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昼食を終えた後、ナマエは決まって姿を消す。
勿論、何処で何をしているのかは把握済みだ。
だから、あえて尋ねるような真似はしない。
一足先に食堂を出たナマエを追って足を向けたのは、基地の裏手にある空き地だった。
歩を進めるにつれて木刀同士がぶつかる小気味よい音が段々と大きくなる。
予想通り、そこには剣術の稽古に励むナマエと、師範代を務めるガイの姿が視界に飛び込んできた。
それを遠巻きから眺める。
任務での戦闘を見る限り、少しずつではあるが動きに無駄がなくなってきたように思う。
踏み込む速さも申し分なく、相手の技をいなし、攻撃に転じる起点も悪くない。
身を守る為の剣術という面では十分だろう。
「あー! 大佐、盗み見ですか!?」
私の視線に気付いたのか、打ち合いを終えたナマエが此方に駆け寄ってくる。
その様を見て、稽古を付けていたガイは少々驚いたように目を丸くした。
「おや、バレてしまいましたか。情報収集は軍人の基本ですからね」
言って、彼女の頭を軽く撫でた。
短くなった髪が、手の動きに合わせて軽やかに揺れ動く。
「ちょ、何ですか?」
「その髪型も悪くありませんね」
撫でたことで乱れた髪を、軽く整えてやる。
正確には、“整えるフリ”をして、短くなった毛先を指先に絡める。
――短くなった髪を確かめるかのような手つきで。
「それはどーも。朝も見たでしょ?」
「そうでしたね」
不意に何を思ったのか、ナマエが繁々と私を見る。
まるで観察するかのようなその眼差しは、何を見ているのか知れないようで、けれど、しかと私を見つめている。
「何か?」
「大佐……何だか今日は、機嫌がいいですね」
「! ……ええ、お陰様で」
やはり、彼女の観察眼は鋭かった。
言葉にしない私の内側を、その野性的な感でいとも簡単に見抜き、言い当てたのだから。
――第三者の前でのパーソナルスペースの許容。
単なる第三者ではなく、彼女が一番懐いているガイの前だったことに意味がある。
ナマエも、流石に機嫌の良さを見抜けても、その理由までは見当がつかないようだ。
私の返答に小首を傾げている。
「……まあ、いいですけど。それじゃあ私、寄る所があるので先に戻りますね」
ナマエは、ガイに一言「稽古付けてくれてありがとう」と礼を告げて、この場を去ろうとする。
「ナマエ、どちらへ?」
「医務室です。先日助けた彼のことが気になって」
先日の彼と言えば、彼女が身を挺して命を救ったあの兵士のことだろう。
髪を切るに至った直接の理由は危険を顧みず無茶をしたナマエ自身にあるが、それに準ずる原因のうちの一つには数えられる。
一命は取り留めたと報告があった。
甲斐甲斐しく世話まで焼いてやるとは、実にナマエらしい行動といえる。が、少々――目に余る。
「随分と甲斐甲斐しく世話をやいてやるのですね」
「別に、そういうわけじゃ……」
「兵士一人一人に情をかけすぎるのもいかがなものかと思いますがね。あなたは治癒師であって、医者ではないでしょう? 役割を履き違えないでください」
「あー、はいはい分かりましたー! それじゃあ」
ナマエは答えるや否や、そのまま小走りで医務室へと向かう。
本当に分かっているのやら……。
言葉を飲み込んで、遠のく背中が小さくなるのを見つめていた。
「確か、医者の家系……だったか? 血は争えないんだなぁ」
ガイも視線を同じくして、感心した風に呟く。
「ご存じでしたか」
「まあな。前にナマエから聞いたことがあったんだよ」
「なるほど」
ほんの僅かな時間、沈黙が落ちた。
眼鏡を指で押し上げ、彼女が去った方向から傍らに立つガイへと視線を移す。
「あなたには随分と気を許しているようですね。ナマエは、あまり自分の話をしませんから」
「ただ立場的に話しやすいってだけだろ? そう警戒しないでくれ」
「……そうですか」
にこりといつもの調子で微笑むと、ガイの顔がわずかに引き攣った。
全てを口にせずとも、何を言わんとしているのかしっかりと伝わったらしい。
相変わらずガイは空気を読む能力に長けているようだ。
他者の機微に敏感であるが故の、苦労性なのかもしれないが。
長所であり、短所でもある彼の特性だ。
「それにしても、ナマエの稽古に陛下のペットの世話係ですか。あなたも苦労が絶えませんね」
「ははは……そう思うなら、手伝ってくれてもいいんだぞ? ブウサギの散歩」
「いえいえ、遠慮しておきます。近頃、歳のせいか体の節々が痛みましてねぇ。ブウサギを七匹も引き連れて散歩だなんてとても無理ですよ」
手振りを混ぜて大仰に言ってみせると、ガイは呆れの色を滲ませた双眸で此方を見た。
陛下お一人でも世話が焼けるのだ。とてもじゃないが、それに加えてペットの世話まで押し付けられた日にはたまったものではない。
先程の剣術稽古の場面を不意に思い出し「そういえば」と話題をすり替える。
「私が不在にしている間、ナマエに剣術を指南してくださったのですね。彼女が任務で剣を振るう姿に、あなたが重なりまして」
「お、俺から提案したわけじゃないぞ!?」
「勿論、分かっていますよ。あなたの性格は把握しています。大方、ナマエから言い出したのでしょう? 置き去りにして任務に向かった私を見返すだの、評価を覆すだのと」
「……」
「おや、図星のようですね」
「……旦那の洞察力は恐ろしいな」
全て言い当てたようで、ガイは観念するように息をつく。
彼が私に一言も事情を話さなかったことも、ナマエが箝口令を敷いていたのだろうと容易に想像がついた。
「それにしても……なんだか最近、二人は雰囲気が変わったんじゃないか?」
おそらく先程の行動を指しているのだろう。
いつも懐かない猫の如く毛を逆立てて、警戒心丸出しだったナマエ自ら私の元へ駆け寄って来たことを思えば、ガイの反応は当然だろう。ましてや容易く頭を撫で、髪に触れるに至るなど。
「まあ、夫婦ですから」
「いやいや、偽装だろ?」
「今は、そうですね」
「……今は?」
それは意味深な一言として彼に届いた。
ガイは訝しげに表情を曇らせ、どういう意味だと言いたげに此方を見やるが、私はそれ以上何を語ることもない。
「ええ、今は」とだけ言って、歩き出す。随分と話し込んでしまった。
数歩進んで、ふと足を止める。
そして、背を向けたまま口を開いた。
「ああ、そうです――ナマエのことは私が見ていますので。必要以上に気にかけて頂かなくて結構ですよ」
振り向いて一笑する。その笑みは、いつも以上に軽薄なものだったろう。
「では、そろそろ行きます。頑張ってくださいねペットの世話係」
「いちいち嫌味だなー」
いつだったか、ナマエの良き理解者として力になって欲しいと。話し相手になって欲しいとガイに伝えたのは私からだったと言うのに。
――今はどうだ。
(――我ながら、随分と勝手な話だ)
らしくもない感情を押し殺すように、目を伏せた。
「必要以上に、ねぇ……こりゃ逆鱗ってやつか」
20260320
勿論、何処で何をしているのかは把握済みだ。
だから、あえて尋ねるような真似はしない。
一足先に食堂を出たナマエを追って足を向けたのは、基地の裏手にある空き地だった。
歩を進めるにつれて木刀同士がぶつかる小気味よい音が段々と大きくなる。
予想通り、そこには剣術の稽古に励むナマエと、師範代を務めるガイの姿が視界に飛び込んできた。
それを遠巻きから眺める。
任務での戦闘を見る限り、少しずつではあるが動きに無駄がなくなってきたように思う。
踏み込む速さも申し分なく、相手の技をいなし、攻撃に転じる起点も悪くない。
身を守る為の剣術という面では十分だろう。
「あー! 大佐、盗み見ですか!?」
私の視線に気付いたのか、打ち合いを終えたナマエが此方に駆け寄ってくる。
その様を見て、稽古を付けていたガイは少々驚いたように目を丸くした。
「おや、バレてしまいましたか。情報収集は軍人の基本ですからね」
言って、彼女の頭を軽く撫でた。
短くなった髪が、手の動きに合わせて軽やかに揺れ動く。
「ちょ、何ですか?」
「その髪型も悪くありませんね」
撫でたことで乱れた髪を、軽く整えてやる。
正確には、“整えるフリ”をして、短くなった毛先を指先に絡める。
――短くなった髪を確かめるかのような手つきで。
「それはどーも。朝も見たでしょ?」
「そうでしたね」
不意に何を思ったのか、ナマエが繁々と私を見る。
まるで観察するかのようなその眼差しは、何を見ているのか知れないようで、けれど、しかと私を見つめている。
「何か?」
「大佐……何だか今日は、機嫌がいいですね」
「! ……ええ、お陰様で」
やはり、彼女の観察眼は鋭かった。
言葉にしない私の内側を、その野性的な感でいとも簡単に見抜き、言い当てたのだから。
――第三者の前でのパーソナルスペースの許容。
単なる第三者ではなく、彼女が一番懐いているガイの前だったことに意味がある。
ナマエも、流石に機嫌の良さを見抜けても、その理由までは見当がつかないようだ。
私の返答に小首を傾げている。
「……まあ、いいですけど。それじゃあ私、寄る所があるので先に戻りますね」
ナマエは、ガイに一言「稽古付けてくれてありがとう」と礼を告げて、この場を去ろうとする。
「ナマエ、どちらへ?」
「医務室です。先日助けた彼のことが気になって」
先日の彼と言えば、彼女が身を挺して命を救ったあの兵士のことだろう。
髪を切るに至った直接の理由は危険を顧みず無茶をしたナマエ自身にあるが、それに準ずる原因のうちの一つには数えられる。
一命は取り留めたと報告があった。
甲斐甲斐しく世話まで焼いてやるとは、実にナマエらしい行動といえる。が、少々――目に余る。
「随分と甲斐甲斐しく世話をやいてやるのですね」
「別に、そういうわけじゃ……」
「兵士一人一人に情をかけすぎるのもいかがなものかと思いますがね。あなたは治癒師であって、医者ではないでしょう? 役割を履き違えないでください」
「あー、はいはい分かりましたー! それじゃあ」
ナマエは答えるや否や、そのまま小走りで医務室へと向かう。
本当に分かっているのやら……。
言葉を飲み込んで、遠のく背中が小さくなるのを見つめていた。
「確か、医者の家系……だったか? 血は争えないんだなぁ」
ガイも視線を同じくして、感心した風に呟く。
「ご存じでしたか」
「まあな。前にナマエから聞いたことがあったんだよ」
「なるほど」
ほんの僅かな時間、沈黙が落ちた。
眼鏡を指で押し上げ、彼女が去った方向から傍らに立つガイへと視線を移す。
「あなたには随分と気を許しているようですね。ナマエは、あまり自分の話をしませんから」
「ただ立場的に話しやすいってだけだろ? そう警戒しないでくれ」
「……そうですか」
にこりといつもの調子で微笑むと、ガイの顔がわずかに引き攣った。
全てを口にせずとも、何を言わんとしているのかしっかりと伝わったらしい。
相変わらずガイは空気を読む能力に長けているようだ。
他者の機微に敏感であるが故の、苦労性なのかもしれないが。
長所であり、短所でもある彼の特性だ。
「それにしても、ナマエの稽古に陛下のペットの世話係ですか。あなたも苦労が絶えませんね」
「ははは……そう思うなら、手伝ってくれてもいいんだぞ? ブウサギの散歩」
「いえいえ、遠慮しておきます。近頃、歳のせいか体の節々が痛みましてねぇ。ブウサギを七匹も引き連れて散歩だなんてとても無理ですよ」
手振りを混ぜて大仰に言ってみせると、ガイは呆れの色を滲ませた双眸で此方を見た。
陛下お一人でも世話が焼けるのだ。とてもじゃないが、それに加えてペットの世話まで押し付けられた日にはたまったものではない。
先程の剣術稽古の場面を不意に思い出し「そういえば」と話題をすり替える。
「私が不在にしている間、ナマエに剣術を指南してくださったのですね。彼女が任務で剣を振るう姿に、あなたが重なりまして」
「お、俺から提案したわけじゃないぞ!?」
「勿論、分かっていますよ。あなたの性格は把握しています。大方、ナマエから言い出したのでしょう? 置き去りにして任務に向かった私を見返すだの、評価を覆すだのと」
「……」
「おや、図星のようですね」
「……旦那の洞察力は恐ろしいな」
全て言い当てたようで、ガイは観念するように息をつく。
彼が私に一言も事情を話さなかったことも、ナマエが箝口令を敷いていたのだろうと容易に想像がついた。
「それにしても……なんだか最近、二人は雰囲気が変わったんじゃないか?」
おそらく先程の行動を指しているのだろう。
いつも懐かない猫の如く毛を逆立てて、警戒心丸出しだったナマエ自ら私の元へ駆け寄って来たことを思えば、ガイの反応は当然だろう。ましてや容易く頭を撫で、髪に触れるに至るなど。
「まあ、夫婦ですから」
「いやいや、偽装だろ?」
「今は、そうですね」
「……今は?」
それは意味深な一言として彼に届いた。
ガイは訝しげに表情を曇らせ、どういう意味だと言いたげに此方を見やるが、私はそれ以上何を語ることもない。
「ええ、今は」とだけ言って、歩き出す。随分と話し込んでしまった。
数歩進んで、ふと足を止める。
そして、背を向けたまま口を開いた。
「ああ、そうです――ナマエのことは私が見ていますので。必要以上に気にかけて頂かなくて結構ですよ」
振り向いて一笑する。その笑みは、いつも以上に軽薄なものだったろう。
「では、そろそろ行きます。頑張ってくださいねペットの世話係」
「いちいち嫌味だなー」
いつだったか、ナマエの良き理解者として力になって欲しいと。話し相手になって欲しいとガイに伝えたのは私からだったと言うのに。
――今はどうだ。
(――我ながら、随分と勝手な話だ)
らしくもない感情を押し殺すように、目を伏せた。
「必要以上に、ねぇ……こりゃ逆鱗ってやつか」
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