そして世界は愛を手に入れた
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たとえば、お前は付いてこなくていいと突っぱねられた任務に無理矢理同行したとして。
しかも、くれぐれも邪魔をするなと釘を刺されていたにも関わらず、下手を踏んだせいで解除困難なトラップに二人揃って捕らわれてしまった日には──私はきっと、砂漠の何処かに生き埋めにされて、土に還るまで誰にも見つけてもらえず朽ち果てるに違いない。
「……で? コレ、どうするつもりなわけ?」
確かに先程まで私達はザオ遺跡の入り口付近に居たはずだった。
そう、はずだったのだ。
そうにもかかわらず、一歩踏み出した瞬間足元から光が発生し、そこには一瞬、譜陣のようなものが浮かび上がる。
まずいと思った時には既に遅く、地鳴りと共に側にいたシンク諸共得体のしれない空間に引きずり込まれる始末。
気付けば四方を石壁で覆われた三畳程の狭い空間に閉じ込められていたのだった。
遺跡の下層なのか、それともまた別に設けられた異空間なのかは分からない。
部屋と呼ぶには些か狭い空間は仄暗く、埃っぽい冷えた空気で満ちていた。
「くれぐれも足を引っ張るなって言ったはずだけど?」
「う、それは……ごめんなさい」
呆れに交じる苛立ちを孕んだ声に縮み上がって、恐ろしさのあまり振り向けないでいる。
だからといって、いつまでもこうしているわけにもいかず……。覚悟を決めて恐る恐る振り返れば、シンクは壁にもたれて腕組みをしていた。
無言の圧を引き連れている彼は、存分に此方を睨みつけているであろうことが仮面越しでもひしひしと伝わってくる。
いつもの不機嫌に拍車が掛かっているようだ。
「ま、まさか……トラップが設置してあるとは思わなくて……ははは、はは……」
「思わなくて済むなら苦労しないけどね」
こうもきっぱりと吐き捨てられてしまっては反論の余地もない。情状酌量の余地などもっとない。
石造りになった部屋を見渡すが、何もない。
窓はなく、古びた扉だけがこの部屋と外部を繋ぐ唯一であるようだ。
外に出られるか確かめる為に取手に触れた瞬間だった──。
「っ、痛……!」
触れるもの全てを拒むようにバチンと火花が散って、代わりに譜陣が浮かび上がる。
よく見ると古代イスパニア語のようだ。
かなり古い時代のトラップにしては随分と作り込まれている。
「古代イスパニア語、か……アンタ読めるの?」
「まあ、少しだけなら」
全てが読めるわけではない。
軽く本で読んだ程度の知識で、きちんと学んだわけではない。所詮は付け焼き刃の知識に過ぎないけれど。
浮かび上がった文字を指で辿りながら解読してゆく。
「えーっと……“唇重ねし証なくば、扉は永遠に閉ざされん”……」
「……は?」
沈黙が降りる。
とりあえず読み上げてはみたものの、その内容に思考がつかない。
唇重ねし証?永遠に閉ざされん?
「ちょ、ちょっと待って……え、ちょ、え!? つまり、どういう事!?」
「知らないよ。アンタが読んだんだろ?」
「…………いかにも」
慌てふためく私とは対照的に、シンクは落ち着き払っている。
いや、落ち着き払っているというより、もはや諦観の境地なのかもしれない。
この部屋に閉じ込められた時から。
壁に預けていた体を起こし、私の横に並ぶ。
扉に触れようと伸ばした彼の手は、先程の私と同じくバチンと弾かれてしまった。
扉の取手に触れない以上、脱出の手立てはない。
「触れないんじゃ条件を満たさないと無理ってことか」
「他に解除方法ないのかな? 譜術とか……あと、シンクの体術とかさ! ババーンと派手な技で壊せない?」
「結局、他人任せってわけだ。元はアンタのヘマのせいだってのに。いい御身分だね」
「う゛……すみません……返す言葉もございません」
こんな時でも彼の毒舌は冴え渡っていた。
言葉の刃に四方八方から串刺しにされた私は返す言葉もない。
「アンタの提案に乗ってやってもいいけど、ここが砂漠地帯だってこと忘れてないだろうね? 仮に技を連発して無理やり突破出来たとしても、その衝撃で生き埋めにならない保証なんてない。実際、この部屋は地下にあるのかもしれないよ」
「……」
「どう? それでも試す?」
「…………試しません」
安全かつ迅速にこの部屋から出る為には、提示された条件を飲むのが一番手っ取り早いということだろう。
シンクに指摘された通り、そもそも全ての元凶は私。
ならば、解決方法も私が責任を負い、先陣を切らなくてはならない。
「……分かった。じゃあ、私がやる」
「は?」
「だって、私のせいだし……私がシンクを巻き込んだわけだし……だから、だから、私が……」
「何勝手に突っ走ってるわけ!?」
「大丈夫……すぐ終わらせるから……わ、私が!」
「はぁ!? ちょ、触るな! この馬鹿力……!」
覚悟を決めて、戸惑うシンクの手首をむんずと掴む。
人間、生死がかかれば普段の何倍もの力が出るらしい。火事場の馬鹿力というやつだ。
キスをすればいいだけ。一瞬、触れるだけでいい。
掴んだ手首を口元へ引き寄せ、彼の手の甲へ一瞬触れるだけのキスをした。
正確には手袋の上からだけれど、それでもキスはキスだ。
「はい! これでどうだ!」
「……は?」
しかし、待てど暮らせどその瞬間は訪れない。
扉を封じる譜陣は変わらず浮かび上がったままだ。
「えー? これじゃ駄目なの!? キスの場所なんて指定されてないのに……」
「指定されてるだろ、ご丁寧に」
「へ? ──っ、」
舌打ちが耳に届いた時、肩を軽く小突かれて壁に押しやられる。
背中に固い石壁の感触を受けながら、眼前のシンクを訝しげに見上げた。
「本当、無能な部下を持つと苦労するよ」
「シン、ク……?」
シンクはゆっくりと仮面に手をかける。
普段晒されることのない素顔が覗く──まさにその瞬間、もう片方の手で目元を覆い隠された。
視界が奪われ、暗闇に支配されたと同時に唇を塞がれる。
重なったのは一瞬だけ。心はなく、優しくもない、ただお互いの唇を重ねるだけの行為だ。
それなのに、離れた唇にはいつまでも熱が残っているようで──たまらなくなる。
心臓が早鐘を打ち、頬が紅潮する。
目元を覆っていた手が外れた時には既にシンクは仮面を元通りに付けていて、素っ気なくこちらに背を向けていた。
「シンク、あの、今のって……」
「ここから出るため以外に意味なんてあるわけないだろ」
「そ、そっか……そうだよね!」
やはり提示された条件を満たせば容易に脱出することができるらしい。
取手に施されていた封印はいつの間にか消え去っていて、手で触れても弾き返されることはなかった。
何事もなかったように扉を開けるシンクに続いて外に出る。
此方を振り返ることもなく、此処を訪れた本来の目的の為に遺跡の下層へ向かう彼の背中を追う最中、不意に先程の言葉が耳朶に響く。
『ここから出るため以外に意味なんてあるわけないだろ』
あれはきっと嘘ではなかったのだろう。
なら、彼の本心は?表面でも上っ面でもなく、心の奥の深い所は?
──唇が重なった瞬間、何かが変わってしまったのは、本当に私だけだったのだろうか?
「シンク」
「っ!」
小走りで駆け寄って腕を掴んだ瞬間、勢いよく振り払われる。
一見、拒絶されたと思わずにはいられない仕草でもそう感じなかったのは、粗暴な態度とは裏腹に彼の耳がほんのりと赤く色付いていたからに違いない。
「今度、余計な事したら砂漠に埋めてやる」
「は、はいいいい!!」
20260329
しかも、くれぐれも邪魔をするなと釘を刺されていたにも関わらず、下手を踏んだせいで解除困難なトラップに二人揃って捕らわれてしまった日には──私はきっと、砂漠の何処かに生き埋めにされて、土に還るまで誰にも見つけてもらえず朽ち果てるに違いない。
「……で? コレ、どうするつもりなわけ?」
確かに先程まで私達はザオ遺跡の入り口付近に居たはずだった。
そう、はずだったのだ。
そうにもかかわらず、一歩踏み出した瞬間足元から光が発生し、そこには一瞬、譜陣のようなものが浮かび上がる。
まずいと思った時には既に遅く、地鳴りと共に側にいたシンク諸共得体のしれない空間に引きずり込まれる始末。
気付けば四方を石壁で覆われた三畳程の狭い空間に閉じ込められていたのだった。
遺跡の下層なのか、それともまた別に設けられた異空間なのかは分からない。
部屋と呼ぶには些か狭い空間は仄暗く、埃っぽい冷えた空気で満ちていた。
「くれぐれも足を引っ張るなって言ったはずだけど?」
「う、それは……ごめんなさい」
呆れに交じる苛立ちを孕んだ声に縮み上がって、恐ろしさのあまり振り向けないでいる。
だからといって、いつまでもこうしているわけにもいかず……。覚悟を決めて恐る恐る振り返れば、シンクは壁にもたれて腕組みをしていた。
無言の圧を引き連れている彼は、存分に此方を睨みつけているであろうことが仮面越しでもひしひしと伝わってくる。
いつもの不機嫌に拍車が掛かっているようだ。
「ま、まさか……トラップが設置してあるとは思わなくて……ははは、はは……」
「思わなくて済むなら苦労しないけどね」
こうもきっぱりと吐き捨てられてしまっては反論の余地もない。情状酌量の余地などもっとない。
石造りになった部屋を見渡すが、何もない。
窓はなく、古びた扉だけがこの部屋と外部を繋ぐ唯一であるようだ。
外に出られるか確かめる為に取手に触れた瞬間だった──。
「っ、痛……!」
触れるもの全てを拒むようにバチンと火花が散って、代わりに譜陣が浮かび上がる。
よく見ると古代イスパニア語のようだ。
かなり古い時代のトラップにしては随分と作り込まれている。
「古代イスパニア語、か……アンタ読めるの?」
「まあ、少しだけなら」
全てが読めるわけではない。
軽く本で読んだ程度の知識で、きちんと学んだわけではない。所詮は付け焼き刃の知識に過ぎないけれど。
浮かび上がった文字を指で辿りながら解読してゆく。
「えーっと……“唇重ねし証なくば、扉は永遠に閉ざされん”……」
「……は?」
沈黙が降りる。
とりあえず読み上げてはみたものの、その内容に思考がつかない。
唇重ねし証?永遠に閉ざされん?
「ちょ、ちょっと待って……え、ちょ、え!? つまり、どういう事!?」
「知らないよ。アンタが読んだんだろ?」
「…………いかにも」
慌てふためく私とは対照的に、シンクは落ち着き払っている。
いや、落ち着き払っているというより、もはや諦観の境地なのかもしれない。
この部屋に閉じ込められた時から。
壁に預けていた体を起こし、私の横に並ぶ。
扉に触れようと伸ばした彼の手は、先程の私と同じくバチンと弾かれてしまった。
扉の取手に触れない以上、脱出の手立てはない。
「触れないんじゃ条件を満たさないと無理ってことか」
「他に解除方法ないのかな? 譜術とか……あと、シンクの体術とかさ! ババーンと派手な技で壊せない?」
「結局、他人任せってわけだ。元はアンタのヘマのせいだってのに。いい御身分だね」
「う゛……すみません……返す言葉もございません」
こんな時でも彼の毒舌は冴え渡っていた。
言葉の刃に四方八方から串刺しにされた私は返す言葉もない。
「アンタの提案に乗ってやってもいいけど、ここが砂漠地帯だってこと忘れてないだろうね? 仮に技を連発して無理やり突破出来たとしても、その衝撃で生き埋めにならない保証なんてない。実際、この部屋は地下にあるのかもしれないよ」
「……」
「どう? それでも試す?」
「…………試しません」
安全かつ迅速にこの部屋から出る為には、提示された条件を飲むのが一番手っ取り早いということだろう。
シンクに指摘された通り、そもそも全ての元凶は私。
ならば、解決方法も私が責任を負い、先陣を切らなくてはならない。
「……分かった。じゃあ、私がやる」
「は?」
「だって、私のせいだし……私がシンクを巻き込んだわけだし……だから、だから、私が……」
「何勝手に突っ走ってるわけ!?」
「大丈夫……すぐ終わらせるから……わ、私が!」
「はぁ!? ちょ、触るな! この馬鹿力……!」
覚悟を決めて、戸惑うシンクの手首をむんずと掴む。
人間、生死がかかれば普段の何倍もの力が出るらしい。火事場の馬鹿力というやつだ。
キスをすればいいだけ。一瞬、触れるだけでいい。
掴んだ手首を口元へ引き寄せ、彼の手の甲へ一瞬触れるだけのキスをした。
正確には手袋の上からだけれど、それでもキスはキスだ。
「はい! これでどうだ!」
「……は?」
しかし、待てど暮らせどその瞬間は訪れない。
扉を封じる譜陣は変わらず浮かび上がったままだ。
「えー? これじゃ駄目なの!? キスの場所なんて指定されてないのに……」
「指定されてるだろ、ご丁寧に」
「へ? ──っ、」
舌打ちが耳に届いた時、肩を軽く小突かれて壁に押しやられる。
背中に固い石壁の感触を受けながら、眼前のシンクを訝しげに見上げた。
「本当、無能な部下を持つと苦労するよ」
「シン、ク……?」
シンクはゆっくりと仮面に手をかける。
普段晒されることのない素顔が覗く──まさにその瞬間、もう片方の手で目元を覆い隠された。
視界が奪われ、暗闇に支配されたと同時に唇を塞がれる。
重なったのは一瞬だけ。心はなく、優しくもない、ただお互いの唇を重ねるだけの行為だ。
それなのに、離れた唇にはいつまでも熱が残っているようで──たまらなくなる。
心臓が早鐘を打ち、頬が紅潮する。
目元を覆っていた手が外れた時には既にシンクは仮面を元通りに付けていて、素っ気なくこちらに背を向けていた。
「シンク、あの、今のって……」
「ここから出るため以外に意味なんてあるわけないだろ」
「そ、そっか……そうだよね!」
やはり提示された条件を満たせば容易に脱出することができるらしい。
取手に施されていた封印はいつの間にか消え去っていて、手で触れても弾き返されることはなかった。
何事もなかったように扉を開けるシンクに続いて外に出る。
此方を振り返ることもなく、此処を訪れた本来の目的の為に遺跡の下層へ向かう彼の背中を追う最中、不意に先程の言葉が耳朶に響く。
『ここから出るため以外に意味なんてあるわけないだろ』
あれはきっと嘘ではなかったのだろう。
なら、彼の本心は?表面でも上っ面でもなく、心の奥の深い所は?
──唇が重なった瞬間、何かが変わってしまったのは、本当に私だけだったのだろうか?
「シンク」
「っ!」
小走りで駆け寄って腕を掴んだ瞬間、勢いよく振り払われる。
一見、拒絶されたと思わずにはいられない仕草でもそう感じなかったのは、粗暴な態度とは裏腹に彼の耳がほんのりと赤く色付いていたからに違いない。
「今度、余計な事したら砂漠に埋めてやる」
「は、はいいいい!!」
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