雑貨まつり2(TxT Live書きかけ版)
選んだカードを見る。アスタや他の女性陣からの視線がオーディンの斬鉄剣並みに痛かったのを思い出し、ディオンは溜息をついた。
石板に貼られていたカードの多くは「愛」を告げる用途のものだった。「愛」といっても、幅は広い。いわゆる「唯一人へ向けた愛」だけではなく、家族へのものだったり、友人だったり、それほど親しくはなくとも「ありがとう」くらいの意味を伝えたり……まあ、色々だ。
彼女達が期待していたのは、まあ、言ってみれば「唯一の相手に向けて贈る」カードがどのカードになるのかというのと、己がいったい何を書くのかということで──後者は絶対に見せないので、彼女達がどのように期待しても無駄ではあるのだが。
……結論を言えば、どのカードも選ばなかったのだ。
何故なら、イベント、もとい、雑貨まつりの終了時間をちょうどカローンが告げて、その場がお開きになったからなのだが、今思えば、カローンがわざと時間を繰り上げてくれたのだと思う。
カローンが義眼でないほうの目を瞑って合図をしてくれたのが、その証左だった。
その夜、ラウンジにも人の気配が消えた頃、ディオンは再度大広間を訪った。
綺麗さっぱり片付けられているので、あの熱気は幻のようにも思えたが、石板には何枚かそのままカードが残っていた。残したのか、剥がし忘れたのか、それとも?
吸い寄せられるようにディオンは石板へと向かった。剝がし忘れたのだという線は消した。ここまで綺麗に片付けたのに、それは少し考えにくい。とすると──?
「選んでいくかい?」
何のカードが残っているのだろう、と見たディオンに声をかけたのは、カローンだった。
「これは?」
ディオンが問うと、カローンは煙管を振った。「さて、どう思う?」と反対に訊かれる。
「其方が、貼り直したのか?」
「……当たりとは言い難いね。「目印」さ。こっちへおいで」
まるで親戚か近所の子供を相手にしているような言葉遣いでカローンはディオンを手招きした。何やら手には分厚い帳面を持っている。
「あそこに貼られていたカードじゃ、使いにくいだろう。人目も引くし、噂にもなる。何枚か使えそうなものを分けておいたからゆっくりと選んでおいき」
「……何枚か、のレベルではないのだが」
「趣味もあってね。面白いものだよ」
呆れたように言ったディオンに、カローンが笑う。帳面は、頁の四隅に切り込みを入れ、カードを保存しているようで、「何処で買ったか」「いくらだったか」「仕様は」「誰がつくったか」など、カローンの字でメモが残されていた。
「……少し、借りる。そして、一枚いただこう」
「どうぞ。お代はそうだね、いつか何か面白いものを見つけたら、持ってくればいい。それで交渉成立としよう」
「……」
さて、とディオンはインク壺と羽根ペンを手にした。
テランスが戻るまでに、カードに何か記しておきたいと思った。今は、「石の剣」と共に魔物狩りに出ている。
何を書こうか、と思うのだが、頭が混乱気味になっていた。
ひとつ。短い言葉がよいのだろう、とは思う。便箋ではなく、あくまでカードだ。細かな文字を書き連ねてもよいが、書ききれなくなってしまうのは困る。
ふたつ。短い言葉、といっても……とそこで躊躇う。分かりやすいのは、伝わりやすいのは、定番の「愛している」という短い言葉なのだが、とそこまで考えて、ディオンははたと気付いた。
──私は、この言葉をテランスに、伝えたことがあっただろうか?
その疑問には「勿論」という答えたかったが、「少し待て」と頭のどこかが待ったをかけた。
ある、と思う。反対に、伝えられているのは百より承知というか、心も体もどちらも受け止めていて──、しかし、己はというと……?
さらに、その前に。もうひとつの疑問がむくむくと沸いてきた。
──私は、彼に。彼を……。
§ §
二日後の朝、テランスはいつものようにぱっちりと目が覚めた。朝には強い。そうでないと、ディオンの従者は務まらなかったし、そうでなくとも、軍人に寝起きの悪い者は存在しないことになっている。まあ、偶にそういった者もいるが。
「石の剣」の隊員達はその点では、規則正しい生活はできるものの、臨機応変さには欠けるところがあった。試しに、起床喇叭を夜中に鳴らしてみたら、三名が出てこなかった。騎士団の団員だったら……と考えるも、今はそういった有事も少なく、また、これから徐々に慣れていけばよいだけの話だ。そう考え、特に訓戒などは行わなかった。というより、ドリスに「そこまでしなくても良いです」と言われてしまった。
そうして魔物退治の後の練兵も終え、隠れ家へ帰ってきたのは昨夜遅く。残念ながらディオンは既に就寝していて、それでもやはり彼も人の気配には敏いから目を覚ましたようだった。
「怪我は」
「ありません」
そうか、と安心したように微笑んで、ディオンは再び寝入った。その寝顔に少し見とれて、テランスも寝支度を整えて休んで──今。
ディオンがいない。いつもならば、自分よりは少しだけ起きるのが遅いはずなのに、姿が見えない。
「ディオン?」
と呟いて、辺りを見渡したテランスの枕元に、一枚のカードがあった。
「え?」
独り言のようだったが、誰も答えてくれない。ディオンは何処へ。このカードは何だ?
まさか、別れ……の手紙なのでは、とかつての恐怖を思い起こし、テランスは息を呑んだ。手が震える。
しかし、それにしては──あの走り書きの紙と比べると──カードの紙が上質なように見えた。何か、刻印のようなものが押されている。花、ではない。
意を決して裏返すと、ディオンの筆跡で短い文章が書かれてあった。
《私は、お前を愛せているか?》
「──」
署名入りのそのカードを、テランスは三度読み返し、頭を抱えそうになった。
ディオンがその場にいたなら、すぐさま説教していただろうが、彼はいない。
本当に何処へ?と考え込んでみたが、カードをもう一度読み、彼の心情に思いを馳せることにした。
何故、彼はこう書いたのか──。
石板に貼られていたカードの多くは「愛」を告げる用途のものだった。「愛」といっても、幅は広い。いわゆる「唯一人へ向けた愛」だけではなく、家族へのものだったり、友人だったり、それほど親しくはなくとも「ありがとう」くらいの意味を伝えたり……まあ、色々だ。
彼女達が期待していたのは、まあ、言ってみれば「唯一の相手に向けて贈る」カードがどのカードになるのかというのと、己がいったい何を書くのかということで──後者は絶対に見せないので、彼女達がどのように期待しても無駄ではあるのだが。
……結論を言えば、どのカードも選ばなかったのだ。
何故なら、イベント、もとい、雑貨まつりの終了時間をちょうどカローンが告げて、その場がお開きになったからなのだが、今思えば、カローンがわざと時間を繰り上げてくれたのだと思う。
カローンが義眼でないほうの目を瞑って合図をしてくれたのが、その証左だった。
その夜、ラウンジにも人の気配が消えた頃、ディオンは再度大広間を訪った。
綺麗さっぱり片付けられているので、あの熱気は幻のようにも思えたが、石板には何枚かそのままカードが残っていた。残したのか、剥がし忘れたのか、それとも?
吸い寄せられるようにディオンは石板へと向かった。剝がし忘れたのだという線は消した。ここまで綺麗に片付けたのに、それは少し考えにくい。とすると──?
「選んでいくかい?」
何のカードが残っているのだろう、と見たディオンに声をかけたのは、カローンだった。
「これは?」
ディオンが問うと、カローンは煙管を振った。「さて、どう思う?」と反対に訊かれる。
「其方が、貼り直したのか?」
「……当たりとは言い難いね。「目印」さ。こっちへおいで」
まるで親戚か近所の子供を相手にしているような言葉遣いでカローンはディオンを手招きした。何やら手には分厚い帳面を持っている。
「あそこに貼られていたカードじゃ、使いにくいだろう。人目も引くし、噂にもなる。何枚か使えそうなものを分けておいたからゆっくりと選んでおいき」
「……何枚か、のレベルではないのだが」
「趣味もあってね。面白いものだよ」
呆れたように言ったディオンに、カローンが笑う。帳面は、頁の四隅に切り込みを入れ、カードを保存しているようで、「何処で買ったか」「いくらだったか」「仕様は」「誰がつくったか」など、カローンの字でメモが残されていた。
「……少し、借りる。そして、一枚いただこう」
「どうぞ。お代はそうだね、いつか何か面白いものを見つけたら、持ってくればいい。それで交渉成立としよう」
「……」
さて、とディオンはインク壺と羽根ペンを手にした。
テランスが戻るまでに、カードに何か記しておきたいと思った。今は、「石の剣」と共に魔物狩りに出ている。
何を書こうか、と思うのだが、頭が混乱気味になっていた。
ひとつ。短い言葉がよいのだろう、とは思う。便箋ではなく、あくまでカードだ。細かな文字を書き連ねてもよいが、書ききれなくなってしまうのは困る。
ふたつ。短い言葉、といっても……とそこで躊躇う。分かりやすいのは、伝わりやすいのは、定番の「愛している」という短い言葉なのだが、とそこまで考えて、ディオンははたと気付いた。
──私は、この言葉をテランスに、伝えたことがあっただろうか?
その疑問には「勿論」という答えたかったが、「少し待て」と頭のどこかが待ったをかけた。
ある、と思う。反対に、伝えられているのは百より承知というか、心も体もどちらも受け止めていて──、しかし、己はというと……?
さらに、その前に。もうひとつの疑問がむくむくと沸いてきた。
──私は、彼に。彼を……。
§ §
二日後の朝、テランスはいつものようにぱっちりと目が覚めた。朝には強い。そうでないと、ディオンの従者は務まらなかったし、そうでなくとも、軍人に寝起きの悪い者は存在しないことになっている。まあ、偶にそういった者もいるが。
「石の剣」の隊員達はその点では、規則正しい生活はできるものの、臨機応変さには欠けるところがあった。試しに、起床喇叭を夜中に鳴らしてみたら、三名が出てこなかった。騎士団の団員だったら……と考えるも、今はそういった有事も少なく、また、これから徐々に慣れていけばよいだけの話だ。そう考え、特に訓戒などは行わなかった。というより、ドリスに「そこまでしなくても良いです」と言われてしまった。
そうして魔物退治の後の練兵も終え、隠れ家へ帰ってきたのは昨夜遅く。残念ながらディオンは既に就寝していて、それでもやはり彼も人の気配には敏いから目を覚ましたようだった。
「怪我は」
「ありません」
そうか、と安心したように微笑んで、ディオンは再び寝入った。その寝顔に少し見とれて、テランスも寝支度を整えて休んで──今。
ディオンがいない。いつもならば、自分よりは少しだけ起きるのが遅いはずなのに、姿が見えない。
「ディオン?」
と呟いて、辺りを見渡したテランスの枕元に、一枚のカードがあった。
「え?」
独り言のようだったが、誰も答えてくれない。ディオンは何処へ。このカードは何だ?
まさか、別れ……の手紙なのでは、とかつての恐怖を思い起こし、テランスは息を呑んだ。手が震える。
しかし、それにしては──あの走り書きの紙と比べると──カードの紙が上質なように見えた。何か、刻印のようなものが押されている。花、ではない。
意を決して裏返すと、ディオンの筆跡で短い文章が書かれてあった。
《私は、お前を愛せているか?》
「──」
署名入りのそのカードを、テランスは三度読み返し、頭を抱えそうになった。
ディオンがその場にいたなら、すぐさま説教していただろうが、彼はいない。
本当に何処へ?と考え込んでみたが、カードをもう一度読み、彼の心情に思いを馳せることにした。
何故、彼はこう書いたのか──。
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