偽りの夜明け
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「大丈夫?」
「もう少しで……何か、思い出せそうなの……」
「無理しない方が良いよ、帰ろう?」
「お願い、もう少しだけっ……」
縋るような眼差しを受けて、これ以上彼女を止める事などできなかった。
「……私……沢山、何か沢山……大事なものを……失くしたんだわ……」
「ルシア……」
「それが何かまでは分からないけど……お墓を見て、思い出したの……」
ルシアの瞳から涙が溢れ出す。
「あれっ……なんでかな?なんか、凄く悲しくて……胸が痛い……それに……怖い……」
必死に涙を拭い去ろうとするルシアを後方からぎゅっと抱きしめた。
ルシアはきっと、泣き顔なんて見られたくないだろうから。
「怖くないよ。僕が一緒にいるから……ね?」
「ありがとう、エイト……」
エイトが彼女を思いやる気持ちに嘘偽りはない。
けれど、ルシアが元に戻ってしまうのが怖かった。
本当は彼女が少しでも記憶を取り戻したのだから、一緒に喜ぶべきなのに。
心の奥底ではとても残念に感じてしまった。
折角手に入れたルシアとの生活がまた失われてしまうのかと思うと、これ以上……何も思い出してほしくなかった。
それからまた暫く経って、ククールとゼシカが近くまで来たからと面会に来る事になった。
二人にはルシアが来ている事を伝えていない。
ミーティアにも連絡を取るよう勧められていたのだけれど、どうしても気が進まなかった。
「久しぶりね、エイト!元気にしてた?」
「さっきチラっと聞いたんだが、ルシアが来てるって本当か?」
「……ああ、うん。いるよ」
これ以上隠しておけない。
観念したエイトは彼女のいる部屋へ二人を通す。
「えっと……こんにちは」
「ルシア!こんにちはじゃないわよ!どうして連絡してくれなかったの?」
「……ごめん、なさい……」
「謝らなくてもいいわ!あなたにまた会えてすっごく嬉しいんだから!」
「……。」
「ルシア……?」
ルシアの様子がおかしい事に気付いたゼシカが、彼女の両手を握ったまま訝し気にエイトを見遣る。
ククールはもう察しがついたらしく、どこか神妙な面持ちで黙って二人を眺めていた。
「私……何も覚えてないんです……気が付いたらここにいて、エイトやみんながとても善くしてくれて……」
「そんな……」
「ゼシカさん……ですよね?もし良かったらあなたの知っている私を教えてもらえますか?」
「ゼシカ」
勿論!と、ゼシカが即答する前にエイトの制止が入った。
訳が分からないと言った風にエイトを見返すゼシカの手を引いて、ククールが部屋を出た。
「取り敢えず、ミーティア姫とトロデ王に挨拶にいこうぜ?」
「ちょっ、私はまだルシアと話が……!」
二人の声が遠ざかっていく。
少し悲し気に俯くルシアを抱きしめて、椅子へと座らせた。
「あんまり無理をすると身体によくないから……ね?」
「……エイトは、私の記憶が戻るのが嫌なの……?」
「……ううん、そうじゃない。君の事が心配なんだよ」
彼女と、そして自分に言い聞かせるように。
何か言いたそうなルシアの唇にキスをすると、彼女は頬を朱に染めて此方を見返してきた。
「……ふふっ、可愛い……」
「あの、えっと……」
「まだ言ってなかったね。……僕達、恋仲だったんだよ?」
「え……?」
正確には仲間以上恋人未満の関係だったけれど。
「ねぇ、ルシア……もういなくなったりしないでね?君がどんな風になっても僕は君を愛してるから……」
「エイト……」
顔を赤くして少し困ったように見上げてくるルシアがとても愛おしかった。
もう一度キスを落とすと、ルシアにこの部屋に居るよう念を押し、エイトは部屋を後にした。
部屋を出ると、待ちくたびれたと言わんばかりに腕組をしたククールが視界に入る。
「で、どうなってんだ?俺にもちゃんと説明してくれ」
「……ここじゃ人目に付くから、僕の部屋に行こう」
ククールを連れて、エイトの仕事場兼自室へ向かう。
ゼシカはミーティアのお茶会に招かれた様で、そちらへ置いてきたらしい。
「で?ルシアはどうしたんだ?何があった?」
「分からない……こっちに来た時にはもうあの状態だった。いや、今よりもっと酷かった。衰弱していて、虚ろで……」
「なんでこっちに連絡寄越さなかったんだよ。独りで大変だったろ?」
「見ての通りルシアはあんな人柄だから、みんな優しくしてくれてそこは平気だったよ」
平気だった、と口では言っているけれどエイトの表情は辛そうだった。
そんな彼を見て、ククールは溜息を吐く。
「……記憶がないのをいいことにルシアを騙してるのか」
「騙してなんかいない!……僕は、ただ……」
「いや、別に責めてるワケじゃない。お前の気持ちも分かる。……けど、このままでいいのか?ルシアはこの状況を了承してるのか?」
「……記憶が戻ったら、また自分の世界に帰っちゃうでしょう?だから……僕はこのままで居て欲しい。もうあんな傷、二度と負わせない」
「傷?」
エイトはククールに例の傷痕の話をした。
その後の医師の診察で、あれほどの傷を受けて生きているのが不思議だと言われた事も。
「なるほどな。ルシアはまた生き返しってやつを受けたのかもしれないと」
「ルシアの世界はどうして執拗にルシアを戦いに駆り出すのかな……命を落としても生き返らせて、戦わせて……おかしいよ。でも、ここにいれば……彼女は安全だから……」
ルシアを想うエイト言葉の中に私情が混ざっているのをククールは分かっていた。
けれど、それを止める事も否定する事もできない。
こんなに追い詰められているエイトを見たのは初めてだった。