03
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「おはよう御座います。ナマエ、入りますよ」
微睡みの中で大佐の声がぼんやりと聞こえた。
体を起こす前に部屋のドアが開け放たれ、次いでわらわらと複数の使用人が部屋に入って来る。
一体何が何やら混乱の一途を辿る私に構わず、使用人達はテキパキと各々作業に取り掛かる。
「大佐……あの、これは一体!?」
「陛下が仰っていたでしょう? 今日は朝から忙しくなると」
「それは確かに聞きましたけど……うわぁあ!」
状況が飲み込めないままブランケットを剥ぎ取られ、部屋の外に用意されていた荷車に乗せられてしまう。
「なななな何!?」
「よし、出してくれ。後は手筈通りに」
大佐が私の呼びかけに応える事はなく、使用人達に指示を出す。
手筈通りとは何だろう?
私は何処へ連れて行かれ、どうなってしまうの?
起き抜けの不鮮明な頭が不安で埋め尽くされる中、一つだけ分かるのは、ろくでもない事がこれから私の身に降り掛かるということ。
「ナマエ、それでは後程」
「嫌だ……嫌だぁぁあ!」
分かってはいたが行き先など当然告げられず、そのまま数人の使用人によって拉致され、私を乗せた荷車はマルクト軍基地の通用口からグランコクマ宮殿に向かって疾走する。
そこから先の事は、正直よく覚えていない。
息つく暇もなければ取り付く島もなく、次から次へと身なりを整えられ、身支度を済まされ、気が付けば純白のドレスに身を包み、頭にベールを掛けられた所で使用人の「とてもお似合いです」の言葉で我に返ったのだった。
なんという早業……。
そして、ドレッサーの鏡に映る自身の姿に驚愕した。
今の私の姿はどこからどう見ても花嫁。紛う方なき花嫁が鏡の前に座っていたのだ。
昨日の陛下と大佐の企みはこの事だったのだと遅ればせながらに気が付いた。
やっぱり(特に私にとって)ろくな事ではなかった。
わなわなと鏡の前で打ち震えていると、部屋のドアが開く音がする。
足音がこちらに近付くと、気を利かせた使用人が席を外した。
「とてもお似合いですよ」
「大佐! これは一、体――……」
そんな彼も私同様にいつもの軍服ではなく婚姻用の正装に身を包んでいる。
肩の下まで伸びたブラウンの髪も一つに結わえられているせいか、普段と大きく印象が違う。
分かってはいたが、つくづく思う。思い知る。(黙っていれば)綺麗な男だな、と。
「いやぁ、熱烈な視線を向けられると照れますね」
「ご、誤解です! これは、えっと、ガンを飛ばしていただけです!」
「おや、そうでしたか? 私はてっきり、あなたがこの格好を気に入ってくださったのだとばかり」
眼鏡の奥の紅い瞳を柔和に細めながら、からかうような口調で言う。まるで全てを見透かしたかのように。
ああ、そうだとも。見惚れてしまったのだ。綺麗な男だと。一瞬だけね!
「何ですかこれ……理由を聞かせてください」
「いいでしょう。これから先の事はあなたの協力無しでは成立しませんから」
指で押し上げた眼鏡が怪しく光り輝いたのは見間違いではない。
何を画策しているのか……私にこんな格好をさせてまで成立させなければならない事案とは何だろうか?
「私と結婚して頂きます」
「…………はい?」
「結婚です」
「……誰と……誰が?」
「ですから、私とあなたが」
「…………」
言葉を失う私と、ニコリと笑む大佐。
沈黙が流れること数秒間。
カタリ、とドレッサーに置かれた口紅が倒れたのが合図になった。
いや、決戦のゴングが高らかに打ち鳴らされたと言うべきかもしれない。
取り敢えず、“何としても従わせたい大佐VS何が何でも逃げ出したい私”の戦いの火蓋が切られた瞬間だった。
私はその俊敏性と瞬発力を生かし、ドアを目指して猛ダッシュ。
しかし、そこは流石と言うべきか、私の行動に即座に反応してしっかりと付いてきた大佐は、背後から被さるようにドアに腕を突いた。
「――っ!」
振り向いた先には満面の笑みを浮かべる大佐と、逃げ場を奪われドアに背中を張り付け、苦笑いを浮かべる私。
これは所謂、壁ドンと呼ばれる代物であるが……ときめきなど皆無だった事は言葉にするまでもない。
「えへへ……なんちゃってー……」
「残念でしたね。あなたの考えている事などお見通しですよ」
大佐の元から逃げ出すだなんて無理だと分かっていたが、一応試みただけだったのだけれど……。
それがどうだ、こうも目が笑っていない。
口調こそ普段通りであるが、逃がすまいとドアに手を突く勢いは冗談の域を出ていたように思う。
それに少しばかり気圧されて、逃走意欲が削がれてしまったのは事実だ。
「逃さないと言ったでしょう?」
「は、はひ……」
「一体、私がどれだけあなたを――」
「……大、佐?」
「――っ、失礼。失言でした。忘れてください」
言いかけて、大佐は言葉を切る。ドアに突いた手を退かし、背を向けた。
これ以上の詮索はよせと言外に告げているようで、これ以上言葉を紡げない。
『一体、私がどれだあなたを――』
他のどの言葉よりも彼の感情が滲み、本心が顔を覗かせた瞬間だと感じられたのだ。
貼り付けた笑顔の下の、誰も知らない彼の本懐。
「……分かりましたよ。逃げるのは諦めます。でも、理由くらい教えてくれてもいいじゃないですか」
「理由、ですか……」
大佐は珍しく言葉に詰まった。
眼鏡を指で押し上げながら逡巡する様子は普段の彼を思うと珍しい。
「強いて言うなら都合がいいから、でしょうか?」
「都合?」
「ええ。私もいい歳ですし、周囲からやれ結婚だのやれ相手はいるのかだの、この手の話題には辟易していましてね」
「はあ……」
「正直、面倒臭いというのが本音でして。それならば決まった相手がいればいい話なのですが、中々都合よく行くわけもなく。そこで、あなたを抜擢したわけです」
「ちょ、ちょっと待った! 待ってください大佐!」
「はい、何でしょう?」
『何でしょう?』ではない。
ジェイド・カーティスという圧倒的な存在の前に屈し、捕縛され、手足の如くぞんざいに扱われ、ボロ雑巾のように働かされた二年前。
そして今回、まさかこんな役割を押し付けられようとは露ほども思わない。人権がない。
「あの、大佐。いいですか? 結婚とは好きな人とするべき事柄です。罷り間違っても都合だとか、面倒だからと適当にするものではないでしょう?」
「それなら問題ないのでは? 私はともかく、あなたは少なからず私に好意を持っていますよね?」
「はい!?」
「だからあの日、私にキスをしたのでしょう?」
「んなぁあ!?」
葬りたい私の黒歴史。
私はこの先、下手をしたら一生、事ある毎にこのネタを引っ張り出され、揺すられ続けるのだろうか?
その度に、魔が刺しただけだと打ち明けるハードルが上がり続けている事を大佐は知らない。否、大佐の事だ――案外気付いているのかもしれない。
「だから、あれは忘れてくださいよ……」
「お断りします」
にこやかな笑みは、絶対に忘れてなどやるものかと語っているようだった。
「だからそういう問題じゃ……」
「ああ、どうぞ私のことはお気になさらず。あと、この条件を飲んでくださるなら、あなたが吹き飛ばした露店の修復費用の件は帳消しにして差し上げますよ」
「本当ですか!?」
「はい。二言はありません」
ここに来てその条件を引き合いに出すのは狡い。
あれだけ拒んでいた結婚の件も少し考える余地が出てきてしまう。
「まあ、あなたが拒んだとしても、初めから監視目的で傍に置いておくつもりでしたから。よって、あなたは私と結婚してもらいます。上官命令です」
「サイテー!!!!」
「さあ、行きましょうか。準備は全て整っていますよ」
どちらにしろ、初めから私に選択の自由など与えられていなかったようだ。
上官命令発言が全てを物語っていた。
つまり、ダアトで大佐に見つけ出された時点で私の運命は決まっていたのかもしれない。
果たしてどこまでが本気で、どこからが冗談なのか。
結婚の理由の裏に彼の本心が隠されているのか否か。
真相は藪の中だ。
「嘘だぁ……信じらんない……大佐、本気なんですよね!?」
「往生際が悪いですよ」
「だって……」
絢爛な装飾の施された部屋の前。
ここに踏み込めば全てが変わってしまうのだろう。
未だに渋る私に対し「まあ、」と言葉を一度区切ってから大佐は再度口を開いた。私の手を取り、甲に口付けを一つ落として。
「っ、んな……!?」
「幸せにして差し上げますよ。あなたの望む半分程度には」
せめてもの救いは教会ではなく、色彩が踊る華やかな装飾の施された宮殿で挙式が行われた事だったろうか。
多くの人は招かず、陛下を始めとする側近や関係者数名だけで執り行われた簡素な挙式は、私の人生においての最大の過ちであることに違いなかった。
20251005
微睡みの中で大佐の声がぼんやりと聞こえた。
体を起こす前に部屋のドアが開け放たれ、次いでわらわらと複数の使用人が部屋に入って来る。
一体何が何やら混乱の一途を辿る私に構わず、使用人達はテキパキと各々作業に取り掛かる。
「大佐……あの、これは一体!?」
「陛下が仰っていたでしょう? 今日は朝から忙しくなると」
「それは確かに聞きましたけど……うわぁあ!」
状況が飲み込めないままブランケットを剥ぎ取られ、部屋の外に用意されていた荷車に乗せられてしまう。
「なななな何!?」
「よし、出してくれ。後は手筈通りに」
大佐が私の呼びかけに応える事はなく、使用人達に指示を出す。
手筈通りとは何だろう?
私は何処へ連れて行かれ、どうなってしまうの?
起き抜けの不鮮明な頭が不安で埋め尽くされる中、一つだけ分かるのは、ろくでもない事がこれから私の身に降り掛かるということ。
「ナマエ、それでは後程」
「嫌だ……嫌だぁぁあ!」
分かってはいたが行き先など当然告げられず、そのまま数人の使用人によって拉致され、私を乗せた荷車はマルクト軍基地の通用口からグランコクマ宮殿に向かって疾走する。
そこから先の事は、正直よく覚えていない。
息つく暇もなければ取り付く島もなく、次から次へと身なりを整えられ、身支度を済まされ、気が付けば純白のドレスに身を包み、頭にベールを掛けられた所で使用人の「とてもお似合いです」の言葉で我に返ったのだった。
なんという早業……。
そして、ドレッサーの鏡に映る自身の姿に驚愕した。
今の私の姿はどこからどう見ても花嫁。紛う方なき花嫁が鏡の前に座っていたのだ。
昨日の陛下と大佐の企みはこの事だったのだと遅ればせながらに気が付いた。
やっぱり(特に私にとって)ろくな事ではなかった。
わなわなと鏡の前で打ち震えていると、部屋のドアが開く音がする。
足音がこちらに近付くと、気を利かせた使用人が席を外した。
「とてもお似合いですよ」
「大佐! これは一、体――……」
そんな彼も私同様にいつもの軍服ではなく婚姻用の正装に身を包んでいる。
肩の下まで伸びたブラウンの髪も一つに結わえられているせいか、普段と大きく印象が違う。
分かってはいたが、つくづく思う。思い知る。(黙っていれば)綺麗な男だな、と。
「いやぁ、熱烈な視線を向けられると照れますね」
「ご、誤解です! これは、えっと、ガンを飛ばしていただけです!」
「おや、そうでしたか? 私はてっきり、あなたがこの格好を気に入ってくださったのだとばかり」
眼鏡の奥の紅い瞳を柔和に細めながら、からかうような口調で言う。まるで全てを見透かしたかのように。
ああ、そうだとも。見惚れてしまったのだ。綺麗な男だと。一瞬だけね!
「何ですかこれ……理由を聞かせてください」
「いいでしょう。これから先の事はあなたの協力無しでは成立しませんから」
指で押し上げた眼鏡が怪しく光り輝いたのは見間違いではない。
何を画策しているのか……私にこんな格好をさせてまで成立させなければならない事案とは何だろうか?
「私と結婚して頂きます」
「…………はい?」
「結婚です」
「……誰と……誰が?」
「ですから、私とあなたが」
「…………」
言葉を失う私と、ニコリと笑む大佐。
沈黙が流れること数秒間。
カタリ、とドレッサーに置かれた口紅が倒れたのが合図になった。
いや、決戦のゴングが高らかに打ち鳴らされたと言うべきかもしれない。
取り敢えず、“何としても従わせたい大佐VS何が何でも逃げ出したい私”の戦いの火蓋が切られた瞬間だった。
私はその俊敏性と瞬発力を生かし、ドアを目指して猛ダッシュ。
しかし、そこは流石と言うべきか、私の行動に即座に反応してしっかりと付いてきた大佐は、背後から被さるようにドアに腕を突いた。
「――っ!」
振り向いた先には満面の笑みを浮かべる大佐と、逃げ場を奪われドアに背中を張り付け、苦笑いを浮かべる私。
これは所謂、壁ドンと呼ばれる代物であるが……ときめきなど皆無だった事は言葉にするまでもない。
「えへへ……なんちゃってー……」
「残念でしたね。あなたの考えている事などお見通しですよ」
大佐の元から逃げ出すだなんて無理だと分かっていたが、一応試みただけだったのだけれど……。
それがどうだ、こうも目が笑っていない。
口調こそ普段通りであるが、逃がすまいとドアに手を突く勢いは冗談の域を出ていたように思う。
それに少しばかり気圧されて、逃走意欲が削がれてしまったのは事実だ。
「逃さないと言ったでしょう?」
「は、はひ……」
「一体、私がどれだけあなたを――」
「……大、佐?」
「――っ、失礼。失言でした。忘れてください」
言いかけて、大佐は言葉を切る。ドアに突いた手を退かし、背を向けた。
これ以上の詮索はよせと言外に告げているようで、これ以上言葉を紡げない。
『一体、私がどれだあなたを――』
他のどの言葉よりも彼の感情が滲み、本心が顔を覗かせた瞬間だと感じられたのだ。
貼り付けた笑顔の下の、誰も知らない彼の本懐。
「……分かりましたよ。逃げるのは諦めます。でも、理由くらい教えてくれてもいいじゃないですか」
「理由、ですか……」
大佐は珍しく言葉に詰まった。
眼鏡を指で押し上げながら逡巡する様子は普段の彼を思うと珍しい。
「強いて言うなら都合がいいから、でしょうか?」
「都合?」
「ええ。私もいい歳ですし、周囲からやれ結婚だのやれ相手はいるのかだの、この手の話題には辟易していましてね」
「はあ……」
「正直、面倒臭いというのが本音でして。それならば決まった相手がいればいい話なのですが、中々都合よく行くわけもなく。そこで、あなたを抜擢したわけです」
「ちょ、ちょっと待った! 待ってください大佐!」
「はい、何でしょう?」
『何でしょう?』ではない。
ジェイド・カーティスという圧倒的な存在の前に屈し、捕縛され、手足の如くぞんざいに扱われ、ボロ雑巾のように働かされた二年前。
そして今回、まさかこんな役割を押し付けられようとは露ほども思わない。人権がない。
「あの、大佐。いいですか? 結婚とは好きな人とするべき事柄です。罷り間違っても都合だとか、面倒だからと適当にするものではないでしょう?」
「それなら問題ないのでは? 私はともかく、あなたは少なからず私に好意を持っていますよね?」
「はい!?」
「だからあの日、私にキスをしたのでしょう?」
「んなぁあ!?」
葬りたい私の黒歴史。
私はこの先、下手をしたら一生、事ある毎にこのネタを引っ張り出され、揺すられ続けるのだろうか?
その度に、魔が刺しただけだと打ち明けるハードルが上がり続けている事を大佐は知らない。否、大佐の事だ――案外気付いているのかもしれない。
「だから、あれは忘れてくださいよ……」
「お断りします」
にこやかな笑みは、絶対に忘れてなどやるものかと語っているようだった。
「だからそういう問題じゃ……」
「ああ、どうぞ私のことはお気になさらず。あと、この条件を飲んでくださるなら、あなたが吹き飛ばした露店の修復費用の件は帳消しにして差し上げますよ」
「本当ですか!?」
「はい。二言はありません」
ここに来てその条件を引き合いに出すのは狡い。
あれだけ拒んでいた結婚の件も少し考える余地が出てきてしまう。
「まあ、あなたが拒んだとしても、初めから監視目的で傍に置いておくつもりでしたから。よって、あなたは私と結婚してもらいます。上官命令です」
「サイテー!!!!」
「さあ、行きましょうか。準備は全て整っていますよ」
どちらにしろ、初めから私に選択の自由など与えられていなかったようだ。
上官命令発言が全てを物語っていた。
つまり、ダアトで大佐に見つけ出された時点で私の運命は決まっていたのかもしれない。
果たしてどこまでが本気で、どこからが冗談なのか。
結婚の理由の裏に彼の本心が隠されているのか否か。
真相は藪の中だ。
「嘘だぁ……信じらんない……大佐、本気なんですよね!?」
「往生際が悪いですよ」
「だって……」
絢爛な装飾の施された部屋の前。
ここに踏み込めば全てが変わってしまうのだろう。
未だに渋る私に対し「まあ、」と言葉を一度区切ってから大佐は再度口を開いた。私の手を取り、甲に口付けを一つ落として。
「っ、んな……!?」
「幸せにして差し上げますよ。あなたの望む半分程度には」
せめてもの救いは教会ではなく、色彩が踊る華やかな装飾の施された宮殿で挙式が行われた事だったろうか。
多くの人は招かず、陛下を始めとする側近や関係者数名だけで執り行われた簡素な挙式は、私の人生においての最大の過ちであることに違いなかった。
20251005