雑貨まつり

 その日、恩師・ハルポクラテスから借りていた書物を返そうと隠れ家を訪ったディオンは、大広間に入るなり、その異様な賑わいに面食らった。
 普段は主に通路代わりに使われている場である。突発的に宴になってラウンジだけでは用が足りなくなった場合には急遽使われることもあるが、それとはまた別の類の熱気がこの場にはあった。
「これ、いいなあ」
「かーわーいーいー! 私、これにする!」
「決めきれない……。あれも、これも素敵すぎる……」
「え、全部? どれだけ買い込むつもり?」
「だって、この日のためにやりくりしたのよ!」
「私も。お給金くれるってシアワセをありがとう、シド……」
「そして、トキメキの場を作ってくれてありがとう、カローン……」
 声高に、そして興奮気味に、会話になっているような、いや、たぶんなっていないような具合で話しながら何人もの女性が何かを見ていた。
 その様子に圧倒されていたディオンだったが、後ろから「随分と盛況だな」と声がしたので、振り向いた。見れば、クライヴとガブが揃って階段を上がってきたところだった。
「クライヴ、これは?」
「ああ、【雑貨まつり】だ」
 雑貨まつり? 復唱して首を傾げたディオンに、クライヴとガブが頷く。なんだそれは、とディオンが訊ねてみると、ガブが以下のように説明してくれた。
 隠れ家の住人の大半である「元」ベアラーは、未だ続く差別や隠れ家の立地もあって、自由に「外」に出ることはほぼできない。ほぼ自給自足で生活はできているが、それだけでは「ぼんやり」してしまうのだと誰かが言ったのらしい。文字の読み書きを覚えたり、手仕事に励んだり、ミドの実験台を率先して務める、という住民も多いが、「なんとなく」生きていて、潤いというものがない……といった声を聞きつけたカローンが、それだったらと思いついたのが、「外」のものを大盤振る舞いの大特価で放出しようじゃないか、というものだった。その段階でクライヴへカローンは依頼をかけたらしい。「大広間の使用許可と出品する雑貨の調達、それと資金繰りを頼む」という手紙にクライヴは大いに頭を抱えたが、カローンの考えには共感できたので、協力をしたのだった。
「そういえば今回で何回目だ? クライヴ」
「四回目だな。最初はもっと雑多だったんだが」
 各地の美酒を集めてみたり、面白いと評判の活劇をルカーンに吟じてもらったり、男性向けに「ちょっとした」姿絵をこっそり取引する場を設けたりとしている間に、いつの間にか雑貨を扱う催しとなっていった。「ぼんやり」「なんとなく」を感じていたのが主に女性だったことや、カローンの「雑貨」に対する目利きが素晴らしいこともあるのだとガブは説明を終えた。
「雑貨、といっても物凄く幅広いのでは……?」
 「視察」「偵察」で訪ったことのある各地のマルシェを思い出す。ボクラドなどはその最たる例だが、大きなものから指先ほどのものまで様々で、そもそも雑貨とは何を指すのか。
 今はただの石板と化したアレテ・ストーンを埋め尽くすくらいに貼られたポストカードが目を引くが、ラウンジの机を大広間の中央に持ってきて並べられている品も山とあった。
「回数を重ねているうちに、ウケる傾向が掴めてきたらしくてな。シャーリーや語り部達の提案もあって、今回は文房具に焦点を当ててみたらし」
「殿下!?」
 ディオンの問いにガブが答えていたのを遮ったのは、アスタだった。彼女は悲鳴のように声を上げると、満面の笑みで「すっ飛んで」きた。彼女の行動に、その場にいた人々の視線がすべてディオン達に集中した。
 沸騰しそうな熱気はそのままに、一気に静かになったその場で「おやまあ」とのんびりとカローンが呟いたのをディオンは聞いたが、ひとまずアスタの勢いに数歩後ろに下がった。本当は回れ右で外に出たかったのだが、クライヴとガブの図体が邪魔でうまくいかなかったのだが。
「殿下、お久しゅうございます! ちょうど良いところへようこそ!」
 皆さん!とアスタは雑貨まつりに集う参加者に振り返った。カードだらけのアレテ・ストーンを指さすと、「ディオン殿下がどのようなカードをお選びになるか、拝見したくはありませんこと!?」と大声で彼女は言った。
 参加者達が顔を見合わせる。凪いでいた海が次第にうねるような波になり、そうして。
「え、え、え」
「それは見たい……ぜひとも、参考に」
「いったい何の参考にするの?」
「そんなことはどうでもいいのよ、純粋に見たいわ……!」
「どんなカードを選んで、あとは……」
「何を書いて、誰に……はまあ分かり切ってるわね、どんな言葉が! そこ大事!」
「テストに出る!」
 多重に聞こえてくる声に眩みかけたディオンだったが、何やら自分が獲物になったらしいことだけは明らかで、思わず眉根を寄せてしまった。
 アスタの「依頼」は、「ポストカードを一枚選べ」とただそれだけのことではあるが、彼女達(参加者のほぼ全員が女性なので「彼女達」と称しても良いだろうとディオンは思った)が何を期待しているのかはうっすらと察した。
「すまないが、私はこれから先生の……」
 逃げようとしたディオンの腕をアスタがしっかりと掴む。
「逃げるおつもりですか? ヴァリスゼア全土大投票名カップリング部門第一位の片方であらせられる殿下が!」
「そのような部門はどこにもなかったであろう……?」
 二か月ほど前に突如開催された「新世界になって一周年記念いろいろ大投票」に「名コンビ部門」はあったが、「名カップリング」などという項目はなかった、はずだ。
「諦めろ、ルサージュ卿」
「それがいい。ちゃちゃっと選んで、後は好きにすれば」
 クライヴとガブの無責任な発言に彼らを睨みつけ、ディオンは溜息をついた。
 退路はどこにもないようだった──。
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