ランドマーク(TeDitober2024 Day2)
エーテル溜まりに沈みつつあったオリフレム。押し寄せる黒の帯。
そして、いと気高きドレイクヘッドの消滅。
それが決定打となり、ザンブレクの遷都は為された。豊かなエーテルの恩恵に浴するため、不可侵であるはずのクリスタル自治領に侵攻した。
オリフレムは、打ち捨てられた。吹き出したエーテルの流れに怯え、住民も逃げ出した。……逃げ遅れた、あるいは、敢えてオリフレム残留を選んだ者達もいる。しかし、彼らがどうなったのか、確かめる手立てはそう多くはなかった。
あれから二年と少し。
北東に視線を向けていたディオンは、ホワイトウィルム城の背にマザークリスタルが見えないことに違和感を拭えずにいた。
ミシディア監視塔近辺に用があって訪ったのだが、豊かだった穀倉地帯も悲惨な有様だった。未だしがみついて細々と農業を営んでいる者は一応いるらしい。だが、ザンブレクの食糧庫だったこの地もまた黒の一帯として呑み込まれつつある。
黄昏の時は過ぎ、闇が満ちる。そういう、世界。そういう、時代。……そんなふうに諦めてしまえれば、あるいは良かったのかもしれない。奪えばよい、そう考えてしまえれば、良かったのかもしれない。
マザークリスタル・ドレイクヘッドを失ったホワイトウィルム城は、白く霞んで見えた。頼りなく、儚く見えた。麓に広がっていた街は今はどうなっているのだろう。青の海に沈んでいる、という報は聞いていた。懺悔の門をベアラー兵に覗かせたところ、そう答えたのらしい。
だが、己自身の目で確認はしていない。
ディオンは、背後を見やった。今回はマクロデュロワの視察と軍事演習にやって来たわけだが、勿論、テランスも同行している。しかし、彼は部隊長に呼ばれて先刻ディオンの傍を離れていた。代わりに、警護兵を二名配置して。
まだテランスは戻らないだろう。この好機を逃してはならない。ディオンはそう判じて、ふう、と息を吐いた。警護兵に声をかけ、己の聖槍を持ってこさせる。疑問符を浮かべつつも命令に従った兵卒に軽く頷いて槍を受け取ると、ディオンは駆けだした。
否、駆けだそうとした。そうして、バハムートに顕現を、と考えていた。
しかし、それはならなかった。己が飛び立つために走る、その十歩ほど先に鉄槍が突き刺さったがために。
「──」
行く手を阻んだ槍の前で足を止める。「犯人」の正体を正確に思い描きながら振り向くと、やはり厳しい表情でテランスが此方へ向かってくるところだった。
「どちらへ?」
言葉少なにテランスが問う。常の穏やかなまなざしとは違う、罪人を射抜くようなそれをディオンは跳ね返した。
「オリフレムへ」
「バハムートに顕現なさって、視察すると?」
テランスの問いに、ディオンは「ああ」と首肯した。
「報告は届いております。オリフレムも城も、既にエーテルに沈んだと」
一年ほど前に聞いたその知らせを、ディオンは勿論覚えていた。だがそれでも、と思うのだ。
「聞いた。……聞いたが、しかし」
ディオンは、テランスから視線をオリフレムとホワイトウィルム城へ転じた。そして、今となっては残像にしか過ぎぬマザークリスタルへと。
この想いは何と名付ければよいのだろうか。やはり、「郷愁」という言葉になるのだろうか。それほど思い入れもなかったはずの、地なのに。
……そう思い込んでいたに過ぎないのかもしれないが。
しかし、の後の言葉をディオンは続けなかった。テランスも訊かなかった。敬礼をとり、「……軍議のお時間です」と残酷なことを言う。ああ、そういえばそうだった、とディオンは苦笑し、聖槍をテランスに渡した。そうして踵を返し、監視塔近くの陣へと向かおうとしたそのとき。
「軍議後、懺悔の門まではお付き合いいたします」
背へかけられたテランスの言葉に、ディオンは彼を見た。苦虫を嚙み潰したような顔を垣間見せ、テランスがディオンの傍に寄る。
「オリフレムと城をバハムートでぐるりと一周巡るだけなら譲歩いたします。それ以上は絶対にいけません」
ディオンにしか聞こえない声量でテランスが言う。これでは主従逆転だな、とディオンはどこかで面白く感じながら、テランスに笑んだ。
「もし、其方の命令──約束を違えたなら?」
「……しばらくは絶交です」
「それはかなり堪えるな」
肩を竦め、ディオンは口の端を上げてみせた。「御身をお労りください」が口癖のテランスの最大限の譲歩に有難く思いながら、そうして陣へと向かった。
数刻後──。
懺悔の門から少し離れた、エーテルの影響が少ないところでテランスを待たせ、ディオンはバハムートに顕現した。
空からオリフレムを、ホワイトウィルム城を眺める。報告通りの風景に、溜息混じりに唸った。
ゆらゆらと揺れる青の海。黄昏を過ぎた、闇への路。城の向こうにマザークリスタルは無く、思い出に残る光景との違いに、異様なものに思えた。
もう、戻れない。そのことが妙に悲しかった。
懺悔の門に戻り、顕現を解く。駆け寄ってきたテランスに腕を伸ばす前に、ぎゅうと抱きしめられた。鎧ごしにもあたたかさが伝わる。心が緩む。
この地は、確かに己が故郷。失われてしまった、戻れない場所。時間。
けれど、本当は。
このあたたかさこそが一番大切で必要なものだとディオンは思った。
「さあ、帰りましょう。分隊長や副長が今頃おかんむりですよ」
「叱られるのは余だけだ。余が其方を唆したと言うから、平然としておればよい」
「流石にそうはいきません」
ピィ、と指笛でチョコボを呼び、テランスが眉尻を下げて笑った。そんな彼から身を離し、ディオンは背を向ける。瞬間、ほろ、と零れた涙が不思議だった。
故郷を失っても、このあたたかさは失いたくない。絶対に。
そう、思った。
そして、いと気高きドレイクヘッドの消滅。
それが決定打となり、ザンブレクの遷都は為された。豊かなエーテルの恩恵に浴するため、不可侵であるはずのクリスタル自治領に侵攻した。
オリフレムは、打ち捨てられた。吹き出したエーテルの流れに怯え、住民も逃げ出した。……逃げ遅れた、あるいは、敢えてオリフレム残留を選んだ者達もいる。しかし、彼らがどうなったのか、確かめる手立てはそう多くはなかった。
あれから二年と少し。
北東に視線を向けていたディオンは、ホワイトウィルム城の背にマザークリスタルが見えないことに違和感を拭えずにいた。
ミシディア監視塔近辺に用があって訪ったのだが、豊かだった穀倉地帯も悲惨な有様だった。未だしがみついて細々と農業を営んでいる者は一応いるらしい。だが、ザンブレクの食糧庫だったこの地もまた黒の一帯として呑み込まれつつある。
黄昏の時は過ぎ、闇が満ちる。そういう、世界。そういう、時代。……そんなふうに諦めてしまえれば、あるいは良かったのかもしれない。奪えばよい、そう考えてしまえれば、良かったのかもしれない。
マザークリスタル・ドレイクヘッドを失ったホワイトウィルム城は、白く霞んで見えた。頼りなく、儚く見えた。麓に広がっていた街は今はどうなっているのだろう。青の海に沈んでいる、という報は聞いていた。懺悔の門をベアラー兵に覗かせたところ、そう答えたのらしい。
だが、己自身の目で確認はしていない。
ディオンは、背後を見やった。今回はマクロデュロワの視察と軍事演習にやって来たわけだが、勿論、テランスも同行している。しかし、彼は部隊長に呼ばれて先刻ディオンの傍を離れていた。代わりに、警護兵を二名配置して。
まだテランスは戻らないだろう。この好機を逃してはならない。ディオンはそう判じて、ふう、と息を吐いた。警護兵に声をかけ、己の聖槍を持ってこさせる。疑問符を浮かべつつも命令に従った兵卒に軽く頷いて槍を受け取ると、ディオンは駆けだした。
否、駆けだそうとした。そうして、バハムートに顕現を、と考えていた。
しかし、それはならなかった。己が飛び立つために走る、その十歩ほど先に鉄槍が突き刺さったがために。
「──」
行く手を阻んだ槍の前で足を止める。「犯人」の正体を正確に思い描きながら振り向くと、やはり厳しい表情でテランスが此方へ向かってくるところだった。
「どちらへ?」
言葉少なにテランスが問う。常の穏やかなまなざしとは違う、罪人を射抜くようなそれをディオンは跳ね返した。
「オリフレムへ」
「バハムートに顕現なさって、視察すると?」
テランスの問いに、ディオンは「ああ」と首肯した。
「報告は届いております。オリフレムも城も、既にエーテルに沈んだと」
一年ほど前に聞いたその知らせを、ディオンは勿論覚えていた。だがそれでも、と思うのだ。
「聞いた。……聞いたが、しかし」
ディオンは、テランスから視線をオリフレムとホワイトウィルム城へ転じた。そして、今となっては残像にしか過ぎぬマザークリスタルへと。
この想いは何と名付ければよいのだろうか。やはり、「郷愁」という言葉になるのだろうか。それほど思い入れもなかったはずの、地なのに。
……そう思い込んでいたに過ぎないのかもしれないが。
しかし、の後の言葉をディオンは続けなかった。テランスも訊かなかった。敬礼をとり、「……軍議のお時間です」と残酷なことを言う。ああ、そういえばそうだった、とディオンは苦笑し、聖槍をテランスに渡した。そうして踵を返し、監視塔近くの陣へと向かおうとしたそのとき。
「軍議後、懺悔の門まではお付き合いいたします」
背へかけられたテランスの言葉に、ディオンは彼を見た。苦虫を嚙み潰したような顔を垣間見せ、テランスがディオンの傍に寄る。
「オリフレムと城をバハムートでぐるりと一周巡るだけなら譲歩いたします。それ以上は絶対にいけません」
ディオンにしか聞こえない声量でテランスが言う。これでは主従逆転だな、とディオンはどこかで面白く感じながら、テランスに笑んだ。
「もし、其方の命令──約束を違えたなら?」
「……しばらくは絶交です」
「それはかなり堪えるな」
肩を竦め、ディオンは口の端を上げてみせた。「御身をお労りください」が口癖のテランスの最大限の譲歩に有難く思いながら、そうして陣へと向かった。
数刻後──。
懺悔の門から少し離れた、エーテルの影響が少ないところでテランスを待たせ、ディオンはバハムートに顕現した。
空からオリフレムを、ホワイトウィルム城を眺める。報告通りの風景に、溜息混じりに唸った。
ゆらゆらと揺れる青の海。黄昏を過ぎた、闇への路。城の向こうにマザークリスタルは無く、思い出に残る光景との違いに、異様なものに思えた。
もう、戻れない。そのことが妙に悲しかった。
懺悔の門に戻り、顕現を解く。駆け寄ってきたテランスに腕を伸ばす前に、ぎゅうと抱きしめられた。鎧ごしにもあたたかさが伝わる。心が緩む。
この地は、確かに己が故郷。失われてしまった、戻れない場所。時間。
けれど、本当は。
このあたたかさこそが一番大切で必要なものだとディオンは思った。
「さあ、帰りましょう。分隊長や副長が今頃おかんむりですよ」
「叱られるのは余だけだ。余が其方を唆したと言うから、平然としておればよい」
「流石にそうはいきません」
ピィ、と指笛でチョコボを呼び、テランスが眉尻を下げて笑った。そんな彼から身を離し、ディオンは背を向ける。瞬間、ほろ、と零れた涙が不思議だった。
故郷を失っても、このあたたかさは失いたくない。絶対に。
そう、思った。
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