10
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「大佐、また豆腐ですか? たまにはスタミナの付く物を食べなきゃ倒れますよ?」
「お気遣い頂きありがとう御座います。ご存知ないようですが、豆腐はタンパク質、必須脂肪酸、ビタミン、カルシウムなど様々な栄養摂取が可能です。炭水化物と脂質が主なあなたのラーメンに比べて栄養価は遥かに高いですよ」
「はいはい、無知ですみませーん」
「無知は愚かではありませんよ。知らない事に胡座をかき学ぼうとしない姿勢こそが愚かなのです。良かったですね、また一つ賢くなれたじゃないですか」
「…………」
本日も例外なく一の小言に十の嫌味で返され、けちょんけちょんに言い負かされた。
口でも知識量でも大佐に敵わないことぐらい嫌というほど身に染みている筈なのに、どうして私は学ばないのか……。
ああ、そうか。私は愚かなのだ。先程、大佐に指摘された通り学ばない私など。
噛み付いたところで相手にされず、小馬鹿にされて終わると知っていて、それでも差し出口を挟まずにいられないのは久し振りに顔を合わせて昼食をとっていることに少しばかり浮かれてしまっているせいなのだろうか?
――違う。違う、違う。そんなわけない。私は決して、浮かれポンチのすっとこどっこいなんかじゃない。
食堂の雰囲気がどことなく普段と違って感じられるが、それは言葉にするまでもなく私達のせいだと思う。
私達が揃って食事をとるテーブルには誰も座ろうとしない。すれ違いざまに向けられる好奇な視線、コソコソと遠巻きに聞こえる話し声……どれもこれもがそれを証明していた。
ラーメンを啜る最中、ふと思い出す。
それは、大佐と顔を合わせる機会があれば確認しなければならない事柄だったが、なにしろあの日は眼鏡無しの圧倒的な美形を拝み、バックハグからの額キス。
更には膝枕でフィニッシュを飾り、その話題は脳内からすっぽり抜け落ちてしまっていた。
今から思い返してみても、先日の私達は偽装夫婦という垣根を越えた濃密過ぎる時間を過ごした気がする。
暫くは遠慮したい――いいや、違う。金輪際、あんな接触は遠慮したいの間違いだ。
「んむむ、むむむむむ」
「……食べるか話すかどちらかになさい」
ごくんと喉を鳴らしてラーメンを喉の奥へ押し込んで、コップの水を飲み干すと、呆れ顔の大佐に改めて言う。
「大佐にお話があって」
「何ですか? ああ、離婚話以外でお願いします」
「違いますよ……」
ラーメンを啜りながら離婚話が出来たなら、どれほど良かっただろうか?
改めて宣言しておくと、私は未だに離婚を諦めてはいない。
まあ、離婚も何も私達の婚姻を証明する正式な書類は提出されておらず、そして、それは今も大佐の元にあるわけだが……。
言葉にする頻度こそ減ったものの、虎視眈々と彼の手中の証明書を狙っている。絶対、諦めるものか。
決意を新たにしたところだが、それよりも今は優先すべき事柄がある。
「私達は勢いのまま結婚(偽装)しましたけど、先日、馴れ初めに関する設定など何も決めていなかった事に気付いて……どうします?」
「……あなた、今この場でその話をするつもりですか?」
「え?」
「ですから、こんな大衆の面前でする話題ではないと言っているんですよ」
大佐の言葉にはたとする。
そうだ、ここは食堂だったのだ……と。
耳目を集める事になれば良くない噂に尾鰭がつき、あっという間に広まって基地を始め宮殿中に知れ渡るだろう。
現状、私達の関係を知るのは陛下お一人だけなのだから、私達が偽装夫婦だったなんてバレてしまった日には大騒ぎになってしまう。
それはそれで現状より面倒臭い。
「すみません……だって、大佐は最近毎日忙しそうだし、こんな時しか話ができないと思って……」
視線を手元に落とし、尻すぼみに言葉を紡ぐ。
「では、今夜改めて話をしましょうか。何事もなければ早く帰れますから」
「本当っ!?」
勢いよく顔を上げ、声を弾ませる。
大佐は私の様子に双眸を瞬かせ、表情を緩めた。
目は口ほどに物を言うらしい。
柔和に細められた瞳には、腹の内を見せない彼の感情の機微が滲んでいるようだった。
「そんなに喜んで頂けるとは。夫冥利につきますねぇ」
「んなっ――ほ、お、ぎ、っ、!!」
「おやおやー、何ですか?」
本当の夫じゃないし!偽装だし!と、いつものように反論出来ない。
大佐はニッコリと改めて笑みを湛える。
食堂では普段のやり取りが出来ないと分かっていて口にしたに違いない。その笑顔はまさしく確信犯だった。
「な、なんでも……ありません」
「そうですか。公衆の面前であまり大きな声を出さないでくださいね? 色々と面倒ですので」
「はははは。一体誰のせいだと……」
くっそー!腹黒鬼畜眼鏡!!
言葉に出来ず、行き場のない感情を胸三寸に畳む。
「そう言えば、陛下の側付きの話はどうなりましたか? あれから暫く経ちましたが……きちんと断ったのでしょうね?」
「……」
「ナマエー?」
「へ? えっと、ああー……ご、ごちそう様でしたぁ」
大佐の問いに答えられず、言葉を濁して態とらしく視線を逸らす。
それが返答だと言っていい。
席を立ち、食器を返却してそそくさと食堂を出る。
その間も口を噤み、視線を宙に彷徨わせているのだから、大佐も察してくれればいいものを。
どれだけ歩調を速めても、大佐の足音はピタリと張り付いて離れない。
おおよそ歩くとは呼べない速度で廊下を抜けて行く私達二人を周囲の兵士達は不思議そうな視線で見送るが、それすら気に留める余裕が今の私には無かった。
「ナマエ、待ちなさい。まだ質問の回答を得ていません」
「ま、待ちませんよ! 付いて来ないでくださいってば!」
「ナマエ!」
普段冷静な大佐にしては珍しく語気が強い。
そこには確かな苛立ちが滲んでいた。
ついに早歩きから走り出して、たまたま目に留まったトイレに一目散に駆け込む。
きっと捕まれば面倒臭い事になる。きっとではなく、確実にだ。
面倒事の仔細は恐ろしいので考えたくはないが、彼の性格上、後々言い訳の一つも出来ないくらい徹底的に話を付けるだろう。
それだけは何があろうと回避しなければならない。
その状況を回避できる唯一の方法こそが、逃げる最中にたまたま目に留まったトイレに逃げ込む事だったのだ。
いくら死霊使いでも女性用トイレには入れないらしい。
今度から大佐を撒く際は、トイレに逃げ込もうと思う。
暫しトイレに籠もってやり過ごそうと考えたが、きっと大佐は入口で待っているだろう。
ならば、私に残された逃走経路は一つだけだ。
視線の先には小窓。
その窓は女性ならぎりぎり潜り抜けられそうな大きさだった。
「よっしゃー! わはははっ! さらば腹黒鬼畜眼鏡大佐ー!」
無事に窓から脱出し、基地から宮殿の中庭まで逃げ切って、青々と茂る芝を踏みながら快哉を叫ぶ。
淀んだトイレの空気から一変、清々しい開放感溢れる空気に両腕を広げ、大佐からもぎ取った勝利を噛み締めた。
それにしても、危なかった。
正直、あの質問にはどきりとした。陛下の側付きの話をまだ断っていなかったからだ。
そもそも三日程しか経っていないのに、その限られた時間で陛下と腰を据えてじっくり話せる機会など無かった。
その間も訓練や大佐の補佐等で時間が作れなかったことぐらい分かっている筈だ。ずっと傍にいたのだから。
午後の執務までまだ少し時間がある。
こうして逃げ果せたところで、結局午後からはまた大佐の職務を手伝う羽目になるので、あまり意味はない。
けれど、ほんの少しでも彼と離れられるのならそれでよかった。
気晴らしに庭を散歩していると、足元からブヒブヒと懐かしい声が響く。
足元に視線を滑らせると、思わず表情が緩んだ。
「可愛い方のジェイドー! 久しぶりぃ! よーしよしよし。元気にしてた? ご飯一杯食べてる?」
一体どこからやってきたのか、気付けば可愛い方のジェイドことブウサギジェイドが足元で鼻を鳴らしていた。
その愛くるしい姿にだらしなく表情を緩めながらわしゃわしゃと撫で回す。
名前はさておき、ブウサギの世話係を代行していた時に一番懐いてくれたのが、この“可愛い方”のジェイドだった。
あれから暫く経つが、私の事を忘れずにいてくれたのだ。なんて愛らしい……!
ごろりと気持ちよさそうに寝転がるブウサギジェイドを撫でたり、吸ったり満喫していると、腰ほどの背丈の庭木がガサガサと揺れる。
「おーい、ジェイドー? 急に走り出したと思ったら……まったくどこに行ったんだ?」
陽光を浴びて輝く金糸の髪。甘いマスクに、緑がかった青の瞳は煌めく宝石のように美しい。
視界に飛び込むその姿に視線が釘付けになる。
けれど、何だろう……どこかで見かけたような――。
「ジェイド……! こんなところにいたのか。探したんだぞ」
視線が交わった瞬間、霞がかっていた記憶が色を取り戻す。
鮮明に、鮮烈に蘇る。
「あああーっ! 貴族風王子様系美丈夫!」
「何だか凄いネーミングだな……ええっと、君は?」
そうだ。私は以前、確かに彼を見た。
あれは確かブウサギの世話係を代行していた日だ。中庭でブウサギ達を散歩をさせていた時に彼を見かけた。
一瞬の出来事だったがよく覚えている。
それにしても整った顔を間近で見ると、破壊力か凄まじい。
先日の大佐の美形にも見惚れてしまったが、彼は大佐とは違った路線の魅力で溢れている。
「えっと、私は――うげっ!!」
名乗ろうとして、視界の端に大佐の姿を捉える。
ああ、なんて事だ。大佐の嗅覚の鋭さに驚きを超えて若干の恐怖を覚える。
流石はジェイド・カーティス。死霊使いの異名は伊達じゃない。
慌てて少し離れた場所の庭木に身を隠す。
「ごめんなさい! きっとカーティス大佐に私の事を聞かれると思うけど、此処に私は居ないって言って!」
「え? いや、そう言われてもなぁ」
「後生です! 人助けだと思って! ね!?」
「あ、ああ……分かったよ。事情はよく分からないが……」
それにしてもどうして此処が分かったのだろう?
まさか、中に入って確かめたわけでもないだろうに……。
しかし、此処へ来たということは、私がトイレから中庭に逃げる事を読んでいたのだ。
つまり、私の考えなどお見通しなのだろう。
分かっていて態と泳がせ、ぬか喜びさせた後、一気にどん底へと突き落として抗う気持ちをボッキリと折る寸法に違いない。恐ろしいことこの上ない。
「ガイ。こちらに女性が来ませんでしたか?」
庭木の陰に身を潜め、息を殺し、耳をそばだてると、直に大佐の声が聞こえてくる。
背丈はこのくらいで、体型はこう。髪の長さは、色は、瞳は――大佐は私の特徴を的確に次々と上げつらえる。
それはもう、私以外有り得ないであろうところまで詳細に。
「え、い、いやぁ……見てないな。旦那の知り合いか?」
「ええ、まあ。ガイはブウサギの散歩ですか……どうやら一匹見当たらないようですが?」
「へ!? ああ、きっとそこら辺を好きなように散歩してるんじゃないか?」
「……ふむ。そうですか。では、また後程迎えに来ると伝えておいてください。何処にいようと見つけ出しますから、と。“意地らしい私の妻”に」
聞えよがしに言う大佐の言葉にゾクリと悪寒が走る。
庭木越しに感じた刺し穿つような視線といい、彼に匿ってもらうまでもなく大佐は私の存在に気が付いているようだった。
足音が遠のいていくのを聞き、顔を覗かせて辺りを注意深く見回す。大佐の気配が無くなったのを確認して、慎重に庭木から這い出た。
「行った……?」
「ああ。でも、完全にバレてるぞあれは」
「いいの。とりあえず今しのげれば。戻ってくる前に逃げればいいんだもの」
軍服に付いた葉を叩き落としながら、匿ってくれた彼に改めて自己紹介をする。
「さっきはどうもありがとう。もう私の素性は分かったかもしれないけど、一応。ナマエです。……今は大変不本意ながら性はカーティスです」
「(不本意……?)君が噂のジェイドの奥さんか。俺はガイラルディア・ガラン・ガルディオスだ。改めて宜しく。ガイでもガイラルディアでも好きに呼んでくれ」
握手を求めて手を差し出すと、彼は途端に表情を固くし、ヒクリと口の端を引き攣らせた。
先程までの女性受け抜群の爽やか笑顔は一体何処へ行ってしまったのだろう?
再度、差し出した手を前へ押し出すと「う、」と小さく呻いた。
「どうしたの? ほら、握手」
「実は、色々あって女性に触れるのが苦手で……いや、女性自体は好きなんだが、触るとなると少し違ってだな……」
「…………」
手持ち無沙汰の右手を、それでも彼はゴクリと息を呑んで覚悟を決めると、震えながら一瞬だけぎゅっと握って直ぐさま放した。
こんなにも見てくれが完璧だというのにこれでは宝の持ち腐れだ。玉に瑕とはこの事を言う。
「それはそうと、どうしてジェイドから逃げてるんだ?」
「じつは、斯々然々で……」
匿ってもらった以上、事情を話さないわけにはいかないだろう。
事実、彼を巻き込んでしまったのだし、私には説明する義務がある。
私は出来るだけ分かりやすく手短に今に至るまでの経緯を話した。
勿論、偽装結婚である事は伏せて。
本当は偽装なの。そこに愛はないの。だから不本意なの。
それらの言葉が喉まで迫り上がったが、ぐっと堪えた。
偉い、偉い、よく頑張ったぞ私。
そして、ガイも少しばかり身の上話をしてくれた。
故郷を失ったこと、同時に家族も亡くしてしまったこと。
私の場合は、生まれた時から定住せず各地を転々とする生活をしていたから故郷の概念こそないものの、故郷が無く、家族を亡くし、そして此処でも一部の人間から白眼視され、肩身が狭い思いをしている――親近感を抱くには十二分な共通点だった。
彼も私も境遇は違えど似た者同士なのだと知り、余計に親近感が湧く。
勢いのまま握手で共感を求めたが、やっぱり彼は顔を引き攣らせてまともに握手が出来なかった。
なんだろう?この何とも言えない不完全燃焼な感覚は……。
「君の事は知っていたんだ。俺が留守の間、こいつらの面倒を代わりに見てくれたんだろ?」
「一日だけね。最初はペットの世話係かー……って思ったんだけど、何だかんだ可愛いし、癒されちゃって」
「そうなんだよなぁ。こうも懐かれると愛着が湧くというか。まあ、陛下のネーミングセンスは難ありだと思うが……」
「ああ、それは確かに」
気兼ね無く言葉を交わす感覚は久し振りだった。
宮殿の使用人とも、先日話しかけてくれた同僚とも、陛下とも――勿論、カーティス大佐とも。彼等と話す事はあっても、こんなふうに打ち解けて、笑い合いながら話をする事はない。
誰かと話す事はこんなにも楽しくて気分転換になるものなのだ。
「ねえ、ガイ。また会いにきていい? も、勿論……この子達にって意味!」
「ああ、勿論。今度こいつらの体を洗ってやるから手伝ってもらえると物凄く助かるんだが……六匹も洗うのはなかなか骨が折れるんだ。ははは」
「任せてよ。大佐の元でこき使われるより全然マシだもん」
ブウサギを洗う約束を取り付けると、ふとガイが顎に手を当て、なにやら不思議そうに問う。
「そう言えば、不本意ってどういう意味なんだ? ジェイドとナマエは夫婦、なんだよな……?」
「あー……まあ、一応は」
「一応? ――っ、!」
途端にガイの顔が引きつる。視線は何やら私の背後を捉えているように思うが気に留めず、溜まりに溜まった日頃の鬱憤を晴らそうと口を開く。
「ここだけの話にしてほしいんだけど……実は私達、本当の――んむ!?」
しかし、口に出すことは叶わなかった。
突然、口元を何かに覆われて、肝心な事は喉の奥へと押し込められてしまう。
口元を覆うものが手袋の感触だと理解した瞬間、今一番聞きたく無かった冷ややかな声が耳朶に響く。
「仮にも軍人がこうも容易く背後を取られてしまうのはいかがなものかと思いますよ?」
「んむむむ!?」
「今、あなたがガイに何を伝えようとしたのか当てましょうか?」
「んっ、んむむむむー!!」
「おっと、これは失礼。口を塞いだままでは弁解も出来ませんね」
口元を覆っていた手が外された途端、拳で背後を振り払うと、容易に手首を掴まれる。
「ぷはっ! ちょ、急に何するんですか!?」
「さあ、捕まえましたよナマエ。鬼ごっこは終わりです」
「あ……!」
「やれやれ……態と逃げる時間を差し上げたというのに、ガイと楽しくお喋りなんてしているからですよ」
言われなくとも私だってさっさと逃げ出すつもりでいた。
それでもこうしてあっさり背後を取られ、捕まってしまうくらいにはガイとの会話を楽しんでしまったようだ。
逃げる時間――謂わば執行猶予を談笑で溶かしてしまった愚かな私。まったくその通りで一言も反論出来ない。
「もうよろしいですか? あなたは私と行くべき場所があるでしょう?」
「行くべき場所?」
大佐は私の手首を掴んだまま、ガイに視線を移した。
意識はガイに向けながら、しっかりと私の脱走に備えて手首を掴んで離さない。
隙を見て逃げ出してやろうなどと私の見え透いた魂胆は彼に通用しないようだ。
それに関して言えば、先程の逃走劇だって上手く出し抜いたと思っていたのは私だけで、所詮は大佐の掌上だった。
まあ、思い返してみれば私が大佐に勝ったことなどただの一度もない。
二年間の逃亡も、結局見つかって連れ帰られてしまったのだから。
「ガイ、彼女から何を聞いたか知りませんが、これは私達“夫婦の問題”ですから。心配ご無用です」
「彼女の名誉の為に言っておくが、俺は何も聞いてないからな。それに、誰も割って入ろうなんて思っちゃいないさ」
「それは良かった。ナマエがお騒がせしました」
「ちょ、何で私だけ!?」
「事の発端はあなたでしょう? ガイを巻き込んで私を出し抜いたつもりだったのでしょうが……残念ながら少しばかりおつむが足りなかったようですねぇ」
「サイテー!!」
「あなたは何かにつけてそればかりですね」
大佐は私のボキャブラリーのなさを鼻で笑いながら、喚く私を気にも止めずにズルズルと引きずって宮殿の中に連れ戻す。
「ははは……仲良くな」と、送り出してくれたガイは苦笑いを浮かべていた。
こうなってしまえば私に出来ることは何もない。
ならばせめてもの抵抗にと、大佐の広い背中を目一杯睨み付けたのだった。
この後にとんだ災難が待ち受けているとも知らないで。
20251120
「お気遣い頂きありがとう御座います。ご存知ないようですが、豆腐はタンパク質、必須脂肪酸、ビタミン、カルシウムなど様々な栄養摂取が可能です。炭水化物と脂質が主なあなたのラーメンに比べて栄養価は遥かに高いですよ」
「はいはい、無知ですみませーん」
「無知は愚かではありませんよ。知らない事に胡座をかき学ぼうとしない姿勢こそが愚かなのです。良かったですね、また一つ賢くなれたじゃないですか」
「…………」
本日も例外なく一の小言に十の嫌味で返され、けちょんけちょんに言い負かされた。
口でも知識量でも大佐に敵わないことぐらい嫌というほど身に染みている筈なのに、どうして私は学ばないのか……。
ああ、そうか。私は愚かなのだ。先程、大佐に指摘された通り学ばない私など。
噛み付いたところで相手にされず、小馬鹿にされて終わると知っていて、それでも差し出口を挟まずにいられないのは久し振りに顔を合わせて昼食をとっていることに少しばかり浮かれてしまっているせいなのだろうか?
――違う。違う、違う。そんなわけない。私は決して、浮かれポンチのすっとこどっこいなんかじゃない。
食堂の雰囲気がどことなく普段と違って感じられるが、それは言葉にするまでもなく私達のせいだと思う。
私達が揃って食事をとるテーブルには誰も座ろうとしない。すれ違いざまに向けられる好奇な視線、コソコソと遠巻きに聞こえる話し声……どれもこれもがそれを証明していた。
ラーメンを啜る最中、ふと思い出す。
それは、大佐と顔を合わせる機会があれば確認しなければならない事柄だったが、なにしろあの日は眼鏡無しの圧倒的な美形を拝み、バックハグからの額キス。
更には膝枕でフィニッシュを飾り、その話題は脳内からすっぽり抜け落ちてしまっていた。
今から思い返してみても、先日の私達は偽装夫婦という垣根を越えた濃密過ぎる時間を過ごした気がする。
暫くは遠慮したい――いいや、違う。金輪際、あんな接触は遠慮したいの間違いだ。
「んむむ、むむむむむ」
「……食べるか話すかどちらかになさい」
ごくんと喉を鳴らしてラーメンを喉の奥へ押し込んで、コップの水を飲み干すと、呆れ顔の大佐に改めて言う。
「大佐にお話があって」
「何ですか? ああ、離婚話以外でお願いします」
「違いますよ……」
ラーメンを啜りながら離婚話が出来たなら、どれほど良かっただろうか?
改めて宣言しておくと、私は未だに離婚を諦めてはいない。
まあ、離婚も何も私達の婚姻を証明する正式な書類は提出されておらず、そして、それは今も大佐の元にあるわけだが……。
言葉にする頻度こそ減ったものの、虎視眈々と彼の手中の証明書を狙っている。絶対、諦めるものか。
決意を新たにしたところだが、それよりも今は優先すべき事柄がある。
「私達は勢いのまま結婚(偽装)しましたけど、先日、馴れ初めに関する設定など何も決めていなかった事に気付いて……どうします?」
「……あなた、今この場でその話をするつもりですか?」
「え?」
「ですから、こんな大衆の面前でする話題ではないと言っているんですよ」
大佐の言葉にはたとする。
そうだ、ここは食堂だったのだ……と。
耳目を集める事になれば良くない噂に尾鰭がつき、あっという間に広まって基地を始め宮殿中に知れ渡るだろう。
現状、私達の関係を知るのは陛下お一人だけなのだから、私達が偽装夫婦だったなんてバレてしまった日には大騒ぎになってしまう。
それはそれで現状より面倒臭い。
「すみません……だって、大佐は最近毎日忙しそうだし、こんな時しか話ができないと思って……」
視線を手元に落とし、尻すぼみに言葉を紡ぐ。
「では、今夜改めて話をしましょうか。何事もなければ早く帰れますから」
「本当っ!?」
勢いよく顔を上げ、声を弾ませる。
大佐は私の様子に双眸を瞬かせ、表情を緩めた。
目は口ほどに物を言うらしい。
柔和に細められた瞳には、腹の内を見せない彼の感情の機微が滲んでいるようだった。
「そんなに喜んで頂けるとは。夫冥利につきますねぇ」
「んなっ――ほ、お、ぎ、っ、!!」
「おやおやー、何ですか?」
本当の夫じゃないし!偽装だし!と、いつものように反論出来ない。
大佐はニッコリと改めて笑みを湛える。
食堂では普段のやり取りが出来ないと分かっていて口にしたに違いない。その笑顔はまさしく確信犯だった。
「な、なんでも……ありません」
「そうですか。公衆の面前であまり大きな声を出さないでくださいね? 色々と面倒ですので」
「はははは。一体誰のせいだと……」
くっそー!腹黒鬼畜眼鏡!!
言葉に出来ず、行き場のない感情を胸三寸に畳む。
「そう言えば、陛下の側付きの話はどうなりましたか? あれから暫く経ちましたが……きちんと断ったのでしょうね?」
「……」
「ナマエー?」
「へ? えっと、ああー……ご、ごちそう様でしたぁ」
大佐の問いに答えられず、言葉を濁して態とらしく視線を逸らす。
それが返答だと言っていい。
席を立ち、食器を返却してそそくさと食堂を出る。
その間も口を噤み、視線を宙に彷徨わせているのだから、大佐も察してくれればいいものを。
どれだけ歩調を速めても、大佐の足音はピタリと張り付いて離れない。
おおよそ歩くとは呼べない速度で廊下を抜けて行く私達二人を周囲の兵士達は不思議そうな視線で見送るが、それすら気に留める余裕が今の私には無かった。
「ナマエ、待ちなさい。まだ質問の回答を得ていません」
「ま、待ちませんよ! 付いて来ないでくださいってば!」
「ナマエ!」
普段冷静な大佐にしては珍しく語気が強い。
そこには確かな苛立ちが滲んでいた。
ついに早歩きから走り出して、たまたま目に留まったトイレに一目散に駆け込む。
きっと捕まれば面倒臭い事になる。きっとではなく、確実にだ。
面倒事の仔細は恐ろしいので考えたくはないが、彼の性格上、後々言い訳の一つも出来ないくらい徹底的に話を付けるだろう。
それだけは何があろうと回避しなければならない。
その状況を回避できる唯一の方法こそが、逃げる最中にたまたま目に留まったトイレに逃げ込む事だったのだ。
いくら死霊使いでも女性用トイレには入れないらしい。
今度から大佐を撒く際は、トイレに逃げ込もうと思う。
暫しトイレに籠もってやり過ごそうと考えたが、きっと大佐は入口で待っているだろう。
ならば、私に残された逃走経路は一つだけだ。
視線の先には小窓。
その窓は女性ならぎりぎり潜り抜けられそうな大きさだった。
「よっしゃー! わはははっ! さらば腹黒鬼畜眼鏡大佐ー!」
無事に窓から脱出し、基地から宮殿の中庭まで逃げ切って、青々と茂る芝を踏みながら快哉を叫ぶ。
淀んだトイレの空気から一変、清々しい開放感溢れる空気に両腕を広げ、大佐からもぎ取った勝利を噛み締めた。
それにしても、危なかった。
正直、あの質問にはどきりとした。陛下の側付きの話をまだ断っていなかったからだ。
そもそも三日程しか経っていないのに、その限られた時間で陛下と腰を据えてじっくり話せる機会など無かった。
その間も訓練や大佐の補佐等で時間が作れなかったことぐらい分かっている筈だ。ずっと傍にいたのだから。
午後の執務までまだ少し時間がある。
こうして逃げ果せたところで、結局午後からはまた大佐の職務を手伝う羽目になるので、あまり意味はない。
けれど、ほんの少しでも彼と離れられるのならそれでよかった。
気晴らしに庭を散歩していると、足元からブヒブヒと懐かしい声が響く。
足元に視線を滑らせると、思わず表情が緩んだ。
「可愛い方のジェイドー! 久しぶりぃ! よーしよしよし。元気にしてた? ご飯一杯食べてる?」
一体どこからやってきたのか、気付けば可愛い方のジェイドことブウサギジェイドが足元で鼻を鳴らしていた。
その愛くるしい姿にだらしなく表情を緩めながらわしゃわしゃと撫で回す。
名前はさておき、ブウサギの世話係を代行していた時に一番懐いてくれたのが、この“可愛い方”のジェイドだった。
あれから暫く経つが、私の事を忘れずにいてくれたのだ。なんて愛らしい……!
ごろりと気持ちよさそうに寝転がるブウサギジェイドを撫でたり、吸ったり満喫していると、腰ほどの背丈の庭木がガサガサと揺れる。
「おーい、ジェイドー? 急に走り出したと思ったら……まったくどこに行ったんだ?」
陽光を浴びて輝く金糸の髪。甘いマスクに、緑がかった青の瞳は煌めく宝石のように美しい。
視界に飛び込むその姿に視線が釘付けになる。
けれど、何だろう……どこかで見かけたような――。
「ジェイド……! こんなところにいたのか。探したんだぞ」
視線が交わった瞬間、霞がかっていた記憶が色を取り戻す。
鮮明に、鮮烈に蘇る。
「あああーっ! 貴族風王子様系美丈夫!」
「何だか凄いネーミングだな……ええっと、君は?」
そうだ。私は以前、確かに彼を見た。
あれは確かブウサギの世話係を代行していた日だ。中庭でブウサギ達を散歩をさせていた時に彼を見かけた。
一瞬の出来事だったがよく覚えている。
それにしても整った顔を間近で見ると、破壊力か凄まじい。
先日の大佐の美形にも見惚れてしまったが、彼は大佐とは違った路線の魅力で溢れている。
「えっと、私は――うげっ!!」
名乗ろうとして、視界の端に大佐の姿を捉える。
ああ、なんて事だ。大佐の嗅覚の鋭さに驚きを超えて若干の恐怖を覚える。
流石はジェイド・カーティス。死霊使いの異名は伊達じゃない。
慌てて少し離れた場所の庭木に身を隠す。
「ごめんなさい! きっとカーティス大佐に私の事を聞かれると思うけど、此処に私は居ないって言って!」
「え? いや、そう言われてもなぁ」
「後生です! 人助けだと思って! ね!?」
「あ、ああ……分かったよ。事情はよく分からないが……」
それにしてもどうして此処が分かったのだろう?
まさか、中に入って確かめたわけでもないだろうに……。
しかし、此処へ来たということは、私がトイレから中庭に逃げる事を読んでいたのだ。
つまり、私の考えなどお見通しなのだろう。
分かっていて態と泳がせ、ぬか喜びさせた後、一気にどん底へと突き落として抗う気持ちをボッキリと折る寸法に違いない。恐ろしいことこの上ない。
「ガイ。こちらに女性が来ませんでしたか?」
庭木の陰に身を潜め、息を殺し、耳をそばだてると、直に大佐の声が聞こえてくる。
背丈はこのくらいで、体型はこう。髪の長さは、色は、瞳は――大佐は私の特徴を的確に次々と上げつらえる。
それはもう、私以外有り得ないであろうところまで詳細に。
「え、い、いやぁ……見てないな。旦那の知り合いか?」
「ええ、まあ。ガイはブウサギの散歩ですか……どうやら一匹見当たらないようですが?」
「へ!? ああ、きっとそこら辺を好きなように散歩してるんじゃないか?」
「……ふむ。そうですか。では、また後程迎えに来ると伝えておいてください。何処にいようと見つけ出しますから、と。“意地らしい私の妻”に」
聞えよがしに言う大佐の言葉にゾクリと悪寒が走る。
庭木越しに感じた刺し穿つような視線といい、彼に匿ってもらうまでもなく大佐は私の存在に気が付いているようだった。
足音が遠のいていくのを聞き、顔を覗かせて辺りを注意深く見回す。大佐の気配が無くなったのを確認して、慎重に庭木から這い出た。
「行った……?」
「ああ。でも、完全にバレてるぞあれは」
「いいの。とりあえず今しのげれば。戻ってくる前に逃げればいいんだもの」
軍服に付いた葉を叩き落としながら、匿ってくれた彼に改めて自己紹介をする。
「さっきはどうもありがとう。もう私の素性は分かったかもしれないけど、一応。ナマエです。……今は大変不本意ながら性はカーティスです」
「(不本意……?)君が噂のジェイドの奥さんか。俺はガイラルディア・ガラン・ガルディオスだ。改めて宜しく。ガイでもガイラルディアでも好きに呼んでくれ」
握手を求めて手を差し出すと、彼は途端に表情を固くし、ヒクリと口の端を引き攣らせた。
先程までの女性受け抜群の爽やか笑顔は一体何処へ行ってしまったのだろう?
再度、差し出した手を前へ押し出すと「う、」と小さく呻いた。
「どうしたの? ほら、握手」
「実は、色々あって女性に触れるのが苦手で……いや、女性自体は好きなんだが、触るとなると少し違ってだな……」
「…………」
手持ち無沙汰の右手を、それでも彼はゴクリと息を呑んで覚悟を決めると、震えながら一瞬だけぎゅっと握って直ぐさま放した。
こんなにも見てくれが完璧だというのにこれでは宝の持ち腐れだ。玉に瑕とはこの事を言う。
「それはそうと、どうしてジェイドから逃げてるんだ?」
「じつは、斯々然々で……」
匿ってもらった以上、事情を話さないわけにはいかないだろう。
事実、彼を巻き込んでしまったのだし、私には説明する義務がある。
私は出来るだけ分かりやすく手短に今に至るまでの経緯を話した。
勿論、偽装結婚である事は伏せて。
本当は偽装なの。そこに愛はないの。だから不本意なの。
それらの言葉が喉まで迫り上がったが、ぐっと堪えた。
偉い、偉い、よく頑張ったぞ私。
そして、ガイも少しばかり身の上話をしてくれた。
故郷を失ったこと、同時に家族も亡くしてしまったこと。
私の場合は、生まれた時から定住せず各地を転々とする生活をしていたから故郷の概念こそないものの、故郷が無く、家族を亡くし、そして此処でも一部の人間から白眼視され、肩身が狭い思いをしている――親近感を抱くには十二分な共通点だった。
彼も私も境遇は違えど似た者同士なのだと知り、余計に親近感が湧く。
勢いのまま握手で共感を求めたが、やっぱり彼は顔を引き攣らせてまともに握手が出来なかった。
なんだろう?この何とも言えない不完全燃焼な感覚は……。
「君の事は知っていたんだ。俺が留守の間、こいつらの面倒を代わりに見てくれたんだろ?」
「一日だけね。最初はペットの世話係かー……って思ったんだけど、何だかんだ可愛いし、癒されちゃって」
「そうなんだよなぁ。こうも懐かれると愛着が湧くというか。まあ、陛下のネーミングセンスは難ありだと思うが……」
「ああ、それは確かに」
気兼ね無く言葉を交わす感覚は久し振りだった。
宮殿の使用人とも、先日話しかけてくれた同僚とも、陛下とも――勿論、カーティス大佐とも。彼等と話す事はあっても、こんなふうに打ち解けて、笑い合いながら話をする事はない。
誰かと話す事はこんなにも楽しくて気分転換になるものなのだ。
「ねえ、ガイ。また会いにきていい? も、勿論……この子達にって意味!」
「ああ、勿論。今度こいつらの体を洗ってやるから手伝ってもらえると物凄く助かるんだが……六匹も洗うのはなかなか骨が折れるんだ。ははは」
「任せてよ。大佐の元でこき使われるより全然マシだもん」
ブウサギを洗う約束を取り付けると、ふとガイが顎に手を当て、なにやら不思議そうに問う。
「そう言えば、不本意ってどういう意味なんだ? ジェイドとナマエは夫婦、なんだよな……?」
「あー……まあ、一応は」
「一応? ――っ、!」
途端にガイの顔が引きつる。視線は何やら私の背後を捉えているように思うが気に留めず、溜まりに溜まった日頃の鬱憤を晴らそうと口を開く。
「ここだけの話にしてほしいんだけど……実は私達、本当の――んむ!?」
しかし、口に出すことは叶わなかった。
突然、口元を何かに覆われて、肝心な事は喉の奥へと押し込められてしまう。
口元を覆うものが手袋の感触だと理解した瞬間、今一番聞きたく無かった冷ややかな声が耳朶に響く。
「仮にも軍人がこうも容易く背後を取られてしまうのはいかがなものかと思いますよ?」
「んむむむ!?」
「今、あなたがガイに何を伝えようとしたのか当てましょうか?」
「んっ、んむむむむー!!」
「おっと、これは失礼。口を塞いだままでは弁解も出来ませんね」
口元を覆っていた手が外された途端、拳で背後を振り払うと、容易に手首を掴まれる。
「ぷはっ! ちょ、急に何するんですか!?」
「さあ、捕まえましたよナマエ。鬼ごっこは終わりです」
「あ……!」
「やれやれ……態と逃げる時間を差し上げたというのに、ガイと楽しくお喋りなんてしているからですよ」
言われなくとも私だってさっさと逃げ出すつもりでいた。
それでもこうしてあっさり背後を取られ、捕まってしまうくらいにはガイとの会話を楽しんでしまったようだ。
逃げる時間――謂わば執行猶予を談笑で溶かしてしまった愚かな私。まったくその通りで一言も反論出来ない。
「もうよろしいですか? あなたは私と行くべき場所があるでしょう?」
「行くべき場所?」
大佐は私の手首を掴んだまま、ガイに視線を移した。
意識はガイに向けながら、しっかりと私の脱走に備えて手首を掴んで離さない。
隙を見て逃げ出してやろうなどと私の見え透いた魂胆は彼に通用しないようだ。
それに関して言えば、先程の逃走劇だって上手く出し抜いたと思っていたのは私だけで、所詮は大佐の掌上だった。
まあ、思い返してみれば私が大佐に勝ったことなどただの一度もない。
二年間の逃亡も、結局見つかって連れ帰られてしまったのだから。
「ガイ、彼女から何を聞いたか知りませんが、これは私達“夫婦の問題”ですから。心配ご無用です」
「彼女の名誉の為に言っておくが、俺は何も聞いてないからな。それに、誰も割って入ろうなんて思っちゃいないさ」
「それは良かった。ナマエがお騒がせしました」
「ちょ、何で私だけ!?」
「事の発端はあなたでしょう? ガイを巻き込んで私を出し抜いたつもりだったのでしょうが……残念ながら少しばかりおつむが足りなかったようですねぇ」
「サイテー!!」
「あなたは何かにつけてそればかりですね」
大佐は私のボキャブラリーのなさを鼻で笑いながら、喚く私を気にも止めずにズルズルと引きずって宮殿の中に連れ戻す。
「ははは……仲良くな」と、送り出してくれたガイは苦笑いを浮かべていた。
こうなってしまえば私に出来ることは何もない。
ならばせめてもの抵抗にと、大佐の広い背中を目一杯睨み付けたのだった。
この後にとんだ災難が待ち受けているとも知らないで。
20251120