第一話
東京の新宿区には、二つの世界が存在する
高さ50メートルの壁に囲まれた場所には、出入口に検問所が設置され、係員に制定された検査を受けなければ、出入り出来ない
壁の中に囲われた暮らしをしている者のほとんどは、前科のある者やゴロツキ達、ホームレスなど日本の立場上、不利な輩たちが住んでいる
そんな壁の中に広がる世界を、人々は皮肉を混ぜて「裏新宿」と呼んでいる
廃ビルが目立つ裏新宿の一角、古びたカフェが一軒
レトロな雰囲気が長年、愛されている店の中、カウンターに座り項垂れている、金髪と白髪の若者が二人
カウンターの向こうで、不機嫌そうな表情を受かべながら、グラスを拭いているのはこのカフェの店主
「一杯の珈琲でいつまで居座るんだよ…」
二人の若者の周りに漂う淀んだ空気に耐えられず、マスターが重い口を開く
「仕事の依頼が来ない…」
「このままじゃ…生活できねえ」
項垂れたまま、若者二人は暗い雰囲気を出しながら、力なく呟く
この状態が、既に三時間も経過しているせいで、珈琲はすっかり冷え切ってしまっている
「その辺の自販機でも覗いてみれば、それなりの金は落ちてんじゃねえの?」
「そんなの、ホームレスのおっちゃん達が毎日やってるよ…」
「じゃあ、その貧相なまんま物乞いでもしてろ。ってか、営業の邪魔」
痺れを切らしたマスターが二人を店の外へつまみ出す
夏の日差しにうんざりな表情を浮かべた二人は、店のドアを開けようとしたが、なかなか開かない
どうやら鍵をかけられたようで、ドアを叩く
「蓮…やめよう。体力が無くなるだけだよ」
「畜生…あんのじじい…こんな密集してる所で唯一の避暑地がここなんだぞ…」
「今日って水曜日だよね。もう少ししたら来るかもよ?リンちゃんが」
「あんの仲介屋…第二水曜日にしか来ねえって、どんだけ稼いでんだよ」
「稼いでるわよ」
突然聞こえた声に勢いよく振り返ると、ブロンドの長い髪をなびかせた女性が仁王立ちしていた
外国人のような整った目鼻立ちをしていて、魅力的な雰囲気を漂わせている
「ここに来たってことは、何か仕事の話持ってきたんだろうな」
「リンちゃん!相変わらず綺麗だね~」
カフェのドアから離れて二人はリンの両隣に立つと、明らかに嫌そうな表情を見せながら、リンはカフェのドアを開けて中に入る
「いらっしゃい」
「久しぶり、マスター。ここも相変わらず居心地いいわね」
「そこの二人は、外に追い出したはずだけど」
グラスを食器棚に置きながら、マスターはリンの後ろに立つ二人を睨む
にやりと笑い、店の奥にあるソファーに座ったリンの向かいに座る
「マスター、ブレンドコーヒー」
「はいよ」
お湯を沸かす音が聞こえた所で、リンは持っていた鞄から茶封筒を取り出して、テーブルに置いた
蓮が封筒を不器用に開封して、中身の資料を取り出す
資料には、ある男の素性を調べたものと、男の写真が添付されている
「ここに写っている男を、ある組織に引き渡して欲しいの」
「案外、簡単そうだね」
「馬鹿言うな、シン。ゴロツキ共の集まるこの裏新宿で、この男一人探さなけりゃいけねえってのが、気に入らねえ」
「あら、仕事を選べる立場かしら?」
痛い所を突かれ、蓮は口を閉ざす
今月は、特に仕事の依頼がほとんど来ていない
そんな中で飛び込んできた仕事に、断れるはずもなかった
蓮は舌打ちして資料に目を通す
「茨木 迅。28歳。元々組織の人間で、主に麻薬の取り引きを斡旋する仕事をしていたらしいの」
「金の管理は、別の人間がやってたのか」
「ええ。この組織は犯罪に手を染めたやり口がほとんど。人数もそれなりに居るから、階級の構造はきちんとしてるみたいね。茨木の他にも売春の斡旋、裏切り者の始末、経理、弁護士まで居るわ」
きっと組織に手を貸している弁護士も、表の人間ではないのだろう
資料の最後には、組織の人間のリストがそれぞれ役割ごとに調べられていた
「この茨木って人が組織を裏切ったから、見つけて連れ戻して欲しいってこと?」
蓮の持っている資料を横から覗き見ながら、シンが尋ねると、リンは黙って頷く
「私も詳しくは知らないの。仲介屋だし、知らない方が得する事が多いから。裏新宿で有名な便利屋さんだって事で、報酬も言い値でいいらしいわよ」
「言い値で!?」
身を乗り出すようにシンが飛び付く隣で、蓮は冷静に資料に目を通して、テーブルに置いた
マスターがリンに珈琲を差し出す
「パス」
「え?」
珈琲を一口飲んだリンは、カップを持ったまま笑みを浮かべる
資料をテーブルの上に投げるように置き蓮は煙草に火を点けた
「なんでさ蓮。せっかくの仕事……」
「よく考えてみろ、シン。この組織は順風満帆もいいとこだ。経営も犯罪だが成り立ってる。んなとこ抜け出して逃げるってのは余程の理由があったんだろ。連れて戻るなんてヤボだ」
「逃げた茨木の理由も知らされてはいないわ。
受けるか受けないかは便利屋さんに任せる」
「金を持ち逃げされたってんなら受けるが……」
しばらくテーブルに置かれた資料を見つめ、蓮は真剣な表情のまま、灰皿に煙草を押し付ける
「シン。誰にも、知られたくない情報を茨木が見たとしたら…どうする?」
「え、殺す……」
そう呟いた所で、シンがあっと気が付く
二人の様子を見てリンは、くすりと笑う
-やっぱり…二人にぴったりな依頼だったみたいね
シンと蓮が見つめ合った所で、リンは背筋を伸ばしてもう一度尋ねる
「受けるか受けないかは、便利屋次第よ」
「上等だ。受けてやるよ」
リンが資料を封筒に入れて蓮に渡すと、奪うように受け取った
❀✿❀✿
高さ50メートルの壁に囲まれた場所には、出入口に検問所が設置され、係員に制定された検査を受けなければ、出入り出来ない
壁の中に囲われた暮らしをしている者のほとんどは、前科のある者やゴロツキ達、ホームレスなど日本の立場上、不利な輩たちが住んでいる
そんな壁の中に広がる世界を、人々は皮肉を混ぜて「裏新宿」と呼んでいる
廃ビルが目立つ裏新宿の一角、古びたカフェが一軒
レトロな雰囲気が長年、愛されている店の中、カウンターに座り項垂れている、金髪と白髪の若者が二人
カウンターの向こうで、不機嫌そうな表情を受かべながら、グラスを拭いているのはこのカフェの店主
「一杯の珈琲でいつまで居座るんだよ…」
二人の若者の周りに漂う淀んだ空気に耐えられず、マスターが重い口を開く
「仕事の依頼が来ない…」
「このままじゃ…生活できねえ」
項垂れたまま、若者二人は暗い雰囲気を出しながら、力なく呟く
この状態が、既に三時間も経過しているせいで、珈琲はすっかり冷え切ってしまっている
「その辺の自販機でも覗いてみれば、それなりの金は落ちてんじゃねえの?」
「そんなの、ホームレスのおっちゃん達が毎日やってるよ…」
「じゃあ、その貧相なまんま物乞いでもしてろ。ってか、営業の邪魔」
痺れを切らしたマスターが二人を店の外へつまみ出す
夏の日差しにうんざりな表情を浮かべた二人は、店のドアを開けようとしたが、なかなか開かない
どうやら鍵をかけられたようで、ドアを叩く
「蓮…やめよう。体力が無くなるだけだよ」
「畜生…あんのじじい…こんな密集してる所で唯一の避暑地がここなんだぞ…」
「今日って水曜日だよね。もう少ししたら来るかもよ?リンちゃんが」
「あんの仲介屋…第二水曜日にしか来ねえって、どんだけ稼いでんだよ」
「稼いでるわよ」
突然聞こえた声に勢いよく振り返ると、ブロンドの長い髪をなびかせた女性が仁王立ちしていた
外国人のような整った目鼻立ちをしていて、魅力的な雰囲気を漂わせている
「ここに来たってことは、何か仕事の話持ってきたんだろうな」
「リンちゃん!相変わらず綺麗だね~」
カフェのドアから離れて二人はリンの両隣に立つと、明らかに嫌そうな表情を見せながら、リンはカフェのドアを開けて中に入る
「いらっしゃい」
「久しぶり、マスター。ここも相変わらず居心地いいわね」
「そこの二人は、外に追い出したはずだけど」
グラスを食器棚に置きながら、マスターはリンの後ろに立つ二人を睨む
にやりと笑い、店の奥にあるソファーに座ったリンの向かいに座る
「マスター、ブレンドコーヒー」
「はいよ」
お湯を沸かす音が聞こえた所で、リンは持っていた鞄から茶封筒を取り出して、テーブルに置いた
蓮が封筒を不器用に開封して、中身の資料を取り出す
資料には、ある男の素性を調べたものと、男の写真が添付されている
「ここに写っている男を、ある組織に引き渡して欲しいの」
「案外、簡単そうだね」
「馬鹿言うな、シン。ゴロツキ共の集まるこの裏新宿で、この男一人探さなけりゃいけねえってのが、気に入らねえ」
「あら、仕事を選べる立場かしら?」
痛い所を突かれ、蓮は口を閉ざす
今月は、特に仕事の依頼がほとんど来ていない
そんな中で飛び込んできた仕事に、断れるはずもなかった
蓮は舌打ちして資料に目を通す
「茨木 迅。28歳。元々組織の人間で、主に麻薬の取り引きを斡旋する仕事をしていたらしいの」
「金の管理は、別の人間がやってたのか」
「ええ。この組織は犯罪に手を染めたやり口がほとんど。人数もそれなりに居るから、階級の構造はきちんとしてるみたいね。茨木の他にも売春の斡旋、裏切り者の始末、経理、弁護士まで居るわ」
きっと組織に手を貸している弁護士も、表の人間ではないのだろう
資料の最後には、組織の人間のリストがそれぞれ役割ごとに調べられていた
「この茨木って人が組織を裏切ったから、見つけて連れ戻して欲しいってこと?」
蓮の持っている資料を横から覗き見ながら、シンが尋ねると、リンは黙って頷く
「私も詳しくは知らないの。仲介屋だし、知らない方が得する事が多いから。裏新宿で有名な便利屋さんだって事で、報酬も言い値でいいらしいわよ」
「言い値で!?」
身を乗り出すようにシンが飛び付く隣で、蓮は冷静に資料に目を通して、テーブルに置いた
マスターがリンに珈琲を差し出す
「パス」
「え?」
珈琲を一口飲んだリンは、カップを持ったまま笑みを浮かべる
資料をテーブルの上に投げるように置き蓮は煙草に火を点けた
「なんでさ蓮。せっかくの仕事……」
「よく考えてみろ、シン。この組織は順風満帆もいいとこだ。経営も犯罪だが成り立ってる。んなとこ抜け出して逃げるってのは余程の理由があったんだろ。連れて戻るなんてヤボだ」
「逃げた茨木の理由も知らされてはいないわ。
受けるか受けないかは便利屋さんに任せる」
「金を持ち逃げされたってんなら受けるが……」
しばらくテーブルに置かれた資料を見つめ、蓮は真剣な表情のまま、灰皿に煙草を押し付ける
「シン。誰にも、知られたくない情報を茨木が見たとしたら…どうする?」
「え、殺す……」
そう呟いた所で、シンがあっと気が付く
二人の様子を見てリンは、くすりと笑う
-やっぱり…二人にぴったりな依頼だったみたいね
シンと蓮が見つめ合った所で、リンは背筋を伸ばしてもう一度尋ねる
「受けるか受けないかは、便利屋次第よ」
「上等だ。受けてやるよ」
リンが資料を封筒に入れて蓮に渡すと、奪うように受け取った
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