恋の奥底は蜜より甘い
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「ガイ様、華麗に参上!」
その台詞を聞くのは確か二度目で、相変わらず聞いているこちらが恥ずかしくなってしまった。
つまりは今日も今日とて彼は彼。安定のガイラルディア・ガラン・ガルディオスというわけだ。
窓ガラスを破り入るダイナミックな入室が、果たして華麗か否かの議論は……うん、今は置いておこう。
正直それどころじゃない。
「お迎えに上がりましたよ。お姫様」
「……驚いた。本当に攫いに来るなんて」
「もちろん。約束していたからな」
「あれは約束というか、なんというか……」
今初めて半年前に交わした言葉は約束だったのだと知る。
“分かった”とも“待っている”とも返さなかった私にとってのあれは、彼の勝手な宣言だとばかり思っていたから。
ともあれ、あれが約束であろうとなかろうと現にこうして私の前に現れたと言うことは、彼の言葉に嘘偽りは無かったというわけだ。まさに有言実行。
驚きと呆れと困惑と。それらが入り混じった複雑な感情にとらわれる意識を現実に引き戻したのは、割れた窓から響き渡る轟音だった。
屋敷全体がグラリと大きく揺れたかと思うと、間髪入れず部屋の外が騒がしくなる。
鎧の音、地響き、それに入り混じる悲鳴と怒声。まるで、戦が始まっているかのような物々しい雰囲気だ。
「ジェイドの奴も派手におっ始めたな」
「え、大佐も来てるの!? 何で!?」
「おいおい、ジェイドにはずいぶん食いつきがいいじゃないか」
「別にそういうわけじゃ……」
「まあ、説明は後だ。とにかく間に合ってよかったよ。今は黙って俺に攫われてくれ」
ジャケットを脱いで私の肩に掛けると、返答を待たず抱き上げられる。
状況も何も飲み込めない私は彼にされるがままだ。
気付けばガイの腕の中にいて、横抱きにされたまま割り入った窓から外に飛び出した。
窓辺の大きな木へ飛び移って、軽々と別の木に飛び移る。
その度、身に纏った純白のドレスが風に靡いた。
あまりに唐突な出来事に見舞われた為に状況説明を忘れてしまっていたが、私は純白のドレスに身を包んでいる。
そうだ、一般的に花嫁衣装と称されるウエディングドレスに。
その理由を今は話せないけれど。とにかく、状況的にはウエディングドレス姿の私をガイが攫いに来たということだ。
広大な敷地の中を人目を欺きながら移動するとなればこうするしかないのだろうが、なにしろ飛び移る度に浮遊感に襲われて落下してしまいそうな錯覚に陥る。
勿論、彼が私を落とすだなんて事はあり得ないと分かっているし、そこは全幅の信頼を寄せているけれど、こればかりはどうにもままならない。
首に腕を回す勇気はまだない。
だから、命綱にするには少々頼りないが、致し方なく彼のシャツを掴んだ。
移動中に聞かされたのはこの騒ぎの事で、私の嫁ぎ先であった伯爵家は中々名の知れた貴族だったのだけれど、どうやら裏で武器の密輸や人身売買に手を染めていたらしい。
そこで得た膨大な資金の一部を献金と称してダアトへ流していたらしい。
「アニスから伝言だ。いくらダアトへの献金の為だからって結婚なんてバカな真似は今すぐ辞めろとさ。それは本当の話なのか?」
「あー……ははは。まあ」
「まったく君は……もう少し自分を大切にしてくれよ」
「だって、ダアトの立て直しで支援者が必要だったの。多額の献金と、今後も継続的に支援してくれる約束だったから……つい」
預言がなくなったこの世界において、一度傾いたローレライ教団を再興させるのは容易ではない。時間も、信用も、多額の資金だって必要なのだ。
私でも何かダアトの役に立てるならと思っての行動だったのだけれど、とんだ大悪党の伯爵家に嫁ぐことになってしまうところだった。
大佐が軍を率いて乗り込んで来たと言う事は、マルクト――国が動いているのと同義だ。
きっとこの屋敷と財産は差し押さえられ、伯爵位は剥奪されるだろう。
振り返った先で小さくなる屋敷を見つめながら自分の安易な行動に猛省する。
そんな私の姿が、ガイには別の様子に映ったようだ。
「名残り惜しいのかい?」
「まさか。そんなわけないでしょ? それより、そろそろ降ろして。ここまで来ればもう平気だし、それに……その、重いから」
「その心配はいらないよ。ナマエは軽すぎるくらいだ。だから、落としてしまわないように首に腕を回して貰えると嬉しいんだけどな」
「うう…」
正直、シャツを掴むだけでは心許なかった。だから、仕方なく――そう、仕方なくだ。
促されるまま、ぎこちなく首に腕を回す。
ガイは満足した様子で「役得だな」と顔を綻ばせた。
「その、ガイ……平気なの?」
「以前よりだいぶね」
「やっぱり降ろして。無理はしてほしくないから」
「無理なんてしてないさ。俺がやりたくてやってるんだ」
表情がほんの少しだけ固くなったのが見て取れる。
首に腕を回し、普段よりも顔が近づいたせいで僅かな表情の変化にも気付いてしまう。
「……別に見限ったりなんてしない」
「ああ、覚えていてくれたのか……あの日の事。それは嬉しいな」
「忘れさせてくれなかったのはガイだよ」
心を存分に揺さぶられたあの日から、私の中には彼への感情が巣喰っている。
どう考えたって不釣り合いであるのに、行き場の無い思いは日に日に膨らんでゆくばかりで――。
だから、この度持ち掛けられた結婚話は私にとって都合がよかったのだ。
この想いを抱えたまま結婚する――それでもよかった。
今は辛くても、いつかはこの感情を懐かしい思い出として語れる日が来ると信じて。
しかし、その結果が今この状態なのだから初めからこうなる運命だったのかもしれない。
そう思わずにはいられない展開なのだから。
「――だったら分かるだろ? 俺がここに来た意味が」
木の上から地面に降り立ち、抱えていた私をその場に降ろす。
ようやく浮遊感から解放されて安堵した一方で、彼の首から腕を解く事にほんの僅かでも名残惜しく思わなかったのかと問われると疑問が残るけれど……。
だから、夢見心地でいるのもここまでにしておかなければと思った。
「ありがとうガイ。気持ちはとても嬉しい……でも、私とガイは釣り合わないよ。今をときめくガルディオス伯爵様には」
「茶化さないでくれ。ガルディオス家の跡取りであろうと、俺は俺だ」
共に旅をする中で彼がファブレ公爵家の使用人ガイ・セシルではなく没落したマルクトの貴族ガイラルディア・ガラン・ガルディオスなのだと知り、それと同時に、ダアトの貧民街で生まれ育った私とは身分も何もかもが違うのだと悟った。
見限らないで欲しいと願った彼の言葉は忘れた事はなくとも、だからといって私が彼の横に並ぶ理由にはならないのだ。
「君の言う通り、俺にはガルディオス家復興の役目があるのは確かだ」
「うん。だから……」
「だからこそ、共に歩んでくれる相手は聡明で、芯の通った強かな女性じゃなくちゃならない。ナマエ――君とか」
「うん!? あのね……私の話を聞いてた?」
「――いや、違うな。君がいいんだ。身分だとか、そんなものは関係なく」
私の反論を受け流し、ガイは私の手を取る。
そして「君じゃないと駄目なんだ」と囁いた。
「でも、私――」
「ナマエ、君が好きだ」
言葉の続きは唇に押し当てられた彼の指に封じ込められた。言わんとしていることはお見通しだとばかりに。
私を見つめる瞳はどこまでも優しげに、柔和に細められていた。
“いい加減捕まって差し上げたらどうです?”
半年前、宮殿で大佐に言われた言葉を思い出す。
捕まってやるも何も、きっと私はとっくに捕まっている。あの日からずっと。
「この世のあらゆるものから君を守る。俺の全てをかけて幸せにすると誓うよ。だから、俺と共に歩んでくれないか?」
それは、きっとこの世の全ての女性が欲する言葉なのではないだろうか?
一際大きく高鳴った胸が、頷く以外の選択肢は残されていないと告げている。
ああ、本当にずるい人。
「君の本心が聞きたいんだ」
「……本、心」
頬に添えられた一回り大きな手と柔らかな眼差し。甘い声色。
どうしてこうも心の中に踏み込んでくるのだろう?
何度頑なに閉じたって、ガイはいつも私の中にするりと入り込む。
素直になっても良いのだろうか?
ふさわしくないと思う気持ちは捨てきれない。
柵や葛藤を捨て、思考を放棄し、この気持ちを言葉にすることが許されるのなら。
手を伸ばしてもいいというのなら――。
「私も……ガイのことが…………す、好き」
細切れになりながら、それでも懸命に紡いだ愛の言葉は、きちんと彼の耳に届いたようだった。
頬を染めて俯いた私を抱き寄せたガイは、絞り出すような声で「ありがとう」と呟いた。
彼も彼なりに緊張していたらしい。
あれだけ歯の浮くような小っ恥ずかしい砂糖を煮詰めたような言葉を縷々述べていたくせに、私の返答一つ待つだけでこうも不安になる彼が一層愛おしいと感じてしまった。
促されるまま瞳を閉じ素直に口付けを受け入れる私は、あの日からこうなることを望んでいたのかもしれない。
蜜より甘い言葉に溶かされて、溺れてゆく――そんな瞬間を。
「ナマエ、このまま教会に駆け込んでしまおうか?」
「な、なんでそうなるの!?」
確かに今の私の格好は教会に駆け込むにはお誂え向きだけれど。
きっと冗談なのだろうが、今の彼ならやりかねないと思ってしまって……。
実際、宣言通り攫いに来た彼のことだ。
「ははは。冗談だよ。今の君もとても魅力的だけど、俺ならもっと君に似合うドレスを選んでやれる。楽しみは後に取っておくよ」
「もう……本当に恥ずかしい……」
今でさえこんなにも心臓が爆ぜてしまいそうなのに、これから先、彼の甘い言葉の数々に慣れる日は来るのだろうか?
そんな憂いは「愛してる」と熱の孕んだ言葉と、再び優しく塞がれた唇に全て溶かされてしまった。
まったく……甘ったるくて堪らないじゃないか。
20250919
その台詞を聞くのは確か二度目で、相変わらず聞いているこちらが恥ずかしくなってしまった。
つまりは今日も今日とて彼は彼。安定のガイラルディア・ガラン・ガルディオスというわけだ。
窓ガラスを破り入るダイナミックな入室が、果たして華麗か否かの議論は……うん、今は置いておこう。
正直それどころじゃない。
「お迎えに上がりましたよ。お姫様」
「……驚いた。本当に攫いに来るなんて」
「もちろん。約束していたからな」
「あれは約束というか、なんというか……」
今初めて半年前に交わした言葉は約束だったのだと知る。
“分かった”とも“待っている”とも返さなかった私にとってのあれは、彼の勝手な宣言だとばかり思っていたから。
ともあれ、あれが約束であろうとなかろうと現にこうして私の前に現れたと言うことは、彼の言葉に嘘偽りは無かったというわけだ。まさに有言実行。
驚きと呆れと困惑と。それらが入り混じった複雑な感情にとらわれる意識を現実に引き戻したのは、割れた窓から響き渡る轟音だった。
屋敷全体がグラリと大きく揺れたかと思うと、間髪入れず部屋の外が騒がしくなる。
鎧の音、地響き、それに入り混じる悲鳴と怒声。まるで、戦が始まっているかのような物々しい雰囲気だ。
「ジェイドの奴も派手におっ始めたな」
「え、大佐も来てるの!? 何で!?」
「おいおい、ジェイドにはずいぶん食いつきがいいじゃないか」
「別にそういうわけじゃ……」
「まあ、説明は後だ。とにかく間に合ってよかったよ。今は黙って俺に攫われてくれ」
ジャケットを脱いで私の肩に掛けると、返答を待たず抱き上げられる。
状況も何も飲み込めない私は彼にされるがままだ。
気付けばガイの腕の中にいて、横抱きにされたまま割り入った窓から外に飛び出した。
窓辺の大きな木へ飛び移って、軽々と別の木に飛び移る。
その度、身に纏った純白のドレスが風に靡いた。
あまりに唐突な出来事に見舞われた為に状況説明を忘れてしまっていたが、私は純白のドレスに身を包んでいる。
そうだ、一般的に花嫁衣装と称されるウエディングドレスに。
その理由を今は話せないけれど。とにかく、状況的にはウエディングドレス姿の私をガイが攫いに来たということだ。
広大な敷地の中を人目を欺きながら移動するとなればこうするしかないのだろうが、なにしろ飛び移る度に浮遊感に襲われて落下してしまいそうな錯覚に陥る。
勿論、彼が私を落とすだなんて事はあり得ないと分かっているし、そこは全幅の信頼を寄せているけれど、こればかりはどうにもままならない。
首に腕を回す勇気はまだない。
だから、命綱にするには少々頼りないが、致し方なく彼のシャツを掴んだ。
移動中に聞かされたのはこの騒ぎの事で、私の嫁ぎ先であった伯爵家は中々名の知れた貴族だったのだけれど、どうやら裏で武器の密輸や人身売買に手を染めていたらしい。
そこで得た膨大な資金の一部を献金と称してダアトへ流していたらしい。
「アニスから伝言だ。いくらダアトへの献金の為だからって結婚なんてバカな真似は今すぐ辞めろとさ。それは本当の話なのか?」
「あー……ははは。まあ」
「まったく君は……もう少し自分を大切にしてくれよ」
「だって、ダアトの立て直しで支援者が必要だったの。多額の献金と、今後も継続的に支援してくれる約束だったから……つい」
預言がなくなったこの世界において、一度傾いたローレライ教団を再興させるのは容易ではない。時間も、信用も、多額の資金だって必要なのだ。
私でも何かダアトの役に立てるならと思っての行動だったのだけれど、とんだ大悪党の伯爵家に嫁ぐことになってしまうところだった。
大佐が軍を率いて乗り込んで来たと言う事は、マルクト――国が動いているのと同義だ。
きっとこの屋敷と財産は差し押さえられ、伯爵位は剥奪されるだろう。
振り返った先で小さくなる屋敷を見つめながら自分の安易な行動に猛省する。
そんな私の姿が、ガイには別の様子に映ったようだ。
「名残り惜しいのかい?」
「まさか。そんなわけないでしょ? それより、そろそろ降ろして。ここまで来ればもう平気だし、それに……その、重いから」
「その心配はいらないよ。ナマエは軽すぎるくらいだ。だから、落としてしまわないように首に腕を回して貰えると嬉しいんだけどな」
「うう…」
正直、シャツを掴むだけでは心許なかった。だから、仕方なく――そう、仕方なくだ。
促されるまま、ぎこちなく首に腕を回す。
ガイは満足した様子で「役得だな」と顔を綻ばせた。
「その、ガイ……平気なの?」
「以前よりだいぶね」
「やっぱり降ろして。無理はしてほしくないから」
「無理なんてしてないさ。俺がやりたくてやってるんだ」
表情がほんの少しだけ固くなったのが見て取れる。
首に腕を回し、普段よりも顔が近づいたせいで僅かな表情の変化にも気付いてしまう。
「……別に見限ったりなんてしない」
「ああ、覚えていてくれたのか……あの日の事。それは嬉しいな」
「忘れさせてくれなかったのはガイだよ」
心を存分に揺さぶられたあの日から、私の中には彼への感情が巣喰っている。
どう考えたって不釣り合いであるのに、行き場の無い思いは日に日に膨らんでゆくばかりで――。
だから、この度持ち掛けられた結婚話は私にとって都合がよかったのだ。
この想いを抱えたまま結婚する――それでもよかった。
今は辛くても、いつかはこの感情を懐かしい思い出として語れる日が来ると信じて。
しかし、その結果が今この状態なのだから初めからこうなる運命だったのかもしれない。
そう思わずにはいられない展開なのだから。
「――だったら分かるだろ? 俺がここに来た意味が」
木の上から地面に降り立ち、抱えていた私をその場に降ろす。
ようやく浮遊感から解放されて安堵した一方で、彼の首から腕を解く事にほんの僅かでも名残惜しく思わなかったのかと問われると疑問が残るけれど……。
だから、夢見心地でいるのもここまでにしておかなければと思った。
「ありがとうガイ。気持ちはとても嬉しい……でも、私とガイは釣り合わないよ。今をときめくガルディオス伯爵様には」
「茶化さないでくれ。ガルディオス家の跡取りであろうと、俺は俺だ」
共に旅をする中で彼がファブレ公爵家の使用人ガイ・セシルではなく没落したマルクトの貴族ガイラルディア・ガラン・ガルディオスなのだと知り、それと同時に、ダアトの貧民街で生まれ育った私とは身分も何もかもが違うのだと悟った。
見限らないで欲しいと願った彼の言葉は忘れた事はなくとも、だからといって私が彼の横に並ぶ理由にはならないのだ。
「君の言う通り、俺にはガルディオス家復興の役目があるのは確かだ」
「うん。だから……」
「だからこそ、共に歩んでくれる相手は聡明で、芯の通った強かな女性じゃなくちゃならない。ナマエ――君とか」
「うん!? あのね……私の話を聞いてた?」
「――いや、違うな。君がいいんだ。身分だとか、そんなものは関係なく」
私の反論を受け流し、ガイは私の手を取る。
そして「君じゃないと駄目なんだ」と囁いた。
「でも、私――」
「ナマエ、君が好きだ」
言葉の続きは唇に押し当てられた彼の指に封じ込められた。言わんとしていることはお見通しだとばかりに。
私を見つめる瞳はどこまでも優しげに、柔和に細められていた。
“いい加減捕まって差し上げたらどうです?”
半年前、宮殿で大佐に言われた言葉を思い出す。
捕まってやるも何も、きっと私はとっくに捕まっている。あの日からずっと。
「この世のあらゆるものから君を守る。俺の全てをかけて幸せにすると誓うよ。だから、俺と共に歩んでくれないか?」
それは、きっとこの世の全ての女性が欲する言葉なのではないだろうか?
一際大きく高鳴った胸が、頷く以外の選択肢は残されていないと告げている。
ああ、本当にずるい人。
「君の本心が聞きたいんだ」
「……本、心」
頬に添えられた一回り大きな手と柔らかな眼差し。甘い声色。
どうしてこうも心の中に踏み込んでくるのだろう?
何度頑なに閉じたって、ガイはいつも私の中にするりと入り込む。
素直になっても良いのだろうか?
ふさわしくないと思う気持ちは捨てきれない。
柵や葛藤を捨て、思考を放棄し、この気持ちを言葉にすることが許されるのなら。
手を伸ばしてもいいというのなら――。
「私も……ガイのことが…………す、好き」
細切れになりながら、それでも懸命に紡いだ愛の言葉は、きちんと彼の耳に届いたようだった。
頬を染めて俯いた私を抱き寄せたガイは、絞り出すような声で「ありがとう」と呟いた。
彼も彼なりに緊張していたらしい。
あれだけ歯の浮くような小っ恥ずかしい砂糖を煮詰めたような言葉を縷々述べていたくせに、私の返答一つ待つだけでこうも不安になる彼が一層愛おしいと感じてしまった。
促されるまま瞳を閉じ素直に口付けを受け入れる私は、あの日からこうなることを望んでいたのかもしれない。
蜜より甘い言葉に溶かされて、溺れてゆく――そんな瞬間を。
「ナマエ、このまま教会に駆け込んでしまおうか?」
「な、なんでそうなるの!?」
確かに今の私の格好は教会に駆け込むにはお誂え向きだけれど。
きっと冗談なのだろうが、今の彼ならやりかねないと思ってしまって……。
実際、宣言通り攫いに来た彼のことだ。
「ははは。冗談だよ。今の君もとても魅力的だけど、俺ならもっと君に似合うドレスを選んでやれる。楽しみは後に取っておくよ」
「もう……本当に恥ずかしい……」
今でさえこんなにも心臓が爆ぜてしまいそうなのに、これから先、彼の甘い言葉の数々に慣れる日は来るのだろうか?
そんな憂いは「愛してる」と熱の孕んだ言葉と、再び優しく塞がれた唇に全て溶かされてしまった。
まったく……甘ったるくて堪らないじゃないか。
20250919
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