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──きっと、私の思い過ごしに違いない。
何度言い聞かせてみたところで、結果それは懐疑心を募らせるばかりだった。
不透明な感情に突き動かされた私が足を向けた先は──
「仕事中に呼びつけてすみません、ジャスパー」
マルクト帝国軍所属の情報部。
こうして同期のジャスパーをわざわざ呼び出してまで、私情で行動を起こしている自分に辟易する。
事前に一報を入れておいた為、多くを語らずとも彼は私に資料庫の鍵を差し出す。
「いや、別に構わないが……珍しいな。お前が直々に訪ねてくるなんて」
「個人的に少々調べたい事がありましてね」
「個人的に?」
「ええ、“当時”の記録を拝見させて頂こうかと。……この事は内密に頼みますよ」
暗黙を示唆するように立てた人差し指を口元に当てがうと、ジャスパーはため息混じりに渋々といった様子で了承した。
「……分かった。終ったら声をかけてくれ」
「ありがとう御座います」
墓参りの日から数日。
あの日から胸に巣食う疑念は未だに晴れない。
一度萌した疑念の芽は、そう簡単に消えない。
そして、いつまでも釈然としない感情に苛まれ続けたところで、事態が好転することもなかった。
同期のジャスパーから預かった鍵を手に向かった先は、機密事項や戦況記録の保管された資料庫だった。
墓参りの日に訪れた廃村で、どこか見覚えのあった風景は薄らいだ私の記憶を揺り動かした。
それと同時に、勘違いであれと逃げ腰な感情が顔を出したのだ。
随分と様変わりしていたが、復興される事なく放棄されたあの場所。
まだ断定は出来ない。確信を得るまでは。
だが、あの場所はかつて──無意識に記憶を辿る。
(……いや、まだそうと決まったわけでは)
『私は年端もいかない年齢だったから』
彼女の言葉を頼りにおおよその目星をつけた年代の資料の背表紙を指先でなぞる。
ND1999、ND2000、ND2001──ND2002。
そこでピタリと指を止める。
すぐに冊子を引き抜けなかったのは、その瞬間、一時的でも私は揺らいだのだ。
引き返すべきか。それとも、確認するべきか。
ここまできて、まだそんな事を躊躇う自分を振り払い、棚から該当年表の資料を抜き取ると冊子を開いた。
相反する感情が胸の内でせめぎ合う中、それでも冊子をめくる手は止まらなかった。
紙をめくる音は、該当の月日に迫るにつれてゆっくりと室内に響く。
見落とすことのないよう、慎重に。
ND2002・イフリートガーデン・ローレライ・41──そこで手が止まった。
「──っ、」
その日付付近の出来事は、残酷なほど事細かに記載されていた。
呼吸が、わずかに滞る。
視界から入る情報は、朧げだった記憶の輪郭を鮮明に映し出す。
点と点が繋がって、線になる──それと同時に足元がガラガラと音を立てて崩れゆくようだった。
あの戦場で自分が下した指示、戦術。
戦況を読み、撤退命令を下して放棄したあの地域。
誤魔化しなど効かない程に、そこには目を逸らせない現実が明確に記されていた。
「……そういうこと、でしたか」
目を伏せ、静かに冊子を閉じる。
あの時の戦況を鑑みると、私の出した指示は軍人として間違ってはいなかった。
しかし、その結果、彼女の父親はその地に取り残された。
直接手を下していなくとも、私がその死に関与していることは明らかだった。
軍人としての判断とその結果が併存しているからこそ否定できず、だからといって割り切る事もできない。
目の前に突きつけられた事実は、ただ静かに私から逃げ場を奪った。
***
情報部から執務室までの道のりを行く足取りは重い。
頭の中では、先日立ち寄った廃村での彼女の言葉が反芻していた。
『もちろん恨みましたよ。当時の私は、それがどうしても許せなかった』
『今なら父の言っていた言葉も理解できます。戦争は仕方ない……それに、父はきっと後悔はしていないと思いますから』
ナマエは、私が父親の死に関与していたと知っても、今まで通りでいられるのだろうか?
この関係を受け入れられることが。
──何を迷う必要がある?
不意に、内側から思考が湧いて出る。
まるで、もう一人の自分が顔を出し、そっと耳打ちをするような感覚に支配される。
簡単な話だ。事実を押し殺し、狡猾に生きればいいのだ。
目を背け、何も知らない顔をして、今まで通り彼女を傍に縛り付けておけばいい。
この程度の事で悩むなど、私らしくもない。今までの私ならば、平気で出来ていたではないか。
「大佐ー!」
「──っ」
……嗚呼、いつも私を正気に戻し、救い上げるのはこの声だ。
視線の先にナマエの姿を捉える。
執務室のある方角から駆けてきた彼女は、息を弾ませて私の元までやってくると、立腹した様子で頬を膨らませた。
「もう! 探しましたよ!」
「おや、どうかしましたか? 随分とお冠ですね」
「当たり前でしょう? 人を呼びつけておいて、その張本人が留守なんて!」
「ああ、そうでしたね。すみません」
そういえば次の任務の事で執務室に来るようにと、ナマエを呼びつけていたのだった。
それまでの空き時間に情報部へ赴いて、記録を確認するつもりだったのだが、随分と長居をしていたらしい。
ナマエは私が歩いて来た方を見て、小首を傾げる。
「情報部で何か探し物ですか? 言ってくれれば手伝ったのに」
「ありがとう御座います。ですが、もう用は済みましたので」
いつも通り笑みを浮かべ、これ以上の言及を避けた。
ふと、彼女の髪に葉が付いているのに気が付く。
「ナマエ……あなたまさか、私を探すといいながら“陛下のペット”を探していたわけではないでしょうね?」
「へ?」
「頭に葉が付いていますよ」
「え、どこですか?」
手探りで適当に髪に触れても、葉は取れない。
「まったく……」と、溢しながら無意識に手を伸ばしかけたところで我に返る。
ぴくりと小さく震える手を、堪えるようにぐっと抑えた。
「左側のこめかみ辺りです」
「あ……はい。取れました?」
「ええ」
いつもなら指摘する前に取ってやる場面にも関わらず口頭で伝える私に、彼女も僅かな違和感を覚えたようだ。
けれど、それ以上何を言うわけでもなく双眸を二、三度瞬かせる。
「……ねえ、大佐。先にお昼にしません? 誰かさんのせいで待ちぼうけを食って、お腹がぺこぺこなんですけどー……」
「もうそんな時間でしたか」
「大佐はどうせまた豆腐かサーモンでしょ? たまにはスタミナが付くもの食べなきゃダメですよ! あ、今日はいつも私が食べてる唐揚げはどうですか?」
この場に広がるのは、何気ない日常風景だった。
他愛の無い会話、少しの軽口と無垢な笑顔。
そのどれもが今の私には残酷に映る。
「ジェイド、早く行きましょう!」
「……」
無邪気な笑みを浮かべながら、ナマエは私の腕を引く。
(……彼女は、何も知らない)
残酷な事実が、ただ静かに思考を占める。
もし、今この真実を打ち明ければ彼女はどうするだろうか?
最愛の父を死へ追いやる原因を背負った男が、何食わぬ顔で隣に立ち続ける地獄を。
ナマエは父を失っても恨まず、戦争を憎まず、父の死を乗り越えて今を生きている。
だというのに、私はその“傷の上”に偽装とはいえ婚姻という鎖を重ねた。
言えるわけがない。
私は、彼女から二度も自由を奪っている。
(……隣に立つ資格など、あるものか)
腕を引かれるが、拒むように足を止める。
ナマエは不思議そうにこちらを振り仰いだ。
「どうしたんですか? お腹空いてないんですか?」
「……」
ひだまりのような笑顔を、私を呼ぶ愛らしい声を、彼女自身を──それが、私の業だというのなら、手放すべきなのだろう。
一つ小さく息をつく。
いつも通りナマエに微笑みかけると、ここ数日間ずっと騒がしかったそれらはストンと胸に落ちついた。
「いいえ、少し……考え事をしていただけですよ」
20260428
何度言い聞かせてみたところで、結果それは懐疑心を募らせるばかりだった。
不透明な感情に突き動かされた私が足を向けた先は──
「仕事中に呼びつけてすみません、ジャスパー」
マルクト帝国軍所属の情報部。
こうして同期のジャスパーをわざわざ呼び出してまで、私情で行動を起こしている自分に辟易する。
事前に一報を入れておいた為、多くを語らずとも彼は私に資料庫の鍵を差し出す。
「いや、別に構わないが……珍しいな。お前が直々に訪ねてくるなんて」
「個人的に少々調べたい事がありましてね」
「個人的に?」
「ええ、“当時”の記録を拝見させて頂こうかと。……この事は内密に頼みますよ」
暗黙を示唆するように立てた人差し指を口元に当てがうと、ジャスパーはため息混じりに渋々といった様子で了承した。
「……分かった。終ったら声をかけてくれ」
「ありがとう御座います」
墓参りの日から数日。
あの日から胸に巣食う疑念は未だに晴れない。
一度萌した疑念の芽は、そう簡単に消えない。
そして、いつまでも釈然としない感情に苛まれ続けたところで、事態が好転することもなかった。
同期のジャスパーから預かった鍵を手に向かった先は、機密事項や戦況記録の保管された資料庫だった。
墓参りの日に訪れた廃村で、どこか見覚えのあった風景は薄らいだ私の記憶を揺り動かした。
それと同時に、勘違いであれと逃げ腰な感情が顔を出したのだ。
随分と様変わりしていたが、復興される事なく放棄されたあの場所。
まだ断定は出来ない。確信を得るまでは。
だが、あの場所はかつて──無意識に記憶を辿る。
(……いや、まだそうと決まったわけでは)
『私は年端もいかない年齢だったから』
彼女の言葉を頼りにおおよその目星をつけた年代の資料の背表紙を指先でなぞる。
ND1999、ND2000、ND2001──ND2002。
そこでピタリと指を止める。
すぐに冊子を引き抜けなかったのは、その瞬間、一時的でも私は揺らいだのだ。
引き返すべきか。それとも、確認するべきか。
ここまできて、まだそんな事を躊躇う自分を振り払い、棚から該当年表の資料を抜き取ると冊子を開いた。
相反する感情が胸の内でせめぎ合う中、それでも冊子をめくる手は止まらなかった。
紙をめくる音は、該当の月日に迫るにつれてゆっくりと室内に響く。
見落とすことのないよう、慎重に。
ND2002・イフリートガーデン・ローレライ・41──そこで手が止まった。
「──っ、」
その日付付近の出来事は、残酷なほど事細かに記載されていた。
呼吸が、わずかに滞る。
視界から入る情報は、朧げだった記憶の輪郭を鮮明に映し出す。
点と点が繋がって、線になる──それと同時に足元がガラガラと音を立てて崩れゆくようだった。
あの戦場で自分が下した指示、戦術。
戦況を読み、撤退命令を下して放棄したあの地域。
誤魔化しなど効かない程に、そこには目を逸らせない現実が明確に記されていた。
「……そういうこと、でしたか」
目を伏せ、静かに冊子を閉じる。
あの時の戦況を鑑みると、私の出した指示は軍人として間違ってはいなかった。
しかし、その結果、彼女の父親はその地に取り残された。
直接手を下していなくとも、私がその死に関与していることは明らかだった。
軍人としての判断とその結果が併存しているからこそ否定できず、だからといって割り切る事もできない。
目の前に突きつけられた事実は、ただ静かに私から逃げ場を奪った。
***
情報部から執務室までの道のりを行く足取りは重い。
頭の中では、先日立ち寄った廃村での彼女の言葉が反芻していた。
『もちろん恨みましたよ。当時の私は、それがどうしても許せなかった』
『今なら父の言っていた言葉も理解できます。戦争は仕方ない……それに、父はきっと後悔はしていないと思いますから』
ナマエは、私が父親の死に関与していたと知っても、今まで通りでいられるのだろうか?
この関係を受け入れられることが。
──何を迷う必要がある?
不意に、内側から思考が湧いて出る。
まるで、もう一人の自分が顔を出し、そっと耳打ちをするような感覚に支配される。
簡単な話だ。事実を押し殺し、狡猾に生きればいいのだ。
目を背け、何も知らない顔をして、今まで通り彼女を傍に縛り付けておけばいい。
この程度の事で悩むなど、私らしくもない。今までの私ならば、平気で出来ていたではないか。
「大佐ー!」
「──っ」
……嗚呼、いつも私を正気に戻し、救い上げるのはこの声だ。
視線の先にナマエの姿を捉える。
執務室のある方角から駆けてきた彼女は、息を弾ませて私の元までやってくると、立腹した様子で頬を膨らませた。
「もう! 探しましたよ!」
「おや、どうかしましたか? 随分とお冠ですね」
「当たり前でしょう? 人を呼びつけておいて、その張本人が留守なんて!」
「ああ、そうでしたね。すみません」
そういえば次の任務の事で執務室に来るようにと、ナマエを呼びつけていたのだった。
それまでの空き時間に情報部へ赴いて、記録を確認するつもりだったのだが、随分と長居をしていたらしい。
ナマエは私が歩いて来た方を見て、小首を傾げる。
「情報部で何か探し物ですか? 言ってくれれば手伝ったのに」
「ありがとう御座います。ですが、もう用は済みましたので」
いつも通り笑みを浮かべ、これ以上の言及を避けた。
ふと、彼女の髪に葉が付いているのに気が付く。
「ナマエ……あなたまさか、私を探すといいながら“陛下のペット”を探していたわけではないでしょうね?」
「へ?」
「頭に葉が付いていますよ」
「え、どこですか?」
手探りで適当に髪に触れても、葉は取れない。
「まったく……」と、溢しながら無意識に手を伸ばしかけたところで我に返る。
ぴくりと小さく震える手を、堪えるようにぐっと抑えた。
「左側のこめかみ辺りです」
「あ……はい。取れました?」
「ええ」
いつもなら指摘する前に取ってやる場面にも関わらず口頭で伝える私に、彼女も僅かな違和感を覚えたようだ。
けれど、それ以上何を言うわけでもなく双眸を二、三度瞬かせる。
「……ねえ、大佐。先にお昼にしません? 誰かさんのせいで待ちぼうけを食って、お腹がぺこぺこなんですけどー……」
「もうそんな時間でしたか」
「大佐はどうせまた豆腐かサーモンでしょ? たまにはスタミナが付くもの食べなきゃダメですよ! あ、今日はいつも私が食べてる唐揚げはどうですか?」
この場に広がるのは、何気ない日常風景だった。
他愛の無い会話、少しの軽口と無垢な笑顔。
そのどれもが今の私には残酷に映る。
「ジェイド、早く行きましょう!」
「……」
無邪気な笑みを浮かべながら、ナマエは私の腕を引く。
(……彼女は、何も知らない)
残酷な事実が、ただ静かに思考を占める。
もし、今この真実を打ち明ければ彼女はどうするだろうか?
最愛の父を死へ追いやる原因を背負った男が、何食わぬ顔で隣に立ち続ける地獄を。
ナマエは父を失っても恨まず、戦争を憎まず、父の死を乗り越えて今を生きている。
だというのに、私はその“傷の上”に偽装とはいえ婚姻という鎖を重ねた。
言えるわけがない。
私は、彼女から二度も自由を奪っている。
(……隣に立つ資格など、あるものか)
腕を引かれるが、拒むように足を止める。
ナマエは不思議そうにこちらを振り仰いだ。
「どうしたんですか? お腹空いてないんですか?」
「……」
ひだまりのような笑顔を、私を呼ぶ愛らしい声を、彼女自身を──それが、私の業だというのなら、手放すべきなのだろう。
一つ小さく息をつく。
いつも通りナマエに微笑みかけると、ここ数日間ずっと騒がしかったそれらはストンと胸に落ちついた。
「いいえ、少し……考え事をしていただけですよ」
20260428