片恋の墓標
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あの日、音もなく私の初恋は死んだ。
「本日をもって、退役のご報告に参りました。大変お世話になりました」
相変わらず散らかり放題の部屋には、無造作に置かれた武器と実に六匹ものブウサギが各々好き勝手に過ごしている。
こうして見ると、皇帝たる威厳は部屋の有り様のように見る影もない。
いつもの軍服ではなく私服に袖を通した私は最後の挨拶の為に陛下の元を訪れていた。
このマルクト帝国軍に所属するきっかけを与えてくれたのは他でもない彼であったから、せめて最後の挨拶だけはしておきたかった。
「そうか。相変わらず律儀だな」
「陛下には到底お返し出来ない程の恩義を賜りましたので」
「そんなことは気にするな。……で? お前の意思は変わらないのか?」
「はい。もう此処に留まる理由を失ってしまいましたから」
陛下には退役の意を伝えた際、理由を尋ねられたが曖昧に誤魔化した。
日々、やり場のない感情の残滓だけが心に澱のように溜まってゆく。
私はそんな毎日に、別れを告げたかったのかもしれない。
豪気な気風でありながら、聡い陛下のことだ。ひた隠しにした私の本心などとうに見抜いているに違いない。
だからどうか──最後の情けとして、このまま私を見逃してほしい。
「此処を出てどうする」
「そうですね……どうするかまだ決めてませんが、自由に生きていこうかと」
「相変わらずだな。……まあ、お前らしいが」
言いながら、陛下は膝に乗せていたブウサギを降ろし、ゆるりとソファーから立ち上がる。
「それも結構だが──」
陛下はこちらに歩み寄り、静かに手を差し伸べた。
「アスランを亡くして失意のお前と、いつまでも一人の女を忘れられない俺。──どうだ? 悪くない話だろ?」
──ああ、やはりこの人は何もかも、知っている。
そして、試すような真似をするくせに逃げ道を全て塞いでいる。
昔から彼の眼差しが苦手だった。
澄み渡る蒼の奥に、光の届かぬ深海を抱いている。
眼前に差し伸べられたそれは、まるで“この手を取れ”と言わんばかりに主張している。
「……乗りかかった船、いえ、この場合は呉越同舟……ですか?」
「ははっ、違いねぇ。まぁ、所詮は泥舟だが」
「泥舟と知っていて手を取れと?」
「そうだ。……嫌か?」
それは“此処で腐ちろ”という意味なのだろうか……。
互いに心の根本に横たわった感情に固執するもの同士。
「一人ぼっちで……海の藻屑にはなりたくない、です……」
逡巡してしまう。その手を取るべきか否か──。
この手に触れなければまだ引き返せたはずなのに、私は無意識に手を伸ばしそうになる。
本当はこの手に触れたいと思っているのだろうか?
「──いや、それは違うな」
指先がその手を求めるように伸びた瞬間、強引に手を引かれる。
驚いて顔を上げると、陛下は何処か満足そうに口元を緩めた。
「俺が、お前と共に沈んでやると言っている。──直々にな」
「っ! ……それは光栄の至り、なのでしょうか?」
「ははっ……当然だろ?」
私の手を包む無骨な手の温もりが、どうしようもなく心地よく感じられてしまった。
それが何故だったのか。その答えを知るのは、それこそ──取り返しのつかないところまで沈んだ後でいい。
20260406
「本日をもって、退役のご報告に参りました。大変お世話になりました」
相変わらず散らかり放題の部屋には、無造作に置かれた武器と実に六匹ものブウサギが各々好き勝手に過ごしている。
こうして見ると、皇帝たる威厳は部屋の有り様のように見る影もない。
いつもの軍服ではなく私服に袖を通した私は最後の挨拶の為に陛下の元を訪れていた。
このマルクト帝国軍に所属するきっかけを与えてくれたのは他でもない彼であったから、せめて最後の挨拶だけはしておきたかった。
「そうか。相変わらず律儀だな」
「陛下には到底お返し出来ない程の恩義を賜りましたので」
「そんなことは気にするな。……で? お前の意思は変わらないのか?」
「はい。もう此処に留まる理由を失ってしまいましたから」
陛下には退役の意を伝えた際、理由を尋ねられたが曖昧に誤魔化した。
日々、やり場のない感情の残滓だけが心に澱のように溜まってゆく。
私はそんな毎日に、別れを告げたかったのかもしれない。
豪気な気風でありながら、聡い陛下のことだ。ひた隠しにした私の本心などとうに見抜いているに違いない。
だからどうか──最後の情けとして、このまま私を見逃してほしい。
「此処を出てどうする」
「そうですね……どうするかまだ決めてませんが、自由に生きていこうかと」
「相変わらずだな。……まあ、お前らしいが」
言いながら、陛下は膝に乗せていたブウサギを降ろし、ゆるりとソファーから立ち上がる。
「それも結構だが──」
陛下はこちらに歩み寄り、静かに手を差し伸べた。
「アスランを亡くして失意のお前と、いつまでも一人の女を忘れられない俺。──どうだ? 悪くない話だろ?」
──ああ、やはりこの人は何もかも、知っている。
そして、試すような真似をするくせに逃げ道を全て塞いでいる。
昔から彼の眼差しが苦手だった。
澄み渡る蒼の奥に、光の届かぬ深海を抱いている。
眼前に差し伸べられたそれは、まるで“この手を取れ”と言わんばかりに主張している。
「……乗りかかった船、いえ、この場合は呉越同舟……ですか?」
「ははっ、違いねぇ。まぁ、所詮は泥舟だが」
「泥舟と知っていて手を取れと?」
「そうだ。……嫌か?」
それは“此処で腐ちろ”という意味なのだろうか……。
互いに心の根本に横たわった感情に固執するもの同士。
「一人ぼっちで……海の藻屑にはなりたくない、です……」
逡巡してしまう。その手を取るべきか否か──。
この手に触れなければまだ引き返せたはずなのに、私は無意識に手を伸ばしそうになる。
本当はこの手に触れたいと思っているのだろうか?
「──いや、それは違うな」
指先がその手を求めるように伸びた瞬間、強引に手を引かれる。
驚いて顔を上げると、陛下は何処か満足そうに口元を緩めた。
「俺が、お前と共に沈んでやると言っている。──直々にな」
「っ! ……それは光栄の至り、なのでしょうか?」
「ははっ……当然だろ?」
私の手を包む無骨な手の温もりが、どうしようもなく心地よく感じられてしまった。
それが何故だったのか。その答えを知るのは、それこそ──取り返しのつかないところまで沈んだ後でいい。
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