海上に揺らめく思い・前編
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部屋に入るなりルシアの腕に抱えられた台本を見て、ククールが皮肉気に笑う。
「結局引き受けたんだな。……それ、俺にもちょっと見せてくれ」
「私も見てみたい!」
「良いけど……」
ククールに台本を手渡すと、ゼシカも横から一緒になって開かれた本の内容を辿る。
「……えっと……ローザローザ……。」
ゼシカは先程カインの口から出たルシアの役名を探す。
本の中盤辺りでその名前を見つけ、書かれていた台詞を思わず凝視した。
ククールもそれを見て苦笑している。
「……これ、大丈夫か?」
「私には荷が重すぎるよね……はぁ……」
「いや、そうじゃなくて……ざっと見た感じ、キスシーンが三回くらいあるぞ?」
ククールがチラリとエイトに目配せをする。しかし、当のエイトはその意図が分からなかったのか、小首を傾げてククールを見返していた。
キスシーンが三回、という言葉を聞いて呆気に取られていたルシアはその事に気付いていない。
「稽古の時にだってするんだろ?ルシアはそういう耐性無さそうだしな」
「そうねぇ。真っ赤になって台詞が飛んじゃいそうよね」
「不安だっていうならここで練習するのも有りだな」
ククールは台本を閉じて、横にいるゼシカに取り敢えず渡すと、部屋の入り口で突っ立っていたエイトの肩をバシバシと二回叩き、グイっと背中を押す。
「エイト君、練習に付き合ってやれよ」
「そうね!それが良いわ!」
「ちょっ……何勝手な事を……!」
「ルシアったら、もう照れちゃってるの?お顔が真っ赤よ?」
「隣の部屋使えよ。此方だと集中出来ないだろうしな。ほら、行った行った!」
ゼシカに台本を返され、エイトと二人半ば強引に部屋を追い出されてしまう。
暫く通路で立ち尽くした後、このままでいる訳にもいかないので大人しく隣の部屋を使う事にした。
「も、もうっ!あの二人……何考えてるんだか!」
台本をテーブルに置きながらルシアは椅子にもたれかかる。
「キスくらい……どうってことないし!目瞑ってれば終わるんだから!」
「じゃあ……試してみる?」
「えっ……?エイト、今なんて……」
まさかククールとゼシカに扇動された訳じゃないよね?と、内心動揺しつつもエイトを見上げる。
彼は頬を紅潮させて、真っ直ぐにルシアを見ていた。
「……待って、冗談だよね……?」
何が何だか訳が解らなくなったルシアは混乱状態に陥ってしまう。
そんな事は意に返さず、彼女の身体を抱き締めると耳元でそっと囁く。
「キス、しよう……?」
「……で、でも……」
「僕じゃ……嫌?」
「そんな事ないけどっ……!」
突然の事に頭が付いていかず、上ずった声で返事をする。
高鳴る鼓動を収めようとする事も出来ず、ルシアはエイトの腕の中でじっとしていた。
「……エイト……」
「ん……?」
「その……ありがとう……」
少し時間が経って、落ち着きを取り戻したと思われるルシアがエイトの身体をぎゅっと抱き返す。
「本当に……練習……付き合ってくれるの……?」
「練習?……ううん、これは……本番」
「ほ、本番……?」
「だって、僕は演技でキスする訳じゃないから。ルシアの事をちゃんと想って、愛しんでするキスだからね」
「……それは、どういう意味……?」
か細い声でそう訊ねてみるけれど、エイトは何も言わずただ微笑むだけだった。
恥ずかしそうにしつつ、どうにか顔を上げたルシアは少しの間エイトを見つめ、瞳を閉じる。
そんな彼女の頬を撫でて、少し微笑むとルシアの唇に触れるだけのキスを落とす。
「……あっ……待って……!」
キスをするだけの筈だったのに、無意識のうちに彼女を求めてルシアの身体に手を滑らせてしまっていた。
「ごめん……」
慌てて身体を離し、エイトが詫びるとルシアは首を左右に振る。
「大丈夫……ちょっと、びっくりしただけ」
頬を染めたままはにかむように笑うと、ルシアは台本を開いてもう一度最初から目を通し始める。
時折険しい顔をしたり、恥ずかしそうに目を伏せたりと、まるで山の天気の様に移ろいでいくルシアの表情は眺めていて飽きなかった。
一頻り読み終えると、台本を閉じてまたテーブルに置く。
「はぁ……全然内容が頭に入ってこない……」
「読むだけじゃなくて、実際にやってみたらどうかな?その方が身に付くと思う」