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(!)ガイ視点
やあ、俺はガイラルディア・ガラン・ガルディオス。
マルクト帝国領土の、今は消滅してしまったホド島を治めていたガルディオス伯爵家の跡取りだ。
貴族としての身の置き方にも大分と慣れてきたが、やはり身分を鼻にかけてお高くとまった奴らとは反りが合わず辟易することもあるが、それなりに上手くやれているんじゃないかと思う──と、今はそんなことを語っている暇はないんだったな。
さて、本題は此処からだ。
まず手始めに、何故俺がダアトを訪れるハメになったのか、その経緯から話そうと思う。
こうして、ひと月ぶりに顔を合わせた友人の為にも。
マルクト帝国グランコクマ宮殿、陛下の執務室にて──早朝のことだった。
「正直、俺は腹が立っている。腹が立つなんてもんじゃない。今にも煮えくり返りそうで辛抱ならん」
「あの、陛下?」
朝一番に人を呼びつけておきながら、開口一番、一国の皇帝は何とも知れない愚痴を俺に向かって吐き出した。
いくら伯爵位といえど、今の俺はピオニー陛下の側付きのようなものだから、仕方がない。
今更だが、違和感は執務室に入った時から感じていた。珍しく側付きの兵士が一人も控えていないのだ。
何かが起こる事は十分予測できたが、まさか、いきなり愚痴を吐かれるとは思わない。
「どうしてアイツはああも強情なんだ。ナマエを追い出すことはなかっただろ? 肝心な事は何も話してやらないで、一方的に突き放しやがって」
「陛下?」
「大体な、俺はアイツのああいうところが昔から気に入らねぇ。大切な事ほど一人で抱え込んで、自分だけが分かったような顔をして。何食わぬ顔で他者を切り捨てる」
「……陛下」
いくら問い掛けても、陛下は語るのを止めず、滔々と喋り続ける。
どころか、その熱弁には拍車が掛かる一方で、今暫く俺の話を聞けと言わんばかりの振る舞いだった。
こうなってしまえばお手上げだ。
俺にはどうすることも出来ないと悟り、仕方がないので暫し耳を傾け、陛下が心ゆくまま話し終えるのを待つことにした。
一体いつまで続くのだろうとうんざりしながら。
話の内容は他でもないジェイドの事のようで、そういえば最近、ナマエの姿を宮殿内で見かけない。
“嫌よ嫌よも好きのうち”なんて言葉があるが、少し前のナマエはまさにそれで、楽しげにジェイドの隣を歩いていたように思う。
それがパタリと止んだのはちょうどひと月ほど前の事だ。
それと同時に、ジェイドの取っ付きにくさも元に戻ってしまった──いや、今はそれ以上じゃないだろうか。
「おそらくアイツは──ジェイドは、ナマエの父親の死に関係している。何やら情報部で秘密裏に調べていたようでな」
「!」
「だから、ナマエを手放したんだろう。これ以上、ナマエから自由を取り上げるわけにはいかないだの何だの……まぁ、アイツなりの贖罪のつもりなんだろうさ」
「実にアイツらしい。反吐が出そうだ」と、陛下はにべもなく言い捨てる。
その言葉に、人知れず息を呑んだ。
ピオニー陛下とジェイドは主君と家臣でありながら、それ以上に昔馴染みという間柄だ。
ジェイド・カーティスという男を誰よりも理解している陛下の口から出る言葉は、何よりも重く、説得力を帯びている。
「恐らくナマエは、事情を何も知らない。……何も言わず突き放す事で、余計に傷付くなんて事は考えてやらんのだろうな」
「……」
「必ずしも突き放す事だけがお互いの為になるわけじゃないと俺は思う。手放す必要が無い手を自ら離すなんて大馬鹿野郎だ」
その一言は陛下自身の未練が滲んでいるように感じられた。
かつて、離したくなかった手を離さざるを得なかった彼自身の。
そこで漸く陛下の独演会は幕を下ろしたようだった。
「ああ、居たのかガイラルディア。早朝に呼びつけてスマンな。さっきのは独り言だから気にするな」
「ははは……」
今のは何処からどう見ても俺に聞かせる為だったろう?
この皇帝陛下は相変わらずだと思いつつ、苦笑いを浮かべて誤魔化した。
「お前を呼びつけたのは“別件”だ。これを頼みたい」
陛下は机の引き出しから皇帝印の封蝋が押された書状を取り出すと、それを此方へ差し出す。
「これは?」
「“ダアト”への親書だ。他の者に頼む予定だったんだが、ちょうど出払っていてな。お前に頼みたい」
──ダアト。
その一言で全てを理解した。伏せられた真意も全て。
何故、人払いをして俺だけを呼びつけたのか。わざとらしく独り言と称して俺に話を聞かせたのか。
「拝命致します」
「よろしく頼む。お前を信じているぞ」
「期待にお応えできるよう、全力を尽くしますよ」
託された親書を手に宮殿を出る。
自然と手に力が籠った。
(こりゃあ、責任重大だ……)
***
「ガイ……!」
ダアト港でその姿を見つけた時は心底安堵した。
街中を探し回っても一向に彼女の姿を見つけ出せず、これでは帰るに帰れないと途方に暮れていたところを、運よくアニスに出くわして事なきを得た。
「んー、多分この時間なら護衛のバイトしてるんじゃないかなぁ?」とアニスから聞きつけ、急いでダアト港まで駆けつけて現在に至る。
人間はひと月そこらでそう変わりはしないだろうが、それでも俺の名前を呼ぶ声は久しく感じる。
(少し、窶れたみたいだ……)
「久しぶり……ってほどでもないか。元気そうだな、ナマエ」
「まあね。ガイも元気そうでよかった。今日はどうしたの? こんなところで会うなんて珍しいね」
「ああ。陛下の遣いでダアトに用があったんだ」
「あと、キミにも」と付け足すと、ナマエは小首を傾げる。
つい、ついでのように言ってしまったが、俺をわざわざ此処へ差し向けた陛下の狙いとしては、此方の方が本丸なのだろう。
今は仕事中なのか尋ねると、彼女は緩く首を振る。
「じゃあ、少し話をしないか?」
「別に構わないけど……改まってどうしたの?」
「ああ、いや……改まってというほどの事でもないんだけどな。キミとはろくに話もせずに別れたきりだったろ?」
「あー……うん、そうだね。ごめん、挨拶もせずに。ガイには沢山お世話になったのにね」
曖昧に綻ぶ彼女のぎこちない笑顔は、少しばかり痛々しい。
平静を装っていても、それは所詮上辺だけで、無理に笑っている──そんな印象を受けた。
防波堤に波が打ち寄せ、砕けては引いてゆく。
絶え間ない潮騒と、海風に混じる潮の香りだけが沈黙の合間を埋めていた。
話をしようと誘っておいて、未だに肝心な事は何も話せないでいる。
(一体、どう切り出せばいいんだ!?)
こういったデリケートな内容は一体どういう温度感で切り出せばいいのか迷ってしまう。
今でも十分ナマエは傷付いている。それに追い討ちをかけてしまったらと思うと、軽々と言葉を紡げなかった。
「大佐のこと?」
「へっ!?」
思わず声が裏返ってしまって、誤魔化す間もなく固まっていると、ナマエはきょとんとして双眸を瞬かせる。
そして、クスクスと笑みを零した。
「ガイ、分かりやすいんだもん」
「あー、その、すまない。実は、その話をする為にキミを探してたんだ。でも、却ってキミを傷つけてしまうんじゃないかと思うとなかなか切り出せなくて」
「そっか……。気を使ってくれてありがとう」
彼女は腰掛けていた係船柱から立ち上がり、ぐんと伸びをする。
「でも、私はもう大丈夫だから!」
「……」
此方に向けた笑顔はカラリとしていた。
吹っ切れたというよりは、切り離したような……どこか諦めの色が浮かんでいた。
暫し彼女の横顔を見つめる。
その“大丈夫”は俺に向けてではなく、自分自身に言い聞かせているようだと思った。
触れれば容易く手折ってしまえそうなほど細く、脆い──そう感じられてならなかったのだ。
「……本当にそれでいいのか?」
「うん?」
「キミは、本当にそれで納得できるのかって聞いてるんだ」
ナマエにそんな問いをぶつけるのはお門違いだと分かっている。
陛下の話では、彼女は何も知らされず一方的に別れを切り出されたにすぎないのだから。
「ジェイドはまだ、キミのことを愛しているよ」
「っ!」
俺を捉える瞳がぐらりと揺れたのを、見逃さなかった。
その一瞬の仕草に、無理やり押し込めた彼女の本心が隠れているような気がして。
「……は? だ、だって……私は一方的に突き放されたんだよ?」
「そうだとしても」
「私のことなんて、好きじゃないって……一度も愛してるって言ってくれなかったんだよ、ジェイドは……!」
先程までの和やかな表情は見る影もない。
彼女は顔をくしゃくしゃにして堪えきれなかった感情を此方にぶつける。
握りしめた拳が震えていた。
そこで漸く俺は、ほっとした。
決してほっとする場面ではないのだろうが、それでも彼女の本音を知れて、俺はやっぱり安堵しているのだ。
「……ジェイドは、キミの父親の死に関わってる」
「っ、なに……それ……どういうこと?」
「情報部で、それを調べて知ったらしい。だから──」
ナマエは放心して、再び係船柱に力無く腰を下ろす。
まだ気持ちが追いついていないのだろう。押し黙ったまま俯いて、動かなくなってしまった。
「……ショック、だよな?」
「……」
「けど、ジェイドなりに考えて、キミを思っての行動だったんだと思うよ。キミを突き放したのも贖罪のつもりだったんじゃないかな……」
何の説明もなく突き放された挙げ句、その理由に自分の父親の死が絡んでいたのだ。
気持ちの折り合いをつけるには、時間がかかるだろう。
ふと、小さな肩が震えていることに気付く。
真相を知り、堪えきれずに泣き出してしまったのだろうか?
ジェイドの隣に立つナマエは本当に幸せそうな顔をしていた。それを知っているだけに、彼女の気持ちを思うとやるせない。
慰めの言葉の一つでもかけようと、震える肩に手を伸ばした、まさにその瞬間だった。
俯いたまま、動かなかった彼女は突然腕を伸ばし、あろう事か俺の胸ぐらを掴む。
「──っ!?」
振り解けない。なんて力なんだ。
「え、ええっと……ナマエ?」
「……なぐ、み……だ」
「ん?」
途切れながら呟かれる言葉は、うまく聞き取れない。
そして、顔を上げた彼女は恐ろしい形相をした鬼を背負っていた。
「殴り込みだ!!!!」
「はぁ!?」
「なにそれ意味わかんない! 大体なんでそんな大事なこと話さずに勝手に決めちゃうかな!? そもそも私の意思は関係ないってこと!? 他でもない私の事なのに!?」
「ナマエ? 一旦、落ち着けって……!」
彼女は一息で感情を吐き出したかと思うと「うがー!」と咆哮した。
「決めた。行くよ、ガイ!!」
胸ぐらから手を離すと、彼女は行動あるのみと言わんばかりに定期船に乗り込んでしまう。
俺も慌てて後を追い、乗船する。
「因みに聞くけど、行くって何処に……」
「グランコクマ!」
息巻いて此方を振り返った彼女の表情は、目に見えて怒りが滲んでいた。
腹を決めた人間の顔をしている。
──彼女は、決めたのだ。
堪らず吹き出してしまう程度には、彼女らしさがそこにはあった。
定期船は汽笛を鳴らして港を発つ。
結局は陛下の目論見通りに事が運んだというわけらしい。
そうこなくちゃな。それこそ朝一番に呼び出された甲斐があったってもんだ。
20260504
やあ、俺はガイラルディア・ガラン・ガルディオス。
マルクト帝国領土の、今は消滅してしまったホド島を治めていたガルディオス伯爵家の跡取りだ。
貴族としての身の置き方にも大分と慣れてきたが、やはり身分を鼻にかけてお高くとまった奴らとは反りが合わず辟易することもあるが、それなりに上手くやれているんじゃないかと思う──と、今はそんなことを語っている暇はないんだったな。
さて、本題は此処からだ。
まず手始めに、何故俺がダアトを訪れるハメになったのか、その経緯から話そうと思う。
こうして、ひと月ぶりに顔を合わせた友人の為にも。
マルクト帝国グランコクマ宮殿、陛下の執務室にて──早朝のことだった。
「正直、俺は腹が立っている。腹が立つなんてもんじゃない。今にも煮えくり返りそうで辛抱ならん」
「あの、陛下?」
朝一番に人を呼びつけておきながら、開口一番、一国の皇帝は何とも知れない愚痴を俺に向かって吐き出した。
いくら伯爵位といえど、今の俺はピオニー陛下の側付きのようなものだから、仕方がない。
今更だが、違和感は執務室に入った時から感じていた。珍しく側付きの兵士が一人も控えていないのだ。
何かが起こる事は十分予測できたが、まさか、いきなり愚痴を吐かれるとは思わない。
「どうしてアイツはああも強情なんだ。ナマエを追い出すことはなかっただろ? 肝心な事は何も話してやらないで、一方的に突き放しやがって」
「陛下?」
「大体な、俺はアイツのああいうところが昔から気に入らねぇ。大切な事ほど一人で抱え込んで、自分だけが分かったような顔をして。何食わぬ顔で他者を切り捨てる」
「……陛下」
いくら問い掛けても、陛下は語るのを止めず、滔々と喋り続ける。
どころか、その熱弁には拍車が掛かる一方で、今暫く俺の話を聞けと言わんばかりの振る舞いだった。
こうなってしまえばお手上げだ。
俺にはどうすることも出来ないと悟り、仕方がないので暫し耳を傾け、陛下が心ゆくまま話し終えるのを待つことにした。
一体いつまで続くのだろうとうんざりしながら。
話の内容は他でもないジェイドの事のようで、そういえば最近、ナマエの姿を宮殿内で見かけない。
“嫌よ嫌よも好きのうち”なんて言葉があるが、少し前のナマエはまさにそれで、楽しげにジェイドの隣を歩いていたように思う。
それがパタリと止んだのはちょうどひと月ほど前の事だ。
それと同時に、ジェイドの取っ付きにくさも元に戻ってしまった──いや、今はそれ以上じゃないだろうか。
「おそらくアイツは──ジェイドは、ナマエの父親の死に関係している。何やら情報部で秘密裏に調べていたようでな」
「!」
「だから、ナマエを手放したんだろう。これ以上、ナマエから自由を取り上げるわけにはいかないだの何だの……まぁ、アイツなりの贖罪のつもりなんだろうさ」
「実にアイツらしい。反吐が出そうだ」と、陛下はにべもなく言い捨てる。
その言葉に、人知れず息を呑んだ。
ピオニー陛下とジェイドは主君と家臣でありながら、それ以上に昔馴染みという間柄だ。
ジェイド・カーティスという男を誰よりも理解している陛下の口から出る言葉は、何よりも重く、説得力を帯びている。
「恐らくナマエは、事情を何も知らない。……何も言わず突き放す事で、余計に傷付くなんて事は考えてやらんのだろうな」
「……」
「必ずしも突き放す事だけがお互いの為になるわけじゃないと俺は思う。手放す必要が無い手を自ら離すなんて大馬鹿野郎だ」
その一言は陛下自身の未練が滲んでいるように感じられた。
かつて、離したくなかった手を離さざるを得なかった彼自身の。
そこで漸く陛下の独演会は幕を下ろしたようだった。
「ああ、居たのかガイラルディア。早朝に呼びつけてスマンな。さっきのは独り言だから気にするな」
「ははは……」
今のは何処からどう見ても俺に聞かせる為だったろう?
この皇帝陛下は相変わらずだと思いつつ、苦笑いを浮かべて誤魔化した。
「お前を呼びつけたのは“別件”だ。これを頼みたい」
陛下は机の引き出しから皇帝印の封蝋が押された書状を取り出すと、それを此方へ差し出す。
「これは?」
「“ダアト”への親書だ。他の者に頼む予定だったんだが、ちょうど出払っていてな。お前に頼みたい」
──ダアト。
その一言で全てを理解した。伏せられた真意も全て。
何故、人払いをして俺だけを呼びつけたのか。わざとらしく独り言と称して俺に話を聞かせたのか。
「拝命致します」
「よろしく頼む。お前を信じているぞ」
「期待にお応えできるよう、全力を尽くしますよ」
託された親書を手に宮殿を出る。
自然と手に力が籠った。
(こりゃあ、責任重大だ……)
***
「ガイ……!」
ダアト港でその姿を見つけた時は心底安堵した。
街中を探し回っても一向に彼女の姿を見つけ出せず、これでは帰るに帰れないと途方に暮れていたところを、運よくアニスに出くわして事なきを得た。
「んー、多分この時間なら護衛のバイトしてるんじゃないかなぁ?」とアニスから聞きつけ、急いでダアト港まで駆けつけて現在に至る。
人間はひと月そこらでそう変わりはしないだろうが、それでも俺の名前を呼ぶ声は久しく感じる。
(少し、窶れたみたいだ……)
「久しぶり……ってほどでもないか。元気そうだな、ナマエ」
「まあね。ガイも元気そうでよかった。今日はどうしたの? こんなところで会うなんて珍しいね」
「ああ。陛下の遣いでダアトに用があったんだ」
「あと、キミにも」と付け足すと、ナマエは小首を傾げる。
つい、ついでのように言ってしまったが、俺をわざわざ此処へ差し向けた陛下の狙いとしては、此方の方が本丸なのだろう。
今は仕事中なのか尋ねると、彼女は緩く首を振る。
「じゃあ、少し話をしないか?」
「別に構わないけど……改まってどうしたの?」
「ああ、いや……改まってというほどの事でもないんだけどな。キミとはろくに話もせずに別れたきりだったろ?」
「あー……うん、そうだね。ごめん、挨拶もせずに。ガイには沢山お世話になったのにね」
曖昧に綻ぶ彼女のぎこちない笑顔は、少しばかり痛々しい。
平静を装っていても、それは所詮上辺だけで、無理に笑っている──そんな印象を受けた。
防波堤に波が打ち寄せ、砕けては引いてゆく。
絶え間ない潮騒と、海風に混じる潮の香りだけが沈黙の合間を埋めていた。
話をしようと誘っておいて、未だに肝心な事は何も話せないでいる。
(一体、どう切り出せばいいんだ!?)
こういったデリケートな内容は一体どういう温度感で切り出せばいいのか迷ってしまう。
今でも十分ナマエは傷付いている。それに追い討ちをかけてしまったらと思うと、軽々と言葉を紡げなかった。
「大佐のこと?」
「へっ!?」
思わず声が裏返ってしまって、誤魔化す間もなく固まっていると、ナマエはきょとんとして双眸を瞬かせる。
そして、クスクスと笑みを零した。
「ガイ、分かりやすいんだもん」
「あー、その、すまない。実は、その話をする為にキミを探してたんだ。でも、却ってキミを傷つけてしまうんじゃないかと思うとなかなか切り出せなくて」
「そっか……。気を使ってくれてありがとう」
彼女は腰掛けていた係船柱から立ち上がり、ぐんと伸びをする。
「でも、私はもう大丈夫だから!」
「……」
此方に向けた笑顔はカラリとしていた。
吹っ切れたというよりは、切り離したような……どこか諦めの色が浮かんでいた。
暫し彼女の横顔を見つめる。
その“大丈夫”は俺に向けてではなく、自分自身に言い聞かせているようだと思った。
触れれば容易く手折ってしまえそうなほど細く、脆い──そう感じられてならなかったのだ。
「……本当にそれでいいのか?」
「うん?」
「キミは、本当にそれで納得できるのかって聞いてるんだ」
ナマエにそんな問いをぶつけるのはお門違いだと分かっている。
陛下の話では、彼女は何も知らされず一方的に別れを切り出されたにすぎないのだから。
「ジェイドはまだ、キミのことを愛しているよ」
「っ!」
俺を捉える瞳がぐらりと揺れたのを、見逃さなかった。
その一瞬の仕草に、無理やり押し込めた彼女の本心が隠れているような気がして。
「……は? だ、だって……私は一方的に突き放されたんだよ?」
「そうだとしても」
「私のことなんて、好きじゃないって……一度も愛してるって言ってくれなかったんだよ、ジェイドは……!」
先程までの和やかな表情は見る影もない。
彼女は顔をくしゃくしゃにして堪えきれなかった感情を此方にぶつける。
握りしめた拳が震えていた。
そこで漸く俺は、ほっとした。
決してほっとする場面ではないのだろうが、それでも彼女の本音を知れて、俺はやっぱり安堵しているのだ。
「……ジェイドは、キミの父親の死に関わってる」
「っ、なに……それ……どういうこと?」
「情報部で、それを調べて知ったらしい。だから──」
ナマエは放心して、再び係船柱に力無く腰を下ろす。
まだ気持ちが追いついていないのだろう。押し黙ったまま俯いて、動かなくなってしまった。
「……ショック、だよな?」
「……」
「けど、ジェイドなりに考えて、キミを思っての行動だったんだと思うよ。キミを突き放したのも贖罪のつもりだったんじゃないかな……」
何の説明もなく突き放された挙げ句、その理由に自分の父親の死が絡んでいたのだ。
気持ちの折り合いをつけるには、時間がかかるだろう。
ふと、小さな肩が震えていることに気付く。
真相を知り、堪えきれずに泣き出してしまったのだろうか?
ジェイドの隣に立つナマエは本当に幸せそうな顔をしていた。それを知っているだけに、彼女の気持ちを思うとやるせない。
慰めの言葉の一つでもかけようと、震える肩に手を伸ばした、まさにその瞬間だった。
俯いたまま、動かなかった彼女は突然腕を伸ばし、あろう事か俺の胸ぐらを掴む。
「──っ!?」
振り解けない。なんて力なんだ。
「え、ええっと……ナマエ?」
「……なぐ、み……だ」
「ん?」
途切れながら呟かれる言葉は、うまく聞き取れない。
そして、顔を上げた彼女は恐ろしい形相をした鬼を背負っていた。
「殴り込みだ!!!!」
「はぁ!?」
「なにそれ意味わかんない! 大体なんでそんな大事なこと話さずに勝手に決めちゃうかな!? そもそも私の意思は関係ないってこと!? 他でもない私の事なのに!?」
「ナマエ? 一旦、落ち着けって……!」
彼女は一息で感情を吐き出したかと思うと「うがー!」と咆哮した。
「決めた。行くよ、ガイ!!」
胸ぐらから手を離すと、彼女は行動あるのみと言わんばかりに定期船に乗り込んでしまう。
俺も慌てて後を追い、乗船する。
「因みに聞くけど、行くって何処に……」
「グランコクマ!」
息巻いて此方を振り返った彼女の表情は、目に見えて怒りが滲んでいた。
腹を決めた人間の顔をしている。
──彼女は、決めたのだ。
堪らず吹き出してしまう程度には、彼女らしさがそこにはあった。
定期船は汽笛を鳴らして港を発つ。
結局は陛下の目論見通りに事が運んだというわけらしい。
そうこなくちゃな。それこそ朝一番に呼び出された甲斐があったってもんだ。
20260504