最遊記
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夕方の空は茜色に染まり、風がどこか涼しさを運んでいた。
旅の途中、軽いケガをした悟浄たちは、道沿いにあった小さな村の診療所に立ち寄っていた。
そこにいたのが――
瑠々。村で唯一の医者の娘であり、今は彼女が一人で診療所を任されていた。
「……熱、まだ少しありますね。無理はしないでください」
そう言って悟浄の額に手を当てる彼女は、表情一つ変えない。
綺麗な顔立ちに、整った声。
それでいて、どこか人を寄せ付けないような静けさを纏っていた。
「……別に、たいしたことねぇよ」
「たいしたことない人は、そんな顔しません」
ピシリと突き刺すような言葉。
でもそれは、冷たいんじゃない。
的確で、まっすぐで、嘘のない言葉だった。
悟浄は内心、少し面食らっていた。
こういうタイプの女は苦手じゃない。
むしろ――好きだ。だが、距離が測れない。
「……へぇ、強気なもんだな」
「別に強気じゃありません。ただ事実を言ってるだけです」
「ふっ……クールな顔して、実はかなり毒舌だろ?」
その言葉にさえも、瑠々は小さく瞬きをするだけだった。
けれど――
(……少し、頬が赤い?)
悟浄はふと、心の奥に小さな棘が刺さったような気分になった。
この子の中にあるものを、もっと知りたいと思った。
数日間、三蔵一行はこの村に滞在することになった。
その間、悟浄の手当てや消毒を淡々とこなす瑠々と、何気ない会話を交わすことも増えていく。
「……はい、腕出してください。包帯替えます」
無言で袖をまくると、彼女の細い指が包帯に触れる。
その手が、あまりにも冷たくて、丁寧で――どこか心地よかった。
「……あんた、いつもこんなに無感情なんか?」
「……そう見えますか?」
「見える。笑ったとこ、まだ一度も見たことねぇ」
瑠々は手を止め、少しだけ視線を逸らす。
「……笑うのが得意じゃないんです。誰かのために動くのは好きですけど……感情は、伝えるのが苦手で」
「……俺には、無理に笑うよりずっとマシに見えるけどな」
悟浄はぽつりと呟いた。
「無理して笑う奴より、感情下手でも正直な方が……俺は好きだ」
「……」
その言葉に、瑠々はほんの少しだけ、目を見開いた。
だがすぐに、視線を落として黙ってしまう。
返事はなかった。
けれど、それでもいいと思った。
悟浄の中で、何かが確かに動いていた。
滞在最終日の夜。
悟浄はひとり、診療所の縁側で夜風にあたっていた。
額の包帯は外れ、身体もだいぶ回復している。
「……熱、下がってよかったですね」
後ろから声がかかり、悟浄は振り返る。
瑠々が、湯呑みを両手に持って立っていた。
「お茶、です。……眠れないのかと思って」
隣に腰を下ろし、瑠々は無言で湯呑みを差し出した。
月明かりに照らされた彼女の横顔は、静かで――どこか、哀しそうだった。
「……明日には出発か」
「……ええ」
二人の間に沈黙が落ちる。
だが、その沈黙は苦しくなかった。むしろ心地よい。
悟浄はふと、手にした湯呑みを置き、横を向く。
「……なぁ、あんたってさ」
「はい?」
「俺がもし、“あんたのこと好きだ”って言ったら……どうする?」
少しの間。
風の音だけが吹き抜ける。
そして、瑠々は答えた。
「……わかりません。でも……」
その続きを言いかけて――唇が重なった。
悟浄が一歩、身を乗り出して、彼女の頬に手を添えて引き寄せた。
驚くように目を見開いた瑠々。だが抵抗はしない。
キスは長く、けれど決して無理やりじゃない。
優しさと、熱と、確かめ合う想いが、ゆっくり伝わる。
唇が離れたあとも、彼女はまだ目を閉じたままだった。
「……俺さ、あんたが他人行儀な顔するたびにムカついてた」
「……」
「でも、こうして近づくと、もう他人じゃなくなる気がして、……やっと息できる気がする」
瑠々は目を開け、ぽつりと小さく言った。
「……好き、なんです。……たぶん、ずっと前から」
それはかすれた、けれど確かに感情のこもった声だった。
悟浄たちが旅立つ時間になった。
玄関先に立った悟浄は、最後にもう一度、彼女の方へ振り返る。
「……本気でまた来るから。俺が生きてたら、って条件付きだけどな」
瑠々は変わらぬ表情で、けれどほんの少しだけ口元を緩めて言った。
「……そのときは、待ってます。“生きて”来てください」
そして近づいて、彼女からそっと、短くキスを落とした。
感情を伝えるのが苦手な彼女が、初めて自分から触れた唇。
それがすべての答えだった。
「……チクショウ、惚れ直した」
照れ隠しのように吐き捨てたその言葉を、瑠々は静かに、でも嬉しそうに受け止めた。
旅は続く。
でももう、置いてきたものも、失くしたものも――何ひとつ無駄じゃなかった。
〜Fin〜
