08
夢小説設定
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陛下の申し付け通り広大な敷地の庭をブウサギ達と共に散歩していると、遠巻きから嫌な視線とコソコソと何やら話し声が聞こえる。
「見ろよアイツ。ブウサギの世話なんてさせられてるぞ」
「ちょっとカーティス大佐に気に入られてるからって調子に乗っていたみたいだしな。丁度いいんじゃないか?」
「ああ。何の実力もないんだから、アイツにはブウサギの世話係がお似合いだよ」
「まったくだ」
聞えよがしに言う兵士を視界にいれる事さえ億劫だ。
耳をそばだてずとも聞こえる陰口は今に始まった事ではない。
先程ピオニー陛下にも話した通り、此処には私を気に入らない人間なんてごまんといるのだ。
陛下から頂いた温情に胡座をかくつもりも無ければ、大佐に目を掛けられて調子に乗ったつもりもない。
しかし、周囲からはそう見えても仕方がないのだろう。
自ら望んだ立場でも生活でもないので、被害者意識が皆無かと問われると頷けないのも事実だが……。
ああ、こんな私の愚痴を聞いてくれる人間はいないのだろうか?
不平不満を足元のこの子に吐露したとて、返ってくるのは所詮何を言っているのか知れない「ブヒブヒ」だけだ。
雲一つ無い澄み渡った晴天を見つめていると何だか物悲しく感じられる。
この空は何処までも繋がっているのだな……と。
ダアトに帰りたい。アニスとまた話がしたい。道具屋の店主の手伝いだとか、人助けをして日銭を稼ぎ、悠々自適な日々に戻れたらどんなに幸せだろうか。
空に思いを馳せていると、足元に居た一匹のブウサギが興奮した様子で鼻を鳴らし始める。
この子は確か、ルークという名前だった。
今にも駆け出しそうなブウサギを抱き上げて宥めていると、ある一点を熱心に見つめている。
何だろうかと思いブウサギルークの視線を辿ると、宮殿に入る一人の青年が目に留まる。
日に当たり煌めく金糸の髪に、緑がかった青の瞳が印象的な美丈夫だった。
「おお……王子様。いかにも貴族って見目だなぁ」
思わず視線が釘付けになり声が漏れる。
深く感じ入ると無意識のうちに口に出してしまうらしい。
遠巻きからでも目を引く容姿に意識を奪われていると、不意に名前を呼ばれ、はたとした。
振り返らずとも分かる声の主に、先程までの夢見心地な気分は霧散してしまい、気怠そうに振り返った。
「あなたは思っている事が本当によく顔に出ますね」
「すみません。嘘がつけない性分でしてー」
「おや、それは初耳です」
こんなやり取りをいつぞやに交わした事があるような、ないような。
「きちんと任務を遂行しているようですね。感心感心」
大佐は私の辺りを見回して――正しくはブウサギ達に視線を向けて、他人事のように言う。
まあ、所詮は他人事なのだけれど、この任務を持ってきたのは他でもない大佐だ。
私もはなからブウサギの世話係だと言い渡されていたら首を縦にふらなかっただろう。
大佐はそれも含め私が頷くように仕向けたのだから、流石だとしか言いようがない。
「大佐ぁ……何ですかこの任務」
「何か不満でも? 体を動かしたいと言っていたあなたに打って付けの任務だと思ったのですが」
「体を動かすって……ペットの世話係じゃないですか」
「癒されるでしょう? 所謂アニマルセラピーと呼ばれるものですよ」
「…………まあ、それは否めませんが」
不満を隠そうともせず不貞腐れて唇を尖らせる私を見て、大佐は小さく笑った。
いつも彼は笑みを浮かべているが、それとはまた少し違うそれだと思った。
何がどう違うのかと問われると返答に詰まってしまうが、なんというのか、柔らかい……ああ、そうか――眼差しだ。
私を映すその紅い瞳が柔和に細められているからだろう。
普段の笑顔は目が笑っていない。
私が感じた違和感の正体はそれだったのだ。
「それで、何かご用ですか?」
「いえ、特には。執務が一段落ついたので、あなたの顔を見に来ました」
「え、それだけ……ですか? その為にわざわざ?」
「いけませんか? 妻に会いに来ては」
「いや、正式な妻じゃない、し――っ!」
ぽん、と頭に手を乗せられ、優しく撫でられた。
私達は偽装夫婦だ。偽物なのだ。
だから、こんな風に優しく触れないで欲しい。そんな柔らかな眼差しを向けないで欲しい。
私は特別なのだと、その他大勢ではないのだと、そんな事を考えてしまう隙を作りたくない。
――勘違いを、したくはない。
「そろそろ行きます。まだ執務が残っていますので」
「え? あ、はい……」
いつものように歯切れよく言葉を返せずにいると、大佐は戯けるような口振りで言う。
「困りましたねぇ。こうも名残惜しそうな目で見つめられては」
「んなっ! 違います! これはっ」
「分かっていますよ。“ガンを飛ばしているだけ”でしたか?」
「そうです!」
今一度、大佐は私をからかって満足したのか今度こそ踵を返す。
どうやら彼は発言通り、本当に顔を見に来ただけらしい。不思議な事もあるものだと思った。
大佐に撫でられた頭に手を置いて、暫し考える。
普段の私なら振り払っていた筈なのに……と。
先程はどうしてそうしなかったのだろう?
大佐に撫でられて嫌な気がしなかっただなんて、今日の私はどうかしている。
「ああ、一つだけ釘を刺しておきます」
「は、はいっ!?」
急に振り返るものだから、頭に添えていた手を慌てて降ろした。目にも留まらぬ光の速さで。
頭を撫でられた事を噛み締めているだなんて勘違いをされては、キスの件と同様に事毎に引っ張り出して面白がられるに違いない。そんな未来が有り有りと見える。
しかし、これから私が直面するのは、そんな甘っちょろいどうでもいい心配事ではなかった。
……いや、どうでもいいわけでは無いのだけれども。
「“余所見”は感心しませんね」
「へ?」
「ナマエ、私はあなたが思っているよりも執着の強い人間だという事です。くれぐれもお忘れなく」
「ひっ!? な、何の事ですか!?」
余所見が何を意味しているのか、執着とは一体なんの話であるのか……。
大佐の言いたい事がいまいち理解出来ずにいると、彼はニコリと得意の貼り付けたような笑みを浮かべるものだから、途端に悪寒が背筋を走り抜け、肩が竦み上がった。
この無理矢理に同意を促す威圧的な笑顔には逆らえない。
意味が分からぬまま、首がもげそうな程激しく頷いておいた。
ああ……おっかない。
「あなたは昔から人・物・金問わず光り物が好きでしたからねぇ……全く、油断も隙もありませんよ」
「あの、私はカラスじゃないんですが……って、え? 昔からって……」
「では」
「ちょ、大佐!?」
大佐は意味深な一言を残して再び歩を進める。
柔らかな表情とは一変、これぞジェイド・カーティス!と言わんばかりの貼り付けたような笑みには、言葉同様に“分かっているだろうな?”そんな圧力がかけられていた。
まさかとは思うが、先程一瞬でもあのいかにも貴族風な王子様系美丈夫に目が止まった事に釘を刺していたのだろうか?
キョロキョロと辺りを見渡し、何処に目があるのか分かったものじゃないと危機感を覚えずにはいられなかった。
さて、ブウサギの世話係を再開しよう。
六匹全てを一斉に散歩させるだなんてかなりの労力が必要だ。
これを毎日こなすまだ見ぬガイラルディアに尊敬の念を抱きつつ散歩に戻ったのだった。
20251102
「見ろよアイツ。ブウサギの世話なんてさせられてるぞ」
「ちょっとカーティス大佐に気に入られてるからって調子に乗っていたみたいだしな。丁度いいんじゃないか?」
「ああ。何の実力もないんだから、アイツにはブウサギの世話係がお似合いだよ」
「まったくだ」
聞えよがしに言う兵士を視界にいれる事さえ億劫だ。
耳をそばだてずとも聞こえる陰口は今に始まった事ではない。
先程ピオニー陛下にも話した通り、此処には私を気に入らない人間なんてごまんといるのだ。
陛下から頂いた温情に胡座をかくつもりも無ければ、大佐に目を掛けられて調子に乗ったつもりもない。
しかし、周囲からはそう見えても仕方がないのだろう。
自ら望んだ立場でも生活でもないので、被害者意識が皆無かと問われると頷けないのも事実だが……。
ああ、こんな私の愚痴を聞いてくれる人間はいないのだろうか?
不平不満を足元のこの子に吐露したとて、返ってくるのは所詮何を言っているのか知れない「ブヒブヒ」だけだ。
雲一つ無い澄み渡った晴天を見つめていると何だか物悲しく感じられる。
この空は何処までも繋がっているのだな……と。
ダアトに帰りたい。アニスとまた話がしたい。道具屋の店主の手伝いだとか、人助けをして日銭を稼ぎ、悠々自適な日々に戻れたらどんなに幸せだろうか。
空に思いを馳せていると、足元に居た一匹のブウサギが興奮した様子で鼻を鳴らし始める。
この子は確か、ルークという名前だった。
今にも駆け出しそうなブウサギを抱き上げて宥めていると、ある一点を熱心に見つめている。
何だろうかと思いブウサギルークの視線を辿ると、宮殿に入る一人の青年が目に留まる。
日に当たり煌めく金糸の髪に、緑がかった青の瞳が印象的な美丈夫だった。
「おお……王子様。いかにも貴族って見目だなぁ」
思わず視線が釘付けになり声が漏れる。
深く感じ入ると無意識のうちに口に出してしまうらしい。
遠巻きからでも目を引く容姿に意識を奪われていると、不意に名前を呼ばれ、はたとした。
振り返らずとも分かる声の主に、先程までの夢見心地な気分は霧散してしまい、気怠そうに振り返った。
「あなたは思っている事が本当によく顔に出ますね」
「すみません。嘘がつけない性分でしてー」
「おや、それは初耳です」
こんなやり取りをいつぞやに交わした事があるような、ないような。
「きちんと任務を遂行しているようですね。感心感心」
大佐は私の辺りを見回して――正しくはブウサギ達に視線を向けて、他人事のように言う。
まあ、所詮は他人事なのだけれど、この任務を持ってきたのは他でもない大佐だ。
私もはなからブウサギの世話係だと言い渡されていたら首を縦にふらなかっただろう。
大佐はそれも含め私が頷くように仕向けたのだから、流石だとしか言いようがない。
「大佐ぁ……何ですかこの任務」
「何か不満でも? 体を動かしたいと言っていたあなたに打って付けの任務だと思ったのですが」
「体を動かすって……ペットの世話係じゃないですか」
「癒されるでしょう? 所謂アニマルセラピーと呼ばれるものですよ」
「…………まあ、それは否めませんが」
不満を隠そうともせず不貞腐れて唇を尖らせる私を見て、大佐は小さく笑った。
いつも彼は笑みを浮かべているが、それとはまた少し違うそれだと思った。
何がどう違うのかと問われると返答に詰まってしまうが、なんというのか、柔らかい……ああ、そうか――眼差しだ。
私を映すその紅い瞳が柔和に細められているからだろう。
普段の笑顔は目が笑っていない。
私が感じた違和感の正体はそれだったのだ。
「それで、何かご用ですか?」
「いえ、特には。執務が一段落ついたので、あなたの顔を見に来ました」
「え、それだけ……ですか? その為にわざわざ?」
「いけませんか? 妻に会いに来ては」
「いや、正式な妻じゃない、し――っ!」
ぽん、と頭に手を乗せられ、優しく撫でられた。
私達は偽装夫婦だ。偽物なのだ。
だから、こんな風に優しく触れないで欲しい。そんな柔らかな眼差しを向けないで欲しい。
私は特別なのだと、その他大勢ではないのだと、そんな事を考えてしまう隙を作りたくない。
――勘違いを、したくはない。
「そろそろ行きます。まだ執務が残っていますので」
「え? あ、はい……」
いつものように歯切れよく言葉を返せずにいると、大佐は戯けるような口振りで言う。
「困りましたねぇ。こうも名残惜しそうな目で見つめられては」
「んなっ! 違います! これはっ」
「分かっていますよ。“ガンを飛ばしているだけ”でしたか?」
「そうです!」
今一度、大佐は私をからかって満足したのか今度こそ踵を返す。
どうやら彼は発言通り、本当に顔を見に来ただけらしい。不思議な事もあるものだと思った。
大佐に撫でられた頭に手を置いて、暫し考える。
普段の私なら振り払っていた筈なのに……と。
先程はどうしてそうしなかったのだろう?
大佐に撫でられて嫌な気がしなかっただなんて、今日の私はどうかしている。
「ああ、一つだけ釘を刺しておきます」
「は、はいっ!?」
急に振り返るものだから、頭に添えていた手を慌てて降ろした。目にも留まらぬ光の速さで。
頭を撫でられた事を噛み締めているだなんて勘違いをされては、キスの件と同様に事毎に引っ張り出して面白がられるに違いない。そんな未来が有り有りと見える。
しかし、これから私が直面するのは、そんな甘っちょろいどうでもいい心配事ではなかった。
……いや、どうでもいいわけでは無いのだけれども。
「“余所見”は感心しませんね」
「へ?」
「ナマエ、私はあなたが思っているよりも執着の強い人間だという事です。くれぐれもお忘れなく」
「ひっ!? な、何の事ですか!?」
余所見が何を意味しているのか、執着とは一体なんの話であるのか……。
大佐の言いたい事がいまいち理解出来ずにいると、彼はニコリと得意の貼り付けたような笑みを浮かべるものだから、途端に悪寒が背筋を走り抜け、肩が竦み上がった。
この無理矢理に同意を促す威圧的な笑顔には逆らえない。
意味が分からぬまま、首がもげそうな程激しく頷いておいた。
ああ……おっかない。
「あなたは昔から人・物・金問わず光り物が好きでしたからねぇ……全く、油断も隙もありませんよ」
「あの、私はカラスじゃないんですが……って、え? 昔からって……」
「では」
「ちょ、大佐!?」
大佐は意味深な一言を残して再び歩を進める。
柔らかな表情とは一変、これぞジェイド・カーティス!と言わんばかりの貼り付けたような笑みには、言葉同様に“分かっているだろうな?”そんな圧力がかけられていた。
まさかとは思うが、先程一瞬でもあのいかにも貴族風な王子様系美丈夫に目が止まった事に釘を刺していたのだろうか?
キョロキョロと辺りを見渡し、何処に目があるのか分かったものじゃないと危機感を覚えずにはいられなかった。
さて、ブウサギの世話係を再開しよう。
六匹全てを一斉に散歩させるだなんてかなりの労力が必要だ。
これを毎日こなすまだ見ぬガイラルディアに尊敬の念を抱きつつ散歩に戻ったのだった。
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