろ」
「え、俺らの今までの努力って…無駄なやつですか」
思わず食い入るように蓮に詰め寄ったせいで、溶けかけたアイスが地面に落ちる
唯一のクールダウンを失ったシンは、肩を落としながらため息をつく
「リンまで使って俺らに依頼したんだ。それなりに素性くらいは調べられてんよ」
「余計な事まで調べないように、監視してんだ。悪趣味〜」
公園に鳴り響く、蝉の音にうんざりした頃
ベンチに座る便利屋に近付く足音が一つ
視線を足元に移していたシンが顔を上げると、目の前に佇む男には見覚えがあった
「あ、茨木 迅」
「……」
指を差されても眉一つ動かさない茨木は、真っ直ぐに蓮を見つめていた
煙草に火を点け、煙を吐き出すと微かに汚れている、茨木のスーツを掠める
「ここに居る奴らは何者だ」
重い口を開いた茨木の質問に、蓮は答えないまま、煙を吐き続ける
「なぜ、表と裏が存在するんだ」
人懐っこい表情のシンも、流石に真顔になり、公園に静寂が流れた
「裏新宿は、ほぼ法律が通用せん。なぜだ」
「質問が多いな」
蓮の声が静寂に包まれた公園に響く
ようやく、眉に皺が寄った茨木を見上げて、シンはニヤリと怪しく笑う
「ここには、法律は通用しねえ。それが答えだろ?」
「なぜ通用しない。我々を取り締まるべきハズの警察機関ですら、ここには滅多に立ち寄らない」
ここに来る前に調べたようだが、多くの疑問を持ったまま、裏新宿に足を踏み入れたらしい
少し冷たい風が三人の間を通り抜けていくのに、茨木の頬からは汗が伝っていた
「俺は…ここで産み落とされて、ここで育ったんだ」
シンが沈黙を破るように口を開いて、ぽつりと話し出す
「母親は知らない。父親も…いたと思うけど、良く覚えてない。でも、ここは居心地がとてもいいんだ。無法地帯だなんて言われてるけど、公園は静かな所だし、廃れてる場所は限られた場所しかない」
シンの人懐っこい笑顔がようやく浮かんだ
「そりゃあ生きていく為に犯罪は犯したよ。俺たちには必要な方法だもん。おじさんだってそうでしょ?」
「……」
茨木は何も言わずに立ち尽くすしかなかった
目の前に座る二人は見る限り異色な雰囲気を纏っている
常人には考えられないような何かがあるような気がしてならない
「俺が追われているのは、把握済みか」
「まあな。組織に連れ戻して来いって依頼を受けてる。何かあるのは見え見えだけどよ」
呆気なく認められ、ますます二人を疑ってしまう
ニヤリと笑う蓮に胸がざわつく
非現実的な世界が東京に存在する事を、否定して欲しい自分が居た
「あんたの事は助けてやるよ」
煙草を地面に落として、足で踏み付け火を消す
ゆっくりと立ち上がり、顔を上げた蓮に、一瞬時が止まったような感覚に襲われた
風で揺れる髪の隙間から、見える右目に目が離せない
少し見開いたと思ったら、風で揺れていた髪が止まる
「な……」
いや、止まったのは蓮の髪だけではない
彼の目の前で止まっているのは、風で飛ばされていた木の葉
まるで静止画のように止まったまま、空中で動かない
「これを法律とやらで、片付けられねえだろ?」
ベンチに座ったまま、固まっているシンの肩を叩く
すると息を吹き返したように、シンは瞬きをして立ち上がる
茨木は、背筋が寒くなるのを感じた
周りを何度見渡しても、いま起きている現実を否定する事は、出来ない
木から飛び立とうと羽を広げたまま、鳥は空中で止まっている
公園で缶を潰そうと、金槌を振り下ろしているホームレスも
光景どころか、世界そのものが静止していた
「すごいでしょ?蓮のチカラ」
シンの言葉ではっと我に返る
額にはじっとりと、嫌な汗が張り付いていた
ーまじかよ……
蓮の右目が青く光る
時を止める能力を持っているのだと、瞬時に察した
どうりで、法律が通用しない訳だ
「ここには、俺らみたいな能力を持った奴らがごまんと居る。合法な取引なんて珍しいくらいだ」
「ここは法治国家だぞ…」
「お堅いねぇ。あんたの組だって、上層部は俺たちの力をアテにしてるぜ?」
茨木は、スーツの内側に仕舞っていた銃を蓮に向けた
銃を見慣れているのか、蓮は表情を崩さない
時を止める能力を持っているのは理解した
問題は、隣でにこりと笑うシンも、何かしらの能力を持っているのかという事だ
銃口をシンに向けると、おどけた表情で両手を上げる
「落ち着いてよ。あんたを助ける為なんだ」
「黙れ…っ貴様ら、一体何を考えてる」
銃を握る手に汗がじわりと滲む
得体の知れない二人に、茨木は混乱し情報の処理が追いつかない
「せっかく時も止まってる事だしよ、ちょっと散歩しようぜ」
そう言って、蓮は銃を向けている茨木の横を通り過ぎて行く
「どこ行くの?」
「そいつの組織の事務所」
咄嗟に振り向き、銃を下ろす
世界が静止している今なら、事務所に行ける
ーこいつらに……ついて行けば……
「依頼通りに、あんたを事務所まで届けてやるよ」
振り向きながら笑う蓮に、茨木は奥歯を噛み締める
この男は全てを知っているのだと、すぐさま理解した
「本当に、事務所に行くんだな…」
「あ、場所知らねえんだった。案内してくれよ」
呆けた表情に、茨木は怒りを通り越して呆れてしまう
銃を手に持ったまま、歩き出す
「約束は守ってやるよ」
すれ違いざまに、蓮はそう言って煙草に火を点けた
❀✿❀✿
公園を住居としているホームレス達に、茨木の写真を見せた
日々空気のように溶け込み、時計の部品のように動くホームレス達は、僅かな変化にも敏感に反応する
だが、ホームレス達は一同に首を振るだけで、誰も茨木を目撃したり、新しい顔を見かけた者はいなかった
「やっぱここには居ないか〜」
シンが公園のベンチでアイスを食べながら、空を見上げる
資料を意味もなくめくる蓮の額には、汗が滲んでいた
「バーカ。取り引きに使う場所に、茨木が潜んでる訳ねえだろ」
「え、俺らの今までの努力って…無駄なやつですか」
思わず食い入るように蓮に詰め寄ったせいで、溶けかけたアイスが地面に落ちる
唯一のクールダウンを失ったシンは、肩を落としながらため息をつく
「リンまで使って俺らに依頼したんだ。それなりに素性くらいは調べられてんよ」
「余計な事まで調べないように、監視してんだ。悪趣味〜」
公園に鳴り響く、蝉の音にうんざりした頃
ベンチに座る便利屋に近付く足音が一つ
視線を足元に移していたシンが顔を上げると、目の前に佇む男には見覚えがあった
「あ、茨木 迅」
「……」
指を差されても眉一つ動かさない茨木は、真っ直ぐに蓮を見つめていた
煙草に火を点け、煙を吐き出すと微かに汚れている、茨木のスーツを掠める
「ここに居る奴らは何者だ」
重い口を開いた茨木の質問に、蓮は答えないまま、煙を吐き続ける
「なぜ、表と裏が存在するんだ」
人懐っこい表情のシンも、流石に真顔になり、公園に静寂が流れた
「裏新宿は、ほぼ法律が通用せん。なぜだ」
「質問が多いな」
蓮の声が静寂に包まれた公園に響く
ようやく、眉に皺が寄った茨木を見上げて、シンはニヤリと怪しく笑う
「ここには、法律は通用しねえ。それが答えだろ?」
「なぜ通用しない。我々を取り締まるべきハズの警察機関ですら、ここには滅多に立ち寄らない」
ここに来る前に調べたようだが、多くの疑問を持ったまま、裏新宿に足を踏み入れたらしい
少し冷たい風が三人の間を通り抜けていくのに、茨木の頬からは汗が伝っていた
「俺は…ここで産み落とされて、ここで育ったんだ」
シンが沈黙を破るように口を開いて、ぽつりと話し出す
「母親は知らない。父親も…いたと思うけど、良く覚えてない。でも、ここは居心地がとてもいいんだ。無法地帯だなんて言われてるけど、公園は静かな所だし、廃れてる場所は限られた場所しかない」
シンの人懐っこい笑顔がようやく浮かんだ
「そりゃあ生きていく為に犯罪は犯したよ。俺たちには必要な方法だもん。おじさんだってそうでしょ?」
「……」
茨木は何も言わずに立ち尽くすしかなかった
目の前に座る二人は見る限り異色な雰囲気を纏っている
常人には考えられないような何かがあるような気がしてならない
「俺が追われているのは、把握済みか」
「まあな。組織に連れ戻して来いって依頼を受けてる。何かあるのは見え見えだけどよ」
呆気なく認められ、ますます二人を疑ってしまう
ニヤリと笑う蓮に胸がざわつく
非現実的な世界が東京に存在する事を、否定して欲しい自分が居た
「あんたの事は助けてやるよ」
煙草を地面に落として、足で踏み付け火を消す
ゆっくりと立ち上がり、顔を上げた蓮に、一瞬時が止まったような感覚に襲われた
風で揺れる髪の隙間から、見える右目に目が離せない
少し見開いたと思ったら、風で揺れていた髪が止まる
「な……」
いや、止まったのは蓮の髪だけではない
彼の目の前で止まっているのは、風で飛ばされていた木の葉
まるで静止画のように止まったまま、空中で動かない
「これを法律とやらで、片付けられねえだろ?」
ベンチに座ったまま、固まっているシンの肩を叩く
すると息を吹き返したように、シンは瞬きをして立ち上がる
茨木は、背筋が寒くなるのを感じた
周りを何度見渡しても、いま起きている現実を否定する事は、出来ない
木から飛び立とうと羽を広げたまま、鳥は空中で止まっている
公園で缶を潰そうと、金槌を振り下ろしているホームレスも
光景どころか、世界そのものが静止していた
「すごいでしょ?蓮のチカラ」
シンの言葉ではっと我に返る
額にはじっとりと、嫌な汗が張り付いていた
ーまじかよ……
蓮の右目が青く光る
時を止める能力を持っているのだと、瞬時に察した
どうりで、法律が通用しない訳だ
「ここには、俺らみたいな能力を持った奴らがごまんと居る。合法な取引なんて珍しいくらいだ」
「ここは法治国家だぞ…」
「お堅いねぇ。あんたの組だって、上層部は俺たちの力をアテにしてるぜ?」
茨木は、スーツの内側に仕舞っていた銃を蓮に向けた
銃を見慣れているのか、蓮は表情を崩さない
時を止める能力を持っているのは理解した
問題は、隣でにこりと笑うシンも、何かしらの能力を持っているのかという事だ
銃口をシンに向けると、おどけた表情で両手を上げる
「落ち着いてよ。あんたを助ける為なんだ」
「黙れ…っ貴様ら、一体何を考えてる」
銃を握る手に汗がじわりと滲む
得体の知れない二人に、茨木は混乱し情報の処理が追いつかない
「せっかく時も止まってる事だしよ、ちょっと散歩しようぜ」
そう言って、蓮は銃を向けている茨木の横を通り過ぎて行く
「どこ行くの?」
「そいつの組織の事務所」
咄嗟に振り向き、銃を下ろす
世界が静止している今なら、事務所に行ける
ーこいつらに……ついて行けば……
「依頼通りに、あんたを事務所まで届けてやるよ」
振り向きながら笑う蓮に、茨木は奥歯を噛み締める
この男は全てを知っているのだと、すぐさま理解した
「本当に、事務所に行くんだな…」
「あ、場所知らねえんだった。案内してくれよ」
呆けた表情に、茨木は怒りを通り越して呆れてしまう
銃を手に持ったまま、歩き出す
「約束は守ってやるよ」
すれ違いざまに、蓮はそう言って煙草に火を点けた
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