錆びない青。
ヒロイン名
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「夜陣……お前今までに何曲作った?」
「龍華か、作曲を始めたのは3年前で、一年で100曲くらい作ってるとすれば、300曲くらいじゃないか?」
「……」
「それが、何だ? 量より、質だろう?」
「いや、量は案外、質に転化しやがるからな……」
「?」
「龍華くん、何か落ち込んでない?」
龍華はぼんやりと話し掛けてきたミオを見やった。
「いや、気のせいだ。 昨日も徹夜で一曲作ったし、乗ってるぜ」
「それならよかった。 夜陣くんも昨日三曲作ったらしいよ、今朝三曲とも聴かされちゃった!」
「それは、曲の体を成してるのか?」
「? 成してるよ。 激しいやつとほんわかしたやつと切ないやつ! ってデモだけど、ちゃんと耳に残ってる」
「そうか……」
龍華はあるひとつの事実に気付きつつあった。
それは龍華の作曲速度が夜陣の三分の一くらいしかないということ。
これは龍華にとって屈辱的で認めたくない事実だった。
「何でだ?! 何であいつはあんなに早い……! オレは小学の頃から作曲してて200曲くらいだぞ……!」
「おい、龍華……龍華!」
クラスの休み時間に話し掛けてきたのはセンター分けの肩にかかるくらいの銀色の髪が印象的な少し体格のよい男だった。
「
「用か? じゃないぜ。は お前授業中ずっと音ゲーしてるだろ。机に置いたスマホをひっきりなしに二本指でカチカチ。先生気付いて切れかけてたぜ」
「ああ……気付かなかった。忠告感謝する。ちょうど降ってきたからな。思い付いたがその時、だ」
結束は人好きのする笑みを浮かべた。
「何だよ、降ってきた、って。ドロップ式の、音ゲーか? まあ、お前ピアノすげーし、器用なんだろうな。オンラインでゲームやってると途中で抜けるわけにもいかないのはわかるけど、気を付けろよ」
そう言うと誤解したまま、結束は去って行った。
「ンなこと言ったって、授業が終わるまで待ってたら、メロディ忘れちまうわ。そのメロディを思い出すことはたぶん二度とないし、逃すくらいなら教師に切れられかけても内職するぜ」
その結束を含む一連のエピソードを何となく、放課後部室で夜陣に話してしまった龍華。
「内職上等とは、最低だな、龍華! まったく学生の本分というものを履き違えていないか」
「……夜陣。お前は授業中やってないのか?」
「やってるって何だよ、やってねーよ、オレは常に学年首位だぞ」
レーレがふらーっと来て、言った。
「何か、夜陣だけ一日30時間くらいあるみたいだな! 逆に龍華は体感20時間くらい? いつも焦ってるように、見えるぜー」
この言葉は龍華にとって凄まじい負の重みを持っていた。
「ま、そういってやるな、レーレよ。単純に龍華よりオレの方が、知性が高いのだろう」
「何てこというのよ!」
ミオが即糾弾したが、夜陣は勝手に言い切り、龍華の反論を愉快そうに待っていた。
だが、龍華からの怒涛の反論はこない。
夜陣は龍華が思いの外落ち込んでいそうなのに気付いて、ちょっと困った顔をし、アドバイスめいたことを言い出した。
「作曲方法は個人の自由だが、降ってくるの待ってるだけじゃ、プロとか、即筆にはなれないんじゃねーか?」
部室のドアがガラッと開いた。
「まーた揉めてますね、せっかく体験入部の人連れてきたのに、このとげとげした雰囲気……オレは好きだけど」
のほんとして現れたのは樹と、少し体格のよい男だった。
「樹と、ゆ……結束?!」
「やっ、龍華。
お前がDTM部の期待の新鋭だって聞いて、やっと授業中やってることが分かったよ。作曲してたんだな」
「……ああ」
「さてさて、だいたい話は聴かせてもらった。龍華の悩み、作曲スピードを解決しないとな」
結束は龍華が作曲していることを知ったばかりだというのに、いきなり仕切りだした。
仕切り慣れしている雰囲気が出ていたので、誰も疑問を呈さない。
「夜陣さんは天才肌、龍華さんは努力型なんじゃないですか? だから、作曲スピードに差がある」
夜陣寄りの意見を述べる樹。
「逆だ」
即座に否定したのは結束だった。ミオがやや不快そうに言った。
「逆?! どういうこと。今の流れでそう思う? てかあんた誰、音楽とか作曲分かってるの?」
「うーん、それは君たちほど分かってないかも知れないけど、オレ一年の時は夜陣と同じクラスだったから夜陣が天才型ってのが違うのは分かるんだよ」
夜陣が切れ出した。
「ばかばかしいぞ、結束! オレは天才肌で合ってる。今日はもう帰る!」
夜陣はだいぶ気分を害したらしく、帰ってしまった。
しぶしぶ口を開く、結束とはクラスメートである龍華。
「歓迎はするぜ、結束。夜陣の気分を損ねるのも構わない、というかやってくれ。ただ、樹みたいに引っ掻き回す気なら容赦しないぞ?」
龍華もそう言い残して、樹と結束をじろりと睨みつけると帰ってしまった。
「うーん、完全に不審人物だな、オレ」
結束は頬をかいた。
「ねぇ、分かってるなら教えろよ、夜陣と龍華、どっちが天才なんだ?」
見も蓋もない質問をするレーレに、結束はヒントを与えた。
「もっとよく二人の作曲するところと、できた曲を観察すれば分かるよ」
「まじかーそこまで興味ないかも」
しかし、ミオは興味を持ったようだった。
樹は気に食わなそうに頬を膨らませて言った。
「ミオさん、じゃあ、分担しよ。オレも興味ある。ミオさん龍華さんのこと観察してよ、オレは夜陣さんをもっと観察してみる!」
翌日、そのような勝手な大義名分の元、夜陣に張り付く樹に夜陣はうんざりしていた。
「樹……いつにも増してオレにべったりだな。オレは今から作曲タイムなのだが、あまり見られてると集中できんぞ」
そう言いながらも、夜陣はA4の白紙の五線譜を手に取り、ちょっと首を傾げて考えると大文字のアルファベットを間隔を空けて8個書き込んだ。
そして、キーボードでそのアルファベットに対応する3つの和音を順々に鳴らし、和音に乗る自然な音を探し当てるかのように単音のメロディを鳴らしていく。その繰り返しで、ものの五分で16小節のメロディらしきものを完成させてしまった。
一方その頃、龍華は、キーボードの前で唸っていた。
手元の五線譜は……白紙。
「やっぱ、授業中の方が降ってくるんだよな……」
「……と、龍華くんは困ってたわ。でも、コンポーザーって、そういうものよね? 生みの悩みの中に、常にいる感じね」
ミオが報告した。
一方樹も報告した。
「それに比べて、夜陣さんやばいっす。コード進行から、半強制的に出力しちゃってます。コードのパターンは無限に近い……。枯渇のしようがありません」
結束は想定通り、という顔でふたりの報告を聞いた。
「うん、だから一概に夜陣が有利かっていうと、疑問だな。夜陣のメロディと、龍華のメロディ比べて、何か思うところはないか?」
「夜陣さんのメロディは、印象に残らない。
龍華さんのメロディはインパクトがあって、一度聴いたら、耳に残る」
「そこが狙いだ!」
「夜陣さん?!」
「ミオが張り付いて来やがると思ったらまーた何か企んでんな」
「龍華さんも!!」
夜陣と龍華が突如登場し、夜陣がしゃべり出した。
「オレのメロディは難易度が高い…… なぜか? 一度で覚えられてしまったら、繰り返し聴く気にならないだろう。何度も聴かせて、気づいたら口ずさんでいるのが、オレの曲だ。伴奏も併せて脳内再生されるのがオレの歌だ」
「えっ……何か無理やりじゃない?
独創的なメロディを思い付く方が才能ってかんじするけど……。あ、それで龍華くんの方が天才型なのね!」
夜陣はむっとした。
「それに龍華? 思い付かなかったら、どうするんだ? 降ってくるのをいつまでも待っているのか? それは作曲家ではない、趣味だろ」
「オレの泉は枯渇したことねーよ!」
龍華はすぐさま断言した。
「まあ、枯渇したらオレのとこ来い」
そう夜陣は無理やり上からまとめると去って行った。
「表現したいものが枯渇したら、その時はすぐ辞めてやるよ。というか、あいつに表現したいものはあるのか……?」
「龍華くん……」
しかし、龍華の不調は続き、翌日になっても何のメロディも思い付けずにいた。
「逆立ちでもしてみるか……?」
「おい、龍華!」
「ンだよ、先生。今日はスマホいじってないだろーが」
「今日は、というのが異常だぞ! お前は赤点だ。小テストでも連続で赤点とったら、部活停止にしてやるから注意しろよ」
「何ィ?!」
クラスメートたちはくすくす笑っている。
「こいつら、音楽の時間になったら、覚えてろよ……」
そして、龍華もさすがに内職はひかえる、夜陣のクラスと合同の音楽の時間。
黒川がまたにやにやしている。
何か企んでいるらしい。
「今日は二人ずつ前に出て二部で歌ってもらうぞ。ピアノ伴奏者は……」
龍華がだるそうに装いながら、次にくる指名にイエスの返事をしようとした瞬間。
「なしだ。アカペラで、実力を見せてもらう」
「なっ……オレの役目は?!」
「だから、歌うんだよ……龍華、お前も」
黒川はにやにやしながら、同性どうしのペアを組むよう指示した。
次々とペアが決まっていく。ミオはレーレと組んだ。
「オレと組んで好成績を残したいやつは立候補してくれて構わない。オレは声質がテノールだから、募集はバスのみだ」
この言い方で常に皆の中心に立ち、実績も残してきた夜陣だから許される発言だった。
しかし、誰も名乗り出なかった。
「化学とかの実験のペアならぜひ夜陣と組みたいけど、歌じゃ嫌だぜ」
「みじめな引き立て役になっちまう」
夜陣を避けるように、ペアが成立していく。
「根性ねーなー、そう思わんか、龍華よ?」
「ああ? お前が凄まじく人望ないだけだろ」
「まあ、スターと並んで萎縮してしまいそうな気持ちは分からんでもないが……」
黒川がストップをかけた。
「そこまで! 夜陣は龍華と組んだか。では始めてくれ!」
「はあ?! 組んでねーよ、話してただけだっつの!」
しかし、夜陣、龍華以外は全て組み終わっていたので龍華は異議を唱えられなかった。
教室の廊下側にいたペアから、あらかじめ練習していた歌を二部で次々に披露していく。
自分の番が近づくにつれ、だんだん焦る龍華。
龍華はこれまでこのような歌を披露する場においては、常にピアノ伴奏者として一段高い位置から皆を評価していたのだ。
ゆえに自身の声が皆と対等な評価対象となるのは、初めての経験。
嫌な焦燥に包まれていく龍華。
反対にとなりの夜陣は
「この位置だといい感じにトリだな。オレの美声で締める……悪くない」
などとのたまっていた。
「トリはミオたちに譲るべきだろ」
表向き平静に夜陣に突っ込むが、龍華の緊張はどんどん高まっていった。
ミオとレーレペアの番になった。
クラスメートは熱狂的に叫んだ。
「ミスのミオとついに口を開いたサイレント・ドール、レーレさまのペアだ!」
「やべー、ドリーム感!」
「けど、あんだけ個性的な声どうしがハモってうまく行くのかな?」
「お前ー、セイレーンを信じろ!」
「何だよ、セイレーンて」
「ミオさまプラスレーレさまのことだぞ!」
「寒っ」
ミオはにこにこしている。
レーレはフンッと言った不遜な雰囲気。
そして、ミオのソプラノから歌が始まると、皆は聞き入った。やはり、上手い。そして、二小節遅れて追いかけるように入るレーレ。金管楽器のように澄み渡ったミオの高音と木管楽器のように温かみのあるレーレの低音が交差する。
すると美しい旋律なのはもちろん、聞き手には歌の厚みが何倍にもなったように感じられた。
「ふむ。これがふたりの化学反応というやつか。互いに相手の苦手な音域を補うことで中央付近のボリュームが増したか……。オレの曲で初披露でないのが惜しいが、素晴らしい」
冷静に分析する夜陣の横で龍華がかたかた震えだした。
「何だ龍華。きもいぞ?」
「降ってきてんだよ……。ミオの出だしのイチ音目の、子音が発音された瞬間にはな!」
「子音? 母音に切り替わる前、つまりすごく瞬間的に閃いたと言うことか?」
「そーだ! っつーわけでオレは作曲タイムに入る! 邪魔すんなよ!」
いきなりスマホを取り出し、激しくいじり出した龍華に他のクラスメートは歌に夢中で気付かなかったが、夜陣は眉をしかめた。
ミオたちの歌は、無事終わった。
黒川が龍華の様子に気付いたらしく、にやにやしなかがら言った。
「夜陣ー! 龍華ー! お前たちで最後だ。
いい感じに締めておくれよ」
「はい」
「ちょ、ま…… 悪ィ夜陣!」
教室を飛び出していこうとする龍華の腕を、夜陣ががっちり掴んだ。
「だめだ、逃げるな、歌え! オレと!」
龍華は頭の中から浮かんだメロディが消えていくのを感じながら、しぶしぶ壇上に上がった。
歌が始まる。とりあえず、龍華は自分が最低限の音は外さずに歌えているのを自覚しながら歌う。
すると、隣から恐ろしい不協和音が聴こえてきた。
恐る恐る隣を見やると、夜陣の自信満々の顔の口から流れ出てくる音だった。
「夜陣ー! へただぞー!」
「音楽の申し子じゃなかったんかー!」
クラスメートは大爆笑だった。
ミオとレーレもひくひくと口元を震わせている。
ミオはぼそっと呟いた。
「そう言えば、新曲教えてもらうときも、夜陣くんが自ら歌って教えてくれる……っていうケースはなかったわね」
黒川はあてが外れたような微妙な顔をしていた。
レーレがあきれたように言った。
「黒川のやつ、陰険にタゲってる龍華に恥をかかせるつもりが、蓋を開けてみれば夜陣が恥かいたってわけだ。夜陣のことはそれほど嫌ってないみたいだし、不服だろーな、夜陣にゃ悪いがいいキミだぜ」
夜陣はクラスメートに笑われてしまったが、本人は
「ふむ、やはりオレのテノール、悪くない」
などと無自覚なようだった。
放課後、龍華はミオを人通りの少ない廊下に呼び出して頼んだ。
「もう一度歌ってくれ」
ミオは自作の物語を読むように、歌った。
情景が脳裏に浮かび、とたんにメロディが湧き出る龍華。
「だめだ、作曲家は孤独だ、これじゃひとりで作ったことにならない」
ミオはおずおずと言った。
「そんなこと言わないで、龍華くん。
私の言葉は全部あなたのものだよ、だから気にしなくていいんじゃ……?」
「ンだよ、どゆ意味だよ、その言い方……」
「えっ? あ、私何て大胆なことを……! 気にしないで! もーいくら私が可愛くてもいきなり言われたらびっくりだよね?」
「……」
翌日。
教室へ入ろうとしていたミオは龍華に呼び止められた。ぎくっとなり、恐る恐る龍華の話を聞くミオ。
「……分かったぜ。オレはまだまだ甘かった。利用できるものは利用する、何だってな。夜陣にも学ぶべきところはある、ミオにも当然学ぶべきところはある、そういうことだろ?」
「あはー、もうそれでいいです」
期待外れとほっとするのと半々のミオはさらに龍華に畳み掛けられた。
「身の周りってのは実に色んな音であふれてる。オレはそのあふれてる文章からリズムをとり、メロディを自然に出力するすべを身に付けたんだよ! 昨日な!」
「夜陣くんみたいな作曲法、考えになっちゃったの?! 女の子は作曲の道具だ! とか言い出さないよね?!」
焦るミオは訊いた。
龍華はいつになく、毒なくフッと笑った。
「対等なパートナーだ。ミオ……お前が一番感情移入して歌えるように、お前が歌姫になれるようにオレは頑張る。夜陣の曲より、オレの曲をお前のキラーチューン、つまり代表曲にしてみせる」
「龍華くん……!」
数秒前と打って変わってミオはぽーっとなった。
いい雰囲気のふたりの誕生である。
だが、陰で聞いていて、不穏なオーラを放つ男がいた。
禍々しいオーラを放つその男は端正な顔ゆえに怒ると怖く見えた。
男は後ろに控えるトゲトゲ頭を振り返る。
「すぐにぶち壊すプランを用意しろ。樹。ミオにキラーチューンを与えるのは、オレだ」
「はいはーい、夜陣さんっ! そうこなくっちゃ!」
