かたる愛は蜜より甘い
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ピオニー陛下へダアトから預かった書状を渡し終え、謁見の間から出ると懐かしい顔と出会した。
ゼエゼエと肩で息をする彼の両腕には陛下の寵愛を受けるブウサギが抱えられていて、いつぞやのブウサギ探しを彷彿とさせる。
以前にも宮殿内を逃げ回るブウサギを駆けずり回って捕まえたことがあったが、今思えば壮麗な宮殿をブウサギが駆け回るだなんて実にシュールだ。そして、それは又候繰り返されてしまったらしい。
「ガイ、久しぶり。元気そうだね」
「これが元気に見えるか? 何だってブウサギを捕まえる為に宮殿中を駆けずり回らなきゃならないんだか……」
困り果てた表情で「俺はここの使用人じゃないんだがな……」とぼやく彼は、相変わらずの人の良さだった。
結果、そのお人好しが己の首を絞めているのだから世話ない。
「ナマエも元気そうでよかったよ。今日はどうしたんだい? マルクトに来るなんて珍しいじゃないか」
「ダアトからの書状を陛下へお届けに上がって、その帰り」
「そうか。アニス達も頑張ってるんだな」
「まあ、おかげで毎日が賑やかすぎるんだけ、ど――」
宮殿内から中庭まで駆けずり回ったのだろう。彼の金色の髪には一枚の小さな葉っぱが付いていた。
ガイと言葉を交わしながらも、私の意識は完全に髪についた葉っぱに注がれている。
「ガイ、髪に葉っぱが付いてるよ」
「――っ、!」
頭ひとつ分高い位置にあるガイの髪に触れようと爪先立ちで腕を伸ばせば、彼はビクリと身を強張らせて半歩後ずさる。
それは女性恐怖症を抱える彼にとって無意識の反応だった。
共に旅をしていた頃の反応と比べれば随分と症状は緩和されたのだろうが、この反応を前にするとそれでもまだ完治したとは言い難いようだ。
「ごめん。症状がだいぶ落ち着いたって聞いてたから……」
「い、いや……俺の方こそ悪かったよ。君に触れられるのが嫌なわけじゃないんだ。ただ、不意に触られるとまだ少し拒否反応が出てしまうことがあって」
「分かってる。私の配慮が足りなかった。ごめんね」
『恐怖が先立つだけで、女性自体は好きだ』
そういえば旅の途中、そんな台詞を彼の口から聞いたこともあったっけ。
それを思えば彼に心から拒まれたわけではないと理解出来たが、ほんの少しだけ心が痛んだ。
他の女性ではなく、付き合いの長い私だったらなんて淡い期待を込めてしまったばかりに。
ガイは弁解してくれたけれど気まずい空気は相変わらず漂っていて、居た堪れなくなった私は「それじゃあ、また」と早々に会話を切り上げて踵を返す。
しかし、一歩踏み出したところで引き止められた。
先程までブウサギを両手で抱えていたはずのその右手で私の腕をしっかりと掴んだのだから、当然一匹のブウサギはまたしても壮麗な宮殿の長い長い廊下を走り抜けて行ってしまう。
その影はあっという間に豆粒のように小さくなり、見えなくなってしまった。
「いいの? せっかく捕まえたブウサギ逃げちゃったけど……」
「今はそんな事どうだっていいよ。ちゃんと君に聞いて欲しいんだ、ナマエ」
ピオニー陛下直々に命じられたブウサギ捕獲の命を“どうだっていい”なんて吐いて捨てるのはいかがなものかと思ったが、私を捉えた双眸がやけに真剣で、何も言えなくなってしまう。
しかしながら真っ直ぐな眼差しとは裏腹に、私の腕を掴む彼の手は僅かに震えているし、カチコチと音が聞こえてきそうな程その体には力が籠っている。
「あの、本当に無理はしない方が……」
腕を掴む彼の手をやんわりと解くと、再び掴み直される。
何故こうまでして私を引き止めるのか――困惑せずにはいられない。
ガイが無理をしているのは誰の目にも明らかであるのに、それでも手を離さない理由など分かるはずがない。
「ナマエ、俺を諦めないでくれないか?」
“俺を諦めないでくれないか”
その部分だけを切り取ればまるで私が彼に片恋しているかのような――第三者の耳に入れば誤解しか生まれない言葉だった。
宮殿には何人もの使用人が雇われている。
このやり取りがうっかり耳に入ろうものなら、あっという間に宮殿中の噂になってしまうだろう。
そんな場面を想像してしまい、思わずブルリと身が震えた。
ああ、なんて恐ろしい……!
「……ええっと?」
「ああ、言い方が少し可笑しかったよな……」
苦笑した後、ガイは仕切り直すように一度言葉を切って、再び口を開く。
「見限らず、これからの俺をちゃんと見ていて欲しい。他でもない君に」
心地よい低音が紡ぐ言葉には彼の誠意が滲んでいるように感じられた。
まるで告白か何かのような言葉に、私は何も返せないでいる。
歯の浮くような言葉も、人当たりの良さも、女性に対する紳士的な振る舞いも――共に旅をする中で沢山見聞きしてきた事だ。
私だけが特別とでもいうような言葉に踊らされるほど自惚れてはいない。
反応に困った末に私の出した最適解は、はぐらかすように言葉を返す事だった。
「どうして私に? それに、“ガイラルディア様”は女性に大層おモテになるようだし。街を歩けば麗若い女性に囲まれて引っ切りなしにデートのお誘い、宮殿を訪れる度にメイド達からの熱い視線と黄色い声を独り占めだって聞いたよ?」
「吹き込んだのはジェイドだな……まったく……」
御名答。普段ダアトに拠点を置く私がマルクトの事情を聞く機会といえば、もっぱらカーティス大佐だった。
「からかうのはやめてくれ。俺が自ら触れたいと思う女性はナマエだけだよ」
「え……」
この状況でからかうなと言うのなら、その言葉そっくりそのまま返すと言いたいところだったが堪らず飲み込む。
高鳴る胸と、こちらをひたと見つめる彼の双眸がそうさせたのだ。
からかっているわけでも冗談でもないのだと、静かにその眼差しは告げている。
「で、でもっ、ガイが女性恐怖症を克服するまで待てないかもしれないよ? 他に好きな男性が出来ちゃうかもしれないし」
「構わないよ。その時は君を攫うだけさ。だから、覚悟しておいてくれ」
「んなっ!?」
私の揺さぶりにも動揺しない彼は、歯牙にも掛けないとばかりに堂々と言ってのけた。
女性を虜にする爽やかな笑みに、お得意の歯の浮くような小っ恥ずかしい台詞を添えて。
こんなの、ときめかない女性なんていない。
もちろん私も例外ではなく、しっかりとときめいた。
「またダアトを訪ねるよ。君に会いに」
いつの間にかもう方腕に抱えたブウサギも逃走してしまって、陛下直々に下されたブウサギ捕獲任務は振り出しに戻ってしまったらしい。
「な、おいおい待ってくれ! ゲルダ! サフィール!」
ガイは、逃げ出した二匹の名前を呼びながら後を追う。
走り去る前に「俺は本気だからな!」とダメ押しの一言を残して。
不覚にもときめいて早鐘を打つ心臓と熱を帯びる頬が恨めしい。どうにも彼は女性を虜にする気質のようだ。
女性恐怖症を抱えながらのそれはいかがなものだろう?
見えなくなるまでその背を眺めていると、廊下に面した部屋のドアが静かに開く。
「いやぁ、随分と熱烈ですねぇ」
「大佐……盗み聞きだなんていい趣味してますね」
「お邪魔してはいけないと思いましてね。気遣いですよ。それにしても、若さはいいですねぇ」
「楽しんでますよね?」
相変わらず掴みどころのない、胡散臭い口調で彼は言う。
ガイが走り去った先を見つめつつ、わざとらしく溜め息を吐いて眼鏡を指で押し上げた。
「いい加減捕まって差し上げたらどうです?」
「はい?」
「旅をする中で彼の気持ちに気付かなかったのはあなただけじゃないですか? あんなにもダダ漏れだったじゃないですか。あのルークですらガイの様子に薄々勘付いていたみたいですし」
「…………嘘でしょう?」
「やれやれ……ガイには心底同情しますよ」
気付いて、自覚して、今も忙しなく胸が高鳴っているというのに。
追い討ちをかけるような事実を告げられ、私の頭は混乱の一途を辿っている。
“からかうのはやめてくれ”、”本気だからな”。
あれは紛れもない本心からの言葉であったらしい。
今思い返してみれば、思い当たる節があるような……無いような?
大佐の言葉で止めを刺された私はと言うと、足早に宮殿を後にして、それから……一体どうやってダアトまで戻ったのか記憶を無くしてしまう程度には心と頭の中は彼という存在で埋め尽くされてしまっていたらしかった。
20250919
ゼエゼエと肩で息をする彼の両腕には陛下の寵愛を受けるブウサギが抱えられていて、いつぞやのブウサギ探しを彷彿とさせる。
以前にも宮殿内を逃げ回るブウサギを駆けずり回って捕まえたことがあったが、今思えば壮麗な宮殿をブウサギが駆け回るだなんて実にシュールだ。そして、それは又候繰り返されてしまったらしい。
「ガイ、久しぶり。元気そうだね」
「これが元気に見えるか? 何だってブウサギを捕まえる為に宮殿中を駆けずり回らなきゃならないんだか……」
困り果てた表情で「俺はここの使用人じゃないんだがな……」とぼやく彼は、相変わらずの人の良さだった。
結果、そのお人好しが己の首を絞めているのだから世話ない。
「ナマエも元気そうでよかったよ。今日はどうしたんだい? マルクトに来るなんて珍しいじゃないか」
「ダアトからの書状を陛下へお届けに上がって、その帰り」
「そうか。アニス達も頑張ってるんだな」
「まあ、おかげで毎日が賑やかすぎるんだけ、ど――」
宮殿内から中庭まで駆けずり回ったのだろう。彼の金色の髪には一枚の小さな葉っぱが付いていた。
ガイと言葉を交わしながらも、私の意識は完全に髪についた葉っぱに注がれている。
「ガイ、髪に葉っぱが付いてるよ」
「――っ、!」
頭ひとつ分高い位置にあるガイの髪に触れようと爪先立ちで腕を伸ばせば、彼はビクリと身を強張らせて半歩後ずさる。
それは女性恐怖症を抱える彼にとって無意識の反応だった。
共に旅をしていた頃の反応と比べれば随分と症状は緩和されたのだろうが、この反応を前にするとそれでもまだ完治したとは言い難いようだ。
「ごめん。症状がだいぶ落ち着いたって聞いてたから……」
「い、いや……俺の方こそ悪かったよ。君に触れられるのが嫌なわけじゃないんだ。ただ、不意に触られるとまだ少し拒否反応が出てしまうことがあって」
「分かってる。私の配慮が足りなかった。ごめんね」
『恐怖が先立つだけで、女性自体は好きだ』
そういえば旅の途中、そんな台詞を彼の口から聞いたこともあったっけ。
それを思えば彼に心から拒まれたわけではないと理解出来たが、ほんの少しだけ心が痛んだ。
他の女性ではなく、付き合いの長い私だったらなんて淡い期待を込めてしまったばかりに。
ガイは弁解してくれたけれど気まずい空気は相変わらず漂っていて、居た堪れなくなった私は「それじゃあ、また」と早々に会話を切り上げて踵を返す。
しかし、一歩踏み出したところで引き止められた。
先程までブウサギを両手で抱えていたはずのその右手で私の腕をしっかりと掴んだのだから、当然一匹のブウサギはまたしても壮麗な宮殿の長い長い廊下を走り抜けて行ってしまう。
その影はあっという間に豆粒のように小さくなり、見えなくなってしまった。
「いいの? せっかく捕まえたブウサギ逃げちゃったけど……」
「今はそんな事どうだっていいよ。ちゃんと君に聞いて欲しいんだ、ナマエ」
ピオニー陛下直々に命じられたブウサギ捕獲の命を“どうだっていい”なんて吐いて捨てるのはいかがなものかと思ったが、私を捉えた双眸がやけに真剣で、何も言えなくなってしまう。
しかしながら真っ直ぐな眼差しとは裏腹に、私の腕を掴む彼の手は僅かに震えているし、カチコチと音が聞こえてきそうな程その体には力が籠っている。
「あの、本当に無理はしない方が……」
腕を掴む彼の手をやんわりと解くと、再び掴み直される。
何故こうまでして私を引き止めるのか――困惑せずにはいられない。
ガイが無理をしているのは誰の目にも明らかであるのに、それでも手を離さない理由など分かるはずがない。
「ナマエ、俺を諦めないでくれないか?」
“俺を諦めないでくれないか”
その部分だけを切り取ればまるで私が彼に片恋しているかのような――第三者の耳に入れば誤解しか生まれない言葉だった。
宮殿には何人もの使用人が雇われている。
このやり取りがうっかり耳に入ろうものなら、あっという間に宮殿中の噂になってしまうだろう。
そんな場面を想像してしまい、思わずブルリと身が震えた。
ああ、なんて恐ろしい……!
「……ええっと?」
「ああ、言い方が少し可笑しかったよな……」
苦笑した後、ガイは仕切り直すように一度言葉を切って、再び口を開く。
「見限らず、これからの俺をちゃんと見ていて欲しい。他でもない君に」
心地よい低音が紡ぐ言葉には彼の誠意が滲んでいるように感じられた。
まるで告白か何かのような言葉に、私は何も返せないでいる。
歯の浮くような言葉も、人当たりの良さも、女性に対する紳士的な振る舞いも――共に旅をする中で沢山見聞きしてきた事だ。
私だけが特別とでもいうような言葉に踊らされるほど自惚れてはいない。
反応に困った末に私の出した最適解は、はぐらかすように言葉を返す事だった。
「どうして私に? それに、“ガイラルディア様”は女性に大層おモテになるようだし。街を歩けば麗若い女性に囲まれて引っ切りなしにデートのお誘い、宮殿を訪れる度にメイド達からの熱い視線と黄色い声を独り占めだって聞いたよ?」
「吹き込んだのはジェイドだな……まったく……」
御名答。普段ダアトに拠点を置く私がマルクトの事情を聞く機会といえば、もっぱらカーティス大佐だった。
「からかうのはやめてくれ。俺が自ら触れたいと思う女性はナマエだけだよ」
「え……」
この状況でからかうなと言うのなら、その言葉そっくりそのまま返すと言いたいところだったが堪らず飲み込む。
高鳴る胸と、こちらをひたと見つめる彼の双眸がそうさせたのだ。
からかっているわけでも冗談でもないのだと、静かにその眼差しは告げている。
「で、でもっ、ガイが女性恐怖症を克服するまで待てないかもしれないよ? 他に好きな男性が出来ちゃうかもしれないし」
「構わないよ。その時は君を攫うだけさ。だから、覚悟しておいてくれ」
「んなっ!?」
私の揺さぶりにも動揺しない彼は、歯牙にも掛けないとばかりに堂々と言ってのけた。
女性を虜にする爽やかな笑みに、お得意の歯の浮くような小っ恥ずかしい台詞を添えて。
こんなの、ときめかない女性なんていない。
もちろん私も例外ではなく、しっかりとときめいた。
「またダアトを訪ねるよ。君に会いに」
いつの間にかもう方腕に抱えたブウサギも逃走してしまって、陛下直々に下されたブウサギ捕獲任務は振り出しに戻ってしまったらしい。
「な、おいおい待ってくれ! ゲルダ! サフィール!」
ガイは、逃げ出した二匹の名前を呼びながら後を追う。
走り去る前に「俺は本気だからな!」とダメ押しの一言を残して。
不覚にもときめいて早鐘を打つ心臓と熱を帯びる頬が恨めしい。どうにも彼は女性を虜にする気質のようだ。
女性恐怖症を抱えながらのそれはいかがなものだろう?
見えなくなるまでその背を眺めていると、廊下に面した部屋のドアが静かに開く。
「いやぁ、随分と熱烈ですねぇ」
「大佐……盗み聞きだなんていい趣味してますね」
「お邪魔してはいけないと思いましてね。気遣いですよ。それにしても、若さはいいですねぇ」
「楽しんでますよね?」
相変わらず掴みどころのない、胡散臭い口調で彼は言う。
ガイが走り去った先を見つめつつ、わざとらしく溜め息を吐いて眼鏡を指で押し上げた。
「いい加減捕まって差し上げたらどうです?」
「はい?」
「旅をする中で彼の気持ちに気付かなかったのはあなただけじゃないですか? あんなにもダダ漏れだったじゃないですか。あのルークですらガイの様子に薄々勘付いていたみたいですし」
「…………嘘でしょう?」
「やれやれ……ガイには心底同情しますよ」
気付いて、自覚して、今も忙しなく胸が高鳴っているというのに。
追い討ちをかけるような事実を告げられ、私の頭は混乱の一途を辿っている。
“からかうのはやめてくれ”、”本気だからな”。
あれは紛れもない本心からの言葉であったらしい。
今思い返してみれば、思い当たる節があるような……無いような?
大佐の言葉で止めを刺された私はと言うと、足早に宮殿を後にして、それから……一体どうやってダアトまで戻ったのか記憶を無くしてしまう程度には心と頭の中は彼という存在で埋め尽くされてしまっていたらしかった。
20250919