錆びない青。
ヒロイン名
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放課後DTM部の部室では夜陣とミオがキラーチューンのくだりなど、なかったように会話していた。
「秋の文化祭で賞金が出たら新しいDAWソフトでもひとつ購入したいところだな」
「DAWソフトって、何? DTMの道具?」
「そうだ。デジタルオーディオワークステーションの略でパソコン単体ではオレらの要となる打ち込みをすることはできない。DAWソフトをパソコンで動かすことにより、実質作曲ができるというわけだな」
「部活に必要なものなら、ぜひ買いたいけど、今もうすでに持っているのよね? 夜陣くんも、龍華くんも。グレードアップしたいということかしら?」
「そういうことになるな」
「アップグレードかぁ。贅沢な響きだけど、道具も重要よね。グレードが上がると作業が時短になるだけでなく、たぶん音色にも差が出るんでしょう?」
「もちろんだ、上位版の音源はかなり実用に耐えるぞ。機能面でも、例えばアルペジオ……分散和音を一瞬で生成したり、進みうるコードの候補を示してくれたりするぞ」
そこで龍華が口を挟んできた。
「おい……時短は立派だが、あまり機能に頼り過ぎるとなくなるぜ? オリジナリティってやつがな。cubassのようにど真ん中をいくDAWソフトなら、初期グレードで充分だ」
「む。お前cubass派か……。悪いが購入するDAWソフトは部長であるこのオレが決めさせてもらうぞ」
「だからァ、何でもいいっつってんだろ。パソコンと何かしらのDAWソフトさえあれば、どこでだって作曲できる。それが、DTMの強みなんだからな。つーか、スマホでもいいくらいだ」
「いずれにせよ、これからキラーチューンを作っていくにあたり、道具のグレードアップにも投資していかねばならんだろうな」
「何っ、キラーチューンだと?! なぜその単語が今お前の口から出る?!」
龍華は動揺したが、夜陣は涼しい顔だ。
その時。
「ちょっと待ったぁぁ――――!」
ドアがバンと開き、入ってきたのは……。
「オーケストラ部?!」
文化部が盛んなこの学校の最大規模にして覇権の部活、オーケストラ部のほぼフルメンバーがそれぞれの楽器を携えて入ってきたのだ。
先頭のトランペットを持ったひときわガタイのよい男子がいきなり名乗った。
「オレはオーケストラ部部長にして、トランペット奏者、柏手桜一朗!」
「オレは生粋のDTMerにして、DTM部部長の夜陣疾風だ、知ってると思うがな。クラスメートだし。体育祭では協力し合ったしな」
それを聞いていた結束か恐る恐る、といった感じで問う。
「ちょ、名乗り合うとか穏やかじゃねーな、オーケストラ部の面々よ、一体何しに来たんだよ、楽器まで携えてさぁ! 生演奏聞かせてくれるってつもりじゃ、ないよな?」
「無論、ないな」
切り捨てる柏手。さらに問う結束。
「だったら合同練習の申し込みか? ……とてもそんな雰囲気じゃねーな」
柏手はDTM部の面々を見据えると、言い放った。
「本日よりこの第二音楽室は我がオーケストラ部の二つ目の部室となる! 悪いがDTM部には退散してもらおう!」
「はああああ?!」
レーレが即座に反論した。
「ふざけんな! お前らオーケストラ部にはもっと巨大な第一音楽室が与えられてるだろーが! 一部活に一部室! 第二音楽室の領域を侵すなっ! 退散するのはお前らじゃ! 去れ去れー!」
とたんに柏手は歯切れ悪くなりだした。
「そ……そうだな。やはりこんな強引なやり方はよくない……。筋も通ってないし。考えなおさないか? 皆」
柏手はあまり乗り気でなかったらしく、背後に控えるオーケストラ部の面々を振り返った。
「だめだめ――っ! 部長ぉぉ――! 筋は通ってるって、納得したはずでしょう?」
ひらりと前に進み出た学ランがいた。
やや小柄で黒髪のおかっぱに近い髪型をしている。目が小さくないため、龍華ほどではないが、かなりきつい目つきでDTM部を睨んでいる。持っている楽器は、バイオリンだ。
「コンサートマスターの一年冷泉と申します。こんな少数の気持ち悪い部活生理的に消したい潰したい野ざらしにしたいーっていうのは置いといて! あなた方DTM部とかゆう人たちは何でだってスマホでだって作曲できるそうじゃないですか。時と場所を選ばないなんて、もはや動物みたいですね。なら第二音楽室なんていう、機材やパソコンの完備されている立派な空間は与えられる必要がない……。没収ですよ、没収! さっさと退散してください!」
DTM部はいきなり生理的に無理などと言い出した不気味な一年にあっけにとられたが、ミオはすぐ気を持ち直したようだった。
「ちょっと、ちょっと! 一年の冷泉くん……だっけ? あなたたちに言う価値もないと今ので判断したけれど、私たちにはハイエンドな目標があるの。確かに私たちは場所を選ばないわ。場所と楽器がなきゃ赤子同然のあなたたちとは全く違うと言えるでしょう。だけど、時短やより良い音色を作り出すためには防音でパソコンのあるこの第二音楽室は必要なのよ。分かったかな?」
「まあ、本人たちはそう言うよね。だけど、大人は必要だとは思わなかったみたいだ。ボクらは言い合いで負かしてあげようなんて、初めから思ってないよ。これで、しまいだ!」
冷泉はバーン! と教卓の上に一枚の紙を叩きつけた。
「『DTM部は何もせずただ遊んでいるだけなので、第二音楽室は必要ないから、オーケストラ部の二つ目の部室とすることを認める。
by音楽主任黒川』」
オーケストラ部の他の面々が目を伏せてじゃっかん気まずそうにする中、冷泉は堂々と読み上げると、釣り上がった目を輝かせて夜陣、ミオたちを見つめた。
夜陣はふーん、みたいな表情をしていた他のDTM部の面々はキレている。
「アー!黒川! あいつ、ついにやりやがっタ!」
「教師っていうか人としてヤバいレベルだわ……」
「おい、何とか言えよ、夜陣……!」
夜陣だけは冷静だった。
「この学校は業績主義。なんの手柄もない新設部のオレらが出ていくのは道理に適っているといえるな」
「夜陣くん?!」
「まさか、諦めちまうのか?!」
「書いてある通り、本当にただ遊んでいるだけならな……。遊んでいないことを証明すれば……。例えば直接対決によってオーケストラ部よりもまさっていることが証明できれば?」
「?!!!!!」
「投票者は例によってこの学校の生徒たち。オーケストラ部は部員が多い分、人脈も広いはずだ。悪くない勝負条件だと思うが?」
冷泉が舌を出した。
「悪くないっていうか、ボクらの負ける要素がイチミリもないじゃん。そんな結果の明らかな勝負には時間を割けないよ!」
「黙れ、冷泉」
「柏手部長……」
「いいだろう! オレも実力差をはっきりさせない内に追い出すのはいかがなものかと思っていた」
部長どうしが勝負を承諾し、冷泉以外の全員がどこか腑に落ちた顔をして、その日はオーケストラ部は去った。
オーケストラ部が去った部室で、DTM部は誰も何も言わずとも作戦会議を始めるような雰囲気になった。
思い思いの場所に座り、何となく六角形の陣形が作られる。
ミオが重い口調で切り出した。
「で、どんな感じなの? オーケストラ部って。校内最大規模……らしいけど」
夜陣が返事をした。
「部員はざっと三十人。その頂点にたったコンサートマスターが史上初めて一年生から選ばれたという話は聞いていたが……」
ミオが信じられないといった様子で騒いだ。
「あの冷泉って一年、きも過ぎー! ヒステリックな女みたい!」
夜陣は頷いた。
「だが、コンサートマスターだ。何か口以外にも武器があるに違いない……」
龍華がぼそっと言った。
「冷泉は体験入部時、フルオーケストラの譜面を書いて、全部員に見せて回り、全員から認められ、コンサートマスターになったって話だぜ」
夜陣は目を見開いた。
「龍華……知っているのか、譜面を書いたってことは……作曲か!」
龍華は頷いた。
「まーな、その認めさせたっていう譜面はどうしても入手できなかったが……だが、妙だろ?」
「妙だな……」
「どういうこと?」
「分かるように説明しろ」
ミオとレーレが話について来れなかったので、夜陣が説明した。
「光あれば影あり。目立つパートがあれば、目立たぬパートは必ず出てくる。そのめりはりこそが、聴き手の心を打つイチ要素なのだ。いわば、目立たぬ影の存在は必要悪。
だから、全員が認める……つまり全パートが目立って名曲など、あり得ない。ましてやフルオーケストラ……」
龍華もそこに着目したようだった。
「そこに冷泉率いるオーケストラ部を打破する鍵がありそうだぜ」
「確かにな」
「間に合うの?」
「間に合う……というか、もう勝つ術は思いついた。冷泉の譜面についてのオレの推測が正しければな」
結束が指を鳴らした。
「さっすがー夜陣!」
そして、対決当日の放課後。
いよいよ、始まろうとしていた。
先攻は、オーケストラ部。
まだ幕の降りている舞台上でずらりと円形にポジショニングする三十人規模のオーケストラ部。冷泉は手前のバイオリン部隊の中でも最前列にいた。ファーストバイオリンのようだ。柏手は音の大きいトランペットである為、後列に配置されている。
指揮は……。
舞台袖のDTM部は衝撃を受けた。
「おい……ふざけんなよ!」
「指揮が黒川だなんて!」
夜陣が眉をしかめて言った。
「ふむ。黒川先生はオーケストラ部の顧問でもあるからな。指揮をするのは当然といえるな」
その言葉にレーレが皆の気持ちを代弁し、憤慨する。
「そうなのかよ! あいつふたつの部活を受け持ってたのか! 自分の受け持つ部活どうしを直接対決させることを許可したあげく、片方に加担するなんて、非道すぎるのだぜ」
最前に陣取るはずの指揮の黒川より前が少し空いていた。
そして、幕が上がる。
観客席は生徒たちで埋め尽くされてほぼ満席だった。
気を引き締めた表情をするオーケストラ部全員。
すると、ピンク色系ブラウンの髪をくるくるに巻き、さらに右だけを上の方で縛り上げている女子生徒がふわりと登場し、最前でにこにこしだした。
生徒たちが騒ぎ立てる。
「アイドル部エースの橋本ちゃんじゃん!!」
「かわいー!確か二年だよな?」
「あんな儚げな子が、壮大なオーケストラを従えてるだけで涙が出そうだ……!」
ミオは舞台袖でのほんとその様子を見ていた。
「アイドル部なんて、あったんだー。あの橋本ってコ、見たことあるような……。同じ学年なら、見たことあって当たり前かしら」
夜陣はじゃっかん動揺している。
「ボーカル入んのか……。やりやがったな」
橋本が舞台袖のDTM部、というかミオを見やり、にこっと微笑んだ。
なぜか強烈な寒気がするミオ。
橋本が観客に向き直り、ふわーんと微笑むと、黒川の指揮が始まる。
バイオリン群がゆるやかにノスタルジックなメロディを奏で始める。どこか本能的に安心を感じさせるメロディだ。メロディは少しリズムパターンを変えながら何度も繰り返される。
冒頭に戻る度に、ビオラ、チェロとそのメロディを奏でる楽器が増え、音は厚みを増していく。
次に冒頭に戻った時、橋本がノスタルジックなメロディを伴奏代わりにこれまでとは全く違うメロディを歌い出した。声色は、アイドル部というにふさわしい、甘い萌えアニメボイスだ。
舞台袖では夜陣がいつものように分析していた。
「ボーカルの主旋律に全く違うノスタルジックな裏旋律を絡めるか……上手いな。さて、残る木管、金管楽器群をどう使うのやら」
ふたつの旋律は見事に調和し、全体として切なさ全開の観客の涙腺を刺激する響きとなった。
そこで、フルートを筆頭とした木管楽器群が満を持して入ってくる。木管楽器群は主旋律とも裏旋律とも異なる、第三のメロディを奏で出した。
木管ならではの温かみのある音色だ。主旋律、裏旋律が休む白玉の音符となる箇所でかなり主張した合いの手のようなメロディを入れてくる木管楽器群。
三つのメロディが互いの隙間を埋めるように動き、結果として後半はテンションの下がるところの一切ない、無駄のない演奏となった。
「なるほど。全楽器が均等に演奏して、見事に融合している。これなら全楽器が主役と言えるな。オーケストラ部員全員の合意を得てコンサートマスターになったというのは、こういう訳だったか」
「ええーっ、この演奏、確かに全く目が離せないけど、そんなにすごい譜面使ってるの?」
夜陣はにやりとした。
「古今東西、なぜ冷泉以外誰も全楽器が主役なオーケストラ譜を作らなかったのか? 全パートに称賛されるだろうに……。そんな簡単なことも考えられない浅知恵なんだよなぁ」
ジャラララン! とグリッサンドできる全ての楽器がグリッサンドして、曲は終わった。
拍手に包まれる第一体育館。
「こっちのターンか。行って来い、ミオ、レーレ」
夜陣は手でふたりを舞台に押し出すしぐさをした。
「えー、練習通りやれば、勝てる?」
「おいおい、相手は龍華でも、樹でもない、ただの一年率いるオーケストラ部だぞ。……言ったろ。世界を目指すって。だから、大丈夫だ」
ミオは勇気付けられたようだった。
「うんー、頑張るわ」
レーレはまだ不安そうだ。
「龍華の見立てではどうだよ?」
「んあ、ボーカルの人数で勝ってるから余裕だロ」
「龍華に訊いた私が馬鹿だった……」
ちょっと龍華を恨めしげに見ながら、舞台に出て行くミオとレーレ。
夜陣たちの待機する方とは反対の舞台袖に消えて行くオーケストラ部だったが、橋本だけは夜陣たちの方へ下がってきた。
黒川が慌てたように小声で、
「橋本? 退場は逆からだぞ!」
というのを聞こえていないのか、真っ直ぐ歩いて来て、ミオ、レーレとすれ違う。
すれ違いさま、橋本が無表情に呟いた。
「他界しろ、流ミオ」
ミオは目を見開く。
レーレもぎょっとしたようだった。
橋本はにっこり微笑み直した。
「ごめんなさい、今の間違い! やっぱ他界しなくていいわ。だって今日から二番手ポジはあなたになるんだもの。去年の文化祭ミスコンから苦節半年……。借りは今日返すわよ。たっぷり味わって? 学校での生き地獄生活ってやつをね」
ミオは全く訳が分からないようで
「誰? あなた」
と訊いてしまった。
橋本は鬼のような形相になったが、その瞬間幕が再び上がったため、そのまま引っ込んでいった。
レーレがはっと気付いた。
「文化祭ミスコンの準優勝者じゃねーのか?」
ミオもやっと気付いたようだった。
「そっか。ミスのことなんてすっかり忘れてたよ。ミスに選ばれたのは別に普通のことだし」
すると後ろからふたりをポンポンと叩く人物がいた。
「はいはいー、やっぱ女のコどうしって、怖いなぁ。でもそれがオレにはたまらないんだよなぁ。興奮材料をくれてありがとう。ってわけで頑張りましょう、おふたりとも」
「い……樹くん?! 何舞台に出て来てるの?!」
「今回はオレがギター生演奏します」
あっけにとられたようすのミオ。
レーレもびっくりしたようだ。
「聞いてねーぞ?! ミオりんとはさんざん合わせ練したが、お前はその間コーヒー飲んでるだけだったじゃねーか! 合わせたこともないのにリズムとか、ノリとか、ぶっつけで合うものかよ?!」
樹は自信たっぷりに言った。
「おふたりは自由にのびのび歌ってください。オレが合わせます。ほら……始めますよ」
樹は観客に軽く会釈すると、勝手に弾き出した。
ジャララーン、ジャギジャギジャギジャギ……と教科書のお手本のようなコード・バッキングの伴奏だ。
戸惑いつつも、歌い始めるミオ。
遅れて低音でハモり始めるレーレ。
レーレはすぐに気付いた。
ミオの様子が、おかしい。
どうってことのない、Aメロの単音連打をちょくちょく外している。音を外してしまうと、レーレのハモりや樹のバッキングとは不協和音になってしまう。しだいに耳障りな演奏になっていくのを、レーレは感じて焦った。
ハモりのない部分でミオに小声で呟く。
「落ち着け、いつも通りやるだけで、たぶん勝てる相手だぞ」
樹が言う。
「ミオさんはまだプロじゃない。いつも同じリズムや、ノリで歌えなくて当たり前です。同学年の女子に他界することを願われていて、暴露された直後なのだから、動揺して普通です」
レーレが焦りながら、返す。
「だけどこの勝負は勝たなきゃ部室没収なんだ!」
「分かってます。その為に、オレが出て来ました」
樹はミオを見ながら、「ステイ」と言って心持ちギターを刻むテンポを遅くした。
ミオはステイの意味を理解したようで、少しゆったり目で歌い始めた。自然とレーレもそのテンポに合わせる。
すると、ミオの視界の端にいつものように見守る夜陣が入った。夜陣はずっといたのだが、ミオは橋本を見るのが怖くて、視界に入れないようにしていたのだ。
思わず、夜陣の方をしっかり見てしまうミオ。
夜陣は腕を組んで自信満々に頷いた。
夜陣が口パクした。
「オレはまるで勝利を疑ってないぞ」
ミオの奥底から突然熱い感情が溢れた。今まで、龍華に抱いていたはずの熱量。
その膨れる熱量の正体に戸惑うまま、ふと周りを見ると、夜陣の側には龍華が、自分の側にはレーレと樹がいる。
樹はミオがリラックスしたのを確認すると、「ネクスト」と言って遅れていたテンポを元に戻した。
一瞬早くなったところを歌い損なったミオは「Ah――……!」とシャウトして繋いだ。
くすりと笑う樹。
そこからはミオ、レーレ、樹はまるで生まれた時から常に一緒の時間を共有していたかのように聴き手には感じられるすさまじいリズムとノリの合い具合を見せ付けた。
夜陣はいつになく、感嘆した。
「リズム感? いんや、この一体感は、グルーヴ感! 人間のリズムってのは、本来三拍子だ。心臓を開いて、閉じて、送り出して……ってな。樹、レーレ、ミオのようじゃねーか? あの三人、それを再現しているかのようだ。だから本能的に心地良い」
「ハァ? 心臓は二拍子だロ」
「……お前に訊いたオレがバカだった。恐ろしいのは歌い手に合わせる『ルバート』の技術によってグルーヴ感を生んだ戦犯、樹か、はたまた着いてこれたミオか、レーレか?」
歌が終わり、拍手の中戻ってきた三人。
ミオはどこか潤んだ目で夜陣を見上げたが、夜陣はミオに目もくれず、樹を褒めだした。
「さすがだぞ、樹! お前、三拍子の心臓になぞらえてルバートしただろう!」
「え、夜陣さん大丈夫ですか? 心臓は四拍子でしょう?」
「く、どいつもこいつもバカばかりか……」
結束がはやした。
「ひゅー、割れるねー」
ステージ終了三十分後に開票が行われ、投票結果は百対三で安定のDTM部の勝ちであった。
観客が去った体育館で、黒川はブチ切れていた。
「なぜだ……なぜ私のふっかけた難題をことごとくクリアしていくんだ、お前たちは! 龍華ァ! お前たちは兄弟揃って私を苦しめる……お前に復讐することで才雅への復讐になると思ったのに!」
「せんせーはオレの兄に復讐したいんすカ?」
「したい! ピアニスト作曲家として大成するまで待ってくれとか言って高校時代、体よく私の気持ちを踏みにじった!」
「ハア……」
「ふーん、龍華の兄貴は
ピコピコとスマホを操作するレーレ。
覗き込むミオ。
「見せてー。わー、龍華才雅さん、三白眼で龍華くんそっくり。昨日付けでイギリスから帰国したのね。最新のインタビューが載ってるよ。『今まで私にスキャンダルひとつなかったのはピアニストとして大成してから、迎えに行きたい人がいたからです。母校で音楽教師をしている、黒髪ショートの女性をこれから一生をかけてどんな手を使っても手に入れるつもりです』」
皆が黒川を見た。
黒川は黒髪ショートである。
「はああああ?!」
黒川が一拍遅れて盛大に叫んだ。
龍華が思い出したように言った。
「そう言えば兄貴、今日付けでまた帰国するって……」
「ちょっと、待て! 待って! 心の準備が!」
レーレが目を輝かせて言った。
「あは、乙女だな、黒川先生よ」
夜陣が納得したように頷いた。
「それで龍華にだけ特に冷淡だったのか。まあ、一件落着だな」
黒川はもはや教師の威厳などはなく、涙目だった。
「えーと、えーと、あの、その、す、すまん!! 許してくれ、お前たち! 来る文化祭では最高の待遇をお前たちが受けられるよう、取り計らう! クーラーのある講堂使用権も確保する! 賞金で最新のパソコンもDAWソフトもコーヒーメーカーも買えるぞ! それに、才能のある、樹都織においては……私が盾となって、あいつから守る」
黒川の鋭い視線の先にはレコード会社のプロデューサーらしき男がいた。
視線を受けたプロデューサーが接近してくる。
「いやー、そんな怖い目で睨まないでくださいよ。ボクも音楽に携わる者の端くれ。こんな素晴らしいルバート見せつけられちゃ、樹くんをギタリストでなく歌手デビューさせようなんて、野暮なことは提案できないですよ。樹くんは本当にギターが好きなんだね。そしてギターでボーカルを輝かせられた時、最も嬉しそうな顔をするんだね。これからの活躍、楽しみにしているよ」
レーレがほっとしたように言った。
「あは、これでホントに一件落着したようだな、よかったじゃねーか、樹よ」
「はい。オレ、歌は下手だし元々無理だと思ってたんで」
「下手は、嘘だろー」
しかし、DTM部は完全に忘れていたが、その場には橋本と、オーケストラ部の主要メンバーもいたのだ。
橋本が今度はブチ切れる。
「一件落着じゃないわよ! ミオぁ――! またしても下されるなんてっ! 一度ならず、二度までも私の心をぐちゃぐちゃにして!この恨み……!」
プロデューサーが鬼の形相をした橋本ににっこり微笑みかけてた。
「橋本さんだっけ? キミは、先攻のボーカルだね。ボクは樹くんの歌手デビューを目論んでいたんだが、それが絶望的となった今、今度はキミをプロデュースしたいんだけど、どうかな? ボクは正統派ヒロインボイスや、地を這う鍾乳洞ボイスより、萌えアニメボイスの方が好みだし、大衆受けすると思ってるんだ」
「ミオじゃなく、私を……?! ミオじゃなく、私が選ばれた!!」
橋本は態度をコロッと変えて、プロデューサーに付いて行った。
「すまん!」
土下座しそうな勢いの柏手にDTM部はまあまあ顔を上げて……という雰囲気だった。柏手はオーケストラ部部長の威厳返上で猛烈に謝った。
「オレたちの方が劣っていたのに、部室をとろうとして! オレは自分が情けないっ! ほら、謝れ、冷泉!」
「うわーん、悔しいー! 何でだ?! 何でボクたちが負けた?! 夜陣疾風!」
夜陣に掴みかかる冷泉。夜陣が避けた為、思いきり空振った冷泉は学ランのボタンがプチプチはだけてしまう。
中から現れたのは……。
「サラシ?!」
「冷泉は女子だったのか!」
皆がびっくりする中、樹がきょとんと言う。
「へ? 知らなかったの皆。同じ学年だけど、学ラン着てるだけで、この子は女子だよ。冷泉レイちゃん」
夜陣は失笑しながら冷泉を適当にあしらった。
「敗因はあれだ。めりはりつけろ。あと、女子がこんな部活野ざらしにしたいとか、言うなよ。最もお前はサラシだったが」
「全然上手くないー!」
柏手が申し訳なさそうに提案する。
「巨大な第一音楽室と第二音楽室を交換しようか? それくらいさせてくれなければ、オレの気が収まらん」
「いいよ、第二音楽室の、あの六角形の陣形が気に入ってるから」
あっさり断る夜陣に、柏手は「六角形?」と呟いた。
ブロロロロ……。
巨大な機械音が響き、龍華が反射的に空を仰いだ。
「あっ、兄貴のヘリの音だ」
夜陣がすぐさま反応した。
「何っ、才雅さんがこの場に現れる?! まさか、屋上に着陸するつもりか?!」
黒川は青くなったり、赤くなったりしながら、めちゃくちゃに動揺している。
「あわわ、どーしよう」
夜陣は顔を引きつらせながらも言った。
「行って来いよ、先生!」
屋上へ移動したDTM部と黒川。
ヘリは無事着陸したところだった。
シュウウウウ……と蒸気が立ち込めた機内からコツコツと靴音を鳴らし現れたのは、痩身長身の男だった。
漆黒のスーツを纏った男は龍華によく似た三白眼の鋭い目つきで屋上に駆け付けた黒川含む面々を見回した。それでも男の方が龍華より少し黒目が大きい。
その為、龍華よりはまだ甘いといえるくらいのほど良い精悍さを醸し出している。
男が低い声で喋った。
「久しいな、優雅、まりちゃん。そして初めまして、優雅の仲間たち」
優雅の名を持つ龍華は軽く頷いたが、「まり」と呼ばれた黒川は、顔を赤くして震え、今にも膝から崩れ落ちそうだった。
夜陣が感極まったように叫んだ。
「才雅さん、間違いない、本物…… お初にお目にかかります! 夜陣疾風と申します!」
「ふむ。なるほど。キミは……おそらく作曲者だな?」
「は、はい! よろしくお願いします! だがなぜ分かったのです? 龍華から聞いていたのですか?」
「見れば分かるよ。無意識下で身体が常にリズムを刻み、材料を探して飢えた目をしているからね。そういうやつはたいてい同業なんだ。よろしくね。そうだな、それから……」
龍華才雅はミオとレーレに向き直った。
「キミとキミは、歌い手だね。中肉中背のキミは、実は高音ボイスで、ちんまりしたキミは思いも寄らない低音ボイスの可能性があるな」
「えっ、一言もしゃべってないのに……! どうして? あと中肉中背とか、言わないでください」
「なぜなんだぜ?! あと事実でもちんまりはヤメロ!」
「はは、すまない。骨格と姿勢を見れば、だいたい分かってしまうね。キミたちは普通の女の子に見えて、実は非常に個性豊かな声色をしているだろうってね。となれば、この夜陣くんや優雅が歌い手に仕立てあげないはずはないだろうって直感したんだ」
レーレはおののいた。
「なんて、洞察力なのだぜ! 夜陣だって、私の声を実際に聞くまでは分からなかったことを見ただけであっさり看破するなんて!」
「さらに言うなら、キミも中々いい声してそうだ」
樹を見やる才雅を樹はへらりとかわそうとした。
「あっ、それ今解決したことなんでー。残念ながらオレはー」
「だろうね。キミに関しては骨格どうこう言うべきじゃなさそうだ。その発達した右腕を見るに、球技でもしていそうだけど、真に着目すべきは指先だね。ボク同様、皮が厚くなってる。厚くなってる部分を見るに、ピアノじゃない。ギター……かな?」
樹はへらりとした態度を慌てて改めた。
「イエスです。すごっ。樹といいます。よろしくお願いします」
「よろしく。そう、そしてオレは圧倒的な聴力も持つ。ヘリの中からキミたちの演奏も聴いていたよ」
「嘘だろ!」
「嘘だ。というわけで、奏でてくれたまえ。まさか、このオレに聴かせられないとは、言わないよな? 夜陣くん、優雅」
「言うわけないです! こんなチャンス逃すわけがない! 歌えっ、ミオ、レーレ!」
「アア!」
そして。
先ほどの体育館まで辿り着いた一行は、才雅の前でオーケストラ部を下した曲をもう一度奏でた。今度はミオのコンディションも完璧であった。
しかし。
「子供のままごとDTMだな、はっきり言って」
DTM部渾身の演奏を、才雅ははっきりと切り捨てた。
「何だと?!」
思わず感情的になる夜陣を才雅は看破した。
「歌い手を道具と思ってないか?」
夜陣はドキッとした顔で固まった。
「思ってますよ。じゃあ、龍華のパートナー扱いが正解っていうんですか?」
挑戦的に夜陣は言い放った。
「違う。正解は……」
突然グランドピアノの前に立ち、両手を大きく広げる才雅。
ピアノというたったひとつの楽器を使い、ひとりで演奏の動作を始めた。瞬間、オーケストラ軍団を幻視する一同。
あまりの音数と音圧のイメージに思わず腰が抜けそうになってしまう。
才雅は自信に溢れながら言った。
「ひとりで行なえ。真の音楽家ならな。オレは『一騎当千フルオーケストラ』の名を冠するピアニスト作曲家、龍華才雅。才が足りない者ならば他人を使え」
呆然とする夜陣の隣で優雅が打ちひしがれたように呟いた。
「わかっただろ? 夜陣。誰も兄貴の次元にはついていけない。兄貴といると、自分が凡人であることを自覚させられる」
ピクッとわずかに身体を震わせる才雅。
夜陣は圧倒的な才雅のパフォーマンスを見て、膝を着いてうつむいてしまう。
「やっぱりな……」
と優雅。
夜陣は顔を上げた。夜陣を同情を込めた目で見やる優雅。
何と夜陣は膝をついたまま、にやにやしている。
「永遠の目標のはずがこんなところでオレにくだされちゃ失望するところだった。才雅さん、伝説の『DTMer』! オレはあなたに憧れてこの学校に入った。いつかのインタビューで高校で音楽の道で生きていくことを決めた、自分を大成させる土台を作ったのは紛れもなくこの高校生活と言っていたから。サイガさんが名字と思っていて、龍華の兄というのは、知らなかったが……」
「ほう、それはだいぶ前に一回きり答えたインタビューだね。ボクをよく、理解している」
「……教えてくれ! なぜあんな曲を次々と生み出せる?! 作曲家の影がまったく見えない、曲ごとに無限の様相を呈すその引き出しは一体どうやって身に着けたのです?!」
才雅は手をひらりと黒川へ向けた。
「彼女のためなら、オレはどんなことだってできたんだよ。彼女はかつてピアニスト作曲家として大成したら、迎えに来ていいって言った。その約束があればオレは世界を取るのだって容易かったんだ」
黒川に向き直る。
「迎えに来たよ、まり」
手を差し出す。震えながら手を取る黒川。
「オレは『一騎当千フルオーケストラ』龍華才雅。夜陣くん、優雅。キミたちのスタイルでボクをくだせるものならくだしてくれ」
くだす! ととっさに言えないふたり。無力さを噛みしめる。
「挑戦、待っているよ。そうだな、ひとつアドバイスするなら、いくら今みたいな小粒な曲をぶつけてきても、ボクには勝てないだろうね、渾身の『キラーチューン』でも惜しみなく打ち出さないとね」
そうアドバイスめいたものを残して才雅は黒川を連れて去って行ってしまった。
才雅が人知れずつぶやいたことは誰も知らない。
「言わんよねぇ、優雅にはもともとボクの比じゃない鍵盤上の反射神経速度があるし、夜陣くんにはボクより引き出しのキャパがある可能性があるなんて……。夜陣くんはあれでいいだろう。奮起するはずだし、方向性は間違っちゃいない。ただ、優雅だ。あいつはピアニスト作曲家志望だが、キャパの問題でピアニストとしてでないと恐らく……。両立はいばらの道だぞ」
夜陣は決意した。
「決めたぞ! 合宿する!」
