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掌に小春日和

 光の戦士たる女傑は大笑いした。弾け飛ぶボムの勢いだ。英雄と呼ばれる身の外聞など、かなぐり捨てての哄笑だった。
 巨大ゲーミング花束である。
 夫の帰りを待ちわびていた彼女が、呼び鈴に浮かれて玄関を開けたら、視界いっぱいに赤白黄桃青緑オレンジ黒の薔薇たちがわんさか飛び込んできたのである。(なので花束が本当に虹色に輝いているわけではなく、そう見えた、という話だ。)その激しい主張が、鮮やかに彼女の笑いのつぼを貫いていった。
 花束というより、もはや花畑だ。よく見れば形もまちまちで、品種すら揃っていないことが分かる。薔薇たちは全然秩序だっておらず、星極かと思うほどの賑やかさ。それを夫であるサンクレッドが、勿体ぶった神妙な面持ちで、両手でやっと抱えているから尚更面白かった。バカの花束持って何だその顔は。

「なにこれぇ! 何本あるの!」
「365本」
「さんびゃくろくじゅうご!」

 彼女は両の手をパァンと打ち鳴らした。部屋中に笑い声を散らかしながら、よろよろとダイニングテーブルにすがる。
 きゃあきゃあ高い声が、落ち着いて大げさな呼吸になる頃、彼女は上がったまま戻らない口角に痛みさえ覚えながら、どうしても訊いてみたくて夫に尋ねた。

「重い?」
「おおよそ18kg40ポンズ
「おばか!」

 いよいよ英雄はテーブルに突っ伏した。
 何もかもが可笑しい。デカすぎる。ひとはあまりにもデカいものを見ると、こんなにも笑いが込み上げるものなのだと今知った。おそらく、ルガディンが三人入れるくらいの巨大なパンツとか、ララフェルサイズの巨大ナッツイーターとか、ものすごく面白い。七大天竜があの5倍はでかかったら、たぶんだいぶ面白い。山と見間違えるので。
 サンクレッドが努めて真面目な顔のまま、笑い転げる彼女のあとをのんびり追って、玄関をくぐろうとするのももう面白い。
 くぐろうとして、花束がほんのちょっぴりドア枠にあたって、パキ、なんて音が上がったから、もうダメだった。

「あはははははははは!」
「…………っく、」

 どっさりと花束をテーブルにおろしたサンクレッドも、耐えきれずにくしゃりと破顔した。妻の背中をくるむみたいに体を重ねて、そのうなじにキスを落とす。

「そんなに笑うなよ」
「だってぇ」

 二人でくすくす肩を揺らすまま、鼻先と後頭部でじゃれ合った。笑いすぎて、顔が熱い。救世の英雄だなんていかつい二つ名がついた女傑は、余韻でぽかぽかと上気した頬を、なつっこくサンクレッドに向けた。

「おかえりなさい」
「ただいま」

 彼女の角先に、たっぷりとキスが落とされた。

「どうしたの、これ」

 サンクレッドの妻である英雄は、夫の体の下でとろりと机に溶けて、花束を覗き込んだ。
 いい香りだ。ちっともおんなじではない花たちも、それぞれの華やかさで以て、存分に視覚を楽しませてくれる。彼女は指を伸ばすと、ひとつひとつの薔薇を撫でたりつまんだりして、またとない色や形を愛でた。
 そんな彼女の仕草を、サンクレッドは微笑みながら眺めていた。彼女がこの絢爛すぎる贈り物を、大笑いの花芯で気に入ってくれたことを察していた。

「今年のヴァレンティオンは、薔薇の花束を渡すのが流行りだと聞いてな。赤い花が定番らしいが……」

 彼女の背に、優しい重力がかかる。小柄なアウラ族である妻を、サンクレッドはすっぽり包み込んで、ふたりして行儀の悪い塊になって、花束をともに見つめた。

「お前はこの方が好きだろ」
「うん」

 当然のように囁かれて、当然のように頷いた。お気に入りの毛布みたいな温かさのなかで、光の戦士たる女はうっとり眦を蕩けさせる。

「エルピスだね」
「ああ」

 いつか探した花が宿す、幾千幾万の彩りに似ていた。
 喜びの色、怒りの色、悲しみの色、踊る心の色。自分が塗りたくったキャンバスは誰とも同じではなくて、しかし「正しさ」を肯定することもできなければ「誤り」と否定することもできない。混じりすぎた色を絶望と呼んで目を背けたり、その中にふと浮かび上がる美しさを希望と呼んだりしながら、未来は描かれてきた。
 暁の英雄と光の女神が、心から愛した命の輝きだった。
 だから、均一でなくていい。均等でなくていい。かき集めたみたいな不揃いが良い。すべての薔薇の色に託されたすべての言葉が、きっとサンクレッドの心だ。

「お前に贈るなら、馬鹿みたいに大きくて、馬鹿みたいにごちゃごちゃの花束が良いと、思ったんだ」

 サンクレッドの腕が、英雄たる女の体を導いた。しゃんと背筋を伸ばして立つ姿勢になって、つい尻尾の先までまっすぐにすれば、彼の榛色の眼差しが髪に降り注ぐ。

「愛してる」

 低く穏やかな男声が、聴覚を撫でた。春が運んでくる温かな雨のようで、彼女は目を微笑の形に細めた。愛を語るサンクレッドのことばが、キスよりも甘美に皮膚と鱗を潤していく。
 あれから彼も、表すことを惜しまなくなった。与えることを恐れなくなった。可愛い誰かが彼の愛情を受け取るときに、彼が思ったそのままの純度と重みを、喜んでくれると覚えたから。
 空回りしてばかりだった腕が、今はこぼれそうなほどの花束を抱えている。
 改めて薔薇を差し出すサンクレッドは、愛しい妻の前に、恭しく膝をついた。

「結婚しよう」
「もうしてる!」

 光の戦士たる女傑は大笑いした。小娘みたいに頬を赤くして、恥ずかしそうに口元をおおって、それでも綻ぶ唇の気配を隠しきれなくてまた笑う。
 ほろりと瞳からこぼれた涙が光を含んで、虹の影を床に落とした。

「もうしてるじゃない、」

 サンクレッドを抱きしめようとして、しかし花束に阻まれてできなくて、あたふた彼の横に回り込んでから改めて頭を抱え込んだ。すりすりと角を擦り付ける、愛着の仕草で慈しむ。

「ばかね」

 そんな言葉と裏腹に、彼女の声音が「愛している」と応えてくれるから、サンクレッドは幸福に笑みを浮かべた。何回めかのプロポーズを無事に成功させた男は、妻の胸元に安堵の息を滲ませた。
 愛を示す花の香りが、ふたりの部屋を満たしていく。

「来年も、またくれる?」
「気に入ったか?」
「花瓶を足すべきか考えてるの」

 どちらともなく、額を重ねた。眼差しを絡め、鼻先で触れ合い、互いの唇が唇を目指してゆく。

「今日はバケツしかないわ」
「バケツか……」

 そうして口付けを交わしながら、この煩雑な薔薇たちが不満げにバケツに収まる様子を思った。爆笑の奔流がダムを決壊させていった。
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