19*
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「えー!? また任務ですか!?」
今し方帰還し、任務報告をするため執務室を訪れたナマエは心底嫌そうな顔をした。
顔を引き攣らせながら感情を少しも隠そうとしないその様子は、上司の私に対してとても褒められた態度ではなかったが、現状を踏まえれば今回に限っては微笑ましいものだった。
――少しずつではあるが、彼女に復調の兆しが見受けられる。
ある日を境に突如ポンコツと化したナマエには目も当てられなかった。
それと言うのも元凶は自分自身であるから何を言えた立場では無かったが……。
そこで私が打ち出した対策――もとい改善案は、彼女を私の元から離すという単調なものだった。
もちろん彼女を手放したわけではない。断じて。
ただ、距離を置いた。私に随伴させるのをやめたのだ。
師団長補佐の役職はそのままに、治癒師として他師団の任務への随行を許可した。
様々な任務において治癒師は引く手数多であるから、私の傍で括り付けて彼女のポンコツ化を悪化させるよりも数倍マシだという理由に他ならない。
「ええ。引く手数多ですね」
「……別に、嬉しくないです」
「まあ、そう不貞腐れないでください。第七音素術士は任務内容関係なく重宝されているんですよ。治癒師がいるのといないのとでは不測の事態への対処が段違いですからね」
「でも……これは流石に働かせ過ぎじゃないですかぁ?」
そっぽを向き、唇を尖らせて文句を垂れる姿は以前の――普段通りの彼女らしい反応だった。
ナマエは次に控える任務内容が記された書類を、不貞腐れたまま渋々受け取る。
そして、視線を書類に滑らせた後、目を転じて此方を睨みつける。
目も合わせなかったここ数日間の事を思えば――ええ、結構。本調子のようでなにより。
「あなたも今や一軍人なのですから、軍の任務には真摯に取り組まなければなりませんよ?」
「……そーですね。望んだわけでは決してないですけどねっ!」
「そう目くじらを立てず。必要とされているうちが花と言いますし、第七音素は他の音素と違って素養がなければ扱えませんから。その点において、あなたは恵まれているのですよ?」
「はいはい、分かりましたよ。そういえば、大佐は第七音素を扱えないんですか?」
「ええ。まあ、試みた事はありましたが……」
ナマエの無垢な問いは、私を残酷に刺し貫く。
一生背負っていくべき己の過ちが脳裏に際立つ。
随分と遠い昔の出来事であっても色褪せることはなく、今もこうして鮮烈に思い出されるのだ。
目を細め、どことは知れない宙をひたりと見据えた。
「大佐?」と、彼女の呼び掛けで我に返る。
「自問自答した事もありましたし、無茶をしてしまった事もあります。それでも……どうしようもないんですよ、こればっかりは。本当にどうして“あなたに扱えて私には扱えない”のでしょうね?」
いつものように揶揄うような口振りで嫌味ったらしく言ってみせるも、彼女は予想外の反応を見せた。
怒るでも、嫌みで応戦するでも、不満を喚くでもない。ただただ目を見張って、驚いたような顔をした。
「ナマエ、どうかしましたか?」
「あ、ああ。いえ……なんでもありません」
ナマエは誤魔化すように笑った。
それは、ほんの少しの違和感。わずかな歪みに過ぎない。
このような反応を見せる時のナマエは問い詰めても大概何も出てこない。己の中でも考えが纏っておらず、言語化出来ないらしい。
であれば、これ以上問い詰めたとしても無意味。徒労に終わるだけだ。
「それはそうと、最近はようやく本調子に戻りつつありますね。いやぁーあのまま使い物にならなければ流石の私もお手上げでした」
「…………一体誰のせいだと」
小声で毒付きながら今一度書面に視線を落とす。その最中、僅かに彼女の顔が曇ったのを見逃さなかった。
確かに今までの任務と比べて少々厄介な内容であるから、彼女の表情に影が落ちても致し方ない。
「大丈夫ですよ、あなたなら」
「え?」
「くれぐれも私の大切な妻に大事が無いよう、傷一つ付けず返してくださいと伝えておきましたので安心してください」
「……大佐、それを世間では余計な一言っていうんですよ?」
ナマエは大層嫌そうに顔を引き攣らせ、執務室を出ていく。
自分の判断は間違っていなかったのだと胸を撫で下ろしたが、結果、彼女の世界から自分を排除した事が正解であったと証明されたことに関してだけは皮肉なものだと思う。
たまらず渇いた笑みを溢して、彼女が退室した扉を暫く見つめていた。
***
あの後すぐ任務の事で記載漏れがあり後を追ったのだけれど、こんな時ばかり行動の早いナマエだった。
そう遠くへ行ってはいないだろうと基地内をくまなく探すが、彼女の姿は見当たらない。
任務帰りだったから食堂で腹ごしらえ?違う。
怪我でもして医務室?それも違う。
酷く疲れていたようだったから癒しを求めてブウサギの元へ?やっぱり違う。
基地から宮殿まで足を伸ばしてもナマエの姿を見つけられないでいる。
こうなれば、ナマエが最近かなり懇意にしている様子のガイの元を尋ねてみようかと思ったが、気が乗らなかった。
もし、私の予想通り彼女がガイと一緒に居たとして――。
不意に己の中でブレーキがかかった。
これ以上考えるな。踏み込むな。
無意識に湧いて出た感情は、曖昧なようでいて確信を得ている事が多い。特にナマエを連れ戻し、傍に置くようになってからは顕著にそう感じる。
今思えばそう急いで伝えるべき内容でもない。
手に持った書類に視線を落として、ため息をついた。
嫌でも夜になれば彼女は部屋に戻ってくるのだから、その時にでも伝えればいいのだ。
踵を返そうとした時、視界の端に見知った後ろ姿を見つける。
宮殿の中庭に設置されたベンチにて――正確には“肩から上”だけれど、それが誰であるのか雰囲気や髪色、髪型で判別できてしまう程度には探し求めていたらしい。
吸い寄せられるように足を向けて、青く茂った芝を踏み彼女の元まで歩み寄る。
躍起になって探し求めたナマエの姿がそこにはあった。
ベンチに座り、目を閉じて浅い寝息を立てている。
「はぁ……まったく、あなたって人は。執務中に眠る軍人が何処にいますか?」
当然のことながら私の小言など眠る彼女には届かない。
暫く眠る姿を眺めていたが、一向に寝覚める気配はなく、こうしていても仕方がないと隣に腰掛けた。
ここで叩き起こし、叱責するのが上司としての正しい行いなのだろうが、不思議とそんな気にはならなかった。
寧ろ、起こすことが忍びないとすら感じられた。
それは言葉にするまでもなく、彼女の目元に出来た隈のせいだろう。
睫毛の影が落ちた目元には、青黒い隈が沈んでいる。
以前に比べて薄くはなったようだが、その存在は完全に消えていない。
(想定よりも深く疲弊している。正直、ここまで影響が出るとは……認識が甘かったか)
言葉にはせず、心の中で呟く。
改めて己の認識の甘さを痛感し、胸の内で止めるだけだ。
後悔でも自責でもない。あくまで自分のとった行動でナマエが疲弊してしまった結果を反省している。
だから私は彼女に伝えたのだ。忘れる必要はないと。
隈に指先を這わせようとした瞬間、彼女は眉間に皺を寄せて何やらモゴモゴと唇を動かす。
「ぅ、大佐……豆腐、が……豆腐に潰され、る……」
「………はい?」
雰囲気をぶち壊すには打って付けの、随分と非日常的でファンタスティカルな寝言だった。
流石はナマエだとしか言いようがない。
「やれやれ……一体どんな夢を見ているのやら」
しかし、以前寝言で『離婚、鬼畜眼鏡』と罵られていた事を思うと、これはこれでかなりの心理的進歩ではないだろうか?
可笑しな寝言にすっかり毒気を抜かれ、自然と口元が緩んだ。
彼女の細い肩を抱き寄せると、何の抵抗もなくすんなりと私の肩に凭れ掛かる。
「……特別に三十分だけ許可しますよ」
肩に感じる温もりと僅かな重みは、どういうわけか私の眼差しを少しばかり和らげさせた。
20260208
今し方帰還し、任務報告をするため執務室を訪れたナマエは心底嫌そうな顔をした。
顔を引き攣らせながら感情を少しも隠そうとしないその様子は、上司の私に対してとても褒められた態度ではなかったが、現状を踏まえれば今回に限っては微笑ましいものだった。
――少しずつではあるが、彼女に復調の兆しが見受けられる。
ある日を境に突如ポンコツと化したナマエには目も当てられなかった。
それと言うのも元凶は自分自身であるから何を言えた立場では無かったが……。
そこで私が打ち出した対策――もとい改善案は、彼女を私の元から離すという単調なものだった。
もちろん彼女を手放したわけではない。断じて。
ただ、距離を置いた。私に随伴させるのをやめたのだ。
師団長補佐の役職はそのままに、治癒師として他師団の任務への随行を許可した。
様々な任務において治癒師は引く手数多であるから、私の傍で括り付けて彼女のポンコツ化を悪化させるよりも数倍マシだという理由に他ならない。
「ええ。引く手数多ですね」
「……別に、嬉しくないです」
「まあ、そう不貞腐れないでください。第七音素術士は任務内容関係なく重宝されているんですよ。治癒師がいるのといないのとでは不測の事態への対処が段違いですからね」
「でも……これは流石に働かせ過ぎじゃないですかぁ?」
そっぽを向き、唇を尖らせて文句を垂れる姿は以前の――普段通りの彼女らしい反応だった。
ナマエは次に控える任務内容が記された書類を、不貞腐れたまま渋々受け取る。
そして、視線を書類に滑らせた後、目を転じて此方を睨みつける。
目も合わせなかったここ数日間の事を思えば――ええ、結構。本調子のようでなにより。
「あなたも今や一軍人なのですから、軍の任務には真摯に取り組まなければなりませんよ?」
「……そーですね。望んだわけでは決してないですけどねっ!」
「そう目くじらを立てず。必要とされているうちが花と言いますし、第七音素は他の音素と違って素養がなければ扱えませんから。その点において、あなたは恵まれているのですよ?」
「はいはい、分かりましたよ。そういえば、大佐は第七音素を扱えないんですか?」
「ええ。まあ、試みた事はありましたが……」
ナマエの無垢な問いは、私を残酷に刺し貫く。
一生背負っていくべき己の過ちが脳裏に際立つ。
随分と遠い昔の出来事であっても色褪せることはなく、今もこうして鮮烈に思い出されるのだ。
目を細め、どことは知れない宙をひたりと見据えた。
「大佐?」と、彼女の呼び掛けで我に返る。
「自問自答した事もありましたし、無茶をしてしまった事もあります。それでも……どうしようもないんですよ、こればっかりは。本当にどうして“あなたに扱えて私には扱えない”のでしょうね?」
いつものように揶揄うような口振りで嫌味ったらしく言ってみせるも、彼女は予想外の反応を見せた。
怒るでも、嫌みで応戦するでも、不満を喚くでもない。ただただ目を見張って、驚いたような顔をした。
「ナマエ、どうかしましたか?」
「あ、ああ。いえ……なんでもありません」
ナマエは誤魔化すように笑った。
それは、ほんの少しの違和感。わずかな歪みに過ぎない。
このような反応を見せる時のナマエは問い詰めても大概何も出てこない。己の中でも考えが纏っておらず、言語化出来ないらしい。
であれば、これ以上問い詰めたとしても無意味。徒労に終わるだけだ。
「それはそうと、最近はようやく本調子に戻りつつありますね。いやぁーあのまま使い物にならなければ流石の私もお手上げでした」
「…………一体誰のせいだと」
小声で毒付きながら今一度書面に視線を落とす。その最中、僅かに彼女の顔が曇ったのを見逃さなかった。
確かに今までの任務と比べて少々厄介な内容であるから、彼女の表情に影が落ちても致し方ない。
「大丈夫ですよ、あなたなら」
「え?」
「くれぐれも私の大切な妻に大事が無いよう、傷一つ付けず返してくださいと伝えておきましたので安心してください」
「……大佐、それを世間では余計な一言っていうんですよ?」
ナマエは大層嫌そうに顔を引き攣らせ、執務室を出ていく。
自分の判断は間違っていなかったのだと胸を撫で下ろしたが、結果、彼女の世界から自分を排除した事が正解であったと証明されたことに関してだけは皮肉なものだと思う。
たまらず渇いた笑みを溢して、彼女が退室した扉を暫く見つめていた。
***
あの後すぐ任務の事で記載漏れがあり後を追ったのだけれど、こんな時ばかり行動の早いナマエだった。
そう遠くへ行ってはいないだろうと基地内をくまなく探すが、彼女の姿は見当たらない。
任務帰りだったから食堂で腹ごしらえ?違う。
怪我でもして医務室?それも違う。
酷く疲れていたようだったから癒しを求めてブウサギの元へ?やっぱり違う。
基地から宮殿まで足を伸ばしてもナマエの姿を見つけられないでいる。
こうなれば、ナマエが最近かなり懇意にしている様子のガイの元を尋ねてみようかと思ったが、気が乗らなかった。
もし、私の予想通り彼女がガイと一緒に居たとして――。
不意に己の中でブレーキがかかった。
これ以上考えるな。踏み込むな。
無意識に湧いて出た感情は、曖昧なようでいて確信を得ている事が多い。特にナマエを連れ戻し、傍に置くようになってからは顕著にそう感じる。
今思えばそう急いで伝えるべき内容でもない。
手に持った書類に視線を落として、ため息をついた。
嫌でも夜になれば彼女は部屋に戻ってくるのだから、その時にでも伝えればいいのだ。
踵を返そうとした時、視界の端に見知った後ろ姿を見つける。
宮殿の中庭に設置されたベンチにて――正確には“肩から上”だけれど、それが誰であるのか雰囲気や髪色、髪型で判別できてしまう程度には探し求めていたらしい。
吸い寄せられるように足を向けて、青く茂った芝を踏み彼女の元まで歩み寄る。
躍起になって探し求めたナマエの姿がそこにはあった。
ベンチに座り、目を閉じて浅い寝息を立てている。
「はぁ……まったく、あなたって人は。執務中に眠る軍人が何処にいますか?」
当然のことながら私の小言など眠る彼女には届かない。
暫く眠る姿を眺めていたが、一向に寝覚める気配はなく、こうしていても仕方がないと隣に腰掛けた。
ここで叩き起こし、叱責するのが上司としての正しい行いなのだろうが、不思議とそんな気にはならなかった。
寧ろ、起こすことが忍びないとすら感じられた。
それは言葉にするまでもなく、彼女の目元に出来た隈のせいだろう。
睫毛の影が落ちた目元には、青黒い隈が沈んでいる。
以前に比べて薄くはなったようだが、その存在は完全に消えていない。
(想定よりも深く疲弊している。正直、ここまで影響が出るとは……認識が甘かったか)
言葉にはせず、心の中で呟く。
改めて己の認識の甘さを痛感し、胸の内で止めるだけだ。
後悔でも自責でもない。あくまで自分のとった行動でナマエが疲弊してしまった結果を反省している。
だから私は彼女に伝えたのだ。忘れる必要はないと。
隈に指先を這わせようとした瞬間、彼女は眉間に皺を寄せて何やらモゴモゴと唇を動かす。
「ぅ、大佐……豆腐、が……豆腐に潰され、る……」
「………はい?」
雰囲気をぶち壊すには打って付けの、随分と非日常的でファンタスティカルな寝言だった。
流石はナマエだとしか言いようがない。
「やれやれ……一体どんな夢を見ているのやら」
しかし、以前寝言で『離婚、鬼畜眼鏡』と罵られていた事を思うと、これはこれでかなりの心理的進歩ではないだろうか?
可笑しな寝言にすっかり毒気を抜かれ、自然と口元が緩んだ。
彼女の細い肩を抱き寄せると、何の抵抗もなくすんなりと私の肩に凭れ掛かる。
「……特別に三十分だけ許可しますよ」
肩に感じる温もりと僅かな重みは、どういうわけか私の眼差しを少しばかり和らげさせた。
20260208