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「ブヒブヒ」と、上機嫌に鼻を鳴らして前を歩く可愛らしいまん丸とした体躯を揺らすブウサギジェイドを眺めながら、ため息をついた。
いつもなら癒しのひと時に違いない。こんなにも可愛らしいのに。
それでも複雑な心境に拍車をかけている理由は、今の私にとってその名前がタイムリーすぎるからに違いない。
「ジェイドは本当にナマエのことが好きなんだな。こんなに上機嫌なんだから。さっきも、脇目も振らず駆け出したくらいだし」
「……嫌味?」
「いやいや、そんなわけないだろ? 懐いてるってだけで他意はないよ、他意は」
「……ふーん」
「ははは、信用ないな……それよりも、もう平気かい?」
ガイは優しげに笑って、気遣ってくれる。
先程私は、顔から出るもの全てを垂れ流して、女性恐怖症の後遺症が残る彼に構わず抱きついてしまった。
それほどまで追い込まれていたのだと思う。
私の涙か鼻水か、はたまた涎か知れない(もしかしたら全部かもしれない)それらが染み込んだ彼の胸元はすっかりシミになっていた。
いくら取り乱していたとはいえ服を汚してしまったことは、本当に申し訳なかったと反省している。
「うん。ごめんね、さっきは急に泣きついて。その、服にシミも……」
「ん? ああ、いいんだよ。キミが落ち着いたなら」
ガイはよく気が回り、本当に出来た人間だと思う。
裏庭で顔を合わせた時も散歩を終えて宮殿に戻る予定だったところを気を利かせて、散歩に付き合ってほしいと提案してくれたのだ。
あのまま裏庭にとどまっていればいずれ人目につくし、散歩に付き合えば手伝いの名目にもなる。
「そろそろ、何があったのか聞いてもいいか?」
彼の問いかけに小さく頷いて、ポツリと零す。
「……大佐、が……眩しくて堪らなくて……!」
「うん? ジェイドが眩しい?」
「あれもこれもそれもどれも……全部、ディストのせいで!!」
「ディスト?」
ガイは私の話を聞いて、混乱の一途を辿っていた。
もしかするとガイは、先のディスト事件の全容を知らないのだろうか?
斯々然々。都度湧き上がる羞恥心に抗いながら、あの日の出来事を詳細に話した。
あの騒ぎを語らずして話は始まらないのだ。語る上で多少の……いや、多大な羞恥には耐えなければならない。
「あー……あの騒ぎはその事だったのか。災難だったな」
「災難ってもんじゃないよ……公開処刑だったんだから……」
さめざめと両の手で顔を覆い隠す私に、ガイは同情の念を滲ませながら、うんうんと頷いてくれた。
「あの日からなんだよ……私、おかしくて。ずっとそんなことなかったのに」
「そうか?」
「え?」
ここまで私の話を聞き、どうしてその言葉が出てくるのだろう?
ガイはさして驚くこともなく、平然としていた。
そして、彼の口を衝いた言葉は揶揄いではなく純然たる疑問のようだった。
「だってナマエは、最近ジェイドに心を開いてたじゃないか」
「……、……はい?」
その発言は流石に聞き流せない。
私が大佐に心を開いていた?いつ、何処で?どのタイミングで?
どこをどう見て、ガイはそのような見解を述べたのだろう?
「この間、基地の裏の空き地で稽古をつけてた時だよ。前までは近付かれただけで跳び退くぐらい警戒心丸出しだっただろう?」
「まあ、確かに……」
「それなのに、髪に触っても嫌がる素振り一つ見せなかったから、あれには流石に驚いたんだよ」
「っ!?」
指摘されて、改めて自覚する。
私はいつの間にか大佐に多くのことを許していた、と。
そして何より、それを指摘されるまで無意識のうちの行いだったことが衝撃だったのだ。
やっと落ち着きを取り戻した心臓が、またしても暴れ回る。
不意を突かれたせいで、頬も真っ赤に色付いた。
私の反応を目の当たりにしたガイは、驚いたように目を丸くした。
「……おいおい、まさかと思うが無意識だったのか?」
けれど、私はまだ彼の言葉を素直に受け入れられる状態ではなく、慌てて否定する。
反発するような瞳と、焦りを隠しきれない声音で。
「ち、違う! そんなわけないよ! 変だもんそんなのっ、だって私、大佐のことなんて好き、じゃ……ない」
尻すぼみになりながら懸命に言葉を紡ぐが、それを聞いたガイは私の言葉に首肯せず、ただただ静かな眼差しで私を見据えた。
「本当か?」
「な、なんで?」
「俺はずっと思っていたけどね。キミに剣術を教えた時から」
「剣、術?」
ガイは叱るでもなく、諭すわけでもない。ただありのままを私に伝える。
凪いだ水面のように音もなく静かに、その一言は私に落とされた。
「キミの行動の中心にはいつもジェイドがいたじゃないか」
「……っ、違う」
反射的に否定した。
けれど、その言葉は自分でも驚くほど軽く、足場を持たなかった。
それどころか、彼の一言はストンと胸の中に落ち着いた。
言葉を全て取り上げられるだけでなく、この感情に名前をもらったような気すらした。
「だって……それ、は……」
言葉が喉に張り付いて、上手く話せない。
漸く絞り出した声は否定も肯定も出来ず、頬を撫でた風に絡め取られ、はらりと解けた。
「──うわっ!?」
突然、手に握っていたリードがグン!と強く引っ張られる。
何処とも知れない宙に彷徨っていた意識が現実に引き戻された。
足元のブウサギジェイドが、今来た道を引き返そうとしている。
「ちょ、ジェイド! 待って待って待って!!」
「ブヒ!」
「そっちには行かないから! ね!?」
「ブヒー!」
其方に戻れば、きっと大佐と顔を合わせることになる。
そうなれば、ここまで逃げてきた意味がない。
それだけは何がなんでも阻止したい私は、死に物狂いでブウサギジェイドのリードを引っ張る。
“ジェイド”という同じ名を持つもの同士、引き合う運命なのだろうか?それとも結託している?
必死にリードを引きながら、不意に思い至った。
きっとこの感情に答えなどない──そう、思っていたけれど。
私の呼称が何であれ、大佐の存在が変化したからといって、世界が変わったわけじゃない。
──変わったのは、心だ。
この状況をどうしようもないものに変えてしまったのは、私自身。
そして、その片鱗は今も昔も──ずっと、私の中にあったのだ。
「……ねぇ、ガイ。もうちょっとだけ散歩付き合ってくれる?」
「ああ、勿論」
もう、目を背ける理由が何処を探しても見当たらなかった。
どうか、この気持ちに向き合う時間を少しだけ。あとほんの少しだけ、私にください。
20260402
いつもなら癒しのひと時に違いない。こんなにも可愛らしいのに。
それでも複雑な心境に拍車をかけている理由は、今の私にとってその名前がタイムリーすぎるからに違いない。
「ジェイドは本当にナマエのことが好きなんだな。こんなに上機嫌なんだから。さっきも、脇目も振らず駆け出したくらいだし」
「……嫌味?」
「いやいや、そんなわけないだろ? 懐いてるってだけで他意はないよ、他意は」
「……ふーん」
「ははは、信用ないな……それよりも、もう平気かい?」
ガイは優しげに笑って、気遣ってくれる。
先程私は、顔から出るもの全てを垂れ流して、女性恐怖症の後遺症が残る彼に構わず抱きついてしまった。
それほどまで追い込まれていたのだと思う。
私の涙か鼻水か、はたまた涎か知れない(もしかしたら全部かもしれない)それらが染み込んだ彼の胸元はすっかりシミになっていた。
いくら取り乱していたとはいえ服を汚してしまったことは、本当に申し訳なかったと反省している。
「うん。ごめんね、さっきは急に泣きついて。その、服にシミも……」
「ん? ああ、いいんだよ。キミが落ち着いたなら」
ガイはよく気が回り、本当に出来た人間だと思う。
裏庭で顔を合わせた時も散歩を終えて宮殿に戻る予定だったところを気を利かせて、散歩に付き合ってほしいと提案してくれたのだ。
あのまま裏庭にとどまっていればいずれ人目につくし、散歩に付き合えば手伝いの名目にもなる。
「そろそろ、何があったのか聞いてもいいか?」
彼の問いかけに小さく頷いて、ポツリと零す。
「……大佐、が……眩しくて堪らなくて……!」
「うん? ジェイドが眩しい?」
「あれもこれもそれもどれも……全部、ディストのせいで!!」
「ディスト?」
ガイは私の話を聞いて、混乱の一途を辿っていた。
もしかするとガイは、先のディスト事件の全容を知らないのだろうか?
斯々然々。都度湧き上がる羞恥心に抗いながら、あの日の出来事を詳細に話した。
あの騒ぎを語らずして話は始まらないのだ。語る上で多少の……いや、多大な羞恥には耐えなければならない。
「あー……あの騒ぎはその事だったのか。災難だったな」
「災難ってもんじゃないよ……公開処刑だったんだから……」
さめざめと両の手で顔を覆い隠す私に、ガイは同情の念を滲ませながら、うんうんと頷いてくれた。
「あの日からなんだよ……私、おかしくて。ずっとそんなことなかったのに」
「そうか?」
「え?」
ここまで私の話を聞き、どうしてその言葉が出てくるのだろう?
ガイはさして驚くこともなく、平然としていた。
そして、彼の口を衝いた言葉は揶揄いではなく純然たる疑問のようだった。
「だってナマエは、最近ジェイドに心を開いてたじゃないか」
「……、……はい?」
その発言は流石に聞き流せない。
私が大佐に心を開いていた?いつ、何処で?どのタイミングで?
どこをどう見て、ガイはそのような見解を述べたのだろう?
「この間、基地の裏の空き地で稽古をつけてた時だよ。前までは近付かれただけで跳び退くぐらい警戒心丸出しだっただろう?」
「まあ、確かに……」
「それなのに、髪に触っても嫌がる素振り一つ見せなかったから、あれには流石に驚いたんだよ」
「っ!?」
指摘されて、改めて自覚する。
私はいつの間にか大佐に多くのことを許していた、と。
そして何より、それを指摘されるまで無意識のうちの行いだったことが衝撃だったのだ。
やっと落ち着きを取り戻した心臓が、またしても暴れ回る。
不意を突かれたせいで、頬も真っ赤に色付いた。
私の反応を目の当たりにしたガイは、驚いたように目を丸くした。
「……おいおい、まさかと思うが無意識だったのか?」
けれど、私はまだ彼の言葉を素直に受け入れられる状態ではなく、慌てて否定する。
反発するような瞳と、焦りを隠しきれない声音で。
「ち、違う! そんなわけないよ! 変だもんそんなのっ、だって私、大佐のことなんて好き、じゃ……ない」
尻すぼみになりながら懸命に言葉を紡ぐが、それを聞いたガイは私の言葉に首肯せず、ただただ静かな眼差しで私を見据えた。
「本当か?」
「な、なんで?」
「俺はずっと思っていたけどね。キミに剣術を教えた時から」
「剣、術?」
ガイは叱るでもなく、諭すわけでもない。ただありのままを私に伝える。
凪いだ水面のように音もなく静かに、その一言は私に落とされた。
「キミの行動の中心にはいつもジェイドがいたじゃないか」
「……っ、違う」
反射的に否定した。
けれど、その言葉は自分でも驚くほど軽く、足場を持たなかった。
それどころか、彼の一言はストンと胸の中に落ち着いた。
言葉を全て取り上げられるだけでなく、この感情に名前をもらったような気すらした。
「だって……それ、は……」
言葉が喉に張り付いて、上手く話せない。
漸く絞り出した声は否定も肯定も出来ず、頬を撫でた風に絡め取られ、はらりと解けた。
「──うわっ!?」
突然、手に握っていたリードがグン!と強く引っ張られる。
何処とも知れない宙に彷徨っていた意識が現実に引き戻された。
足元のブウサギジェイドが、今来た道を引き返そうとしている。
「ちょ、ジェイド! 待って待って待って!!」
「ブヒ!」
「そっちには行かないから! ね!?」
「ブヒー!」
其方に戻れば、きっと大佐と顔を合わせることになる。
そうなれば、ここまで逃げてきた意味がない。
それだけは何がなんでも阻止したい私は、死に物狂いでブウサギジェイドのリードを引っ張る。
“ジェイド”という同じ名を持つもの同士、引き合う運命なのだろうか?それとも結託している?
必死にリードを引きながら、不意に思い至った。
きっとこの感情に答えなどない──そう、思っていたけれど。
私の呼称が何であれ、大佐の存在が変化したからといって、世界が変わったわけじゃない。
──変わったのは、心だ。
この状況をどうしようもないものに変えてしまったのは、私自身。
そして、その片鱗は今も昔も──ずっと、私の中にあったのだ。
「……ねぇ、ガイ。もうちょっとだけ散歩付き合ってくれる?」
「ああ、勿論」
もう、目を背ける理由が何処を探しても見当たらなかった。
どうか、この気持ちに向き合う時間を少しだけ。あとほんの少しだけ、私にください。
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