偽りの夜明け
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ミーティアが部屋を出て行くのを見届けると、エイトはその場に膝を着く。
「……還さなければ、良かった……ね?ルシア……」
目頭が熱くなる。
こんな痛々しい姿になった彼女を前にしても、自分は何も出来ない。
どうしたのかと訊ねたくても、その唇は閉ざされたままで何も語らない。
「ルシア……僕はずっと会いたかったよ?ねぇ、君は違うの?」
手を握って語り掛けてみる。
すると、彼女の瞼が微かに震えた気がした。
「ルシア?……ルシア!」
「……」
ゆっくりと瞳が開かれる。
けれど、その瞳はどこか悲し気で、虚ろだった。
「良かった……気が付いたんだね!」
「……れ……」
擦れた声でルシアが何かを言った。
うまく聞き取れず、そっと彼女の口元へ耳を寄せる。
「……だ、れ……?」
「え……?」
あなたは、だれ?
声は出ていないけれど、唇の形がそう動いたように見えた。
「……ルシア?」
ちゃんと意識は戻っている。
でも、彼女の焦点はあっておらず、どこか遠くを見ている様だった。
「嘘、だよね……?ねぇ、冗談だって言ってよ……」
折角また会えたのに。
彼女との思い出が一瞬にして色褪せていく。
深い絶望がエイトの胸を容赦なく突き刺した。
「……っ……」
思わず叫んでしまいそうになるのを、喉の奥へ押し込み塞き止めた。
ずっとずっと、彼女に恋い焦がれていた。
例え世界が違っても、その境界を越えて交わる時が来るとどこかで盲信していた。
それなのに……。
ぼんやりと天井を見上げたままのルシアの手を握り、自分の頬に添える。
声を押し殺して、泣いた。
別に死別した訳じゃない。
ルシアは目の前にいる。
けれど、この距離をこれからどうやって埋めていく?
忘れられてしまった事も勿論悲しい。
けれど、何より彼女を護れない自分の不甲斐なさが悔しかった。
「……!」
握っていた手がそっと握り返された。
ルシアはエイトに救いを求めている。
この時何故だかそんな気がした。
「ルシア……ねぇ、ルシア……僕の声、聞こえる?」
ルシアの頬を両手で包み込み、そう問いかける。
けれど、返事は無かった。
「僕はエイト。大丈夫……僕は君の味方だよ」
例え世界がルシアを敵だと言っても、全てが彼女を傷付ける刃となって向かってきても。
自分だけは最後まで彼女の傍に居よう。
そう心に決めた。
その日からエイトは彼女の面倒を見ながら業務を行うようになった。
時折ミーティアやトロデも様子を見に来てはルシアに話しかけていた。
トロデーンはドルマゲスの一件があってから部外者に対して慎重になっていたけれど、ミーティアもトロデもかつての旅の仲間であるルシアの事をすんなり受け入れた。
そんな感じだからか、城の人間もルシアを見かけると気さくに声をかけたり、彼女の手助けをしてくれるようになった。
そんな周囲の助けもあって、ルシアは少しずつ元気を取り戻していったように見えたが、記憶は戻らないままだった。
「……エイト、私……ここに居て、良いのかな……」
ルシアが此方にやってきてから少し経った頃、唐突にそんな事を訊ねてきた。
「どうしたの?何か不安な事があるの?」
「みんな優しくしてくれて、毎日がとても楽しい……だけど……私、何か……何かとても大事な事をやらないといけなかった気がするの……」
「ルシアはずっとここに居ていいんだよ?……他に行く場所なんてない」
いつからか、エイトは彼女の記憶が戻る事が怖くなっていた。
記憶さえなければ、ルシアはこの城の人間としていつまでも共に過ごせるのだから。
「……ねぇ、また旅の話を聞かせて?」
「あんまり無理をしたらダメだよ?だから、また明日」
「はい……おやすみなさい」
「おやすみ、ルシア」
ルシアが以前の事を知りたがると、はぐらかす様になっていた。
聞かせても、自分にとって都合の悪い事は何も伝えなかった。
それがどれだけ彼女にとって残酷な仕打ちであるかは勿論、分かっている。
最低だと、自己嫌悪に陥る日もあったけれど、ルシアと離れたくないという強い気持ちがそれを制していた。
それからまた暫く経ったある日。
ミーティアがルシアを連れて母親の墓参りに行くと言い出した。
必然的にエイトは付き添いで同行する事になった。
ミーティアが墓石に花束を添え、祈りを捧げているのを見ていた時、ルシアの様子が変わった。
「ああっ……!」
「ルシア!どうしたの!?」
「頭がっ……痛い……!」
蹲るルシアの背中を擦り、一緒に護衛についてきていた近衛兵にミーティアを連れて先に帰るように促す。
ミーティアはルシアを労わった後、その場を後にした。