錆びない青。
ヒロイン名
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「そう言えば、龍華よ。才雅さんとか関係なく、キラーチューンがどうとかこの間、言ってなかったか?」
「夜陣カ。いいこと訊いてくれたナ。……そろそろ龍華優雅のキラーチューンを打ち出していってもいい頃だと思ってナ。キラーチューンにはオレの魂をすべて注ぐつもりダ。だから、それに耐えうるくらいオレと歌い手が成長してくれるまで、待ってタ。今のミオにならどんなキラーチューンをオレが作っても、歌いこなしてくれるだロウ」
「ふむ。オレもそろそろ夜陣疾風のキラーチューンを発表してもいい頃合いだと思っていた。歌い手が成長したという実感はもちろんオレにもあったからな。キラーチューンにはオレの持ちうる全てのテクニックを盛り込むつもりだ」
「ほう、同時期にキラーチューン制作、カ」
「そういうことに、なるな」
「つまり……」
「夏のキラーチューン合宿を企画せねば、なるまいな!」
「バトルの流れじゃねーのかヨっ!」
「まず、作る必要があるからな。バトルは、最終日だ」
樹が目を輝かせて会話に割り込んできた。
「キラーチューン合宿ですかぁ」
ミオも嬉しそうにやって来た。
「うわー、期待しちゃうなぁ」
樹がじとっとミオを見やる。
「ミオさん、他人事ですかぁ」
「あっ、そうか、歌うのは、私なのね、頑張ります!」
「頼ンだゼ」
しかし夜陣は「オレは、別の歌い手に歌わせるつもりだ」と言った。
驚いたのは樹だ。
「夜陣さん?! それじゃ、目的が果たせな……」
ミオは納得したようだった。
「なるほど。レーレちゃんと一曲ずつ担当してバトルなのね、面白そう!」
「樹よ、オレにも考えがあるということだ。
心配するな」
「はーい」
夜陣はもう合宿場所を押さえたらしい。
「ちなみに、合宿は海に行って行う!!」
「わーい、海ー!!」
レーレが特に食いついた。
「泳ぐのか?!」
「泳ぐぞ。この合宿、歌い手は肺活や精神力を鍛える目的もあるからな!」
ミオは逆に嫌そうだ。
「ええーっ」
黒川が不意に現れた。
「私の組んだタイムスケジュールでびしばししごくぞ!」
「ひえーっ」
ミオは先日のことの続きが気になっているようだ。
「龍華才雅さんとは、どうなったんですかぁー?」
「うるさい! 大人の味の話はお前らにはまだ早いのじゃ!」
「意味深ー!」
ミオは海で合宿と言われ、すこし困ったようだった。
「泳ぐんだったら水着買わなくちゃいけないじゃない」
レーレは水着のことはどうでもいいらしい。
「私は今あるのでいいや」
「私は去年よりちょっとキツくなっちゃったし、新調しようかな」
「今さら背伸びたのかよ、羨ましいぜ」
「背じゃないよ、レーレちゃん女子特有のマウント全然効かないよね、そういうとこ好きっ! とにかく一緒に買いに行こっ!」
「調子いいのぜ!」
デパートの水着特設コーナーに来た二人。
ミオは水着を一着ずつ吟味していた。
「レーレちゃんにはバストで勝ってるとはいえ、ほっそりさでは負けてるわ。龍華くんの女子の好みは分からないけど、水着のセレクトによってはレーレちゃんに見劣りしてしまう可能性がわずかにあるわね……。夜陣くんは数々の暴言からスレンダー派なのは明らかだし……って何であいつのこと気にしなきゃならないの。樹くんは女子なら何でも良さそうだけど。後結束くん……自身がぽちゃゆえイメージでは細い子が好きそう。人って反対の遺伝子求めるって言うもの」
「流ミオ……お前、男の遺伝子欲しいのか?」
背後からし自信と威圧感たっぷりに響いた声にミオはびくっと反応した。
「は! 私、遺伝子とか言ってた?! 欲しくないです! 全然! ……って黒川先生?!」
そこには一緒に来たはずのレーレではなく、なぜかブラックの三角ビキニを着た顧問の黒川が立っていた。
反射的にその谷間に目線が釘付けになるミオ。
寄せて上げてなどいないことを一瞬で悟る。
むしろむりやりビキニ布で押さえ付けたという感じだ。
普段のスーツ姿でもボタンが弾けそうになっている黒川はビキニだと改めてすごい迫力だった。全体としてのバランスを見ても、ばいいっと巨大なゴムまりが弾む時のような効果音が付きそうなスタイルだ。
黒川はカラカラと笑った。
笑うたびにゆさゆさである。
「偶然だな! 合宿用に水着を買いに来たのだろう? 感心、感心。そのやる気に免じて、このかつてのミス青錆高でもある私がじきじきにお前たちに最良の水着を選んでやろう」
「えー黒川先生がミス青錆だったなんて大先輩って感じですねー」
ミオは冷や汗をかきながらいったん全部の水着を見るという名目で黒川から離れた。
「まずい……黒川先生には絶対勝てない! あのばいーん女がグラマー担当、レーレちゃんがスレンダー担当を持っていってしまって私はどっちつかずの半端者になりそう! こうなったら守りでワンピース風か……」
ワンピース風のひかえ目なラインだが、花柄の可愛らしい水着を手に取ると、勝手に着いてきた黒川がそれを引ったくった。
「水着といったら最低限ビキニに決まっておろう! 水着の価値は布面積の少なさで決まるのだぞ!」
「決まりませんし、私にはいいです!」
黒川をちらちら意識し、ワンピース風にする意志をアピールするミオ。
いつの間にかレーレもそばにやって来ていた。
黒川はミオの頑なさにがっかりしたようだ。
「ふむ、ワンピース風か。つまらん。では次に出蔵レーレ」
「何だよ? 言っとくけど私がビキニ着たらストーンと抜けちまうぞ」
「大丈夫だ、こうやって背中と腰回りから集めてきてだな……」
黒川はレーレの胴体をこねくり回し始めた。そして……。
「おおー少し胸の肉増えたぜ」
感嘆するレーレ。
「黒川先生、感謝だぜ。だけど私はスク水でいいのぜ。スク水が一番早く泳げるし、何よりこんなロリにビキニは犯罪になるのぜ!」
「まあ、強制はできんし、お前の場合は自分の武器をよく分かってるようだから、スク水でもよいだろう」
黒川から謎の許可を得た二人はレジに向かった。
黒川も試着していたブラックの三角ビキニを購入した。それぞれの水着を、夏らしい淡いブルーのショッパーに包んでもらう。
この同じショップで購入し、同じショッパーという事実が合宿にて大変な事態を引き起こすことなど、三人はまだ知りもしない。
そして合宿会場、神奈川の海、江ノ島へと到着するDTM部。
さっそく宿へ向かう。
海がすぐ近くの、開けた旅館と民宿の間という感じの外観の宿であった。
江ノ島なだけあって、和の雰囲気が漂うロビーに辿り着く。
初めに黒川は夜陣と龍華に問うた。
「この民宿には機材を持ち込んで作曲できる広めの部屋がふたつ空いている。オーシャンビューのリゾート全開部屋と地下の涼しいが無機質な防音部屋だ。一応、防音部屋は夜中ヘッドホンなしで作業できるというアドもある。どっちを使う?」
龍華がうずうずそわそわしているのを夜陣は不可解な眼差しでちらりと見やり、迷いなく言った。
「オレは地下で構わん。夜も作業できる方が得に決まっている」
龍華はびっくりしたようだった。
「何?! いいのか? オーシャンビューで普段と違うインスパイアを得たいとか、考えねーのか?」
「そんなくだらんことを考えていたのか……。インスパイアを得たいならその都度海辺へ直接繰り出せばいいだけのこと。物理的な作業時間確保に軍配は上がるな」
龍華が言い返しそうだったので黒川が決定を述べた。
「うん、揉めなくていいことだ。では夜陣は地下の防音部屋、龍華はオーシャンビューで」
「はい」
結束が感心したように呟いた。
「すっぱり正反対の意見だと、逆に揉めないんだな」
さっそく地下の部屋にひとりこもり、作業を始める夜陣。
「ふーむ、この方針でいこう」
コンコン……。
「誰だ?」
「夜陣さーん、ニ時間くらい経ちましたけど、出だしは好調ですか」
夜陣はパソコンから目を離して答えた。
「やっぱり樹かよ。方針を説明すると、人が心地良いと感じる音の流れにはある程度法則がある。無視するのは得策とは言えんな。オレはちまたで三大進行と呼ばれる進行から選んでキラーチューンのキラーフレーズに使うつもりだ。三大進行にはそれだけのポテンシャルかある。その想定で、Aメロから順に組み立てている。だが、その進行をただ使うだけなら誰が作っても同じになってしまう。そこにテクニックを盛り込むのだ」
樹は質問した。
「なるほど、なるほど。って三大進行って何です? 三つあるんですか」
「役割としてはヒットメーカーのスパイス的なヒール進行、ど真ん中の魔法の進行、伝統的なクラシック進行の三つを指すんだ。正式名称はそれぞれ……」
そう説明しながら、夜陣はパソコンで三大進行の例をひとつずつ鳴らしてみせた。樹は感嘆した。
「キャッチーですね。三つともキラーチューンの中核を担える進行なんですね。どれが使われるのか楽しみだなぁ」
次に樹は龍華の部屋を訪ねた。
夜陣の部屋帰りとはおくびにも出さない。
龍華は短パン姿になり、窓を全開して潮風に当たりながらピアノの代わりにキーボードを叩いていた。かなり機嫌が良さそうだ。
「樹か。どうしても使いたい必殺のフレーズがあってな。この必殺フレーズに魂を注ぐと同時に前後に延長したらどうなるか? と仮定して作曲を進めている。ちなみに必殺フレーズはたまたま三大進行に当てはまってたが、オレは三大進行を使えば安定だから採用したわけじゃないぜ。三大進行って分かるか?」
樹「あっ、ハイ、もち知ってますので説明はけっこうです。あはー、真逆のこと、言ってるけど、戦術は一緒みたいだなぁ」
翌日、樹は夜陣に呼び出された。
夜陣から呼んでもらえた嬉しさで、スキップを踏んで夜陣の部屋へ向かう樹。
「樹、お前にこのキラーチューン、『フロントキランナー』の編曲、つまりアレンジを頼みたい。
「キラーチューンのアレンジを、任される? いいんすか」
樹はじーんとなった。
すると感動的に浸る暇もなく、今度は龍華が樹を呼び出した。
龍華も「お前のアレンジ力とギターはちゃんと認めてる。頼む。この『優粋風雅』のアレンジの仕上げを託したい」と言い出した。
樹は夜陣一人なら嬉しかったが、仕事量が増えたため、じゃっかんテンションの下がったじと目で龍華を見つめた。
「オレを信用すると、めちゃめちゃにするかも、知れませんよ?」
樹は夜陣、龍華のいないところで各曲にアレンジを施した。両方とも五分前後の長さのある、別々の方向性で尖った楽曲にはなってきた。
しかし、キラーチューンというからにはあっと驚くキラーなギミックを仕込みたい、そして聴き手とコンポーザー二人に見直されたい、そんなアレンジャー心に支配され、それでも何も思いつかず、樹は少し焦った。
翌日も海辺散策してはみたものの、何も思いつかなかった樹は、「思いつかないから、いっそめちゃめちゃにしてもっと夜陣さんに嫌われてみるのもいいかも」などとぼやき出した。
「おい、樹」
「げっ、夜陣さん、今の聞いてた?」
「? 女子どもが海辺で何かやるらしい。
黒川先生が言ってた」
とたんに樹は鼻の下を伸ばした。
「ビーチバレーか、はたまたビーチフラッグか。見たいー」
夜陣、樹は龍華も連れて海辺へ向かった。
海辺では結束が場所とりをしてくれていた。
「このステージで水着コンテストやるらしいけど、女子陣が三人ともエントリーしたらしいんだ」
「水着コンテスト?! 公式に水着姿をガン見できる最高のイベントですね。でも水着とか、普通嫌がりそうなイメージなのに」
夜陣がつっこんだ。
「いや、目立ちたがりだろ、特にミオ」
結束が説明する。
「黒川先生が部費稼ぎの賞金ともう一つの目的の為にふたりを説得してくれたみたいなんだ」
夜陣が怪訝そうな顔をした。
「もう一つの目的?」
「最終日には何のことか分かるらしいぜ!」
一方ステージ裏の着替えスペースにて。
黒川はミオ、レーレを呼び、「ほら、買った水着だ。これにそれぞれ着替えろ」と、それぞれを別々の個室に押し込み、着ていた衣服を没収すると、強引に水着を渡した。
「そして、着替えたらこのバッヂを付けろ」
「番号が書かれてる? 四番……」
「私は五番なのぜ……」
ミオはぼやきながら淡いブルーのショッパーを探る。
「黒川先生ってあんなフランクなキャラだったっけ?」
ガサゴソ。
「ってこの水着! 私のじゃないっ!」
ミオが叫んだその時、司会の声がステージに響いた。
「これより真夏の水着コンテストを開催したします! さっそく順番に登場していただきましょう。
エントリーナンバーワン、まりさんっ!」
ミオは裏で慌てた。
「ええー、とりあえず着なきゃ、やばそう」
「まりさんは大人なワンピース風の水着での登場です。どこがとは言わないが、今にも弾けそうだぁ!!」
黒川は膨らんだバストをさらに突き出したポーズをとってのりのりだ。
「はは、私のHカップを刮目して見よ。水着を流のものと取り違えてしまったせいで胸元がキツイがそれでも分かるだろう」
結束が感嘆する。
「ばっちり気付いてたけど、黒川先生、すごいよなぁ」
樹もぽけーっとなっていた。
「今までいたぶられていたのがものすごいご褒美に思えてきた……」
夜陣は冷静に龍華に訊く。
「あの人、何歳なんだ?」
「サァ? 兄貴と同じナラ確か……」
エントリーナンバーツー、スリーと美女が続いたところで、いよいよミオの出番になった。
「エントリーナンバーフォー、ミオさん! これは正統派超美少女、しかも!」
司会はためて叫んだ。
「何とスク水での登場だああーー!」
文化祭ミスコンでも常に堂々としていたミオは頬を真っ赤に染め、恥ずかしそうにスク水のハイレグのラインを手で隠しての登場だった。
夜陣はあちゃーといった表情だ。
「何だ、あいつ……。もじもじするなよ。痛いな」
龍華がフォローする。
「アア? 実用的でいいだろ」
「エントリーナンバーファイブ、レーレさん! おおっとこれはちんまりロリが容姿にそぐわぬ妖艶な三角ビキニを装着しての登場だあ!」
レーレは司会につっこむ。
「水着を装着とかふつー言わねーだろッ」
いつも通り大きな目を半開きにし、観客を見下すような不遜な表情だ。
夜陣も目を半開きにして見ていた。
「レーレのビキニか。犯罪だな」
「アア? 健康的でいいだろ。って何でオレがフォロー入れる役なんだ」
ミオは舞台上で独り言をつぶやく。
「まあ、龍華くんと夜陣は民宿で作曲してて見てないはずだからまだいいか……って観客席のいい位置にいるー。しかもこそこそ何かを言い合ってるわ……終わった……」
結束が言い出した。
「でも三人の水着の趣味ってイメージと全然違ったな」
樹が鋭く反応する。
「いや、あれは取り違えてますね。三人とも本来選びそうなやつじゃないし、羞恥心感が異常ですもん」
「まじ? 羞恥心感? ほんとだったら樹くん、観察力すげーな! 後で訊いてみよう」
結束たちは訊く気だったが、樹は訊かずとも確信していた。そして同時に雷に撃たれたように閃いてもいたのだ。
「キラーチューンギミックのカギは水着、ではなく『取り違え』!」
翌日の夕暮れ時、海の家のステージにてキラーチューンの初披露である。
観客がわらわら集まっている。
黒川が景気よく夜陣に言った。
「観客がたくさんいないと、キラーチューンとして成功か分からないだろう? わざわざ水着コンテストに出場したのは地元民を集めるためもあったのだ」
「もう一つの目的は観客集めでしたか。ありがとうございます」
キラーチューンお披露目ステージが始まった。
結束がマイクでキラーチューン初披露の旨を軽く話し、ミオとレーレにマイクを渡した。
鳴り始めるイントロ。アップテンポである。歌い始めるレーレ。
夜陣はご機嫌だ。
「このAメロはオレのフレーズ……オレの曲から披露なのだな。
そうそう、このサビのヒールのTK進行が小気味良いのだ」
二番に進んで行く。
夜陣は首を傾げた。
「む? 作った覚えのないフレーズだな、樹が作って挿し込んだにしちゃ、できすぎだが……? あいつ、まさかまたやらかしたのか……?」
「んア、これは、オレの作ったフレーズ! 何夜陣の曲と混ぜてんだよ! ふざけんナ! だが、混ぜられてもいい感じだゼ。サビの魔法の王道進行が熱いゼ!」
そして、間奏に入り、いよいよ大サビに差し掛かる。
夜陣が暗い顔をし始める。
「樹よ……混ぜるとか不遜なマネしてくれたな? だが、締めの大サビで採用されたのがもしオレのフレーズでなかったらその時は……」
次の瞬間、鋭く叫ぶは、龍華。
「ヨシッ! ミオの歌うこの主旋律は間違いなくオレが作曲したもの! 採用されたのはオレ! 樹からの勝利を勝ち得たゼ!」
「何言ってるんだ? レーレの旋律が主旋律だろう? つまり採用されたのはオレのフレーズだ!」
「ハア? こ……高音が主旋律に決まってるだローがっ!」
「限らん! 型にハマるなよ」
それを聞いていた結束が不思議そうに言った。
「つーか、おかしくないか? 夜陣と龍華が打ち合わせもせずに別々に作ったふたつの大サビが同時に鳴ってるみたいだけど、そんなことしたら聞くに耐えない雑音になるに決まってると思うんだけど……。 確かにふたりの声はそこ行くか! って感じのド肝を抜く音程どうしだけど、組み合わさって、疾走感抜群の絶妙な配合になってるぜ!」
樹が夜陣たちの背後からにゅっと現れる。
「たまたま、ですよ? おふたりが大サビに使ってたコード進行がほぼ同じだったんすよ。その名をクラシック由来のカノン進行! だから重ね合わせて違和感がないどころか絶妙に共鳴し合ってるんです」
「まじで合作しちまった風になってるじゃねーか! 気色わりー」
「はは、だが、単体より優れていると認めざるをえまい……。オレの渾身の主旋律にここまで張り合ってくる主旋律を作るお前はやはりさすがだ! 龍華よ」
「お前こそ、オレのキャッチーさに一歩も引いてねーのな、夜陣!」
結束が分析した。
「新鋭TK進行から始まり、王道進行を経由して、歴史あるカノン進行へとさかのぼっていった……か。うまいな」
大拍手に包まれ、DTM部は大満足だったが、観客は騒ぎ出した。
「二曲聞けるんじゃなかったのかよ――っ」
「すげーいい曲! 難しそうだが覚えたいっ!」
「もっと、聞かせてくれ――っ」
「ふむ、仕方あるまい。
今までの持ち曲を披露していくとするか」
この日、ミオとレーレは合わせて十曲以上歌うはめになった。
歌い終わった頃には陽はとっくに暮れていた。
黒川が豪快に笑いながら曲を褒めた。
「合作の曲名は『フロント風雅』でいいな! 中身に見合うくらいかっこいいではないか!」
一同は「黒川先生のセンス……」と脱力した。
「個々のキラーチューンはまたおいおい作ろう」
夜陣が言うと「そうだナ」と龍華も賛成した。
そんな二人に結束がつっこんだ。
「こっちでキラーチューンって発表前に決められるお前らがすごいよ。代表曲だろ? ふつう聞いてる観衆が自然と選ぶもんだと思ってたけど」
レーレの上乗せつっこみが夜の海辺に響いた。
「それ今さらな!」
「夜陣カ。いいこと訊いてくれたナ。……そろそろ龍華優雅のキラーチューンを打ち出していってもいい頃だと思ってナ。キラーチューンにはオレの魂をすべて注ぐつもりダ。だから、それに耐えうるくらいオレと歌い手が成長してくれるまで、待ってタ。今のミオにならどんなキラーチューンをオレが作っても、歌いこなしてくれるだロウ」
「ふむ。オレもそろそろ夜陣疾風のキラーチューンを発表してもいい頃合いだと思っていた。歌い手が成長したという実感はもちろんオレにもあったからな。キラーチューンにはオレの持ちうる全てのテクニックを盛り込むつもりだ」
「ほう、同時期にキラーチューン制作、カ」
「そういうことに、なるな」
「つまり……」
「夏のキラーチューン合宿を企画せねば、なるまいな!」
「バトルの流れじゃねーのかヨっ!」
「まず、作る必要があるからな。バトルは、最終日だ」
樹が目を輝かせて会話に割り込んできた。
「キラーチューン合宿ですかぁ」
ミオも嬉しそうにやって来た。
「うわー、期待しちゃうなぁ」
樹がじとっとミオを見やる。
「ミオさん、他人事ですかぁ」
「あっ、そうか、歌うのは、私なのね、頑張ります!」
「頼ンだゼ」
しかし夜陣は「オレは、別の歌い手に歌わせるつもりだ」と言った。
驚いたのは樹だ。
「夜陣さん?! それじゃ、目的が果たせな……」
ミオは納得したようだった。
「なるほど。レーレちゃんと一曲ずつ担当してバトルなのね、面白そう!」
「樹よ、オレにも考えがあるということだ。
心配するな」
「はーい」
夜陣はもう合宿場所を押さえたらしい。
「ちなみに、合宿は海に行って行う!!」
「わーい、海ー!!」
レーレが特に食いついた。
「泳ぐのか?!」
「泳ぐぞ。この合宿、歌い手は肺活や精神力を鍛える目的もあるからな!」
ミオは逆に嫌そうだ。
「ええーっ」
黒川が不意に現れた。
「私の組んだタイムスケジュールでびしばししごくぞ!」
「ひえーっ」
ミオは先日のことの続きが気になっているようだ。
「龍華才雅さんとは、どうなったんですかぁー?」
「うるさい! 大人の味の話はお前らにはまだ早いのじゃ!」
「意味深ー!」
ミオは海で合宿と言われ、すこし困ったようだった。
「泳ぐんだったら水着買わなくちゃいけないじゃない」
レーレは水着のことはどうでもいいらしい。
「私は今あるのでいいや」
「私は去年よりちょっとキツくなっちゃったし、新調しようかな」
「今さら背伸びたのかよ、羨ましいぜ」
「背じゃないよ、レーレちゃん女子特有のマウント全然効かないよね、そういうとこ好きっ! とにかく一緒に買いに行こっ!」
「調子いいのぜ!」
デパートの水着特設コーナーに来た二人。
ミオは水着を一着ずつ吟味していた。
「レーレちゃんにはバストで勝ってるとはいえ、ほっそりさでは負けてるわ。龍華くんの女子の好みは分からないけど、水着のセレクトによってはレーレちゃんに見劣りしてしまう可能性がわずかにあるわね……。夜陣くんは数々の暴言からスレンダー派なのは明らかだし……って何であいつのこと気にしなきゃならないの。樹くんは女子なら何でも良さそうだけど。後結束くん……自身がぽちゃゆえイメージでは細い子が好きそう。人って反対の遺伝子求めるって言うもの」
「流ミオ……お前、男の遺伝子欲しいのか?」
背後からし自信と威圧感たっぷりに響いた声にミオはびくっと反応した。
「は! 私、遺伝子とか言ってた?! 欲しくないです! 全然! ……って黒川先生?!」
そこには一緒に来たはずのレーレではなく、なぜかブラックの三角ビキニを着た顧問の黒川が立っていた。
反射的にその谷間に目線が釘付けになるミオ。
寄せて上げてなどいないことを一瞬で悟る。
むしろむりやりビキニ布で押さえ付けたという感じだ。
普段のスーツ姿でもボタンが弾けそうになっている黒川はビキニだと改めてすごい迫力だった。全体としてのバランスを見ても、ばいいっと巨大なゴムまりが弾む時のような効果音が付きそうなスタイルだ。
黒川はカラカラと笑った。
笑うたびにゆさゆさである。
「偶然だな! 合宿用に水着を買いに来たのだろう? 感心、感心。そのやる気に免じて、このかつてのミス青錆高でもある私がじきじきにお前たちに最良の水着を選んでやろう」
「えー黒川先生がミス青錆だったなんて大先輩って感じですねー」
ミオは冷や汗をかきながらいったん全部の水着を見るという名目で黒川から離れた。
「まずい……黒川先生には絶対勝てない! あのばいーん女がグラマー担当、レーレちゃんがスレンダー担当を持っていってしまって私はどっちつかずの半端者になりそう! こうなったら守りでワンピース風か……」
ワンピース風のひかえ目なラインだが、花柄の可愛らしい水着を手に取ると、勝手に着いてきた黒川がそれを引ったくった。
「水着といったら最低限ビキニに決まっておろう! 水着の価値は布面積の少なさで決まるのだぞ!」
「決まりませんし、私にはいいです!」
黒川をちらちら意識し、ワンピース風にする意志をアピールするミオ。
いつの間にかレーレもそばにやって来ていた。
黒川はミオの頑なさにがっかりしたようだ。
「ふむ、ワンピース風か。つまらん。では次に出蔵レーレ」
「何だよ? 言っとくけど私がビキニ着たらストーンと抜けちまうぞ」
「大丈夫だ、こうやって背中と腰回りから集めてきてだな……」
黒川はレーレの胴体をこねくり回し始めた。そして……。
「おおー少し胸の肉増えたぜ」
感嘆するレーレ。
「黒川先生、感謝だぜ。だけど私はスク水でいいのぜ。スク水が一番早く泳げるし、何よりこんなロリにビキニは犯罪になるのぜ!」
「まあ、強制はできんし、お前の場合は自分の武器をよく分かってるようだから、スク水でもよいだろう」
黒川から謎の許可を得た二人はレジに向かった。
黒川も試着していたブラックの三角ビキニを購入した。それぞれの水着を、夏らしい淡いブルーのショッパーに包んでもらう。
この同じショップで購入し、同じショッパーという事実が合宿にて大変な事態を引き起こすことなど、三人はまだ知りもしない。
そして合宿会場、神奈川の海、江ノ島へと到着するDTM部。
さっそく宿へ向かう。
海がすぐ近くの、開けた旅館と民宿の間という感じの外観の宿であった。
江ノ島なだけあって、和の雰囲気が漂うロビーに辿り着く。
初めに黒川は夜陣と龍華に問うた。
「この民宿には機材を持ち込んで作曲できる広めの部屋がふたつ空いている。オーシャンビューのリゾート全開部屋と地下の涼しいが無機質な防音部屋だ。一応、防音部屋は夜中ヘッドホンなしで作業できるというアドもある。どっちを使う?」
龍華がうずうずそわそわしているのを夜陣は不可解な眼差しでちらりと見やり、迷いなく言った。
「オレは地下で構わん。夜も作業できる方が得に決まっている」
龍華はびっくりしたようだった。
「何?! いいのか? オーシャンビューで普段と違うインスパイアを得たいとか、考えねーのか?」
「そんなくだらんことを考えていたのか……。インスパイアを得たいならその都度海辺へ直接繰り出せばいいだけのこと。物理的な作業時間確保に軍配は上がるな」
龍華が言い返しそうだったので黒川が決定を述べた。
「うん、揉めなくていいことだ。では夜陣は地下の防音部屋、龍華はオーシャンビューで」
「はい」
結束が感心したように呟いた。
「すっぱり正反対の意見だと、逆に揉めないんだな」
さっそく地下の部屋にひとりこもり、作業を始める夜陣。
「ふーむ、この方針でいこう」
コンコン……。
「誰だ?」
「夜陣さーん、ニ時間くらい経ちましたけど、出だしは好調ですか」
夜陣はパソコンから目を離して答えた。
「やっぱり樹かよ。方針を説明すると、人が心地良いと感じる音の流れにはある程度法則がある。無視するのは得策とは言えんな。オレはちまたで三大進行と呼ばれる進行から選んでキラーチューンのキラーフレーズに使うつもりだ。三大進行にはそれだけのポテンシャルかある。その想定で、Aメロから順に組み立てている。だが、その進行をただ使うだけなら誰が作っても同じになってしまう。そこにテクニックを盛り込むのだ」
樹は質問した。
「なるほど、なるほど。って三大進行って何です? 三つあるんですか」
「役割としてはヒットメーカーのスパイス的なヒール進行、ど真ん中の魔法の進行、伝統的なクラシック進行の三つを指すんだ。正式名称はそれぞれ……」
そう説明しながら、夜陣はパソコンで三大進行の例をひとつずつ鳴らしてみせた。樹は感嘆した。
「キャッチーですね。三つともキラーチューンの中核を担える進行なんですね。どれが使われるのか楽しみだなぁ」
次に樹は龍華の部屋を訪ねた。
夜陣の部屋帰りとはおくびにも出さない。
龍華は短パン姿になり、窓を全開して潮風に当たりながらピアノの代わりにキーボードを叩いていた。かなり機嫌が良さそうだ。
「樹か。どうしても使いたい必殺のフレーズがあってな。この必殺フレーズに魂を注ぐと同時に前後に延長したらどうなるか? と仮定して作曲を進めている。ちなみに必殺フレーズはたまたま三大進行に当てはまってたが、オレは三大進行を使えば安定だから採用したわけじゃないぜ。三大進行って分かるか?」
樹「あっ、ハイ、もち知ってますので説明はけっこうです。あはー、真逆のこと、言ってるけど、戦術は一緒みたいだなぁ」
翌日、樹は夜陣に呼び出された。
夜陣から呼んでもらえた嬉しさで、スキップを踏んで夜陣の部屋へ向かう樹。
「樹、お前にこのキラーチューン、『フロントキランナー』の編曲、つまりアレンジを頼みたい。
「キラーチューンのアレンジを、任される? いいんすか」
樹はじーんとなった。
すると感動的に浸る暇もなく、今度は龍華が樹を呼び出した。
龍華も「お前のアレンジ力とギターはちゃんと認めてる。頼む。この『優粋風雅』のアレンジの仕上げを託したい」と言い出した。
樹は夜陣一人なら嬉しかったが、仕事量が増えたため、じゃっかんテンションの下がったじと目で龍華を見つめた。
「オレを信用すると、めちゃめちゃにするかも、知れませんよ?」
樹は夜陣、龍華のいないところで各曲にアレンジを施した。両方とも五分前後の長さのある、別々の方向性で尖った楽曲にはなってきた。
しかし、キラーチューンというからにはあっと驚くキラーなギミックを仕込みたい、そして聴き手とコンポーザー二人に見直されたい、そんなアレンジャー心に支配され、それでも何も思いつかず、樹は少し焦った。
翌日も海辺散策してはみたものの、何も思いつかなかった樹は、「思いつかないから、いっそめちゃめちゃにしてもっと夜陣さんに嫌われてみるのもいいかも」などとぼやき出した。
「おい、樹」
「げっ、夜陣さん、今の聞いてた?」
「? 女子どもが海辺で何かやるらしい。
黒川先生が言ってた」
とたんに樹は鼻の下を伸ばした。
「ビーチバレーか、はたまたビーチフラッグか。見たいー」
夜陣、樹は龍華も連れて海辺へ向かった。
海辺では結束が場所とりをしてくれていた。
「このステージで水着コンテストやるらしいけど、女子陣が三人ともエントリーしたらしいんだ」
「水着コンテスト?! 公式に水着姿をガン見できる最高のイベントですね。でも水着とか、普通嫌がりそうなイメージなのに」
夜陣がつっこんだ。
「いや、目立ちたがりだろ、特にミオ」
結束が説明する。
「黒川先生が部費稼ぎの賞金ともう一つの目的の為にふたりを説得してくれたみたいなんだ」
夜陣が怪訝そうな顔をした。
「もう一つの目的?」
「最終日には何のことか分かるらしいぜ!」
一方ステージ裏の着替えスペースにて。
黒川はミオ、レーレを呼び、「ほら、買った水着だ。これにそれぞれ着替えろ」と、それぞれを別々の個室に押し込み、着ていた衣服を没収すると、強引に水着を渡した。
「そして、着替えたらこのバッヂを付けろ」
「番号が書かれてる? 四番……」
「私は五番なのぜ……」
ミオはぼやきながら淡いブルーのショッパーを探る。
「黒川先生ってあんなフランクなキャラだったっけ?」
ガサゴソ。
「ってこの水着! 私のじゃないっ!」
ミオが叫んだその時、司会の声がステージに響いた。
「これより真夏の水着コンテストを開催したします! さっそく順番に登場していただきましょう。
エントリーナンバーワン、まりさんっ!」
ミオは裏で慌てた。
「ええー、とりあえず着なきゃ、やばそう」
「まりさんは大人なワンピース風の水着での登場です。どこがとは言わないが、今にも弾けそうだぁ!!」
黒川は膨らんだバストをさらに突き出したポーズをとってのりのりだ。
「はは、私のHカップを刮目して見よ。水着を流のものと取り違えてしまったせいで胸元がキツイがそれでも分かるだろう」
結束が感嘆する。
「ばっちり気付いてたけど、黒川先生、すごいよなぁ」
樹もぽけーっとなっていた。
「今までいたぶられていたのがものすごいご褒美に思えてきた……」
夜陣は冷静に龍華に訊く。
「あの人、何歳なんだ?」
「サァ? 兄貴と同じナラ確か……」
エントリーナンバーツー、スリーと美女が続いたところで、いよいよミオの出番になった。
「エントリーナンバーフォー、ミオさん! これは正統派超美少女、しかも!」
司会はためて叫んだ。
「何とスク水での登場だああーー!」
文化祭ミスコンでも常に堂々としていたミオは頬を真っ赤に染め、恥ずかしそうにスク水のハイレグのラインを手で隠しての登場だった。
夜陣はあちゃーといった表情だ。
「何だ、あいつ……。もじもじするなよ。痛いな」
龍華がフォローする。
「アア? 実用的でいいだろ」
「エントリーナンバーファイブ、レーレさん! おおっとこれはちんまりロリが容姿にそぐわぬ妖艶な三角ビキニを装着しての登場だあ!」
レーレは司会につっこむ。
「水着を装着とかふつー言わねーだろッ」
いつも通り大きな目を半開きにし、観客を見下すような不遜な表情だ。
夜陣も目を半開きにして見ていた。
「レーレのビキニか。犯罪だな」
「アア? 健康的でいいだろ。って何でオレがフォロー入れる役なんだ」
ミオは舞台上で独り言をつぶやく。
「まあ、龍華くんと夜陣は民宿で作曲してて見てないはずだからまだいいか……って観客席のいい位置にいるー。しかもこそこそ何かを言い合ってるわ……終わった……」
結束が言い出した。
「でも三人の水着の趣味ってイメージと全然違ったな」
樹が鋭く反応する。
「いや、あれは取り違えてますね。三人とも本来選びそうなやつじゃないし、羞恥心感が異常ですもん」
「まじ? 羞恥心感? ほんとだったら樹くん、観察力すげーな! 後で訊いてみよう」
結束たちは訊く気だったが、樹は訊かずとも確信していた。そして同時に雷に撃たれたように閃いてもいたのだ。
「キラーチューンギミックのカギは水着、ではなく『取り違え』!」
翌日の夕暮れ時、海の家のステージにてキラーチューンの初披露である。
観客がわらわら集まっている。
黒川が景気よく夜陣に言った。
「観客がたくさんいないと、キラーチューンとして成功か分からないだろう? わざわざ水着コンテストに出場したのは地元民を集めるためもあったのだ」
「もう一つの目的は観客集めでしたか。ありがとうございます」
キラーチューンお披露目ステージが始まった。
結束がマイクでキラーチューン初披露の旨を軽く話し、ミオとレーレにマイクを渡した。
鳴り始めるイントロ。アップテンポである。歌い始めるレーレ。
夜陣はご機嫌だ。
「このAメロはオレのフレーズ……オレの曲から披露なのだな。
そうそう、このサビのヒールのTK進行が小気味良いのだ」
二番に進んで行く。
夜陣は首を傾げた。
「む? 作った覚えのないフレーズだな、樹が作って挿し込んだにしちゃ、できすぎだが……? あいつ、まさかまたやらかしたのか……?」
「んア、これは、オレの作ったフレーズ! 何夜陣の曲と混ぜてんだよ! ふざけんナ! だが、混ぜられてもいい感じだゼ。サビの魔法の王道進行が熱いゼ!」
そして、間奏に入り、いよいよ大サビに差し掛かる。
夜陣が暗い顔をし始める。
「樹よ……混ぜるとか不遜なマネしてくれたな? だが、締めの大サビで採用されたのがもしオレのフレーズでなかったらその時は……」
次の瞬間、鋭く叫ぶは、龍華。
「ヨシッ! ミオの歌うこの主旋律は間違いなくオレが作曲したもの! 採用されたのはオレ! 樹からの勝利を勝ち得たゼ!」
「何言ってるんだ? レーレの旋律が主旋律だろう? つまり採用されたのはオレのフレーズだ!」
「ハア? こ……高音が主旋律に決まってるだローがっ!」
「限らん! 型にハマるなよ」
それを聞いていた結束が不思議そうに言った。
「つーか、おかしくないか? 夜陣と龍華が打ち合わせもせずに別々に作ったふたつの大サビが同時に鳴ってるみたいだけど、そんなことしたら聞くに耐えない雑音になるに決まってると思うんだけど……。 確かにふたりの声はそこ行くか! って感じのド肝を抜く音程どうしだけど、組み合わさって、疾走感抜群の絶妙な配合になってるぜ!」
樹が夜陣たちの背後からにゅっと現れる。
「たまたま、ですよ? おふたりが大サビに使ってたコード進行がほぼ同じだったんすよ。その名をクラシック由来のカノン進行! だから重ね合わせて違和感がないどころか絶妙に共鳴し合ってるんです」
「まじで合作しちまった風になってるじゃねーか! 気色わりー」
「はは、だが、単体より優れていると認めざるをえまい……。オレの渾身の主旋律にここまで張り合ってくる主旋律を作るお前はやはりさすがだ! 龍華よ」
「お前こそ、オレのキャッチーさに一歩も引いてねーのな、夜陣!」
結束が分析した。
「新鋭TK進行から始まり、王道進行を経由して、歴史あるカノン進行へとさかのぼっていった……か。うまいな」
大拍手に包まれ、DTM部は大満足だったが、観客は騒ぎ出した。
「二曲聞けるんじゃなかったのかよ――っ」
「すげーいい曲! 難しそうだが覚えたいっ!」
「もっと、聞かせてくれ――っ」
「ふむ、仕方あるまい。
今までの持ち曲を披露していくとするか」
この日、ミオとレーレは合わせて十曲以上歌うはめになった。
歌い終わった頃には陽はとっくに暮れていた。
黒川が豪快に笑いながら曲を褒めた。
「合作の曲名は『フロント風雅』でいいな! 中身に見合うくらいかっこいいではないか!」
一同は「黒川先生のセンス……」と脱力した。
「個々のキラーチューンはまたおいおい作ろう」
夜陣が言うと「そうだナ」と龍華も賛成した。
そんな二人に結束がつっこんだ。
「こっちでキラーチューンって発表前に決められるお前らがすごいよ。代表曲だろ? ふつう聞いてる観衆が自然と選ぶもんだと思ってたけど」
レーレの上乗せつっこみが夜の海辺に響いた。
「それ今さらな!」
