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殴り込みの一件から数日。
まるで何事も無かったかのように、以前と変わらない生活を送っている。
形式上、私はこのひと月あまりを長期休暇扱いとされていた為、事情を知らない者からすれば、ただの休み明けに見えてしまっているだろう。
基地の中の雰囲気も、以前と何も変わりが無かった。
裏ですったもんだの一悶着があったことなど、巻き込まれた一部の人間以外、知る由もない。
偽装関係から始まった私達の仲は今回の一件で“元鞘”(と呼べばいいのかは定かでないけれど……)というか、とりあえず“あるべき姿”に戻った。
あの後は、すっ飛ばした陛下への正式な報告を済ませ(殴り込みに来たと伝えれば、腹を抱えて笑っていた)、早々にダアトへとんぼ返り。
グランコクマに戻る旨を世話になっていた店主に伝え、ケセドニアへの移住の件も断りを入れた。
どこで暮らそうと、基本的に荷物はポーチと父の形見の短剣だけ。身軽な私は何処へだって行ける。
けれど、今まで根無し草のように定住地を持たなかった私が、終の住処として選んだのは、他でもない彼の隣だったわけで……。
初めこそ選ばされていたこの場所も、今では自分で選んだのだと胸を張れる。
とはいえ、元鞘に戻ったからといって別段何かが変わるわけでもなく、今まで通りに戻っただけだ。
今まで通りの生活ということは、私には再び“第三師団師団長補佐官”という役職も担うことになる。
「うへー……これ、まだ終わらないんですか?」
第三師団師団長補佐官への復帰=書類整理地獄の再来。
なんて恐ろしい響きだ……。
ダアトであまりに自由な暮らしをしていたせいで、書類整理がこうも精神的苦痛を伴う作業だったことを、すっかり忘れていた。
そうだった。ここは地獄だ。
「全く、だらしがないですねぇ……ほんのひと月、離職していた程度で。だらけていないで手を動かしてください」
「何度も言いますけど、私に書類仕事は向いていないんですってば……」
私とは対照的に、大佐は涼しい顔をして一枚、また一枚と書類を片付けている。
書面にペンを走らせ、判子を押し、書類ごとに振り分けてゆく。
私よりも何倍も積み上げられた処理済みの書類を見せつけられては、ぐうの音も出ない。
「ダアトではどんな暮らしをしていたのですか?」
大佐は視線を手元に落としたまま問う。
事務的な問い掛けは、さして興味がなさそうに感じるが……まあ、会話のついでといったところだろう。
単に、物事を把握しておきたい。そんな彼らしい端的な理由だろうけれど。
仕事をしろと促した大佐の言葉を無視して、机に突っ伏したまま気怠そうに答える。
「別に普通ですよ? 店番とか、怪我人の治療とか、素材収集とか。ああ、あとは用心棒なんかもしてました」
「用心棒、ですか?」
「はい。ここで随分鍛えられましたからね。役に立ちました。それに、用心棒って案外儲かるんですよ」
「なるほど。あなたらしいですね」
その返答に小首を傾げた。
私らしい?用心棒が?
大佐の中でいつの間に私の印象はバイオレンス路線へとシフトチェンジしていたのだろうか……。
やっぱり先日の胸ぐらを掴む行為が影響している?
「あー、はいはい。私、分かっちゃいました。私がダアトで他に気になる人でも出来たんじゃないかって探ってるでしょ! 心配性ですね、ジェイドさん?」
「ははは、まさか。私以上の美形はそういないでしょう? 光り物が大好きなナマエさん?」
「……それ、自分で言うんですね。笑顔が怖いのでやめてください」
実際、そうであるから反論できない。
眼鏡を外した時の大佐は、見惚れてしまうほど造形の整った美しい男性だ。
まあ、そんな大佐のことを思って日々を過ごしていたとは口が裂けても言えない。
そんなことが大佐にバレてしまったら、暫くその話題で揶揄われ、弄り倒される未来が見える。
そうなる前に、早々に話題を変えなければ。
「そういえば、“あれ”はどうなったんですか?」
「“あれ”とは?」
「とぼけないでください。婚姻の証明書ですよ。この間、大佐に返したでしょ?」
あれっきり有耶無耶になったままだが、所在はどうなったのだろう?
勢いで大佐に押し付けて、私の手元からは離れてしまったきりだ。
大佐はペンを走らせる手を止めず、変わらず視線も書面に落としたまま、まるで日常会話でもするかのようにサラリと告げた。
「ああ、あれは先日提出してきました。無事に受理されましたよ」
「へぇー、そうなんですか。提出したんだ。提出…………はぁ!? 提出!?」
「ええ」
思わず机に投げ出していた上体を弾かれたように起こし、声を荒げる。
いつの間にか私は既婚者の仲間入りを果たしていたという衝撃的な事実が発覚した。
偽装ではなく、正真正銘のナマエ・カーティスとして、ここ数日間を過ごしていたらしい。
こんなのあんまりだ。
「な、なんっ、何でまたそんな勝手なことを……!」
「何故とは? そのつもりで私にあの書類を突き返したのでしょう?」
そのつもりだったのだろうと問われれば、頷かざるを得ない。
そうなっても構わないと覚悟を決めて、突き返したのだし。
「夫として妻の期待には応えなくては」
ニッコリと聞こえてきそうなほど、満面の胡散臭い笑顔は却って清々しくも感じられた。
ああ、私はまたしても理不尽な日常に戻ったのだ、と。
「何で勝手に出しちゃうんですか!?」
「おや、何かご不満でも?」
「ご不満っていうか……大佐は女心が分かってないっていうかー」
再び机に突っ伏しながら不満をたれる私は、ストライキ継続中だ。
「では、是非、御高説を賜りたいものですね。その“女心”とやらを。今後、あなたの機嫌取りにも役立ちそうですし」
大佐は相変わらず一言多い。
果たしてそれが私の機嫌取りに役立つのかは分かりかねるけれど……。
「いいですか? 女性は、こういう事は大切にしたいものなんですよ。新しい一歩を踏み出す記念みたいなものなんだから、二人で一緒に提出するとか。何かの日に因んで提出するとか、色々あるでしょう?」
「なるほど。覚えておきます」
「それなのに、出しましたって……事後報告! しかも、先日だなんて……それは一体何日で、何の日だったかさえ分かんないし!」
結婚記念日が不明だなんて、一体どんな嫌がらせなのだろうか。
不満を口にしながら重い体を起こし、机に積まれた書類に手を伸ばす。
気分も上がらないし、やる気も一向に湧いてこない。
それでも、仕事はこなさなければ終わらないし、残業なんてもっと御免だ。
小さくため息をつくと、ふと傍らの気配に気付いて振り仰ぐ。
そこには、大佐が立っていた。
無言で見下ろす様が実に恐ろしい。
流石にネチネチ言い過ぎたかなーとか、あからさまな態度を取り過ぎたかなーだとか。
脳内で諸々と反省していると、おもむろに大佐の手が此方に伸びる。
反射的に肩を竦め、目を閉じた。
「──っ!」
けれど、その手付きは柔らかく、私の頭をゆるりと撫でる。
いい子、いい子。そんな風に。
「……な、何ですか?」
「ご機嫌取りです。あなたは単純ですから」
「サイテー!」
憎まれ口を叩いても、此方に向ける表情は柔らかい。
私だけが知る彼の表情、優しげな手付き──私のジェイド。
頭を撫でていた手は、いつの間にか頬を包むように添えられる。
そのまま輪郭を伝うように滑り、顎を掬う。
それが合図となって、どちらとも無く目を閉じ、軽く唇を重ね合わせた。
触れるだけの軽いキスでも、彼に触れられ、求められているのだと感じるだけで蕩けてしまいそうになる。
大佐のいう通り、私は単純だ。
「ナマエ、今度指輪を買いに行きましょうか」
「え?」
「あなたに似合う正式な物を。女性は、そういった事に重きを置くのでしょう?」
その問いに、私は暫し考え込むような仕草を見せる。
そして、緩く首を振った。
軍服の詰襟を開いてネックレスの鎖を引き出すと、そこには指輪が通されている。
偽装夫婦として形だけでもと、大佐からもらった指輪だ。
部屋の照明の光を弾くように、埋め込まれた宝石が一段と美しく輝く。
黄緑色の、エメラルドより控えめな色味をした宝石──名前は確か、ペリドットだっただろうか。
「私にはこれがありますから」
「ですが、それは……」
「これがいいんです! この落ち着いた色味に愛着が湧いてきて」
「そうですか」
今ではどんな高価な宝石よりも、これがいい。
心からそう思える。
「結局、ペリドットの石言葉をきちんと調べたのですか?」
「へ? あー……」
問われて、視線は宙を彷徨う。苦笑いを浮かべ、誤魔化した。
そう言えば、この指輪を貰った時も同じような会話をしたな、と思い出す。
後学の為にも調べてみろと言われ、結局そのまま調べずじまいだ。
宝石に変わりないのだから、意味なんてどうでもいいと思っていただなんて、今更言えやしない。
「その様子だと調べていないようですね。あなたらしいというか、何というか」
「うぅ……」
「意味なんて分からなくても宝石なら何でもいい。そんなところでしょうか?」
「あーもー、そうですよ! すみませんでしたー!」
大佐はやれやれと、ため息をついた。
そして、私の首からネックレスを外してしまう。
「あ、私の指輪……!」
意味を調べないような奴に、この指輪は相応しくないとでも言いたいのだろうか?
大佐は無言のまま鎖から指輪を抜き取ると、そのまま私の左手の手袋を外す。
まるで改めてプロポーズをするように指輪が左の薬指に収まる。
その瞬間、大佐と偽装結婚の契約を交わした時の記憶が脳裏に蘇る。
あの日、私を縛ったこの指輪は、再び彼の手によって永遠を誓う愛へと変わったのだ。
「これからは是非、此方に」
「は、はい!」
指輪の重みが、じんわりと左手に馴染んでゆく。
もう、私達は偽物ではない。
「それで、結局ペリドットってどんな意味だったんですか?」
「勿体ぶらないで教えてくださいよ」とせがむ私に、大佐はいつものように「やれやれ」眉を下げる。
そして、大佐はどこまでも慈愛に満ちた表情で、静かに笑った。
「──“夫婦愛”ですよ」
【了】
20260508
まるで何事も無かったかのように、以前と変わらない生活を送っている。
形式上、私はこのひと月あまりを長期休暇扱いとされていた為、事情を知らない者からすれば、ただの休み明けに見えてしまっているだろう。
基地の中の雰囲気も、以前と何も変わりが無かった。
裏ですったもんだの一悶着があったことなど、巻き込まれた一部の人間以外、知る由もない。
偽装関係から始まった私達の仲は今回の一件で“元鞘”(と呼べばいいのかは定かでないけれど……)というか、とりあえず“あるべき姿”に戻った。
あの後は、すっ飛ばした陛下への正式な報告を済ませ(殴り込みに来たと伝えれば、腹を抱えて笑っていた)、早々にダアトへとんぼ返り。
グランコクマに戻る旨を世話になっていた店主に伝え、ケセドニアへの移住の件も断りを入れた。
どこで暮らそうと、基本的に荷物はポーチと父の形見の短剣だけ。身軽な私は何処へだって行ける。
けれど、今まで根無し草のように定住地を持たなかった私が、終の住処として選んだのは、他でもない彼の隣だったわけで……。
初めこそ選ばされていたこの場所も、今では自分で選んだのだと胸を張れる。
とはいえ、元鞘に戻ったからといって別段何かが変わるわけでもなく、今まで通りに戻っただけだ。
今まで通りの生活ということは、私には再び“第三師団師団長補佐官”という役職も担うことになる。
「うへー……これ、まだ終わらないんですか?」
第三師団師団長補佐官への復帰=書類整理地獄の再来。
なんて恐ろしい響きだ……。
ダアトであまりに自由な暮らしをしていたせいで、書類整理がこうも精神的苦痛を伴う作業だったことを、すっかり忘れていた。
そうだった。ここは地獄だ。
「全く、だらしがないですねぇ……ほんのひと月、離職していた程度で。だらけていないで手を動かしてください」
「何度も言いますけど、私に書類仕事は向いていないんですってば……」
私とは対照的に、大佐は涼しい顔をして一枚、また一枚と書類を片付けている。
書面にペンを走らせ、判子を押し、書類ごとに振り分けてゆく。
私よりも何倍も積み上げられた処理済みの書類を見せつけられては、ぐうの音も出ない。
「ダアトではどんな暮らしをしていたのですか?」
大佐は視線を手元に落としたまま問う。
事務的な問い掛けは、さして興味がなさそうに感じるが……まあ、会話のついでといったところだろう。
単に、物事を把握しておきたい。そんな彼らしい端的な理由だろうけれど。
仕事をしろと促した大佐の言葉を無視して、机に突っ伏したまま気怠そうに答える。
「別に普通ですよ? 店番とか、怪我人の治療とか、素材収集とか。ああ、あとは用心棒なんかもしてました」
「用心棒、ですか?」
「はい。ここで随分鍛えられましたからね。役に立ちました。それに、用心棒って案外儲かるんですよ」
「なるほど。あなたらしいですね」
その返答に小首を傾げた。
私らしい?用心棒が?
大佐の中でいつの間に私の印象はバイオレンス路線へとシフトチェンジしていたのだろうか……。
やっぱり先日の胸ぐらを掴む行為が影響している?
「あー、はいはい。私、分かっちゃいました。私がダアトで他に気になる人でも出来たんじゃないかって探ってるでしょ! 心配性ですね、ジェイドさん?」
「ははは、まさか。私以上の美形はそういないでしょう? 光り物が大好きなナマエさん?」
「……それ、自分で言うんですね。笑顔が怖いのでやめてください」
実際、そうであるから反論できない。
眼鏡を外した時の大佐は、見惚れてしまうほど造形の整った美しい男性だ。
まあ、そんな大佐のことを思って日々を過ごしていたとは口が裂けても言えない。
そんなことが大佐にバレてしまったら、暫くその話題で揶揄われ、弄り倒される未来が見える。
そうなる前に、早々に話題を変えなければ。
「そういえば、“あれ”はどうなったんですか?」
「“あれ”とは?」
「とぼけないでください。婚姻の証明書ですよ。この間、大佐に返したでしょ?」
あれっきり有耶無耶になったままだが、所在はどうなったのだろう?
勢いで大佐に押し付けて、私の手元からは離れてしまったきりだ。
大佐はペンを走らせる手を止めず、変わらず視線も書面に落としたまま、まるで日常会話でもするかのようにサラリと告げた。
「ああ、あれは先日提出してきました。無事に受理されましたよ」
「へぇー、そうなんですか。提出したんだ。提出…………はぁ!? 提出!?」
「ええ」
思わず机に投げ出していた上体を弾かれたように起こし、声を荒げる。
いつの間にか私は既婚者の仲間入りを果たしていたという衝撃的な事実が発覚した。
偽装ではなく、正真正銘のナマエ・カーティスとして、ここ数日間を過ごしていたらしい。
こんなのあんまりだ。
「な、なんっ、何でまたそんな勝手なことを……!」
「何故とは? そのつもりで私にあの書類を突き返したのでしょう?」
そのつもりだったのだろうと問われれば、頷かざるを得ない。
そうなっても構わないと覚悟を決めて、突き返したのだし。
「夫として妻の期待には応えなくては」
ニッコリと聞こえてきそうなほど、満面の胡散臭い笑顔は却って清々しくも感じられた。
ああ、私はまたしても理不尽な日常に戻ったのだ、と。
「何で勝手に出しちゃうんですか!?」
「おや、何かご不満でも?」
「ご不満っていうか……大佐は女心が分かってないっていうかー」
再び机に突っ伏しながら不満をたれる私は、ストライキ継続中だ。
「では、是非、御高説を賜りたいものですね。その“女心”とやらを。今後、あなたの機嫌取りにも役立ちそうですし」
大佐は相変わらず一言多い。
果たしてそれが私の機嫌取りに役立つのかは分かりかねるけれど……。
「いいですか? 女性は、こういう事は大切にしたいものなんですよ。新しい一歩を踏み出す記念みたいなものなんだから、二人で一緒に提出するとか。何かの日に因んで提出するとか、色々あるでしょう?」
「なるほど。覚えておきます」
「それなのに、出しましたって……事後報告! しかも、先日だなんて……それは一体何日で、何の日だったかさえ分かんないし!」
結婚記念日が不明だなんて、一体どんな嫌がらせなのだろうか。
不満を口にしながら重い体を起こし、机に積まれた書類に手を伸ばす。
気分も上がらないし、やる気も一向に湧いてこない。
それでも、仕事はこなさなければ終わらないし、残業なんてもっと御免だ。
小さくため息をつくと、ふと傍らの気配に気付いて振り仰ぐ。
そこには、大佐が立っていた。
無言で見下ろす様が実に恐ろしい。
流石にネチネチ言い過ぎたかなーとか、あからさまな態度を取り過ぎたかなーだとか。
脳内で諸々と反省していると、おもむろに大佐の手が此方に伸びる。
反射的に肩を竦め、目を閉じた。
「──っ!」
けれど、その手付きは柔らかく、私の頭をゆるりと撫でる。
いい子、いい子。そんな風に。
「……な、何ですか?」
「ご機嫌取りです。あなたは単純ですから」
「サイテー!」
憎まれ口を叩いても、此方に向ける表情は柔らかい。
私だけが知る彼の表情、優しげな手付き──私のジェイド。
頭を撫でていた手は、いつの間にか頬を包むように添えられる。
そのまま輪郭を伝うように滑り、顎を掬う。
それが合図となって、どちらとも無く目を閉じ、軽く唇を重ね合わせた。
触れるだけの軽いキスでも、彼に触れられ、求められているのだと感じるだけで蕩けてしまいそうになる。
大佐のいう通り、私は単純だ。
「ナマエ、今度指輪を買いに行きましょうか」
「え?」
「あなたに似合う正式な物を。女性は、そういった事に重きを置くのでしょう?」
その問いに、私は暫し考え込むような仕草を見せる。
そして、緩く首を振った。
軍服の詰襟を開いてネックレスの鎖を引き出すと、そこには指輪が通されている。
偽装夫婦として形だけでもと、大佐からもらった指輪だ。
部屋の照明の光を弾くように、埋め込まれた宝石が一段と美しく輝く。
黄緑色の、エメラルドより控えめな色味をした宝石──名前は確か、ペリドットだっただろうか。
「私にはこれがありますから」
「ですが、それは……」
「これがいいんです! この落ち着いた色味に愛着が湧いてきて」
「そうですか」
今ではどんな高価な宝石よりも、これがいい。
心からそう思える。
「結局、ペリドットの石言葉をきちんと調べたのですか?」
「へ? あー……」
問われて、視線は宙を彷徨う。苦笑いを浮かべ、誤魔化した。
そう言えば、この指輪を貰った時も同じような会話をしたな、と思い出す。
後学の為にも調べてみろと言われ、結局そのまま調べずじまいだ。
宝石に変わりないのだから、意味なんてどうでもいいと思っていただなんて、今更言えやしない。
「その様子だと調べていないようですね。あなたらしいというか、何というか」
「うぅ……」
「意味なんて分からなくても宝石なら何でもいい。そんなところでしょうか?」
「あーもー、そうですよ! すみませんでしたー!」
大佐はやれやれと、ため息をついた。
そして、私の首からネックレスを外してしまう。
「あ、私の指輪……!」
意味を調べないような奴に、この指輪は相応しくないとでも言いたいのだろうか?
大佐は無言のまま鎖から指輪を抜き取ると、そのまま私の左手の手袋を外す。
まるで改めてプロポーズをするように指輪が左の薬指に収まる。
その瞬間、大佐と偽装結婚の契約を交わした時の記憶が脳裏に蘇る。
あの日、私を縛ったこの指輪は、再び彼の手によって永遠を誓う愛へと変わったのだ。
「これからは是非、此方に」
「は、はい!」
指輪の重みが、じんわりと左手に馴染んでゆく。
もう、私達は偽物ではない。
「それで、結局ペリドットってどんな意味だったんですか?」
「勿体ぶらないで教えてくださいよ」とせがむ私に、大佐はいつものように「やれやれ」眉を下げる。
そして、大佐はどこまでも慈愛に満ちた表情で、静かに笑った。
「──“夫婦愛”ですよ」
【了】
20260508
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