沙羅双樹は青々と!
シーツの中で汗ばむ肌を、夢うつつに自覚した。不快で流れる冷たい汗ではない。体を包む布団ごしに日光を感じて、その熱に蒸されて体温が上がったがための、心地よい生理現象である。
────日光を感じて?
サンクレッドはにわかに覚醒した。窓から入る日差しはとっくに角度がついて、高い位置から寝床を温めている。寝過ごした。しまった、とベッドから飛び起きそうになる勢いを、無理やり抑え付けて横たわるままにしたのは、抱いていた妻を掛け布団ごと跳ね飛ばしかねなかったからである。
サンクレッドの妻たる女は────救世の英雄であり暁の英雄である女は、まったく呑気な様子だった。すやすやと安らかな呼吸で、夫の腕の中で体を伸ばし、裸の肩まできちんと温まって眠り続けている。サンクレッドはその幸福な景色に、長く、長く息を吐き出した。それから、妻の体をくるむようにして手のひらと胸を沿わせる。アウラ族の中でも特に小柄な彼女は、ヒューランとして平均的な体躯であるサンクレッドでも、すっかり覆ってしまうことが出来た。
穏やかな昼の気配が瞼に染みて、そのおかげでサンクレッドは、少しばかりの冷静さを取り戻す。
予定のない休日だ。
サンクレッドは愛しい女を抱え直してやりながら、頭の中の情報を端から端まで洗って、今日の用事がないことに安堵した。それだから昨夜は、可愛い妻とお喋りを楽しみ、美酒を味わったのだった。いや、味わうなんてどころじゃない。旅先で仕入れたエールやワインをしこたま飲んで、べろべろになって、二人して上機嫌にシーツに倒れ込んだ。仲睦まじい夫婦。泥酔しておおらかになった貞操観念。おおいに盛り上がったことは、言わずとも知れることだろう。
だからといって、こんなふうに散らかった起床をしたかったわけではない。盛り上がりすぎた昨日の今日の今、何もかもが“そのまま”であった。
服も下着も脱ぎ散らかしたまま床に落っこちているし、濃厚な夜の気配がそこかしこに残っており、何なら潜り込んだままの己を感じる。
サンクレッドは、自堕落の権化である自身に対して、またひとつ息を吐いた。いつも妻を追いつめるのは彼の方で、だから後始末や世話なんかも彼がするのが常だ。いくら昨晩の妻が情熱的だったとはいえ、心地好い疲労に抗えずそのまま寝落ちるとは、積み重ねてきた“良き夫像”が台無しだ。今さら、彼女がサンクレッドのそれだけを評価しているとは言わないが。
(甘やかしてやりたいのにな、)
彼女の起きる瞬間が、いつも爽やかで、清潔で、朝日に祝福されたものになれば良いと、サンクレッドは思っていた。妻のボサボサに乱れた髪を、そっと撫で付ける。長く生え揃った睫毛と、健康に艶めく鱗を、美しいと思っていた。
彼女は、稀代の英雄だ。何もかもを救ったその活躍と存在は、世界中から愛されて、この先は思うがままの満ち足りた人生を送るのが良い。サンクレッドは、かなり真面目にそんなことを考えている。そのせいで、彼女との時間を一番に考えてやれない己が身では、彼女の横へ立つに相応しくないと悩んだ時期もあった。今も悩み続けては、いる。
この女を、たったひとつの愛と掲げられはしない。しかし、ともに人生をゆくつがいの愛として、腹は括った。
英雄の夫として添い遂げようとする今は、せめて彼女にとって都合の良い男でありたい。────こういう言い方をすると、可愛い妻に怒られるかもしれない。つまり、一緒に居る間はなるべく、優しくて気の利く素晴らしい伴侶でありたいのだ。
これも結局は利己的な言動である。サンクレッドは、妻の髪の香りを胸いっぱいに吸いながら、苦く笑った。彼女が喜んでくれて、安らいでくれて、彼を手放しがたくなってくれて嬉しいのは、サンクレッドなのだから。
彼女に気に入られていたい。愛しているから、彼女をたっぷり愛せたと納得して、自身の数少ない誇りと掲げたいのだった。
殊勝なふりをした我儘を秘めておきながら、この体たらくだ。サンクレッドは小難しく物思いに耽りながらも、優しく怠惰な時間に浸りきってしまっていた。やるべきことは目に見えてとっ散らかっているのに、妻との幸せな温もりから抜け出せないまま、布団を肩までかけ直す。
(ダメな野郎だ)
起こすほどの刺激にならないようにと、サンクレッドはやんわり彼女に頬擦りした。こどもがお気に入りのぬいぐるみにするような、幼くて身勝手な、愛着の仕草だった。
何でも出来るこの女の、剥き出しになった信頼が心を炙る。散々に無体をはたらいた男の腕の中で、そのまま寝こける彼女の無防備が、サンクレッドの庇護欲を掻き立てた。甘やかしてやりたい。目覚めのカフェオレみたいな朝を、いつもこのひとに届けてやりたかった。
可愛い妻の、細く柔らかい指が、ほんのりとしがみついてくる。
「……ンー……?」
間延びした声が、ほろりと静寂に溢れた。サンクレッドが腕の中を覗き見ると、頬をぽかぽかと温める妻が、しぱしぱ瞬きをしている。
サンクレッドは、彼女の緩慢な様子に、思わず笑んだ。微笑む唇で、そのまま妻の額に触れる。
「……起こしたか?」
「んー、ん。何か起きた……」
口元でゴニョゴニョ喋った彼女は、鼻先を夫の眼差しめがけて上げた。飴玉みたいな瞳がサンクレッドを映した瞬間に蕩けて、砂糖菓子みたいな尻尾は彼に巻き付きたがってシーツの間を蠢く。
「おはよ?」
「おはよう、シュガー。……と言いたいところだが」
安心しきった彼女の頬を撫でて、サンクレッドは眉尻を下げた。
「もう昼なんだ」
「うそ!」
「おそよう、シュガー」
律儀にサンクレッドはそう言い直すと、愛しさと申し訳なさの入り交じった口付けを妻に送る。降り注ぐキスをしっかり顔中に受けてから、彼女はぱっちり開いた両目でサンクレッドの無精髭を見て、明るい室内を見て、それから布団の中を覗いて、「あ!」とはにかんだ声を上げた。
「たいへんだ……」
そう呟く声音は、どうにも可笑しげである。英雄なんて猛々しい異名のついた女は、真っ赤な頬と緩んだ口元を手で覆って、くすくす肩を揺らした。今この時まで何にもしてくれなかった夫に対して、負の感情なんかこれっぽっちもないようで、サンクレッドにとってそれは救いであり恩赦でもあったから、つられて笑い出すことが出来た。
「大変だろ。ごめんな、すっかり寝こけてた」
「ううん、……昨日、楽しかったもんね」
ころころ笑い続ける妻は、サンクレッドの胸元に角をそっと擦り付けた。夫の柔らかな肌と触れたいがために、鋭かった先端をまあるく削って整えた、懐っこい角だ。彼女のそこをサンクレッドが撫でてやると、それはそれは気持ち良さそうな声が上がる。
「それに、ちょっと……してみたかったの。いわゆる、朝チュン、ってやつ」
「どこで覚えてくるんだ、そんな俗語」
サンクレッドは呆れ半分で彼女の鼻筋を食んだ。もう半分は、もちろん妻可愛さである。彼女はサンクレッドからの愛撫に、ふんわり目を細めて、微笑の形にしてみせた。
「ひみつ」
「なら良いさ。調べてやる」
「やだー、すぐバレちゃいそう」
彼が預かり知らぬところで────とはいえ、彼女の交遊関係など知れたものであるが────妙な知識を仕入れてきては、恋知らぬ乙女みたいな貪欲さで、あれがしたいこれがしたいと迫ってきたりする。すべての矛先が夫に向くだけ良いが、そのうち“情報源”には一言入れなければなるまい。
サンクレッドは、緩みきった頬をもう一度妻に擦り寄せた。彼女の柔らかな吐息が、肌を通って心臓に染みていく。
頬擦りした時に髭がかすめて、くすぐったくなったか。彼の妻は巣穴に潜るみたいに、サンクレッドの胸元に角先を当てた。
「あんた、いつもお世話してくれるから」
ぎゅうぎゅうと体を押し付けてくる妻を、サンクレッドは思いっきり抱き締めた。思いっきり抱き締めて、そうして彼女の柔らかな声音に耳を傾ける。
「うん」
「悪いな、って、思ってた」
「こういうのは、無茶させてる方の仕事さ」
「ぜんぜん、無茶じゃないし。私も、してって言うし」
ぴたぴたと彼女の尾が腿を叩くので、その甘えん坊に手を伸ばし、そっと先を握ってやる。サンクレッドの指の中で、滑らかな鱗を持つ尾先が、もったりと脱力した。
「あんたは、あんなに……で、疲れないの。余裕そう、いつも」
「そう見えるならよかった」
「無理してる?」
「少しな。……いつも、もっととねだりそうになるのを堪えてる」
「ウソでしょ、オバケ体力!」
互いの言葉から流れる慈愛が春の湖になって、その水面にたゆたうような、穏やかな時間だ。
爪先で触れ合って、足を絡ませている。シーツにしわが寄る、さらりとした音が響いて、こんなにもそばにいることを思い知った。
こんなにも。
「一緒に朝寝坊してみたら、どのくらい幸せだろうって、考えてた」
彼女は笑っている。くちゃくちゃの寝床の中で、だらしない夫に抱きつかれて、幸せだと笑っている。
甘やかしてやりたいはずなのに、あんまりに甘やかされていて、サンクレッドは、嗚呼、と長く息を吐いた。彼女の微笑みが心臓をくるむ。毛を生やすより、鋼をまとうより、ずっと強くなれた気がするのに、目の奥ばかりが熱くて脆い。
サンクレッドは愛しい頭のてっぺんに口付けた。情けない顔をしたのが自分で分かるから、悟られはしてもせめて見られないようにと隠したつもりだった。
「ねえ、もう起きる?」
彼の可愛い妻は、やっぱり笑っている。
「……もう少し、このままでいようか」
「もう少し?」
「もう少し」
児戯みたいに繰り返しながら、裸でじゃれた。
「パンツどこー……」
「どこだろうなあ……」
今は何もかもから目をそらしながら、ただ、向かい合って怠ける互いばかりを感じていた。
幸い、一日はまだ長そうだ。
────日光を感じて?
サンクレッドはにわかに覚醒した。窓から入る日差しはとっくに角度がついて、高い位置から寝床を温めている。寝過ごした。しまった、とベッドから飛び起きそうになる勢いを、無理やり抑え付けて横たわるままにしたのは、抱いていた妻を掛け布団ごと跳ね飛ばしかねなかったからである。
サンクレッドの妻たる女は────救世の英雄であり暁の英雄である女は、まったく呑気な様子だった。すやすやと安らかな呼吸で、夫の腕の中で体を伸ばし、裸の肩まできちんと温まって眠り続けている。サンクレッドはその幸福な景色に、長く、長く息を吐き出した。それから、妻の体をくるむようにして手のひらと胸を沿わせる。アウラ族の中でも特に小柄な彼女は、ヒューランとして平均的な体躯であるサンクレッドでも、すっかり覆ってしまうことが出来た。
穏やかな昼の気配が瞼に染みて、そのおかげでサンクレッドは、少しばかりの冷静さを取り戻す。
予定のない休日だ。
サンクレッドは愛しい女を抱え直してやりながら、頭の中の情報を端から端まで洗って、今日の用事がないことに安堵した。それだから昨夜は、可愛い妻とお喋りを楽しみ、美酒を味わったのだった。いや、味わうなんてどころじゃない。旅先で仕入れたエールやワインをしこたま飲んで、べろべろになって、二人して上機嫌にシーツに倒れ込んだ。仲睦まじい夫婦。泥酔しておおらかになった貞操観念。おおいに盛り上がったことは、言わずとも知れることだろう。
だからといって、こんなふうに散らかった起床をしたかったわけではない。盛り上がりすぎた昨日の今日の今、何もかもが“そのまま”であった。
服も下着も脱ぎ散らかしたまま床に落っこちているし、濃厚な夜の気配がそこかしこに残っており、何なら潜り込んだままの己を感じる。
サンクレッドは、自堕落の権化である自身に対して、またひとつ息を吐いた。いつも妻を追いつめるのは彼の方で、だから後始末や世話なんかも彼がするのが常だ。いくら昨晩の妻が情熱的だったとはいえ、心地好い疲労に抗えずそのまま寝落ちるとは、積み重ねてきた“良き夫像”が台無しだ。今さら、彼女がサンクレッドのそれだけを評価しているとは言わないが。
(甘やかしてやりたいのにな、)
彼女の起きる瞬間が、いつも爽やかで、清潔で、朝日に祝福されたものになれば良いと、サンクレッドは思っていた。妻のボサボサに乱れた髪を、そっと撫で付ける。長く生え揃った睫毛と、健康に艶めく鱗を、美しいと思っていた。
彼女は、稀代の英雄だ。何もかもを救ったその活躍と存在は、世界中から愛されて、この先は思うがままの満ち足りた人生を送るのが良い。サンクレッドは、かなり真面目にそんなことを考えている。そのせいで、彼女との時間を一番に考えてやれない己が身では、彼女の横へ立つに相応しくないと悩んだ時期もあった。今も悩み続けては、いる。
この女を、たったひとつの愛と掲げられはしない。しかし、ともに人生をゆくつがいの愛として、腹は括った。
英雄の夫として添い遂げようとする今は、せめて彼女にとって都合の良い男でありたい。────こういう言い方をすると、可愛い妻に怒られるかもしれない。つまり、一緒に居る間はなるべく、優しくて気の利く素晴らしい伴侶でありたいのだ。
これも結局は利己的な言動である。サンクレッドは、妻の髪の香りを胸いっぱいに吸いながら、苦く笑った。彼女が喜んでくれて、安らいでくれて、彼を手放しがたくなってくれて嬉しいのは、サンクレッドなのだから。
彼女に気に入られていたい。愛しているから、彼女をたっぷり愛せたと納得して、自身の数少ない誇りと掲げたいのだった。
殊勝なふりをした我儘を秘めておきながら、この体たらくだ。サンクレッドは小難しく物思いに耽りながらも、優しく怠惰な時間に浸りきってしまっていた。やるべきことは目に見えてとっ散らかっているのに、妻との幸せな温もりから抜け出せないまま、布団を肩までかけ直す。
(ダメな野郎だ)
起こすほどの刺激にならないようにと、サンクレッドはやんわり彼女に頬擦りした。こどもがお気に入りのぬいぐるみにするような、幼くて身勝手な、愛着の仕草だった。
何でも出来るこの女の、剥き出しになった信頼が心を炙る。散々に無体をはたらいた男の腕の中で、そのまま寝こける彼女の無防備が、サンクレッドの庇護欲を掻き立てた。甘やかしてやりたい。目覚めのカフェオレみたいな朝を、いつもこのひとに届けてやりたかった。
可愛い妻の、細く柔らかい指が、ほんのりとしがみついてくる。
「……ンー……?」
間延びした声が、ほろりと静寂に溢れた。サンクレッドが腕の中を覗き見ると、頬をぽかぽかと温める妻が、しぱしぱ瞬きをしている。
サンクレッドは、彼女の緩慢な様子に、思わず笑んだ。微笑む唇で、そのまま妻の額に触れる。
「……起こしたか?」
「んー、ん。何か起きた……」
口元でゴニョゴニョ喋った彼女は、鼻先を夫の眼差しめがけて上げた。飴玉みたいな瞳がサンクレッドを映した瞬間に蕩けて、砂糖菓子みたいな尻尾は彼に巻き付きたがってシーツの間を蠢く。
「おはよ?」
「おはよう、シュガー。……と言いたいところだが」
安心しきった彼女の頬を撫でて、サンクレッドは眉尻を下げた。
「もう昼なんだ」
「うそ!」
「おそよう、シュガー」
律儀にサンクレッドはそう言い直すと、愛しさと申し訳なさの入り交じった口付けを妻に送る。降り注ぐキスをしっかり顔中に受けてから、彼女はぱっちり開いた両目でサンクレッドの無精髭を見て、明るい室内を見て、それから布団の中を覗いて、「あ!」とはにかんだ声を上げた。
「たいへんだ……」
そう呟く声音は、どうにも可笑しげである。英雄なんて猛々しい異名のついた女は、真っ赤な頬と緩んだ口元を手で覆って、くすくす肩を揺らした。今この時まで何にもしてくれなかった夫に対して、負の感情なんかこれっぽっちもないようで、サンクレッドにとってそれは救いであり恩赦でもあったから、つられて笑い出すことが出来た。
「大変だろ。ごめんな、すっかり寝こけてた」
「ううん、……昨日、楽しかったもんね」
ころころ笑い続ける妻は、サンクレッドの胸元に角をそっと擦り付けた。夫の柔らかな肌と触れたいがために、鋭かった先端をまあるく削って整えた、懐っこい角だ。彼女のそこをサンクレッドが撫でてやると、それはそれは気持ち良さそうな声が上がる。
「それに、ちょっと……してみたかったの。いわゆる、朝チュン、ってやつ」
「どこで覚えてくるんだ、そんな俗語」
サンクレッドは呆れ半分で彼女の鼻筋を食んだ。もう半分は、もちろん妻可愛さである。彼女はサンクレッドからの愛撫に、ふんわり目を細めて、微笑の形にしてみせた。
「ひみつ」
「なら良いさ。調べてやる」
「やだー、すぐバレちゃいそう」
彼が預かり知らぬところで────とはいえ、彼女の交遊関係など知れたものであるが────妙な知識を仕入れてきては、恋知らぬ乙女みたいな貪欲さで、あれがしたいこれがしたいと迫ってきたりする。すべての矛先が夫に向くだけ良いが、そのうち“情報源”には一言入れなければなるまい。
サンクレッドは、緩みきった頬をもう一度妻に擦り寄せた。彼女の柔らかな吐息が、肌を通って心臓に染みていく。
頬擦りした時に髭がかすめて、くすぐったくなったか。彼の妻は巣穴に潜るみたいに、サンクレッドの胸元に角先を当てた。
「あんた、いつもお世話してくれるから」
ぎゅうぎゅうと体を押し付けてくる妻を、サンクレッドは思いっきり抱き締めた。思いっきり抱き締めて、そうして彼女の柔らかな声音に耳を傾ける。
「うん」
「悪いな、って、思ってた」
「こういうのは、無茶させてる方の仕事さ」
「ぜんぜん、無茶じゃないし。私も、してって言うし」
ぴたぴたと彼女の尾が腿を叩くので、その甘えん坊に手を伸ばし、そっと先を握ってやる。サンクレッドの指の中で、滑らかな鱗を持つ尾先が、もったりと脱力した。
「あんたは、あんなに……で、疲れないの。余裕そう、いつも」
「そう見えるならよかった」
「無理してる?」
「少しな。……いつも、もっととねだりそうになるのを堪えてる」
「ウソでしょ、オバケ体力!」
互いの言葉から流れる慈愛が春の湖になって、その水面にたゆたうような、穏やかな時間だ。
爪先で触れ合って、足を絡ませている。シーツにしわが寄る、さらりとした音が響いて、こんなにもそばにいることを思い知った。
こんなにも。
「一緒に朝寝坊してみたら、どのくらい幸せだろうって、考えてた」
彼女は笑っている。くちゃくちゃの寝床の中で、だらしない夫に抱きつかれて、幸せだと笑っている。
甘やかしてやりたいはずなのに、あんまりに甘やかされていて、サンクレッドは、嗚呼、と長く息を吐いた。彼女の微笑みが心臓をくるむ。毛を生やすより、鋼をまとうより、ずっと強くなれた気がするのに、目の奥ばかりが熱くて脆い。
サンクレッドは愛しい頭のてっぺんに口付けた。情けない顔をしたのが自分で分かるから、悟られはしてもせめて見られないようにと隠したつもりだった。
「ねえ、もう起きる?」
彼の可愛い妻は、やっぱり笑っている。
「……もう少し、このままでいようか」
「もう少し?」
「もう少し」
児戯みたいに繰り返しながら、裸でじゃれた。
「パンツどこー……」
「どこだろうなあ……」
今は何もかもから目をそらしながら、ただ、向かい合って怠ける互いばかりを感じていた。
幸い、一日はまだ長そうだ。