閑話*
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
(!)6話その後の夜の話。
「……ぐっ、!」
草木も眠る丑三つ時。
突如背中に衝撃を受けて目を覚ました。
――嗚呼、これ以上ない最悪な目覚めだ。
こんな夜更けに一体何事だろうかと、上体を捻って背後を確認するなり溜め息を吐く。
自分とは正反対の位置で眠っていた筈のナマエが、どういう訳か此方まで移動している。
四肢を投げ出して大の字でキングサイズのベッドを占領し、ぐっすりと寝入る彼女の姿がそこにはあった。
つまり、背に受けた衝撃の正体とは寝相の悪いナマエに蹴り飛ばされた事によるものだったらしい。
「はぁ……こんな時までじゃじゃ馬っぷりを発揮してくれなくてもいいんですが……」
溜め息交じりに独り言ちて、体を起こす。
布団は蹴り飛ばされ、上着は捲れて色白の腹が覗いている。
これ以上無いほど無防備な姿を晒されているというのに、全く以て“そういった気分”にならない。
共寝というシチュエーションでさえナチュラルにぶち壊すナマエは、流石というのか何というのか……。
如何ともし難い複雑な感情を植え付けられた。
眠っている時でさえ、彼女は存分に私を振り回してくれる。
一見、第三者には振り回されているのはナマエのように映るだろうが、実のところ逆も然りであることを、今し方証明できたのではないだろうか。
肌けたパジャマの裾を戻し、布団を掛け直してやる。
まるで親のような心境に陥ってしまった自身に気が付き、二度目の溜め息を吐いた。
こんな筈ではなかった、と。
「ぐ、……っ!」
布団を掛けてやった途端にまたしても両腕を頭上に突き上げ、脚を投げ出す。
その脚が容赦なく鳩尾を抉り、堪らず呻く。
それはまるで、彼女がここ二日間に受けたであろう理不尽全てを脚に込めた渾身の一撃だった。
不意打ちはいけない。何事においても。
死霊使いだの何だのと畏怖されていようとも、不意に鳩尾という急所を寸分狂わず蹴り上げられればひとたまりもない。私も人間ですので。
腹を庇うように手をあてがって小さく呻く私を知ってか知らずか、ナマエは勝ち誇るかの如く満足気な笑みを寝顔に湛えている。
本当は起きているのではないかと懐疑心を抱かずにはいられないほど彼女の表情は晴々としていた。
これ以上暴れようものなら、布団で簀巻きにするのも止む無しだと思考を巡らせる。全ては安眠の為に。
二度あることは三度あるという。又候、鳩尾目がけて蹴りが飛んでくるかもしれないと身構えながら此方に伸びた脚を戻し、今一度布団を掛け直した。
本来、布団を掛け直す行為はこうも危険と隣り合わせな作業ではない筈だ。
しかしそれも杞憂に終わり、蹴り飛ばされる事なく脚をしまい終え、頭上に突き上げられた腕を布団の中へ戻す最中、ふと彼女の左手に目が留まる。
僅かに開いたカーテンの隙間から差し込む月明かりに照らされて輝く左手の薬指。
夫婦関係を周知させる為に用意したそれを、彼女は律儀にはめているらしい。
強要すれば反発する天邪鬼気質なナマエにしては珍しい光景だった。
何があろうとはめるものか!と突っぱねると思っていただけに、その光景を目の当たりにして口元が綻んだ。
まあ、彼女の場合は宝石が――ペリドットがリングに埋め込まれているからという理由もありそうだ。もっと言えば、それだけの可能性もある。
薬指にはめる意味よりも、宝石の付いたリングに関心を持っている。
ペリドットの石に込められた意味は……調べていないのだろう。
それこそ、意味を知れば突き返されるかもしれないが。
夜明けまでまだ時間がある。
もう一眠りしておこうと思った時、探るように伸ばされた手が私の胸元を引っ掴んだ。
蹴りの次は鉄拳でも打ち込まれるのかと身構えるが――なんということだろう。そのまま身を寄せて胸元へと擦り寄ってきたではないか。
それは、いつも毛を逆立てて威嚇する野良猫さながらの態度で私に接するナマエにあるまじき行動で、思わず固まってしまった。
驚いたというものではない。こんなにも甘えた態度をとる彼女なんて想像もつかない。
どうしたものか、と――この細い肩を抱き寄せ、腕に抱いていいものだろうかと戸惑ってしまう。
ナマエの警戒を解く為とはいえ、手を出す気にはなれないと手酷く突き放した。
状況が変わったからといって、果たして、それが許されるのだろうか?
逡巡していると、胸に顔を埋めたナマエが何か譫言を口にする。
「んぅ……た、いさ……」
僅かに熱を帯びるくぐもった声が私を呼んだ。
胸元に埋まる温もりも相俟って、燻る劣情を引き摺りだされるようで堪らない。
情緒を乱暴に揺さぶられ、押し込めていた感情がじわりと滲み出るようだった。
――人の気も知らないで。
どうしたものか……このまま腕に抱いて眠ることくらい許されるだろうか?
葛藤する中で、どうやら彼女の口から紡がれた寝言には続きがあったらしい。
「うぅ……り、こん……鬼畜、メガネ……」
「…………」
先程の甘い雰囲気は彼女の寝言で四散した。
歯を食いしばり、眉間に皺を寄せて魘されるナマエは、夢の中でさえ私との関係に懸命に抗っているらしかった。
離婚はまだしも、鬼畜眼鏡は完全に悪口だった。
呆気にとられた後、苦笑を零す。実にナマエらしいと思えてならなかった。
夢の中でさえ、私は彼女を逃しはしないらしい。
当然だ。夢だろうと現実だろうと手離してなどやるものか。
自分で蒔いた種は、自ら刈り取らなければならないのが世の常なのだから。
『私を助けてくれた人がいました』
彼女の発言からして、覚えているのはそれだけなのだろう。
それ以降は何も、覚えていないのだろう。
その後の事も、二年前の事でさえも。
よくもまあ、あれだけ人の事を口説いておいて素知らぬ顔とは。
言葉にならない声で魘されているナマエを、今度こそ何の躊躇いもなく腕に抱く。
包み込んだ体躯は想像以上に華奢で、頼りなく、儚かった。
「……ん、うぅ」
あの幼き日のように髪を短く切れば、遠い日の記憶を手繰り、彼女は私の事を思い出すだろうか?
無意識であっても、そんな短絡的な思考が浮かんだ事に自嘲した。
愛だの恋だのといった感情は本当に愚かなものだ。
こうも容易く自分を知らぬ何かに変えてしまうのだから。
「幼き日の過ちとは言え面倒な男を口説いた事、その身を持ってうんと後悔してください」
髪に口付けを落とし、抱いた温もりを確かめるように腕に力を込めた。
翌朝目が覚めた時、ナマエが一体どんな反応をするのか心待ちにしながら静かに目を閉じた。
20251029
「……ぐっ、!」
草木も眠る丑三つ時。
突如背中に衝撃を受けて目を覚ました。
――嗚呼、これ以上ない最悪な目覚めだ。
こんな夜更けに一体何事だろうかと、上体を捻って背後を確認するなり溜め息を吐く。
自分とは正反対の位置で眠っていた筈のナマエが、どういう訳か此方まで移動している。
四肢を投げ出して大の字でキングサイズのベッドを占領し、ぐっすりと寝入る彼女の姿がそこにはあった。
つまり、背に受けた衝撃の正体とは寝相の悪いナマエに蹴り飛ばされた事によるものだったらしい。
「はぁ……こんな時までじゃじゃ馬っぷりを発揮してくれなくてもいいんですが……」
溜め息交じりに独り言ちて、体を起こす。
布団は蹴り飛ばされ、上着は捲れて色白の腹が覗いている。
これ以上無いほど無防備な姿を晒されているというのに、全く以て“そういった気分”にならない。
共寝というシチュエーションでさえナチュラルにぶち壊すナマエは、流石というのか何というのか……。
如何ともし難い複雑な感情を植え付けられた。
眠っている時でさえ、彼女は存分に私を振り回してくれる。
一見、第三者には振り回されているのはナマエのように映るだろうが、実のところ逆も然りであることを、今し方証明できたのではないだろうか。
肌けたパジャマの裾を戻し、布団を掛け直してやる。
まるで親のような心境に陥ってしまった自身に気が付き、二度目の溜め息を吐いた。
こんな筈ではなかった、と。
「ぐ、……っ!」
布団を掛けてやった途端にまたしても両腕を頭上に突き上げ、脚を投げ出す。
その脚が容赦なく鳩尾を抉り、堪らず呻く。
それはまるで、彼女がここ二日間に受けたであろう理不尽全てを脚に込めた渾身の一撃だった。
不意打ちはいけない。何事においても。
死霊使いだの何だのと畏怖されていようとも、不意に鳩尾という急所を寸分狂わず蹴り上げられればひとたまりもない。私も人間ですので。
腹を庇うように手をあてがって小さく呻く私を知ってか知らずか、ナマエは勝ち誇るかの如く満足気な笑みを寝顔に湛えている。
本当は起きているのではないかと懐疑心を抱かずにはいられないほど彼女の表情は晴々としていた。
これ以上暴れようものなら、布団で簀巻きにするのも止む無しだと思考を巡らせる。全ては安眠の為に。
二度あることは三度あるという。又候、鳩尾目がけて蹴りが飛んでくるかもしれないと身構えながら此方に伸びた脚を戻し、今一度布団を掛け直した。
本来、布団を掛け直す行為はこうも危険と隣り合わせな作業ではない筈だ。
しかしそれも杞憂に終わり、蹴り飛ばされる事なく脚をしまい終え、頭上に突き上げられた腕を布団の中へ戻す最中、ふと彼女の左手に目が留まる。
僅かに開いたカーテンの隙間から差し込む月明かりに照らされて輝く左手の薬指。
夫婦関係を周知させる為に用意したそれを、彼女は律儀にはめているらしい。
強要すれば反発する天邪鬼気質なナマエにしては珍しい光景だった。
何があろうとはめるものか!と突っぱねると思っていただけに、その光景を目の当たりにして口元が綻んだ。
まあ、彼女の場合は宝石が――ペリドットがリングに埋め込まれているからという理由もありそうだ。もっと言えば、それだけの可能性もある。
薬指にはめる意味よりも、宝石の付いたリングに関心を持っている。
ペリドットの石に込められた意味は……調べていないのだろう。
それこそ、意味を知れば突き返されるかもしれないが。
夜明けまでまだ時間がある。
もう一眠りしておこうと思った時、探るように伸ばされた手が私の胸元を引っ掴んだ。
蹴りの次は鉄拳でも打ち込まれるのかと身構えるが――なんということだろう。そのまま身を寄せて胸元へと擦り寄ってきたではないか。
それは、いつも毛を逆立てて威嚇する野良猫さながらの態度で私に接するナマエにあるまじき行動で、思わず固まってしまった。
驚いたというものではない。こんなにも甘えた態度をとる彼女なんて想像もつかない。
どうしたものか、と――この細い肩を抱き寄せ、腕に抱いていいものだろうかと戸惑ってしまう。
ナマエの警戒を解く為とはいえ、手を出す気にはなれないと手酷く突き放した。
状況が変わったからといって、果たして、それが許されるのだろうか?
逡巡していると、胸に顔を埋めたナマエが何か譫言を口にする。
「んぅ……た、いさ……」
僅かに熱を帯びるくぐもった声が私を呼んだ。
胸元に埋まる温もりも相俟って、燻る劣情を引き摺りだされるようで堪らない。
情緒を乱暴に揺さぶられ、押し込めていた感情がじわりと滲み出るようだった。
――人の気も知らないで。
どうしたものか……このまま腕に抱いて眠ることくらい許されるだろうか?
葛藤する中で、どうやら彼女の口から紡がれた寝言には続きがあったらしい。
「うぅ……り、こん……鬼畜、メガネ……」
「…………」
先程の甘い雰囲気は彼女の寝言で四散した。
歯を食いしばり、眉間に皺を寄せて魘されるナマエは、夢の中でさえ私との関係に懸命に抗っているらしかった。
離婚はまだしも、鬼畜眼鏡は完全に悪口だった。
呆気にとられた後、苦笑を零す。実にナマエらしいと思えてならなかった。
夢の中でさえ、私は彼女を逃しはしないらしい。
当然だ。夢だろうと現実だろうと手離してなどやるものか。
自分で蒔いた種は、自ら刈り取らなければならないのが世の常なのだから。
『私を助けてくれた人がいました』
彼女の発言からして、覚えているのはそれだけなのだろう。
それ以降は何も、覚えていないのだろう。
その後の事も、二年前の事でさえも。
よくもまあ、あれだけ人の事を口説いておいて素知らぬ顔とは。
言葉にならない声で魘されているナマエを、今度こそ何の躊躇いもなく腕に抱く。
包み込んだ体躯は想像以上に華奢で、頼りなく、儚かった。
「……ん、うぅ」
あの幼き日のように髪を短く切れば、遠い日の記憶を手繰り、彼女は私の事を思い出すだろうか?
無意識であっても、そんな短絡的な思考が浮かんだ事に自嘲した。
愛だの恋だのといった感情は本当に愚かなものだ。
こうも容易く自分を知らぬ何かに変えてしまうのだから。
「幼き日の過ちとは言え面倒な男を口説いた事、その身を持ってうんと後悔してください」
髪に口付けを落とし、抱いた温もりを確かめるように腕に力を込めた。
翌朝目が覚めた時、ナマエが一体どんな反応をするのか心待ちにしながら静かに目を閉じた。
20251029