掌に小春日和

「酒くせえ!」
「ははは」

 光の戦士たる女傑による渾身の悪態は、彼のすっかり緩みきった笑い声で流された。ベッドの上に押し込められた彼女は、深く深く息を吐きながら、酔っ払って乳房を枕がわりにしている無礼で不躾な男────サンクレッドの頭頂部を睨んだ。その鼻先を豊満な胸の谷間に埋めているものだから、今の彼には英雄たる女の眼光なんか見えていない。どこ吹く風といった様子である。
 サンクレッドが『暁の血盟』に属する男たちと一席設けてくるといって出掛けていったのは、つい数刻前だ。酒好きの英雄を差し置いて宴会だなんてと憤る気持ちも湧きはしたが、男同士で盛り上がりたい心理も分からないではないから、羽目を外しすぎないようにと釘を刺して送り出した。こちらだって、女同士でしか話せない議題を持ち込むティータイムを過ごすときはある。
 テレポの使えないサンクレッドの足を慮ったか、近い場所で行われたらしい飲み会は、彼にとって大変楽しい時間だったらしい。お開きのあと真っ直ぐ帰着して、愛しい女を花束みたいに抱えて、千鳥足のステップを踏み、上機嫌にシーツの海へと雪崩れ込むほど。狙ったかのように顔を彼女の胸元に埋めながら、幸福そうな笑みさえ滲ませている。

「そんなになるまで遊んできたの、初めて見るかも」

 ぺち、と白銀の髪が流れる頭をはたくと、英雄と呼ばれる女は早々に脱出を諦めて手足を伸ばし、サンクレッドの無遠慮を受け入れた。その気になれば油断しきった男ひとり、蹴っ飛ばして退かすことだって出来るのだが、はしゃいで帰ってきた今日に水を差すこともないだろう。別に、いくらつつかれようが揉まれようが、困る仲ではないのだし。
 それに、サンクレッドがここまで気持ちよく酔って帰ってくるのも、本当に珍しいことだった。いつぞやムーンブリダに潰されて情けなく机に突っ伏していた記憶も未だ濃く残っているが、そもそも彼だって、酒に弱いわけではない。諜報活動のプロだから、ちょっとやそっとの量で前後不覚にならないよう訓練すら受けている。つまり、ムーンブリダはそれほどの酒豪だったわけであるし、サンクレッドが陽気にへべれけの顔をするのはかなり珍しいのである。
 彼がこんなにも気を許すことが嬉しくて、だから浮かれるままにのしかかってくる大馬鹿者の有り様も何だか可愛らしくて、彼女は細い指をサンクレッドの髪に通した。心地よさそうに笑う息が、酒気とともに溢れて布に染みる。

「どんな話をしてきたの」

 救世の英雄から注がれる優しげな女声に、サンクレッドは榛色の眼差しを蕩けさせながら、改めて彼女の胸に頬を擦り寄せた。

「お前の話だよ」

 熱っぽく言葉にすると、サンクレッドは湿った唇で、布越しに彼女の双丘を探る。情欲を煽る、というよりは、温かく優しい肌に一番感じる箇所で触れたがる、いとけない愛着の行為だった。
 愛しの女傑が変わらず髪を撫でてくれることに甘えきって、サンクレッドはなおも続ける。

「皆、お前の話をするんだ。強くて、綺麗で、気立てが良いと……とんでもない英雄だと、誰もが褒めてた」

 譫言みたいに喋りながら、いよいよサンクレッドの指が彼女の乳房に触れた。形を確かめるみたいに包んで、柔さを確かめるみたいに指を埋め、弾む肌を確かめるみたいに軽く捏ねる。

「お前のことが誇らしい。誇らしくて、……でもあいつらは、お前がこんなに甘い匂いを立てるのを知らないんだ」

 英雄たる女傑は、小娘みたいに肩を震わせた。無邪気な愛撫は責め立てるつもりがないものの、彼の熱い手のひらでまさぐられていること自体に、それなりの効力がある。心地よくて、少しもどかしくて、遠火に炙られているみたいだ。
 ほんの少しだけ身を捩ると、サンクレッドの視線が彼女の瞳めがけて上向いた。すっかり安堵しきって笑む、美しいヘーゼル・アイだ。
 それから、彼の上体が少しだけ起きた。可愛い英雄を逃がさないよう覆い被さって閉じ込めて、這うみたいに額同士を寄せる。鼻先を擦り合わせて、窺って、彼女の顔を守るように聳える角先を避けながら、たっぷりと唇を重ねた。互いを食んで、舌先のキスをしながらも、サンクレッドの指は彼女の豊乳を捕まえたまま。

「……そう思ったら、たまらなくなった。土産を買う暇も惜しくなって、な。……何にもなくて悪い」
「……それよりも、この悪戯な手を悪いと思ってよ」
「はは」

 彼女の文句は語調よりもうんと優しく響いて、サンクレッドの耳朶に触れた。最後に指の背で女の胸元を撫でると、もう一度と唇を寄せる。

「一応、お水飲みなさいよ。お茶にする?」
「…………いつから気付いてた?」
「最初から。……へろっへろのふりしながら話すことでもないのに」

 瞬きのあとに怜悧な輝きを取り戻したサンクレッドの瞳は、しかし未だ幸せに揺蕩っていた。伸びてきた彼女の腕に抱かれながら、彼は深く息を吸う。誰より強い暁の英雄は、サンクレッドが無体を働いたところで受け止めてくれて、それが彼女なりの愛の証明だった。彼の女であると振る舞ってくれることが、臆病と使命を拗らせた心を、どれほど慰めてくれるか知らないだろう。
 未だ表す言葉を見付けられなくて、代わりにサンクレッドは彼女の唇を啄んだ。眼前で笑う彼女の瞳が、寝室の明かりみたいに仄かに光るのに、いつまでも見惚れていた。
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