38*
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
無意識ほど質の悪いものはない。
「はぁー……いいお湯だったー!」
「……」
風呂から上がったナマエを視界の端に捉え、ピクリと眉を顰めた。
彼女は相変わらず寝間着にしては随分と薄着なそれで私の視界の中をうろつく。
ノースリーブから覗く二の腕は、触れれば指が沈みそうなほど柔らかそうで、ショート丈のズボンから晒された脚も、無防備というには度が過ぎている。すらりと伸びたその線に、嫌でも視線を攫われてしまう。
風呂上がりの熱を帯びた肌はうっすらと色付き、濡れた髪が首筋に張り付いている。そこを一筋、水滴が伝うのを見たが最後、己の中に燻る男としての性を引きずり出されるようだった。
何故、彼女はこうも無防備なのだろうか?
視線が絡むだけで頬を染めるわりに、平気で布切れを纏ったも同然の格好でうろつくのだから理解に苦しむ。
ナマエは水の入ったコップを手に、ソファーで読書中の私の横へ、さも当然のような顔をして腰掛けた。
正直、この時点で読書どころではなくなっていたが、視線は手元の本から外さない。
もしかすると、私は試されているのかもしれない。
いつまで恋人の無防備な振る舞いに欲情せずいられるか──今にも踏み抜かんとする薄氷のような理性を保ったままでいられるのか。
生憎と私は、そこまで出来た人間ではない。
いっそ、ひと思いに組み敷いてしまえば、彼女は己の危うさを理解出来るだろうか?
読んでいた本をわざとらしく音を立てて閉じ、これ見よがしにため息を一つ零す。
「まったく……あなたにはもう少し、恥じらいというものを持って頂きたいですね」
「へ?」
指で眼鏡を押し上げ、改めて視界にナマエの姿を映す。
頭の天辺から足の爪先まで、苛立ちを滲ませた視線で撫で下ろす。
「……少々、無防備すぎでは?」
隣で寛ぐナマエを窘めるが、彼女は小首を傾げた。
残念ながら私の忠告は届いていない。これっぽっちも。
自分なりに言葉を砕いたつもりだったが、あまり意味をなさなかったようだ。
忠告といったが──これはもう、どちらかと言えば警告だろう。
「私達の関係は、以前と変わっているのですよ?」
これでもまだ彼女は理解出来ていないようで、頭上に“?”を浮かべている。
ここまでくると、さすがに鈍感の域を出ていると思わざるを得ない。
「変わったって……私達は偽装夫婦でしょう?」
「それはそうですが、私が言っているのはそういう事ではなく──」
とん、と彼女の胸元に人差し指を突き立てる。
「“此処”が、変わったでしょう? お互いに」
「……え?」
「ああ、それとも──私が何の欲も持たない無害な人間だと思っていますか? だとしたら、買い被りすぎですよ」
「……欲? …………んなっ!!」
此処まで露骨に言って、漸く気付いたようだ。
彼女の頬は見る見る赤く染まってゆく。
「理解して頂けたようで何よりです」
いつものように上っ面だけの笑顔を浮かべると、耳まで真っ赤に染めたナマエは、側にあったクッションを引っ掴んで隠すように顔を埋めた。
「で、でも……今まで何度も一緒に寝てたけど、何も無かったじゃないですか! そんなの今更すぎるっていうか……」
クッションに顔を埋めたまま、くぐもった声で言い訳を並べる彼女に対し、無慈悲な言葉を返す。
「ええ、我慢していましたから」
「なるほど……我慢を……。え、我慢!? ま、まさか……ずっと?」
「はい、ずっと。我ながら毎夜よく耐えていると思いますよ」
ナマエの腕からクッションを取り上げると、羞恥に塗れた可愛らしい顔が覗く。
そんな顔をされたら、自分の内側から沸々と加虐心が湧き上がってくるようだ。
「ま、それと言うのも、あなたの寝相のお陰でもあるのですが」
「寝相は……それは本当にごめんなさい」
「まったくです。次は何処を蹴り上げられるのか恐ろしくて、おちおち寝てもいられませんよ」
それを逆手にとって、抱き締めて眠る口実としていたことは黙っておく。
この状況……その方が断然面白いじゃありませんか。
私もいい思いをさせてもらっていた。
しかし、途中からはただの生き地獄と化してしまった事を思うと──実に滑稽な話だ。
「ですが、以前あなたを女性として見ていないと言った手前、手を出すわけにはいかなかったというのが正直な話です」
「な、なる……ほど?」
それは、裏を返せば“今は手を出す理由がある”と遠回しに伝えているも同然だ。
ナマエは、ソファーから飛び退いてジリジリと後退る。
彼女は、こんな時ばかり勘がいい。
お世辞にも思慮深い聡明な女性とは言い難いナマエだ。
ならばこれは、理屈を介さぬ反応──本能的な危機察知、すなわち野生の勘というものだろう。
嗚呼、全く……。
小賢しく、愚かしく、意地らしい──私のナマエ。
「何故、逃げるのですか?」
「その話を聞いて、逃げなきゃいけないと判断しました!」
「なるほど。あなたにしては賢明な判断です」
「お褒め頂きありがとう御座います! ですので、こっちに来ないでもらえますか!?」
猫のように毛を逆立てる様を目にするのは実に久し振りだ。
飼い慣らしてばかりでは面白くない。
クツクツと喉を鳴らして笑みを零すと、対照的にナマエは何故か身構えてしまった。
懐かしい。
いつだったか……この陳腐な関係が始まったばかりの時にも、こんなやり取りを幾度と繰り返した。
此方が一歩踏み出せば、彼女も一歩後退る。
その間も、ナマエは一時も私から目を離さない。
意識を全て私に注ぐものだから、彼女は周りが何も見えていなかった。
一歩、二歩、三歩──。
「……っ、ぎゃあ!」
私自ら手を下さずとも、ナマエはベッドの縁に足を取られ、そのまま仰向けに倒れ込む。
「おやおや、これは据え膳ですねぇ」
「断じて違います! これは単独事故です!」
「それはご愁傷さまです」
「誠に遺憾です!!」
必死に声を上げる彼女に構わずベッドに片膝を乗せると、上等なマットレスが応えるように軋んだ。
ナマエの表情には不安の影が落ちる。
あなたは、あまりに無防備だと警告した筈だ。
こうも容易く組み敷く事が出来るのだから。
捲れ上がった服の下から覗く白い腹にひたりと触れれば、ナマエは吐息交じりに声を漏らす。
柔らかで滑らかな肌の感触を確かめるようにゆっくりと指を這わせ、服の中へと忍ばせる。
いっそ、このまま──
「……ゃ……ジェ、イド……本当、に?」
彼女のか細い声にはたとした。
今にも千切れそうな理性の糸を繋ぎ止め、服の中に忍ばせた手を、惜しむようにゆっくりと引き抜いた。
一瞬でも昂ぶった劣情を押し殺し、ため息をつく。
「……しませんよ」
ナマエは、その言葉にホッとして安堵の表情を浮かべる。私はそれが、僅かに面白くない。
「今はまだ」
「今は……まだ?」
それがどういう意味か理解しているのか──。
意地の悪い表情を浮かべる私は、さぞ活き活きとしているだろう。
それに反してナマエの双眸は不安気に揺れ動いた。
「ええ。私はいずれ──あなたを抱くつもりでいますよ」
「だっ……!?」
「その時は、今日のように止めるつもりはありません。そのおつもりで」
そう告げ、紅潮した頬に手を添えると、ナマエはふるりと小さく身をふるわせた。
けれど、拒みはしない。私の言葉にも、触れた手にも。
息がかかるほど近くで、言葉もなく、ただ静かに熱を孕んだ視線だけが絡みあう。
そして、小さな額にそっと唇を落とした。
「……今夜は、これで我慢しておきます」
「は、はひ……」
気恥ずかしそうにしながらも、大人しく口付けを受け入れる彼女に、自然と口元が緩んだ。
「それに伴って、近いうち此処から私の私邸に移りましょう」
「私邸!? 大佐、私邸なんて持ってるんですか!?」
「ええ、まあ。今はカーティス家の使用人に留守を任せていますが」
夫婦ごっこ用に充てがわれたこの部屋は、もう十分に役割を果たしただろう。
「へぇ……でも、何でこのタイミングで?」
「このタイミングだからですよ。言ったでしょう? 近々そうなると。──このままでは、いささか都合が悪いので」
「……っ、ぅ、あ……ああああー!」
「ははは、喜んで頂けたようで何よりです」
悶絶する様といったら色気には程遠い。
鈍感な彼女もさすがに言葉に含まれた真意を読み取ったらしい。
普段からこれくらい察しがいいと助かるのだが──しかし、それもまた彼女らしさである。
20260414
「はぁー……いいお湯だったー!」
「……」
風呂から上がったナマエを視界の端に捉え、ピクリと眉を顰めた。
彼女は相変わらず寝間着にしては随分と薄着なそれで私の視界の中をうろつく。
ノースリーブから覗く二の腕は、触れれば指が沈みそうなほど柔らかそうで、ショート丈のズボンから晒された脚も、無防備というには度が過ぎている。すらりと伸びたその線に、嫌でも視線を攫われてしまう。
風呂上がりの熱を帯びた肌はうっすらと色付き、濡れた髪が首筋に張り付いている。そこを一筋、水滴が伝うのを見たが最後、己の中に燻る男としての性を引きずり出されるようだった。
何故、彼女はこうも無防備なのだろうか?
視線が絡むだけで頬を染めるわりに、平気で布切れを纏ったも同然の格好でうろつくのだから理解に苦しむ。
ナマエは水の入ったコップを手に、ソファーで読書中の私の横へ、さも当然のような顔をして腰掛けた。
正直、この時点で読書どころではなくなっていたが、視線は手元の本から外さない。
もしかすると、私は試されているのかもしれない。
いつまで恋人の無防備な振る舞いに欲情せずいられるか──今にも踏み抜かんとする薄氷のような理性を保ったままでいられるのか。
生憎と私は、そこまで出来た人間ではない。
いっそ、ひと思いに組み敷いてしまえば、彼女は己の危うさを理解出来るだろうか?
読んでいた本をわざとらしく音を立てて閉じ、これ見よがしにため息を一つ零す。
「まったく……あなたにはもう少し、恥じらいというものを持って頂きたいですね」
「へ?」
指で眼鏡を押し上げ、改めて視界にナマエの姿を映す。
頭の天辺から足の爪先まで、苛立ちを滲ませた視線で撫で下ろす。
「……少々、無防備すぎでは?」
隣で寛ぐナマエを窘めるが、彼女は小首を傾げた。
残念ながら私の忠告は届いていない。これっぽっちも。
自分なりに言葉を砕いたつもりだったが、あまり意味をなさなかったようだ。
忠告といったが──これはもう、どちらかと言えば警告だろう。
「私達の関係は、以前と変わっているのですよ?」
これでもまだ彼女は理解出来ていないようで、頭上に“?”を浮かべている。
ここまでくると、さすがに鈍感の域を出ていると思わざるを得ない。
「変わったって……私達は偽装夫婦でしょう?」
「それはそうですが、私が言っているのはそういう事ではなく──」
とん、と彼女の胸元に人差し指を突き立てる。
「“此処”が、変わったでしょう? お互いに」
「……え?」
「ああ、それとも──私が何の欲も持たない無害な人間だと思っていますか? だとしたら、買い被りすぎですよ」
「……欲? …………んなっ!!」
此処まで露骨に言って、漸く気付いたようだ。
彼女の頬は見る見る赤く染まってゆく。
「理解して頂けたようで何よりです」
いつものように上っ面だけの笑顔を浮かべると、耳まで真っ赤に染めたナマエは、側にあったクッションを引っ掴んで隠すように顔を埋めた。
「で、でも……今まで何度も一緒に寝てたけど、何も無かったじゃないですか! そんなの今更すぎるっていうか……」
クッションに顔を埋めたまま、くぐもった声で言い訳を並べる彼女に対し、無慈悲な言葉を返す。
「ええ、我慢していましたから」
「なるほど……我慢を……。え、我慢!? ま、まさか……ずっと?」
「はい、ずっと。我ながら毎夜よく耐えていると思いますよ」
ナマエの腕からクッションを取り上げると、羞恥に塗れた可愛らしい顔が覗く。
そんな顔をされたら、自分の内側から沸々と加虐心が湧き上がってくるようだ。
「ま、それと言うのも、あなたの寝相のお陰でもあるのですが」
「寝相は……それは本当にごめんなさい」
「まったくです。次は何処を蹴り上げられるのか恐ろしくて、おちおち寝てもいられませんよ」
それを逆手にとって、抱き締めて眠る口実としていたことは黙っておく。
この状況……その方が断然面白いじゃありませんか。
私もいい思いをさせてもらっていた。
しかし、途中からはただの生き地獄と化してしまった事を思うと──実に滑稽な話だ。
「ですが、以前あなたを女性として見ていないと言った手前、手を出すわけにはいかなかったというのが正直な話です」
「な、なる……ほど?」
それは、裏を返せば“今は手を出す理由がある”と遠回しに伝えているも同然だ。
ナマエは、ソファーから飛び退いてジリジリと後退る。
彼女は、こんな時ばかり勘がいい。
お世辞にも思慮深い聡明な女性とは言い難いナマエだ。
ならばこれは、理屈を介さぬ反応──本能的な危機察知、すなわち野生の勘というものだろう。
嗚呼、全く……。
小賢しく、愚かしく、意地らしい──私のナマエ。
「何故、逃げるのですか?」
「その話を聞いて、逃げなきゃいけないと判断しました!」
「なるほど。あなたにしては賢明な判断です」
「お褒め頂きありがとう御座います! ですので、こっちに来ないでもらえますか!?」
猫のように毛を逆立てる様を目にするのは実に久し振りだ。
飼い慣らしてばかりでは面白くない。
クツクツと喉を鳴らして笑みを零すと、対照的にナマエは何故か身構えてしまった。
懐かしい。
いつだったか……この陳腐な関係が始まったばかりの時にも、こんなやり取りを幾度と繰り返した。
此方が一歩踏み出せば、彼女も一歩後退る。
その間も、ナマエは一時も私から目を離さない。
意識を全て私に注ぐものだから、彼女は周りが何も見えていなかった。
一歩、二歩、三歩──。
「……っ、ぎゃあ!」
私自ら手を下さずとも、ナマエはベッドの縁に足を取られ、そのまま仰向けに倒れ込む。
「おやおや、これは据え膳ですねぇ」
「断じて違います! これは単独事故です!」
「それはご愁傷さまです」
「誠に遺憾です!!」
必死に声を上げる彼女に構わずベッドに片膝を乗せると、上等なマットレスが応えるように軋んだ。
ナマエの表情には不安の影が落ちる。
あなたは、あまりに無防備だと警告した筈だ。
こうも容易く組み敷く事が出来るのだから。
捲れ上がった服の下から覗く白い腹にひたりと触れれば、ナマエは吐息交じりに声を漏らす。
柔らかで滑らかな肌の感触を確かめるようにゆっくりと指を這わせ、服の中へと忍ばせる。
いっそ、このまま──
「……ゃ……ジェ、イド……本当、に?」
彼女のか細い声にはたとした。
今にも千切れそうな理性の糸を繋ぎ止め、服の中に忍ばせた手を、惜しむようにゆっくりと引き抜いた。
一瞬でも昂ぶった劣情を押し殺し、ため息をつく。
「……しませんよ」
ナマエは、その言葉にホッとして安堵の表情を浮かべる。私はそれが、僅かに面白くない。
「今はまだ」
「今は……まだ?」
それがどういう意味か理解しているのか──。
意地の悪い表情を浮かべる私は、さぞ活き活きとしているだろう。
それに反してナマエの双眸は不安気に揺れ動いた。
「ええ。私はいずれ──あなたを抱くつもりでいますよ」
「だっ……!?」
「その時は、今日のように止めるつもりはありません。そのおつもりで」
そう告げ、紅潮した頬に手を添えると、ナマエはふるりと小さく身をふるわせた。
けれど、拒みはしない。私の言葉にも、触れた手にも。
息がかかるほど近くで、言葉もなく、ただ静かに熱を孕んだ視線だけが絡みあう。
そして、小さな額にそっと唇を落とした。
「……今夜は、これで我慢しておきます」
「は、はひ……」
気恥ずかしそうにしながらも、大人しく口付けを受け入れる彼女に、自然と口元が緩んだ。
「それに伴って、近いうち此処から私の私邸に移りましょう」
「私邸!? 大佐、私邸なんて持ってるんですか!?」
「ええ、まあ。今はカーティス家の使用人に留守を任せていますが」
夫婦ごっこ用に充てがわれたこの部屋は、もう十分に役割を果たしただろう。
「へぇ……でも、何でこのタイミングで?」
「このタイミングだからですよ。言ったでしょう? 近々そうなると。──このままでは、いささか都合が悪いので」
「……っ、ぅ、あ……ああああー!」
「ははは、喜んで頂けたようで何よりです」
悶絶する様といったら色気には程遠い。
鈍感な彼女もさすがに言葉に含まれた真意を読み取ったらしい。
普段からこれくらい察しがいいと助かるのだが──しかし、それもまた彼女らしさである。
20260414