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軍の輸送便でグランコクマを発ち、港から馬車に揺られること暫く──私と大佐は、キムラスカ・ランバルディア王国との国境付近まで足を伸ばしていた。
近くの街で下車し、今は目的地まで徒歩移動の最中だ。
年に一度とはいえ何度も歩いたこの道も、大佐と二人だと少しだけ違った景色に感じられる。
「……別に大佐まで付いてこなくてもよかったのに」
「あなたの外出許可は私が付き添う事が条件だと言ったはずですよ?」
「あーはいはい。分かりましたー」
「……過保護なんだから」と、大佐の数歩前を歩きながら独りごちた。
私は、その条件とやらの理由が知りたかったのだが、大佐の返答は要領を得ない。
彼は相変わらず肝心な事を誤魔化す事に長けているようだった。
「いやあ、すみません“過保護”で。本来、私も同行なんて“面倒事”は遠慮したいものですが……少々、気になる事がありまして」
「え゛!? 」
どうやら私のぼやきは、きっちり彼の耳に届いていたようだ。
いつの間にか横に並んでいた大佐は、軽薄な笑みを貼り付けながら息をするように嫌味を吐き出す。
つまりは平常運転というわけだ。
「ここ数日、落ち着きのないあなたからの休暇届の申請でしたからね」
気になる事があると口にした大佐は、私の手に握られた花束を視界の端に捉える。
「……ふーん。とか言って、本当は私がこのまま逃げ出すとでも思ってるんでしょ?」
「さあ、どうでしょうか。まあ、逃げたければどうぞご自由に。……逃げ出せれば、の話ですが」
「ははは……滅相もない……!」
誰が聞いても分かる冗談に、大佐は涼しい顔で剣呑な台詞を吐く。
思わずヒュッと腹の底が冷えて、もげそうなほど激しく左右に首を振って否定した。
途中、整備された道から外れ、踏み固められていたはずの道は段々と茂った草に侵食されていく。それにつれて、人気は徐々に途絶えていった。
流石に大佐も「此方であっているのですか?」と問うが、私は短く返事をしてそのままずんずんと先に進む。
軽口混じりの会話もいつの間にか無くなって、お互いに口を噤んだまま“目的地”に辿り着いた。
当然人気はなく、魔物と出会してしまいそうな荒れた土地だ。
此処には、かつて人が住んでいた痕跡だけが辛うじて残っている。
街と呼ぶにはあまりに小さい、村のような場所だった。
「……此処、ですか?」
「はい。もう少し奥に進みますけどね」
大佐は呟くように言って、一瞬足を止める。
ほんの僅かに、赤い双眸が揺れた気がした。
地面に残る焦げ跡。
焼け落ち、朽ちた建物の一部にはびっしりと苔が覆い、青く茂ったツタが巻き付いて、忘れ去られた年月の長さを感じさせる。
伸びた草を踏み分けながら奥へ進む最中、ふと先程まで側にあった筈の気配が無い事に気付く。
振り向くと、大佐は思案顔で周囲に視線を漂わせている。
「大佐! 置いて行っちゃいますよ?」
「……ああ、すみません」
声をかけると、何事もなかったように普段通りの食えない表情に戻る。
大佐の様子に疑問を覚えたが、問い詰めたところではぐらかされるだけだ。
少しばかりの違和感を胸にしまい、先に進む。
数段の石階段を登れば、目的地はもう目と鼻の先だ。
階段を登りきると、ちょっとした小高い開けた場所に出る。
そこにポツンと一つだけ、膝下ほどの高さの石が無造作に置かれていた。
どこにでもあるようなその石には名すら刻まれておらず、墓石と呼ぶにはあまりに粗末な物だった。
手に持っていた花束を墓石の前に置き、しゃがみ込むと、目を閉じて静かに手を合わせる。
年に一度、決まって此処を訪れる。
キムラスカ・ランバルディア王国とマルクト帝国の国境付近に存在していた、かつて小さな村だったこの場所は、生前の父と私が最後に訪れた場所だった。
背後には大佐の気配が感じられる。横に並ぶでもなく、背に立って控えるのは彼なりの配慮なのかもしれない。
墓石を見つめながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「大佐、外出を許可してくださって、ありがとうございました。今日は父の命日なんです」
「……そうでしたか」
大佐の声はどこまでも凪いでいて、そこには一切の揺らぎがなかった。
慰めるでもなく、同情するでもなく、ただ現状を受け止める。
感情の乗らない声音は軍人である彼らしいものだった。
「父と私は、この村を訪れていた時、戦火に巻き込まれました。その日、私は先に避難して父とはそれっきり。……きっと最後まで誰かを助けてたんじゃないかなぁ」
「……」
「父は戦争だから仕方がないっていつも言っていましたけどね……」
「あなたは、戦争を恨んでいないのですか? 大切なお父上を亡くされて」
その問いは、あまりに大佐らしくないと思って、眉を下げて小さく笑う。
「もちろん恨みましたよ。当時の私は、それがどうしても許せなかった。父が流れ者の医者だって話はしましたよね?」
「ええ」
「どうして人を助けようと必死だった父が、死ななければならなかったのか──。その時、私は年端もいかない年齢だったから、仕方がないなんて理由で片付けられなかったんです」
じっと墓石を見つめたまま心境を吐露する。
今更こんな話をしたところで、過去は変わらない。どうにもならない。
分かっていても、大佐に聞いてもらいたかった。だって、これは私の一部だから。
「まあ、色々話しましたけど、今なら父の言っていた言葉も理解できます。戦争は仕方ない……それに、父はきっと後悔はしていないと思いますから」
立ち上がり、振り向いて、重苦しい雰囲気を払拭するように微笑むと、大佐は静かに目を伏せた。
「……理解した“つもり”になるのは、傲慢なのでしょうね」
「え?」
「いえ。……何でもありませんよ」
大佐は短く言って、これ以上の会話を切り上げた。
大佐は普段から意味深な物言いをする事が多いけれど、いつもと違って見えたのはどうしてだろう?
流石に死んだ父親の話ともなれば、大佐でも思うところの一つや二つあるのだろうか?
そういえば、この場所に足を踏み入れてから大佐の表情が曇っているような気がする。
一見、普段と変わらない様子だが、それでも言葉や視線、表情に滲むそこはかとない違和感は拭いきれない。
その正体を確かめようとした瞬間、機先を制するように大佐が口を開いた。
「そういえば、私の事を“夫”だと、お父上に紹介してくださったのですか?」
「いや、するわけ無いですよ! 冥土を彷徨うような事言うのやめてください」
愛娘があの死霊使いに嫁いだとあらば、流石の父も死んでも死にきれない。黄泉の国から蘇りそうだ。
「そろそろ帰りましょうか。あまり長居をしてると、魔物と遭遇しかねません」
「そうですね」
行きとは逆に、今度は大佐が私の前を歩く。
その背に駆け寄って、燕尾の襟の裾を軽く掴んで引き留める。
足を止め、振り向いた大佐は何事かと私をその双眸に捉えた。
「まあ、でも……仕方がないので一応、大佐の事は紹介しておいてあげました!」
「一応ですか? 随分な結婚報告ですねぇ」
「いや、だから違いますよ! ……まあ、これからもずっと側にいたいと思える人、とか」
大佐は揶揄うように笑ってみせたが、その目元だけがわずかに陰っていた。
(やっぱり、何かおかしい)
言葉にし難い違和感がポタリと胸に落ちて、シミのように滲んでゆく。
意識を大佐に向けていたせいで足元への意識が散漫になる。
「わっ!」
踏み出した一歩は、あわや石段を踏み外しそうになったが、咄嗟に腕を掴み上げられて事なきを得た。
「気をつけなさい」
「危なかったぁ……ありがとうございます」
「良くも悪くも、あなたはいつも前しか見ませんね」
呆れたような声音も、皮肉めいた言葉も。
そのどれもが普段通りであるはずなのに、そうじゃない。
視線が絡み合った刹那、腕を掴む手に力が籠った。
ほんの瞬き一つの間、その眼差しは躊躇いの色を滲ませ、ぐらりと揺れる。
けれど、私の腕を掴む手は、逸らされた視線と共に呆気なく離れてしまった。
「あの、大佐──」
「……行きますよ」
それが、抱いた違和感に拍車をかける。
一抹の不安だなんて言葉では片付けられない何かが、そこには確かに横たわっていた。
20260426
近くの街で下車し、今は目的地まで徒歩移動の最中だ。
年に一度とはいえ何度も歩いたこの道も、大佐と二人だと少しだけ違った景色に感じられる。
「……別に大佐まで付いてこなくてもよかったのに」
「あなたの外出許可は私が付き添う事が条件だと言ったはずですよ?」
「あーはいはい。分かりましたー」
「……過保護なんだから」と、大佐の数歩前を歩きながら独りごちた。
私は、その条件とやらの理由が知りたかったのだが、大佐の返答は要領を得ない。
彼は相変わらず肝心な事を誤魔化す事に長けているようだった。
「いやあ、すみません“過保護”で。本来、私も同行なんて“面倒事”は遠慮したいものですが……少々、気になる事がありまして」
「え゛!? 」
どうやら私のぼやきは、きっちり彼の耳に届いていたようだ。
いつの間にか横に並んでいた大佐は、軽薄な笑みを貼り付けながら息をするように嫌味を吐き出す。
つまりは平常運転というわけだ。
「ここ数日、落ち着きのないあなたからの休暇届の申請でしたからね」
気になる事があると口にした大佐は、私の手に握られた花束を視界の端に捉える。
「……ふーん。とか言って、本当は私がこのまま逃げ出すとでも思ってるんでしょ?」
「さあ、どうでしょうか。まあ、逃げたければどうぞご自由に。……逃げ出せれば、の話ですが」
「ははは……滅相もない……!」
誰が聞いても分かる冗談に、大佐は涼しい顔で剣呑な台詞を吐く。
思わずヒュッと腹の底が冷えて、もげそうなほど激しく左右に首を振って否定した。
途中、整備された道から外れ、踏み固められていたはずの道は段々と茂った草に侵食されていく。それにつれて、人気は徐々に途絶えていった。
流石に大佐も「此方であっているのですか?」と問うが、私は短く返事をしてそのままずんずんと先に進む。
軽口混じりの会話もいつの間にか無くなって、お互いに口を噤んだまま“目的地”に辿り着いた。
当然人気はなく、魔物と出会してしまいそうな荒れた土地だ。
此処には、かつて人が住んでいた痕跡だけが辛うじて残っている。
街と呼ぶにはあまりに小さい、村のような場所だった。
「……此処、ですか?」
「はい。もう少し奥に進みますけどね」
大佐は呟くように言って、一瞬足を止める。
ほんの僅かに、赤い双眸が揺れた気がした。
地面に残る焦げ跡。
焼け落ち、朽ちた建物の一部にはびっしりと苔が覆い、青く茂ったツタが巻き付いて、忘れ去られた年月の長さを感じさせる。
伸びた草を踏み分けながら奥へ進む最中、ふと先程まで側にあった筈の気配が無い事に気付く。
振り向くと、大佐は思案顔で周囲に視線を漂わせている。
「大佐! 置いて行っちゃいますよ?」
「……ああ、すみません」
声をかけると、何事もなかったように普段通りの食えない表情に戻る。
大佐の様子に疑問を覚えたが、問い詰めたところではぐらかされるだけだ。
少しばかりの違和感を胸にしまい、先に進む。
数段の石階段を登れば、目的地はもう目と鼻の先だ。
階段を登りきると、ちょっとした小高い開けた場所に出る。
そこにポツンと一つだけ、膝下ほどの高さの石が無造作に置かれていた。
どこにでもあるようなその石には名すら刻まれておらず、墓石と呼ぶにはあまりに粗末な物だった。
手に持っていた花束を墓石の前に置き、しゃがみ込むと、目を閉じて静かに手を合わせる。
年に一度、決まって此処を訪れる。
キムラスカ・ランバルディア王国とマルクト帝国の国境付近に存在していた、かつて小さな村だったこの場所は、生前の父と私が最後に訪れた場所だった。
背後には大佐の気配が感じられる。横に並ぶでもなく、背に立って控えるのは彼なりの配慮なのかもしれない。
墓石を見つめながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「大佐、外出を許可してくださって、ありがとうございました。今日は父の命日なんです」
「……そうでしたか」
大佐の声はどこまでも凪いでいて、そこには一切の揺らぎがなかった。
慰めるでもなく、同情するでもなく、ただ現状を受け止める。
感情の乗らない声音は軍人である彼らしいものだった。
「父と私は、この村を訪れていた時、戦火に巻き込まれました。その日、私は先に避難して父とはそれっきり。……きっと最後まで誰かを助けてたんじゃないかなぁ」
「……」
「父は戦争だから仕方がないっていつも言っていましたけどね……」
「あなたは、戦争を恨んでいないのですか? 大切なお父上を亡くされて」
その問いは、あまりに大佐らしくないと思って、眉を下げて小さく笑う。
「もちろん恨みましたよ。当時の私は、それがどうしても許せなかった。父が流れ者の医者だって話はしましたよね?」
「ええ」
「どうして人を助けようと必死だった父が、死ななければならなかったのか──。その時、私は年端もいかない年齢だったから、仕方がないなんて理由で片付けられなかったんです」
じっと墓石を見つめたまま心境を吐露する。
今更こんな話をしたところで、過去は変わらない。どうにもならない。
分かっていても、大佐に聞いてもらいたかった。だって、これは私の一部だから。
「まあ、色々話しましたけど、今なら父の言っていた言葉も理解できます。戦争は仕方ない……それに、父はきっと後悔はしていないと思いますから」
立ち上がり、振り向いて、重苦しい雰囲気を払拭するように微笑むと、大佐は静かに目を伏せた。
「……理解した“つもり”になるのは、傲慢なのでしょうね」
「え?」
「いえ。……何でもありませんよ」
大佐は短く言って、これ以上の会話を切り上げた。
大佐は普段から意味深な物言いをする事が多いけれど、いつもと違って見えたのはどうしてだろう?
流石に死んだ父親の話ともなれば、大佐でも思うところの一つや二つあるのだろうか?
そういえば、この場所に足を踏み入れてから大佐の表情が曇っているような気がする。
一見、普段と変わらない様子だが、それでも言葉や視線、表情に滲むそこはかとない違和感は拭いきれない。
その正体を確かめようとした瞬間、機先を制するように大佐が口を開いた。
「そういえば、私の事を“夫”だと、お父上に紹介してくださったのですか?」
「いや、するわけ無いですよ! 冥土を彷徨うような事言うのやめてください」
愛娘があの死霊使いに嫁いだとあらば、流石の父も死んでも死にきれない。黄泉の国から蘇りそうだ。
「そろそろ帰りましょうか。あまり長居をしてると、魔物と遭遇しかねません」
「そうですね」
行きとは逆に、今度は大佐が私の前を歩く。
その背に駆け寄って、燕尾の襟の裾を軽く掴んで引き留める。
足を止め、振り向いた大佐は何事かと私をその双眸に捉えた。
「まあ、でも……仕方がないので一応、大佐の事は紹介しておいてあげました!」
「一応ですか? 随分な結婚報告ですねぇ」
「いや、だから違いますよ! ……まあ、これからもずっと側にいたいと思える人、とか」
大佐は揶揄うように笑ってみせたが、その目元だけがわずかに陰っていた。
(やっぱり、何かおかしい)
言葉にし難い違和感がポタリと胸に落ちて、シミのように滲んでゆく。
意識を大佐に向けていたせいで足元への意識が散漫になる。
「わっ!」
踏み出した一歩は、あわや石段を踏み外しそうになったが、咄嗟に腕を掴み上げられて事なきを得た。
「気をつけなさい」
「危なかったぁ……ありがとうございます」
「良くも悪くも、あなたはいつも前しか見ませんね」
呆れたような声音も、皮肉めいた言葉も。
そのどれもが普段通りであるはずなのに、そうじゃない。
視線が絡み合った刹那、腕を掴む手に力が籠った。
ほんの瞬き一つの間、その眼差しは躊躇いの色を滲ませ、ぐらりと揺れる。
けれど、私の腕を掴む手は、逸らされた視線と共に呆気なく離れてしまった。
「あの、大佐──」
「……行きますよ」
それが、抱いた違和感に拍車をかける。
一抹の不安だなんて言葉では片付けられない何かが、そこには確かに横たわっていた。
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